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紅の姫は紅煌たる覇道を血で染める  作者: ネコ中佐
第二章 動乱の帝国 ベル・クラウディア
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chapter9-4

お待たせしましたᕦ(ò_óˇ)ᕤ






 キンッ!ガキンッ!カンッ!


 鎧を身につけた大柄な男がその体躯に似合った長剣を振るう。大振りで隙だらけに見えそうだが、だが繰り出される剣速にはそれが誤りだと分かる。それほどに練り上げられた技術が垣間見える。


 一方、そんな剣技を受ける側はどこまでも流麗。風に靡く柳のように、繰り出される剛剣を受け流していく。一太刀、また一太刀と両者の剣戟は激しさを増していく。


(まるで霧を切っているようだ………!)


 そんな中、ニケフォルス・ダリクレスは心の中で呟いた。己の信じる剣技が、目の前の少女にまるで通じていないかのような錯覚を覚えた。


 それは奇しくも受けている側のエストレアも同様だった。


(示現流……、いやタイ捨流に近いな)


 エストレアもただ単に受けに回っているわけではない。相手の表情、呼吸、力み、癖……一挙手一投足に至るまでつぶさに観察していた。


(なるほど、これはアリスには荷が重いだろうな)


 先の平原での戦いの最中に起きた一騎打ちの件。聞けば、先遣隊として出ていたアリスが目の前の男と一騎打ちに及び、見逃される形で敗北したと聞いた。


 擁護できる部分はほぼない。敵の力量を正しく測れなかったアリスの落ち度。あるとしても、それは生き延びたという一点のみだ。


 両者共に言葉を交わすことはない。一方は攻め、一方は流す。踊るようなつるぎの舞台。


 だが、ここは戦場。舞は長くは続かない。流すだけの剣が牙を剥く。


──タンッ


「っ!?」


 ニケフォルスは目を見開くように驚愕の表情を見せる。先程まで踊るように自身の剣を受け流していた少女が、爆発的な踏み込みと共に一気に詰めてきたのだから。


「ふぅううんんんっ!!!!」


 普通なら動揺してそこで大きな隙を晒す。だが、ニケフォルスは将軍でありながら、戦場で生きてきた人間。不意は突かれたが、即座に迎撃に入る。


 剣を振り下ろさずに、甲冑で固めた踵での前蹴りによるカウンターが差し込まれる。ニケフォルスの蹴りは戦場で磨かれた一撃。猛牛を一撃で昏倒させるほどの威力があり、剣技の剛剣さを含めて己の誇りでもあった。


 だが。そうはならなかった。


 普通の相手なら、多少戦場を歩いてきただけだったら、先日剣を交えた素人の皇女アリスであったなら。それは通じただろう。逆にこれで終わっていたはずだった。


───パシッ!


 だが、目の前にいるのは。それさえも凌駕する怪物エストレアなのだから。


 繰り出された前蹴りはエストレアの腕刀により横に切り落とされ、更に軸足をとんでもない速さで蹴り抜かれる。


「ぬぅぅっ!!?(なんという速さか!)」


 足払い。そう知覚したものの、次の瞬間にはニケフォルスはバランスを大きく崩していた。


「ぬぅんっっ!!!」


 だが、ニケフォルスは前蹴りに使った足で、地面を踏みつけてなんとか体勢を保とうとする。


しかし───


「遅い」


「!?」


──ズンッ!!!


 グシャァ!!!!


 強烈な地面への踏みつけ。エストレアの強烈な震脚【波蹴・震盪象脚(しんとうきさき)】が炸裂し、ニケフォルスの片脚は踏み抜かれてしまう。そして踏みつけられ、砕かれた足から伝うように全身が掻き混ぜられるような感覚に陥る。


(拙い!!!)


 ニケフォルスは本能的な危機感から、両腕を腹部に差し込む。それは直感、第六感とも言える生物の本能からくる防衛本能が成せた奇跡。


 そして。


シャァ!!!!」


 象が大地を踏み締めるような震脚から繋がるように繰り出された拳。勁が乗せられた崩拳───【崩掌・脈換霹靂みゃくかんへきれき】がニケフォルスの鳩尾に突き刺さる。


メキメキメキッッッッ!!!!!


「〜〜〜〜〜っっっ!!!?」


 臓腑が強烈な圧力に押しつぶされる。鎧と帷子を着ているからこそ、エストレアの掌は致命的な衝撃となってニケフォルスの体内を駆け巡る。


「ごはっ!!!」


 その凄まじい衝撃にニケフォルスは堪らず、膝をつく。目や鼻、耳と口から鮮血を流し、意識が朦朧とする感覚に襲われる。


(なんという……!腕を差し込んでいなければ………、死んでいた……!)


 やはりあの時の防御は間違いではなかったとニケフォルスは確信した。しかし、それがどうしたというのか。腕を犠牲にして致命を避けただけであり、勝敗はほぼ決まったと言っていいのだから。



 一方で、エストレアは完璧に入ったと思っていた己の一突きに妙な違和感を覚えた。

 見れば、腕を交差して防御の姿勢を示す敵将ニケフォルスの姿があり、顔の至る所から噴血し、膝をつきながら倒れることない姿に驚きを隠せない。


(まさか、腕を差し込んで耐えたのか?)


