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紅の姫は紅煌たる覇道を血で染める  作者: ネコ中佐
第1章 目覚めの王国
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Chapter3-4






現在ーー


エストレアは酔いつぶれたアンナを介抱しながらジッドらに懇意にしているという宿を案内してもらうことになった。宿の名は【恰幅亭】というらしく屋根に付けられた風見鶏が風にクルクルと回っている。


【恰幅亭】は小さい旅館のような感じで、歴史の重みが感じられた。なんとなく前世の記憶にあった東北の青森に構える紅家のプライベートセーフティハウスを思い出していた。


「? エレンさん、どうしました?」


ナッシュに声をかけられて我にかえる。目の前にナッシュの顔があり、非常に近い。

幼げな美青年なため普通な女性なら顔を赤くして照れることだろう。


「なんでもない。少し思い出したことがあっただけだ。それよりも、顔が近い。少し離れてくれ。」


「あぁっと、すいません。それじゃ入りましょうか。」


ナッシュにアンナを預けるとひきずられて中に入っていく。

エストレアもそれに続いて入ることにした。

後ろにはドランに肩を預けてふらふらとしているジッドがいた。


時刻はすでに夕焼けが美しく、もうじき夜になる。


エストレアは、くぅ、と腹の虫が鳴いたように感じ取った。


(こんな体になっても、エストレア(紅 諸葉)は大食らいなのかな………。)





●●●



「おやまあ、見ない顔だねぇ新人さんかい?」


宿【恰幅亭】の中に入ると恰幅のいいおばちゃんが出てきた。

近所に住むおばちゃんって感じで宿を経営しているからか一種の貫禄のようなものを感じていた。


「女将さん、この人エレンさんって言ってね、今日登録してきたんだよ。」


アンナはエストレアを女将に紹介する。


「おやそうかい?なら安心しな。あたしゃルヴィナギルド長とは長い付き合いでね、大概のことなら掛け合うことも出来る。それに秘密もしっかり守るさね。」


「はは、頼もしい人じゃないか。よろしく頼む。」


聞けばこの宿は先代ギルド長が就任していた頃からあるらしく新人冒険者が一度はお世話になる所でもあるようだ。


「なんでも、昔はギルドマスターと一緒に冒険に明け暮れていたらしいからね。ああ見えて、かなり腕前がすごいらしいよ。」


「なぁに、昔の話さね。さぁて、暗くなって寒くなるから入った入った。」


恰幅亭の女将に先導されて中に入れば、まず目に入るのが昼の冒険者ギルドの中と同じように酒場になっていておおよそ30坪ほど。

これだけでも店としてはなかなかの規模だ。奥にある階段がおそらく宿泊用として機能する部屋があるようで、なるほど朝起きれば朝食の匂いを嗅ぎたくことが出来るということか。



「それよりアンナ、あんたまだあのヘタレと進展してないのかい?」


突如として女将が振り返るとアンナに耳打ちする。時間的に感覚が研ぎ澄まされている今、小声でも拾えてしまうからある意味不自由なものだ。

盗み聞きのような感じがして少し、気分が良くない。


ヘタレというのは多分ジッドのことだろう。なんとなくだがわかる気がしたのだ。女の勘というやつなのだろうとあたりをつけてみた。

というより、あんな仲がいいのにまだなのか、と幼いながらも思ってしまったのは悪くないと思うはずだ。


一方アンナは顔を真っ赤にしてあたふたしていた。


「いや、だって、その‥‥‥、アイツから言ってほしいというか、その‥。」


「あー、はいはい、ごちそうさま。風邪ひくから手洗いはしっかりしなよ。それと今日は牛のいいのが手に入ったから牛肉のシチューが入ってるからね、楽しみにしてな。」


アンナの惚気をあっさりと、というかうんざりした様子で回避して、ジッドらとエストレアに夕食なのだろうか献立を伝えて、奥に引っ込んだ。


「いよっしゃあッ!!」


「うるさいよ、ジッド坊!!他の客に迷惑だから早くしな!!!」


直後に窘められて、エストレアやナッシュ、アンナの後に続いて萎んだように中へ入っていく。


「お前の声はデカすぎるんだ。それにあいつらも中で待たせてんだ、早く中に入るぞ。」



ガッツポーズしてまで喜ぶのだから美味いのだろう。なんというのだろう、一瞬だが前世で親友であった幼馴染のアイツがジッドと重なった気がした。だがそれは気のせいだろうと結論付けた。


