chapter 8-10 chapter end
お待たせしました(≧∀≦)
稲妻が大カルデラの中央に座すラグナ山を超えて帝都の方角を照らす。
黒雲の下で光る火を吹く炉。煮えたぎる焔燻る灼赤が如き欲望が耳に触る。足元で無数に転がる欲望の先兵を踏みつけながら、ネロは冷めた表情で見つめていた。
雷光が魔剣の柄を強く握りしめるネロを映し出し、その青白い光が一瞬だけ、彼女の頬を照らす。
「今更、って話だよなぁ……」
握りしめる魔剣が帯電し、あたり一面が青白く染まる。ネロは眼下の戦場に目を向けて、懐かしむように目を細める。
「けどよ、それはそれ。これはこれだ――」
ネロの言葉が風にかき消される。酸を含んだ雨が頬を打ち、焼けるような痛みが走る。ラグナ山から遠く、帝都の輪郭が見える。死臭と黒煙が、かつての繁栄を覆い隠していた。
その中に、あの者がいる。
ニース・カヴァラ。国一つ乗っ取り、世界に喧嘩を売った男。眼下に広がる戦場は、すでに次の戦争の胎動を孕んでいた。
◆◇◆◇
──皇族関係者の処刑。
その知らせが届いたラグナ山の麓、ベル・クラウディア帝国の陣地では皇子皇女が一同に集った。
だがその場に、笑みを浮かべる者は一人もいない。あっても引き攣った笑みくらいしかない。
「まさか、ニース・カヴァラがあそこまでやる男だとは思わなかった」
声を発したのは、上座に座る同帝国の継承権第一位であるアラン。冷徹さを持ちつつも勇ましさも兼ね備えた傑物たる人物。その男の視線は、下座の席に座る継承権の一番低い弟であり政治という形の兄弟喧嘩をするクローディンに注がれていた。
そして、弟のそばに控える真紅の美姫。その姿を見た瞬間、アランは改めてその認識を認めざるを得なかった。
何と比較すれば良いのか、いや例えれば良いのか分からない。が、精巧な存在ということだけが確かに感じられる。敵魔導兵器を全滅させたあの光景は、未だ脳裏に焼き付いて離れない。此方も現魔王の側近の1人を盟友として客将扱いで迎えているが、果たして激突した時どうなるかまるで分からなくなる程に。
「──」
アランは口を開こうとした時、再び連絡を伴う兵士が傀儡と共に入室してくる。
「失礼致します!アラン第一皇子殿下、並びに皇子皇女殿下に申し上げます!」
「申せ」
「はっ。――連合義勇軍の代表団より、緊急の謁見を希望しております!」
その一言で、場が静まり返った。
“義勇軍”とは名ばかり――実際には、主要列強である各国が正式に部隊を派遣して編成した国際混成軍である。
建前としてはテロリストに不当に侵害されたファンテリム帝国の解放だが………、本当の目的は───ニース・カヴァラの抹殺。
それだけ、彼がこの世界の秩序に与えた衝撃と恐怖は深く、重い。封建社会であるこの世界において、その均衡を崩そうとするニースを生かす理由がどこにも無いからだ。
そして今回の戦役は、単純な正義の押し付けではない。複雑な思惑と利害が絡み合う外交そのものであった。
そうでなければ、勇ましい戦士のように宣戦を布告していた筈である。だが、義勇兵や武器等の支援などに留めていた事からも、それが伺えるというものだ。明け透けすぎて、逆に清々しい程に。
「――ふっ」
アランの口角がわずかに唇を歪ませる。
「兄貴?どうしたよ?」
クローディンの不躾な問いかけに、アランは解答の代わりに不敵な笑みを浮かべた。
「…………義勇軍代表団の皆様を迎え入れろ」
「はっ!」
兵士が退出し、程なくして扉が開いた。現れたのは、武装を解いた各国の代表者たち。周辺列強たる大国の使者達が、軍議を開く天幕内に現れるのはそうそうあるものでは無い。
普段であれば外交儀礼に従い、大使館などで綿密な調整を行うところだが――
だが、現状大使館等に戻って擦り合わせをするにはあまりにも時間がない。連合として、ベル・クラウディア帝国へ支援を行いに来ている彼らは、言ってしまえば非公式ではあるが大使とほぼ同じである。
反政府勢力であるニース派のトップであるニース・カヴァラによるファンテリム帝国皇室関係者の処刑が、彼らをこのように行動させた。させてしまった。
クローディンがそのような考えを巡らせていると天幕の奥から静かに、しかし確実な足音が近づいてくる。
「お初にお目にかかる。このような形での謁見、ご無礼を申し上げます」
◆◇◆◇
ベル・クラウディア帝国の皇子皇女が集う天幕に現れた連合義勇軍の各国の代表は全員で7人。各国でも指折りの実力を持つ人物達だ。