「……素晴らしい」


 エストレアは思わずその言葉がこぼれ出た。この世界に転生した自分の技を受けた相手に敬意を払うことになろうとは思ってもみなかったからだ。その表情には、純粋な称賛と戦いへの愉悦があった。



「(片脚は……ダメだな。腕ももう使い物にならん。こんな少女に手も足も出ないとはな……)ここまでか」


 だが、一方のニケフォルスは己の身体の状態を確認すると、これ以上の戦闘は不可能と判断した。だが、それよりも優先すべきことがあるとすぐに思考を切り替える。


「ぐぅうっ……!!」


 ニケフォルスは気合いを入れて立ち上がる。先程の拳を受けたせいで、両の腕は深刻なダメージを負っていた。その痛みを奥歯を噛み締めて押し殺しながら、ゆっくりと長剣を持ち上げる。


「……まだ来るか」


 剣を握ったニケフォルスにエストレアは再び構える。だが、次の瞬間────


──カラン……


 ニケフォルスは剣を手放した。


「降参だ。我が命と引き換えに、我が軍の助命を請いたい」



◆◇◆◇



「やった!あいつ、やりやがった!」


 遠眼鏡で、エストレアとニケフォルスとの戦いを覗いていたクローディンは勝敗が決したのを見るや、小躍りするように声が弾み出した。


「これで、厄介な奴が出張ってくることは無くなったな」


 クローディンは嬉しそうに言葉を漏らす。この帝都侵攻作戦において、自身の駒であるエストレアを遊撃に任せたのは正解だったのだと実感したからだ。


 おまけにラグナ山の麓の平原で義妹のアリスが視線の先にいるニケフォルスと一騎打ちをしてコテンパンに負けたこともあり、内心胸がすく思いをしたのは内緒だ。


「……後は帝都の城壁の突破だな。他の砦と櫓の攻略も時間の問題だろうな。あの空飛ぶデカブツには度肝抜かれたが……まあ、今はいいだろ」


クローディンは遠眼鏡でエストレアを見るのをやめると、背後を振り返り空中に存在する神聖国所有の魔導兵器【多目的制圧用航空魔導艦 聖寵艦クオリア】を見上げる。




「さて、と。俺も動くとするか」



 クローディンは遠眼鏡を懐にしまうと深く息を吐いた。胸の奥に残るざらついた緊張が、ようやく解けていった。


 勝敗が決した砦では連合側の兵士たちが帝都への橋頭堡として慌ただしく動いている。そんな彼らに混じってジェシカが砦の残骸を自慢のゴーレムでバリケードを作っている。


 ダークエルフの双子であるイルナとイザルナの姿は見えないが、元より人との交流に積極的ではない種族なため、さほど気にしていない。


「邪魔するぜ」


 クローディンが訪れたのは連合軍の仮設テントの一つの医療区だった。目的は一つだけ。ここの指揮官だったニケフォルス将軍との目通りである。


 負傷者の呻き声と薬草の匂いが混じり合う医療区は、まるで別の戦場のようだった。外では勝鬨が上がっているというのに、この場所だけは沈痛な空気が満ちている。


 クローディンが幕をくぐると、その最奥にニケフォルスの姿があった。全身に包帯を巻かれ、片脚は添え木で固定されている。だが、その瞳だけは未だ消えていない。鋼のような意志が、敗北の中でも燃え残っていた。


 エストレアとの戦闘で瀕死にまで追い詰められた男は無力さに打ちひしがれることなく、むしろ静かな闘志を燃やしてすらいた。

 クローディンはほんの僅かに息を呑む。戦場における敗北者とは思えぬ気迫に、思わず背筋が伸びた。


「ニケフォルス・ダリクレス将軍、だな?俺はクローディン。ベル・クラウディア帝国の15位皇子だ。よろしく」


「帝国のうつけ皇子と聞いていたが……噂というものは当てにならんな。まるで刃物のようだ」


 クローディンは肩をすくめ、どこか飄々とした笑みを浮かべた。

「そりゃあ、どうも。褒め言葉として受け取っておくよ。……で、本題だ。





───アンタ、鞍替えって興味ある?」





◆◇◆◇





 クローディンのその一言に、医療区の空気がわずかに張り詰めた。


 ニケフォルスは包帯越しに動かぬ腕を見下ろす。敗北の痛みが残る体ではあるが、眉間に皺を寄せ、しばし沈黙する。


 クローディンは意図的に間を置く。焦れったそうにではなく、落ち着いた余裕の中での間合いだ。


「勘違いしないでくれ。何もアンタをこっち側に来いなんて言わねえよ。──ただ考えてみてくれ。今のアンタが仕えている国のトップはニース派首魁のニース・カヴァラだぞ?」


 クローディンは言葉を慎重に選んで発言する。目の前の男の愛国心を刺激させ、何に忠を尽くすかを暗に説いた。


(言葉がすぐに出てこないというのは、今の体制が間違っている証拠。こいつは愛国心が強い。なら、付け入る隙はある)


 クローディンは軽く笑う。


「どうだ?考えてくれないか?」


 ニケフォルスは静かに目を閉じた。敗北という事実と国家への忠誠。だが、その心にはまだ燃え残るものがあった。しばしの沈黙の後、ニケフォルスはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……分かった。その話に────────」


 ニケフォルスが言葉を発するその瞬間。




 ドオオオオォォォォォォォォォォォンンンン……!!!!!




「な、なんだぁ!?」


 地鳴りともいえるような轟音が遮るように轟く。慌てるように、天幕の外へ飛び出したクローディンの目に映ったものは─────


 天より落ちてきた光の矢が、空高く浮かぶ魔導艦クオリアの障壁に突き刺さっていた。






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