chapter 6-6
お待たせしました。
「魔導兵器による前線壊滅……!?確かか」
「えぇ、使い魔を飛ばして確認したところ、国境付近に備えていた主要な砦のほぼ半数が壊滅。その殆どが限界を留めておらず、瓦礫の山となっていますね」
「死傷者は?」
「多数、としか言いようがありませんね。生還できた者の証言から聞くにーーー魔導兵器が使われたと見て間違い無いでしょう」
蝋燭が灯された一室にて、二人の男が話し合っている。話の内容は、ファンテリム帝国との戦争ーーー、国境で睨み合いになっていた状態から突如として起きた壊滅の知らせについてだった。
「ジュダ、貴様の直感を聞きたい。その、魔導兵器だったか?連中は撃ってくると思うか」
「質問が相も変わらず、意地悪な方だ。撃ってくるでしょう、間違いなく。此処、皇都に」
はぁーー、とため息をつきながら、椅子の背もたれに体を預ける男、ベル・クラウディア帝国継承位第一位のアランは天を仰ぐ。そう、前線が崩壊したということは国境を超えて、国土が魔導兵器の脅威に晒される危険性が出てきたのだ。進行規模によっては皇都砲撃の可能性もある。
「計画が前倒しになったな」
「こればかりは致し方なしでしょう。『視野に入れてはいましたが、運用できる』とは思ってもいませんでしたからね」
キラリと単眼鏡を反射光を光らせて応える。その奥にある瞳は冷たく、人ならざる悪鬼の如く。
アランが盟友と呼んで、手を結んだ十二種族の一柱、悪魔。ジュダはそれに当たる。同時に未開の大地たるパンドラの地に潜む現魔王の幹部『六闘将』の一角でもある。
「そうそう、それと先ほどの死傷者の件ですが。あなたが思っていた通り、弟君の派閥に属しようとしていた貴族達が何人か、含まれていましたよ。敵対派閥の一網打尽とは中々酷いことをなさる」
「ふん、心にも無いことをベラベラ謳う奴だ」
「それと、妹君であるアリス殿下も先の魔導兵器の攻撃により負傷したと報告を受けています。命に別状はありませんが、まあ、療養で動けないでしょうね」
ファンテリム帝国からの宣戦布告を受けて、ベル・クラウディア帝国の判断は防衛一択『しかなかった』。本来は、ファンテリム帝国の手によって皇位継承権持ちの皇子一人が殺害されている為、報復攻撃が妥当だった。
そう、本来は、だ。だが、ベル・クラウディア帝国は現時点で二つの反政府勢力によって国力が落ちつつあった。
二つの反政府勢力のうち、ズガール派は先日、皇位継承権最下位であるクローディン、及びその協力関係にある継承外皇女アリスから要請を受けた冒険者によって拘束、解体となったのは記憶に新しい。
だが、もう一つの勢力であるニース派によって、ほぼ同時期にこの国の主要地であるカイロサンドリア平原こと穀倉地帯の3割を差し押さえるという事態に。
こちらも管理者である伯爵率いる軍によって撤退させることに成功。だが、肝心のニース派は追跡を逃れ、行方は分からなくなっていた。
二つの反政府勢力によって齎された影響はバカにならず、ただでさえ環境問題で荒廃しつつある国土と、それに伴う国民の貧困化に対しての追い討ちに近しい出来事だ。
さらには自身を含めた選民派の推し進める政策も関係があるだろう。
「愚弟にはもっと働いてもらわないとな。政治というものは一強であってはならない。腐敗の温床になるからな」
「あなた方の国内情勢というものはどうでもいいですがね。ですが、盟友として手を貸している以上、何かしら手を打たねばなりませんね」
「そうだな。さっさと、この事態を収束させなければな」
「ご健闘を。では、私はこれで失礼致しますよ。アラン殿下」
ベル・クラウディア帝国は二つの反政府勢力によって国力と戦力を削られた状態でファンテリム帝国からの宣戦布告を受け、上述する魔導兵器による前線壊滅だ。
「さぁて、私も腕の見せ所だ。愚弟、お前はどこまでやってくれるのか」
その手腕に期待するぞ、とアランは一人呟いた。
◆◇◆◇
魔導兵器による攻撃とほぼ同時期。
その頃、クローディンはファンテリム帝国の首脳たる元老院が寄越した馬車の中にいた。彼の他には、赤い髪を揺らすエストレアと彼の副官を務めるエルフのマイア、さらにはエストレアがいるからという理由でダークエルフのイルナとイザルナがいる。
残念ながら、エストレアを慕うジェシカはクローディンの命令により、ファンテリム帝国の皇女であるアンナリーベの側にいろ、と言われて留守番である。
護衛という名目で置いてきたのだが、まあその時のジェシカの悲痛そうな顔は忘れろと言われても土台無理なものだった。
