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紅の姫は紅煌たる覇道を血で染める  作者: ネコ中佐
第二章 動乱の帝国 ベル・クラウディア
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chapter 2-4

お待たせ。筆が、走る走る……。


シェートリンド王国、ベル・クラウディア国境シール城塞訓練所


 剣戟の音が聞こえる。ただし、一つ聴こえるたびに、10を越える衝突が嵐が如く吹き荒れるのだが。


「どうした、フローラ!!!腕の振りが遅いぞ!?」


 白銀の鎧を纏い、見事な金髪を風に靡かせるもその顔や鎧は砂埃によって汚れている。

 次の瞬間にはフローラはその顎に目の前の女騎士の膝蹴りを喰らい、大きくのけぞる。


「貴様ぁ!!それでも、栄えある白薔薇の団長かっ!!?自慢の俊足を何故生かさん!!!『盲目』の私相手に何をやっているっ!!!」


「ごはっ!!む、無茶を言わないでください!!鉄糸使っている貴方に勝てるわけないじゃないですか!!!ダリア元団長殿!!!がはっ!!?」


 そう言って彼女は一瞬にして距離を詰めたダリアという騎士から横蹴りをまともに受けてしまい、また地面へと転がされる。


「私の知るお前ならこの程度簡単にいなせるだろう?私の鉄糸を軽く張り巡らせた程度で根を上げるお前ではないはずだ。」


「そ、それは・・・」


 彼女の言う通り、本来のフローラならばこの程度の拘束など物ともせず、その俊敏さを持って反撃に転じられる自信があった。しかし、それが出来ていない理由は単純なもので、ダリアが言ったように張り巡らされた鉄糸の特性による束縛が邪魔をしているからだ。


(それに……、レオの奴もダリア殿の鉄糸で拘束されてまともに動けない。2人がかりな上に、彼女もかなりお年を召されているというのに、何て実力か)


「おい!フローラ!いつまで寝ている!立て!」


 ダリアは指先に絡めた鉄糸を器用に操り、ダウンしたフローラの体に巻き付けると、人形のように遠隔で無理やり立たせる。


「ぐぅっ!」


「ほら、立って構えろ!まだ稽古は終わっていないぞ?」


「ま、待って下さい!!もうこれ以上は無理です!ここまで体中を縛られたら動けませんよ!?」


「そんなものは関係ない。王都で生温い生活を送っていたツケだ。訛っていた分、鍛えてやるから覚悟しろよ?」


 レオやフローラ、それ以外の竜蘭騎士団や白薔薇騎士団の何人かはこうして先代の白薔薇騎士団団長であるダリアに稽古をつけてもらっていた。


 稽古をつけてもらった経緯は、王都で顔を合わせるたびに何度も喧嘩ばかり繰り返す2人に辟易したアグラエィン王の命により、ここシール城塞に飛ばされたのであった。


 到着するなり、団長であるレオとフローラの2人は何処からともなく現れた鉄糸に体を絡め取られ、訓練場に引き倒された。

 そして、目の前に立っていたのが自分たちが新米だった頃に団長を務め、魔獣討伐の最中に怪我が原因で盲目になったことで引退し、教官として教鞭を振るっていたのだが……。


 彼女の武装は、鉄糸のみ。極限まで細く、長い金属製の糸を巧みに操りながら攻撃してくるのだ。訓練とは言えど、その糸に触れれば体が切断されてしまうだろう。

 しかも彼女は失明を理由に引退したとしても、気配のみで攻撃を繰り出してくる。その精度は精密機械並みであり、別名【人形師パペットマイスター】とも呼ばれている。


「ふむ。少し休憩するか。お前たちも休め」


 ようやく稽古という名の地獄のような時間が終わり、皆一様に安堵していた。


「はぁ、はぁ、レオ、生きてるか?」


「そっちこそ、生きてるよな?」


 大の字になって、呼吸を整えながらお互い生存確認をする。

いつもなら、ガン飛ばしながら睨み合う(照れ隠し)のだがこの時ばかりはそんな気力もなかった。


 白薔薇騎士団団長であるフローラとレオは確かに超人と言っていい人物だが、そんな彼女を手玉のようにあしらえるのは、この国では軍務元帥のアイアノス卿と、このシール城塞に常駐している白薔薇騎士団国境警備大隊の隊長ダリア、今は亡くなった先代竜蘭騎士団団長ぐらいである。


