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ミスクス姉妹が住み込みで働いている大屋敷、その主人が帰宅する午後までに、全ての確認作業が進められた。
主に同行した執事以外の三人は、それぞれに割り当てられた範囲以上を闊歩し、不備がないか見て回った。
料理人のニールは、マーケット通りから帰ってきた足をマットで丁寧に拭って階上に姿を現した。
フィリナがわざわざ見に行かずとも、よく知った彼らは仕事を怠らないことをよくわかっていた。
けれども、今日という今日は気が気でないフィリナは、外注している洗濯業社からしみ一つない完ぺきなシーツを受け取ったあと、人の気配のする一室をのぞいてみることにした。
ベッドメイクをするついでよ、ついで。手抜きをとがめたいわけじゃないもの。
フィリナは、己の良心に小さく言い訳をしながら階段を踏んだ。
たどり着いたそこは、今日からグウェンドソン邸に住まう新たな住人のための部屋だった。先日その部屋に新しいクローゼットと少女物の洋服をしまい込んだのは記憶に新しい。
扉の隙間から、主人がこの部屋のためにと用意したヴァーべナの香りが漏れ出している。
「今日のサーモンは、殿下――じゃなかった、旦那さまと一緒にコルシェン王国から来たかも知んないぞ。すごく活きがいいんだ」
と、似合わないフリルのエプロンをつけて居間ではたき(・・・)を振るのは、料理人の青年である。この屋敷には下男も下僕もいないので、エプロンと言えばメイドのそれしかなかったのだ。
相方のバーバラはくすりとした。
「まさか。コルシェンから、このモルフェシア公国には三日かかるんだよ」
「はっはっは。バーバラ、さては知らないな? 漁師の高速艇なら、別なんだぜ! あれは何よりも、速い! ナズレさんの自動車なんてメじゃないんだぜ」
「あんたねぇ。旦那さまが漁師の船をとるわけ、ないでしょうが」
フィリナはほほ笑みをかみ殺しながら、ヴァーべナの香りがする部屋へ足を踏み入れた。廊下よりも冷たい空気が渦巻いているのは、開け放たれた窓のためだとすぐにわかった。
「はいはい、二人とも。ちょうどいいところに。窓を閉める前に、最高のベッドメイクをしてちょうだいね」
にこやかに言いきったソプラノのすぐあとに、電話のベルが鳴った。