アンナリーベ自身、皇女という身分なために身近に潜む危険というものを理解している。その為に側仕えとしてナッシュがいるが、彼一人ではカバーできないものがある。それを補う為にゴーレムを錬成し、使役できるジェシカが選ばれたのだが……。
出発する数日前から二人は所用で姿を消しており、事実上置いてけぼりにしてしまった。
『こんなのってあんまりですわ〜!!!泣』
(と向こうで言っていそうだな。すまん、ジェシカ……)
間違いなく泣いているであろう妹分を想像するエストレアは戻ってきたらある程度譲歩した上でのボディスキンシップでもさせてやるか、と考えていた。
ジェシカは侯爵令嬢でもある為に、お菓子でも宝石でもイケメンでも、ミジンコを見るかのように興味を示さない。今現在の彼女がお詫びとして提示するものに喰いつくとしたら、己の貞そ……もといちょっとしたスキンシップぐらいなものだろう。
……ボディタッチは許そう。だが、それ以上は許さない。
(いかんな、思考が変な方向に向かっている)
気を引き締めろと言わんばかりに自ら頬を両手で叩き、周りに気取られないよう真剣な表情を作る。
「ん?どうした?」
「いや、なんでもない」
そんなエストレアの一連の仕草に気付いたクローディンが尋ねるも、素知らぬ顔で返すと彼はそうか?とだけ返して前を向いた。
「エストレア、俺は首都コンスタンブールに来るのは初だ。なんで、以前ナッシュと一緒に来たお前に聞きたい。前に報告してもらっていたからある程度でいい。もう一度確認のために教えてくれ」
「?構わないが……。そうだな……」
エストレアはクローディンに以前と同じように説明した。三層構造の街、王侯貴族の上層、市民の中層、スラムと化した最下層。今でも改築していて、地図というものがない、等。
「……そうか。面倒だな」
クローディンは顔を顰めつつ、淡々と答える。
エストレアはクローディンの言葉の意味を考える。多分そこまで深いものではない。
(万が一、か。一度来た時はナッシュがいたからな……)
そう、クローディンの考えていることを瞬時に看破する。
今から向かう首都コンスタンブール。それは例えるならばーーークレタ島のラビュリントスだ。だが、ここには英雄テーセウスを糸玉で導くアリアドネはいない。
ファンテリム帝国の元老院議員は狡猾で知略に長けた者が殆どだ。その坩堝に、クローディンは踏み込むのだ。
「マイア、逃げ道の確保を頼む。エストレア、お前は俺の護衛を務めろ。イルナとイザルナはーーーエストレアの補佐に回れ」
「承りました、殿下」
「分かった、いざという時は任せろ」
「ん」
副官であるマイアはクローディンの命令を拝命する。エストレアも、クローディンの命令に頷く。イルナとイザルナはややつまらなそうに返事する。
そうしているうちに馬車がゆっくりと速度を落とし、止まった。
馬車の窓から伺うと、この国の首都であるコンスタンブール、その入り口が見えた。残念ながら、以前ナッシュと来た時とは違って、宮城行きの馬車に乗り換えていく事となった。
「本当に迷宮のようだな」
クローディンは馬車の窓から辺りを見渡して呟く。内から、外から改築、増築を繰り返す首都コンスタンブール。
「えぇ、その為お客様をお連れする際は念入りに準備する必要があります」
御者席に座る初老の男性が答える。
「何のためにこんなに改築増築を繰り返す?費用もバカにならねえだろ」
「さあ、私には何とも」
クローディンの問いに御者は曖昧に答える。答えられる立場ではないか、それとも知らないか。
「そうか」
クローディンは素っ気なく答え、興味をなくしたのかめんどくさそうに頬杖をついて窓を眺める。そうこうしているうちに馬車はエストレアたちを乗せて目的地へと進めるのだった。
エストレア達を乗せた馬車が行く先、それは油断すれば、何もかもが飲み込まれる伏魔殿。他国の政治家という皮を被った悪魔が棲まう、魔境。
ファンテリム帝国の首都コンスタンブールの宮城『セフェウス城』を御者側の窓から覗くことが出来る。
先ほどは晴れていたのに、今や空は鉛色の雲に覆われ、曇天の空の下に見える城はまさしく魔王の居城と言えた。
何とも言えない不安を抱きながら、エストレアは次第にポツポツと降ってきた雨で濡れた窓を見つめる。
そしてこの日、エストレア達は思いもしない事態に巻き込まれることになる。だが、今のエストレア達にはそれを知ることはなかった。
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