第1-9 風邪
茂光さんがいないこと以外は、いつも通りの日常が送られていた。
元々、孤立気味だった茂光さんが欠席したことで変わることは特に無く、普段と変わらない日常を送れていた。
……私、以外は……。
一日中、心のどこかに空洞ができてしまったような感覚に襲われて、どこか、落ち着かなくて。
でも、その感情の理由なんて分からなくて、ただぼんやりとした感覚のまま、一日を過ごした。
「影山さん」
そんな日の放課後。帰ろうとしていた私に、先生が話しかけてきた。
私はそれに片付けをしていた手を止めて「何ですか?」と聞いた。
「えっと、ホラ、今日茂光さん休んだでしょう?」
「はぁ……」
「それで、今日配った書類の中に少し急ぎのものもあって。影山さんって茂光さんと仲良いらしいから、家の場所とか知ってたら届けて欲しいなぁって」
「……知ってますけど……」
そりゃあ、昨日行ったばかりだし……。
私が曖昧な返事をすると、先生は「本当!?」と言って目を輝かせた。
そして、持っていた様々な書類等の中から大きめの茶封筒を取り出し、渡してくる。
「この中に入ってるから、よろしく頼みますね」
「分かり、ました……」
私は頷き、それを受け取る。
先生はそれに満足そうな笑みを浮かべてから、去って行った。
私は茶封筒を見つめて、ため息をついた。
学校から歩いて十五分。
昨日行ったばかりなので、まだ覚えたての道をトコトコ歩いて着いたのは、古いアパートの二階の突き当たり。
真新しいネームプレートを確認してから、私はインターホンを鳴らした。
「はぁい」
扉の向こうから、聞き覚えのあるくぐもった声がした。
えっ、もしかして茂光さん本人が出てくるの!? 風邪は!?
そう思っていた時扉が開き、中から顔が赤い茂光さんが出てきた。
「あ、影山さん……来てくれたんだ……」
「え、あ、えっと……」
「どうしたの? もしかしておみま……」
そこまで言った時、彼女の体がこちらに向かって揺らぐのが分かった。
咄嗟に構えると、案の定、彼女は倒れ込んできた。
……体熱い……すごい熱……。
「茂光さん、しっかりして! 大丈夫!?」
「ぅ……」
微かな呻き声に私は動揺しつつ、鞄を一度床に下ろし、その近くに茶封筒も置く。
まぁ、このアパートかなり寂れてるし、こんなもの盗む人いないだろう。
そう希望論を唱えつつ、私は茂光さんの体をどうにか非力な腕で支えて、家に上がる。
ほとんど引きずるようにして、なんとか彼女の部屋に運び、ベッドに寝かせた。
肩で息をしていると、ベッドの上で顔を赤くしたままの茂光さんが、どこか潤んだ目で私を見ていた。
「影山さん……ありがとう、わざわざ……」
「え? あ、これ、くらい、当然だよ……人として……」
「そんなことないよ……ありがとう」
風邪だからか、どこか消え入りそうな感じの笑顔を浮かべる茂光さん。
私はそれに少し戸惑いつつ、部屋の前に放置した鞄のことを思い出した。
流石にあれ取ってこないとダメだよね……盗まれたりしたら嫌だな……。
そう思って踵を返して部屋を出て行こうとしたその時だった。
「……やだ……」
微かな声と共に、服の裾を掴まれた。
振り返るとそこには……泣き出しそうな顔で私のブレザーの裾を掴む、茂光さんの姿が……。
「っ……」
「……一人にしないで……」
涙声でそう言うと同時に、少し強く、私の服の裾を引っ張った。
そんなこと予測もしていなくて、ロクに身構えてすらいなかった私は、それに引き寄せられるようにして、茂光さんの上に圧し掛かるような状態になった。
動揺していた時、背中に腕を回されて、その腕に力が込められるのが分かった。
「っ……」
「もう……一人は嫌だ……」
耳元で聴こえたか細い声に、私はただ、彼女を抱きしめ返すことしかできなかった。




