第2-9 私の
扉の向こう側から聴こえる声に、榊野 雛は唇を噛みしめる。
血走った目で、自らの最愛の少女がいる部屋の扉を睨み付ける。
「私の優……私の優が……私の……」
うわ言のように呟きながら、雛は震える手を扉に掛け……―――
「あら? えっと、貴方は頼巳高校の生徒じゃ……」
―――……ようとしたところで、女教師に声を掛けられる。
慌てて手を引っ込めると、雛はすぐに笑顔を作り、女教師に向き直る。
「ごめんなさい。少し、お風呂でのぼせてしまったみたいで……」
「まぁ、そうなの?」
「はい。長く浸かりすぎてしまったのでしょうか……ごめんなさい。迷惑を掛けてしまって」
「いえいえ。ゆっくり部屋に戻って休んでくださいね?」
「分かりました」
そう言ってニコッと微笑み、雛は、最愛の人……茂光 優がいる部屋を一瞥してから、踵を返し、廊下を歩いて行く。
一歩歩く度に、その身を焦がさんばかりの嫉妬の炎が胸中で燃え上がり、その目には明らかなる殺意を宿らせる。
やがて、自分の部屋に戻った雛は、同室の少女がいないのをなんとなく確認しながら、鞄からスマートフォンを取り出して写真が保存されているフォルダを開く。
画面いっぱいに広がる優の写真を見つめる雛の目からは、涙がボロボロと溢れだしていた。
「お願い……私を捨てないで……優……」
掠れた声で呟きながら、雛は泣き崩れた。
その時、顎を伝って雫が落下したところにあった画像は、生まれて初めて雛が優を盗撮した写真だった。
---四年前---
「ふぁぁ……」
教室に入った雛は、すでに何人かでグループを作っている女子達を見て震えた。
中学校の入学式初日。友達ができるか不安だった雛の心は、その光景を見るだけで打ち壊された。
元々、引っ込み思案で、小学校でもまともに友達を作ることができなかった雛。
中学校では別の学校の生徒も入って来るため、その子とは仲良くできるのではないかと、淡い期待を抱いていた。
しかし、結果的に今までと変わることはなく、小学生の時と同じ、一人ぼっちになりそうだった。
―――やっぱり、そうやってすぐに変われるわけがないんだ……。
そう思いながら自分の席を探して、雛は無言で着席する。
彼女の周辺でも話している人たちがいて、雛は泣きそうになるのを誤魔化すように俯いた。
その時だった。
「は……じ……め……ま……」
背後からそんな声がするのと同時に、背中にくすぐったい感触を覚えた。
それに、雛は「ひゃう!?」と声をあげ、振り向いた。
すると、そこでは身を乗り出し、こちらに人差し指を向けている少女がいた。
中性的な顔立ちに、背中まである長い髪。
色白の肌をしている少女は、驚いた表情をして固まる雛に、優しく微笑んだ。
「あは。やっとこっち見てくれた」
「えっ、えっ……?」
「ずーっと声掛けてたのに全然こっち見てくれないんだもん。えっと、耳が聴こえないとかではないんだよね?」
「え、あ、はい。あの……」
「あ、ごめんごめん。えっと、こういう時は……」
ぎこちない動きで席を立った少女は、やがて、雛の前に立ち、彼女の手を取った。
「申し遅れました。私は、茂光 優と言います。どうか、お見知り置きを」