彼らは形式的な挨拶を終えた後、早速本題に入る。天幕の中央に展開された地図と報告書を指しながら話し合いが進んでいく中で、エストレアは周りを見渡して、使者達に視線を向ける。
大航海時代の船乗りを思わせる男は海洋連合で間違いないだろう。エストレアの記憶が確かならば、彼はクラウゼ・サルヴァドル・ゼーレィ提督。
法衣を着た女性──法衣に施された刺繍からして神聖国の司祭相当の人物。エストレアは見たことない人物だが………流石に、この場で信仰を理由に魔王の娘である自分を排しようと動くほど理性は壊れていない筈、だと信じたい。
アラビアン調の長いチュニックのような服装の出立をした男はペルア共和国の特徴だろう。此方の視線に気づくと軽く会釈してきた。
そして同じ服装、共通の意匠を持ちながら独自の装飾をつける3人は、ウィルゼリン小国郡。複数の小さな国家の集合体だからか、このような形で来たのだろう。小国郡の重役の名前はある程度は覚えてはいるが、見覚えがない。人員の入れ替わりが激しい国でもあるので、社交に出なくて久しいエストレアには致し方ないのかもしれない。
「我が同盟国ベル・クラウディア帝国が主導する作戦計画についてですが――」
(まさか、この人が来るとは……!)
そう切り出したのは列強国の一つでもあり、エストレアの育った祖国でもあるシェートリンド王国からの使者。純白の鎧に、花の装飾があしらわれた妙齢の女騎士。なにより、特徴的なのは、目元を覆う布である。
エストレアはクローディンの側に控えながら、その人を見て内心驚きを隠せない。
(白薔薇騎士団、先代騎士団長。ダリア・シュスペル卿───!)
彼女は丁寧な言葉遣いとは裏腹に、アランを見据えるように言う。
「まず我々としては、迅速な保護とニース派の排除を望んでおります。そのためにはやはり正面。帝都そのものへの大規模攻勢が最も効率的だと考えております」
その提案に誰も異論はないようだった。誰も何も言わずにただ話を聞いている。
それは当然だろう。戦略上の判断であればシンプルで合理的であることに違いはないのだから。
「問題となるのは、如何にして帝都に向かうかということです」
別の大使が話を引き継ぐように言った。
「現在判明している情報によれば、帝都周辺には多数の砦とそれに伴う魔導兵器なるものが配備されているとのことです。それと、身内の恥を言うようですがニース派に雇われた我が加盟国ガリア騎士団も確認しております」
それを聞いて一同が息を呑むのが分かった。恐らく全員が『厄介だな』と内心思ったはずだ。何故ならここまでの規模の兵力を相手取るとなれば犠牲者が出ることは避けられないだろうからだ。
特に魔導兵器。一機体による一撃であらゆるものが粉砕される厄災を振り撒く超兵器なのだ。
故に。故にだろう。
「ほぉ………」
スッ………と手が上がる。やはりか、と嬉しそうに口角を釣り上げるアランの目線の先。注目を浴びるのは────
「なら、魔導兵器は俺に任せてくれ。ま、やるのは俺じゃねえがな」
クローディンは発言と共に、エストレアに視線を向ける。それを感じ取ったエストレアは、気取られないように軽くため息をつく。別に拒否感がある訳ではない。ただ───
(本当に、好き勝手に動かしてくれるな……)
ただその事実を実感していたのだ。とはいえ否定する意味もない。なのでそのまま受け入れることにする。
それに、ニースのやり口には思う所がある。だからエストレアとしても異存は無いし、寧ろ積極的に協力したいと考えていた。
「ご命令とあらば。私もこの戦争に於いての責務を果たさせていただきます」
なんの取り繕いもないエストレアの言葉は天幕内に響いた。
「ならば決まりだ。これより帝都コンスタンブールへの大規模攻勢に移る。各自、これに備えよ。目標は二つ、1人でも多くのファンテリム帝国皇室関係者の救出。そしてニース派トップ、ニース・カヴァラの抹殺の二点である。異論のあるものは?」
アランの威厳ある声音が天幕内に響き渡る。ほんの少しの静寂を置いてからアランはゆっくりと頷いて立ち上がる。
「ではこれより作戦を開始する!戦争を、終わらせるぞ!!!」
アランの一言と共に遠くで雷鳴が響く。それは【テトラルキア戦争】と呼ばれた戦いの終局へ向けた作戦の開始の合図だった。
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