「あいつら?」

「あー、エレンには言ってなかったな。まあ、いい。中で紹介してやる。おかみ、今日の夕飯何?」


ドランがジッドの襟首を掴んで強引に中に入れようとしている。ドランの鍛えられた締りのある腕は見事なもの。逆に、エストレアの腕はなんというか、柔らかい。

前世での自身の鍛えた腕の締りが惜しい。


「そうさねぇ、今夜はシチューと‥‥‥、一角ホーンラビットのサイコロステーキに馬鈴薯のサラダ、ライ麦パン、スープに一角兎の腱の煮込みを考えてるさね。」


「ほう、それはそれは。豪勢だな。一角兎は久しぶりだ。」


他の人間が見れば傲慢不遜な物言いだがエストレアが言うとなぜかその口調の方が似合っているのだ。

覇気というか人の上に立つ者の貫禄というべきか、周囲の冒険者や一般の人はそう感じ取った。

実際の所、エストレア自身は先日まで貴族の、公爵家の人間?でありまた前世では紅流を稽古していたため覇気あるいはオーラと呼べるものは備わっていた。


一角兎とはいわゆる兎の魔獣である。一角というだけで角がついているのが特徴だがそれだけで根本的には兎と変わらない。

ただまあ味は焼き加減によっては牛肉に近くなるが牛肉と違ってドッシリとしたボリュームはないものの食べやすいのが利点である。


「なるほど、夕食は何時頃なのだ?」


時間合わせは重要である。エストレアの前世 紅 諸葉であったときから時間には徹底している。


正確には実家の門限という意味でだが。それが今でも影響しているのは日本人のサガか。


「ん〜、そこはいつも曖昧でねぇ、出来た頃に呼ぶから問題ないね。何かあるのかい?」


女将は顎に手を添えて質問してくる。


「大したことではないが、気になってな………。ある程度わかれば私の予定もわかるかな、と。」


「すでに仕込みは終わってるから、出来上がりはすぐさ。二軒隣に風呂屋があるから行ってみたらどうだい?見れば、わかる。汗かいただろう?」



●●●



チャポン、


湯けむりの立つ浴場の中に二人の女性がいた。湯船の外には、女性たちが生まれたままの姿で麻袋に入れられたルーシエと呼ばれる植物性の擬似石鹸で洗っている。


ここは、恰幅亭の二軒隣の小さな風呂屋で、女将に勧められたことと、アンナに一緒に行こうと言われたこともありいくことになった。


「んん〜、はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜。」


真紅の長い髪を解放し、しなだれ掛かるエストレア。


「やっぱりお風呂はいいですよね〜、身体がほぐれます。」


その隣には青色のショートの少女。二人のうち真紅の髪はエストレアであり、青色の少女はジッドの恋人の魔法使いのアンナである。


浴場の広さはそれほど広くはなく、かといって狭いというわけではない。積み重ねた岩の壁の中に源泉から引っ張ってきたお湯が張られており、お湯は白く濁っている。箱根温泉、あるいは草津白根をイメージするといいかもしれない。



「そういえばエレンさんってどこ出身なんですか?あ、別にいえないならいいです。少し聞きたいなと思いまして。」


突如アンナは話題を切り出した。エストレアはそういえばとどこから来たかをあまり喋ってないことに今更ながら気がついた。

正直にいえばエストレアは養子であるが大貴族、公爵家である。しかしそれを言うのはまずい。故に前世の事を曖昧に答えた。


「遠いところかな。ここからとても遠いところ。もう帰れないかもしれない。」


帰れないかもではなく帰ることはできないが‥‥‥。とは言わなかった。前世の記憶はあくまで前世はこんな生き方だったにすぎない。そして、今のエストレアが覚醒するまでの自分もそうだったという経験でしかない。

今ある自分として生きていくしかない。前世の私は今の私の経験として存在しているのだから。


「そうなんですか、でもたとえ遠くてもきっと帰れますよ。帰れない故郷なんてよっぽどのことがない限りないんですから。」


励ましのつもりなのだろう、嘘を言っている自分も悪いのかもしれないが彼女と自分は違うのだ。まだバレてはいないがエストレアは自分は吸血姫という怪物で人から、社会から悪のレッテルを貼られているはずなのだ。


「私、ウィルゼリン周辺小国群のトリスという街に両親がいるんだけどね。今、小国群ってさ、内乱と帝国と睨み合ってるからさ、もうかれこれ三年は会えてないんだ。」


「そうか。」


「でもね、そこに故郷がある。帰れなくても、第二の故郷を作ればいいんだよ。なら、寂しくないよ。」


種族、思想など今はいいかもしれないがいずれは敵対するかもしれない。


そういった意味でお前と私は違う、と叫びたかった。でも少しでも後悔しないために今は我慢することにした。




「ああ、そうだな。そうだといいな。」


格子状に開いた窓からは三日月がまるで笑うように雲の隙間から覗いていた。

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