第1-10 素直
それから、しばらく茂光さんは私を抱きしめた後、そのまま眠ってしまった。
風邪を引くと、心細くなったりすると聞くが、ここまで幼くなったりするものなのだろうか……。
なんて不思議に思いつつ、私は、安らかな顔で眠る茂光さんのお腹をポンポンと優しく叩いた。
この家の前に放置したままの荷物が心配だが、それよりも、茂光さんを一人にするのがなんだかとても嫌だった。
「ねぇ……茂光さん……あの時の貴方が、本当の貴方なの……?」
なんとなく、そう聞いてみた。
もちろん返事があるわけもなくて、ただ、彼女の寝息だけが響く。
私は彼女のお腹を叩く手を止めて、その手をゆっくり彼女の頬に添えた。
『拒絶してくれても構わないし、私はそれでも平気だから。……だから、無理して一緒にいてくれなくても良いから』
……何が、拒絶してくれて構わない、だ……。
嘘ばっかり。実際はこんなに怖がりで、一人が嫌なんじゃないか……。
私は茂光さんの頬から手を離し、彼女の手を優しく撫でた。
「ただいまぁ……優~。お友達でも来ているの?」
玄関の方から聴こえた声に、私は咄嗟に茂光さんから手を離し立ち上がった。
すると、茂光さんは微かに瞼を開いて、私の方を見て、ふにゃぁ、という効果音が合いそうな柔らかい笑顔を浮かべた。
「あ……影山さん、いてくれたんだ……」
「えっと……」
困惑していた時、部屋の扉が開き、そこから40代くらいの女性が入って来た。
「まぁまぁ……優のお友達?」
「あっ、同じクラスの、影山 泪です。えっと、今日は書類を届けに来てて……」
「書類って、この封筒? 家の前においてあって……」
「あっ、それです!」
差し出された茶封筒を見て、ほとんど反射的に声をあげた。
すると、茂光さんのお母さんは優しく微笑んで、私に鞄と茶封筒を渡してくれた。
「詳しいことは聞かないけど、こういうものは、大切にするようにね」
「は、はいっ。ありがとうございます」
私がお礼を言うと、茂光さんのお母さんは「良いから」と言って手を振り、部屋を出て行った。
終始無言で話を聞いていた茂光さんは、ぼんやりとした感じで私が持つ鞄等を見た。
「そういえば……影山さんは、なんで、ここに……?」
「あ、あぁ……えっと……まずこれ、学校で配られた書類とか……」
茶封筒を先に渡すと、茂光さんは片手でそれを受け取り、中身を確認する。
しばらく中を見つめた後で私の顔を見上げ、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あ、あと、これ……昨日借りた服……昨日は、その……色々、ありがとう……」
次に、昨日借りた服を鞄から出す。
すると、袋が引っ掛かっていたのか、一緒に弁当箱まで出てきて、私は慌ててそれを手に取った。
「それ……弁当箱……? まだ中身ある気がするけど……」
しかし、目ざとい茂光さんはそれを見逃さない。
私はそれに、弁当箱を持ったまま戸惑う。
「えっと……あの、その……茂光さん、いつも、ご飯少ないから……お礼を兼ねて、作って来たんだけど……」
「えっ!? 影山さんの手作り弁当!?」
ガバッと勢いよく起き上がった茂光さんは、それだけで恐らく血が頭に上ったのか、すぐに「ふにゃぁ……」と情けない声を漏らして再度ベッドに倒れ込んだ。
……風邪引いただけで騒々しい人だなぁ……。
「えっと……大丈夫?」
「だ、大丈夫……それより!」
次はゆっくりと起き上がり、茂光さんは私の顔を見上げた。
私は少し戸惑いつつも、次の言葉を待つ。
「ね、その手作り弁当、くれるんだよね?」
「えぇ……? た、食べたいなら……」
「食べる食べる!」
キラキラした目で言う茂光さんに私は戸惑いつつ、箸と一緒に渡した。
蓋を開けた茂光さんは「ふわぁ……」と声を漏らした。
「これ全部食べていいの!?」
「い、良いよ……茂光さんのために、作ったんだし……」
「いただきまーす!」
元気よくそう言った茂光さんは、早速ガツガツとオカズを口に含んでいく。
風邪引いてるとは思えない……。
そう思いつつスマホを開くと、そこには、姉からの大量の不在通知が来ていた。
……しまったぁぁぁ……。
「モグモグ……ん? どうしたの? 影山さん」
「あぁ、いや……お姉ちゃんから、電話がたくさん、来ていたみたい。そろそろ、帰らないと……」
「本当!? あ、じゃあ、この箱は……明日、絶対風邪治して、この箱洗って持って行くからね!」
「無理しなくても良いよ……」
私の返答に、茂光さんは子供のようにムッとする。
しかし、すぐに満面の笑顔を浮かべた。
「でもすっごい美味しい! また作って!」
「……ありがとう」
その笑顔は、なぜか、本物だってことがよく分かった。
無意識に自分の頬が緩むのを感じながら、私は鞄を持ち、お姉ちゃんにどう謝るかを考えながら帰路についた。




