第1-6 雨宿り
それからしばらく走って連れてこられたのは、少し古いアパートだった。
金属でできた階段を上り、そこから一番突き当りにある部屋。
古い壁に似合わない真新しいネームプレートには『茂光』と書いてある。
「ここが、茂光さんの家……?」
「そう。まぁ、今親いないし、遠慮しなくて良いからね」
そう言って鍵を開けると、キィ……という音と共に、扉が開いた。
中は思っていたより小奇麗で、アパートの外観すら一瞬忘れそうになる。
私はずぶ濡れになった茂光さんのブレザーを胸元で抱きつつ、彼女に続いて入る。
「お邪魔します……」
「あはは、かしこまらなくて良いって~」
ケラケラと笑いながら、茂光さんは古いスニーカーを脱いだ。
靴下もずぶ濡れで、床に付いた瞬間ピチャッと水音を響かせる。
すると、茂光さんは靴下を脱いで片手に持ち、スタスタと奥に入って行った。
私は慌ててローファーを脱ぎ、ひとまず同じように靴下を脱いで、彼女に付いて行く。
「えっと、茂光さん。ご両親は……」
「ん? あぁ。お母さんはいつも早朝から深夜まで仕事。お父さんは……あっ、お父さんも、同じくらい仕事。ホラ、見ての通り貧乏だから」
「へぇ……」
生返事をすることしかできない。
その時、私の頭の中に、彼女がいつも菓子パン一個を昼食として食べている光景が過った。
もしかして、その影響も、貧乏だからというのが関係するのだろうか?
とりあえず、興味本意に言及しなかったのは正解だったかもしれない。
そう考えていると、一つの扉の前で茂光さんは立ち止まった。
「……?」
「ここが私の部屋。ま、遠慮せずにどうぞどうぞ」
そう言って扉を開け、私の手を引く茂光さん。
私は自分の上着に加えて茂光さんのものがあったからほとんど濡れていないが、茂光さんはバケツの水でも被ったかのようにずぶ濡れだ。
だからか、握られた手は、すごく冷たかった。
「えっと……大丈夫? 風邪、とか……」
「ん? あぁ、大丈夫大丈夫。私馬鹿だから風邪引かないし」
「意味違うよ……」
そうツッコミを入れながら、私は彼女の自室を見渡してみる。
部屋は思いのほかシンプルで、勉強机にベッド、本棚と、壁に備え付けられたクローゼットのようなものがあるだけ。
もう少しゴチャゴチャしてるイメージがあったんだけど……まぁ、昼食とこの家を見る限り、ゴチャゴチャするほどの物もないか。
「とりあえず服貸すから、着替えよ? 濡れた服着てたら風邪引いちゃうよ」
「いや、茂光さんが言うことじゃ……」
「だから、一緒に着替えるの。ホラ」
そう言って、茂光さんはクローゼットから出したタオルをこちらに投げてくる。
私はそれをどうにかキャッチし、茂光さんの顔を見た。
彼女はそれに明るく微笑み、自分の髪をワシャワシャと拭き始める。
仕方なく、私も自分の髪を拭く。
「てか、今思ったけどサイズ合うかな? 私の方が背高いからシャツとかは大丈夫だろうけど、ズボンとかのサイズとか……」
そう言いながら、彼女は灰色のシャツとカーキ色のズボンを出して私の方に投げてくる。
試しにシャツを拾って広げてみると、黒いアルファベット文字で何か文章が書いてあった。
それにズボンって……私服もすごいボーイッシュなんだな……。
そう呆れていた時、茂光さんがブラウスのボタンを外し始めた。
「……!?」
「ん? どうかした? 早く着替えないとこれは本気で風邪引くよ」
そう言いながら、さらにブラウスのボタンを外し、ベシャッという音を立ててそれは床に落下した。
……水吸って重さ変わってるし……。
そこから出てきたのは、黒い薄着のインナー。
割と緩いサイズのデザインだが、それでも、ペッタリと彼女の体に貼り付いていて、少しエッチな感じがする。
しかし、それすらも遠慮なく彼女は脱ぎ捨て、上半身はブラジャー以外何も身に着けていない状態になる。
「わぁ……」
つい、小さく声が零れる。
制服を着ていても、女装した美少年に見えなくもない中性的な顔立ち。
しかし、体つきはれっきとした女性で、くびれる所はしっかりくびれて、色白な肌がその美しさを助長している。
そして一際目を引くものがあった。それは……―――彼女の手首に刻まれた、細い、数本の切り傷だった。




