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「碧夏、タイムどうだった?」


 百メートルを走り終えた碧夏に話かけたのは正月だった。

 碧夏は微笑みながら「全然ダメだったよ~」と言った。


 この日は、地域で年に二回開催される陸上大会だった。その大会は地域振興のために開催され、非公式なので、誰でも参加することができる。記録も非公式となってしまうが、タイム計測は電動で行われるため、公式の大会と同じ条件でタイムが測られている。


 碧夏と正月が所属する陸上部は毎回この大会に参加しており、この日も碧夏は百メートルを走ったのだった。


 悪いタイムを全く気にしていなさそうな碧夏を見た正月は、


「そうか。きっと次は良いタイムが出るよ。頑張ってね」

「ありがとう。じゃあ、私行くね」


 そう言って、場を離れようとした碧夏を正月は「待って!」と引き留めた。


「今、ちょうど男子の百メートルが行われているだろ?丁度、裕二も走るみたいだし、一緒に見ないかい?」

「いいよ。でも私スタンドじゃなくて、バックストレート側からみたいな!」

「ああ、もちろん、一緒に行こう。今からでも十分間に合うよ!」


 碧夏と正月は、陸上競技場のバックストレートに向かった。

 二人がいる陸上競技場は市内にある中で一番規模が大きい。スタンドでは、お祭り気分の小学生から、碧夏達のように本気でタイムを測りにきている人、張り切るお年寄りもいる。


 そのスタンドはホームストレート側に立ちはだかっているが、コーナーからバックストレートにかけては、全て芝生の斜面がトラックを囲んでいる。そこにも、ちらほらレジャーシートを広げている集団や家族が見られる。


 二人も同じ陸上部の男子百メートルに参加する選手を見るため、バックストレートの芝生に腰掛けた。


「今日の注目選手はオープン参加の『青』っていう選手らしい」


 プログラムを片手に言う正月。

 場内では、まるで運動会のように曲が垂れ流されており、解説もいつもより雑で笑いを取りにきていた。碧夏は正月の持っているプログラムを覗き込んだ。


 陸上部の知り合いである『山田裕二』の隣のレーンに『青』と一文字だけ書かれている。

 今回の百メートル競技も前半は遊びの組で、コスプレをしたおじさんやや小中学生が出場している。一方で、後半はガチ組と呼ばれており、十秒台のスプリンターが何人も参加している。


「この『青』って選手はガチ組なのに無所属なんだ」

「そうだよ」


 この大会は地域振興を目的としており、誰でも参加することができる。それはつまり、とてもレベルが高い選手でも参加することができる。結果、年々運動会のような立ち位置から、陸上を本格的にやる記録会へと変貌してきている。


 実際に、ガチ組の参加選手の九割以上は各大学や都道府県の陸連に所属していた。


「つまり、この『青』って人ほぼ素人なんでしょ?だから注目されてるの?」


「それもあるけど、もっとすごいのは成績を残したところなんだ。前回、現役陸部を抑えて三位だよ。才能って恐ろしいよね……あ、見て。もう裕二と『青』の組だよ」


 碧夏はプログラムから、百メートルのスタート地点に目を移した。


 目立つオレンジ色のユニフォームが碧夏達の知り合いである裕二、そしてそのすぐ隣のレーンに組の中で唯一の無所属でさらにユニフォームではなく濃い水色のTシャツを着た『青』がスターティングブロックの前で立っていた。遠目だったので、表情や顔を確認することはできなかった。しかし、かなりの注目を集めていることはわかった。


「裕二の自己ベスト『10.70』でしょ?他の選手もそれなりに速いと思うし……流石に青でも」

「そうだね……」と相槌を打つ正月。


 しかし、次の瞬間、碧夏は心の底から驚いた。

 組の中でたった一人無所属、さらに一人だけユニフォームを着ていない『青』が、ぶっちぎりの一位でゴールしたのだった。


「ま、まじか……噂には聞いていたけど……」


 速すぎる。正月は囁いた。『青』の速報タイムはこの組だけでなく、全体の二位をつけていた。


「無所属なのになんでそんなに速いの?」

「わからない。でも俺たちと同じ大学生らしい」

「じゃあ、陸上部なの?」

「いや、陸上部だったら、無所属で出場できないから……やっぱり才能だと思うよ」


 碧夏は『青』に嫌悪感を抱いた。


「そうなんだ……それって、才能があるのに陸上を本格的にやってないってことだよね?」

「そういうことだね。このタイムは速すぎるよ。高校の時はきっと全国レベルだったんじゃない?」

「戻ろう」


 碧夏は突然立ち上がると、傾斜の芝生を下りて行った。


「あ、うん」


 正月も立ち上がると、碧夏の表情を確認しながら「才能があるのに、陸上を本格的にやらないなんてもったいないよね」と言った。


 すると、碧夏は「うん、いいな……羨ましい」

 しかし、それは競技場内を流れる音楽によってかき消されてしまい、正月には届かなかった。

 まるで、必死になって練習しているのにタイムが伸びない自分が馬鹿にされているかのようだ。


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