「相変わらず凄まじいな、あの人は」


「ああ、化け物じみた強さだ」


 レオの言葉に同意せざるを得ない。現役の頃の実力は新人の頃から知っていたが、まさか引退した後もここまで強いとは思わなかった。

 しかも、剣や盾もなし、槍も魔法もないのに、鉄糸一つで自分たち2人を軽くあしらうのだから。


「「はぁ~」」


 2人同時に大きな溜め息をつくと、近くで同じように扱かれていたお互いの副官であるアンジェラとオーネットがヘトヘトながら歩いてきた。


「大丈夫ですか?フローラ様」


「お怪我はありませんか?レオ団長」


「えぇ、何とかね」


「あぁ、すまんな。後で酒でも飲もうや」


 心配そうに声をかけてきた2人に対して、苦笑いを浮かべつつ返事を返す。

 いつもなら、喧嘩寸前の犬みたいに唸りながら威嚇するのだが、ヘトヘトなせいか剣呑な雰囲気はない。


((良かった。これがずっと続いて、そのままくっついてくれれば!!))


 アンジェラとオーネットの2人は、レオとフローラの歪んだ両片思いの成就に一歩進めると期待して、2人して密かに喜んでいた。


「まったく、騒々しい奴らよな」


 木陰で涼んでいたダリアは、盲目ゆえによく聞こえる聴覚から彼らの喧騒を聞いていた。

 その表情には微かに笑みが浮かんでいる。実力は確かだが精神的な未熟さを懸念していたが、あの様子なら色恋沙汰でも、騎士としても成就するだろう。そう考え、また一人静かに微笑むのであった。


 城塞の入り口からこちらに向かってくる、ドタバタした足音さえなければ、だが。


「だ、ダリア隊長!!!物見より報告!魔獣の群れを確認、数30!!!内一体は大型の地竜ランドロスです!」


「何っ!?」


「しかも、白薔薇騎士団員のリーアの目によれば隷属された個体との事!!!」


「サイレンを鳴らして、戦闘配置を!非戦闘員は中に避難させろ!」


 部下の報告に素早く指示を出し、自らも戦線に出るべく、準備する。


(まずい、大型の地竜となると下手をすれば要塞の壁を破壊されるぞ。今までは良くてもトロールぐらいだったが……)


「レオ、フローラ!聞いていたな!?準備ができたら、戦線に参加しろ!ここを守るぞ!」


「「はっ!」」


 こうして、『何度目』かのシール城塞での防衛戦が始まった。


ーーー

ーー


 シール城塞での出来事は伝書鷹を用いて王都アントンに届けられた。


「ふむ、これで通算7回目の襲撃か。どれも『使役』された個体だそうだ。やはり、帝国内のレジスタンスの活動が年々増えている、か」


「各地での魔獣の群れも、関連が?」


「いや、帝国内のレジスタンスの仕業だと確信できるのはシール城塞のみだ。他は突発的なものだ。問題ない」


「ですが……」


「ふむ、其方も私と同じ意見かな?」


 アグラエィン王は執務室の窓から空を見上げながら、傍らに控える宰相にして長年の友であったアーノルドに問い掛ける。


「は、はい。規制されても裏ルートで密入国したレジスタンスメンバーが各国で活動している疑念。ですが、私としては彼の国で義娘のエストレアが危険に晒されていると思うと、気が気ではありません。クローディン皇子が憎ましい……!!」


「落ち着かんか、アーノルドよ。気持ちはわかるがな。アイアノスにも言われたであろう、あの娘なら自力でやっていけると。信じてやるのも親の勤めぞ」


「は、はい。申し訳ありません」


 昂る感情を嗜められ、気持ちを落ち着かせたアーノルドを見てアグラエィン王はアーノルドを慰める。


「よい、君の気持ちも理解しているつもりだ。それにしても、帝国のレジスタンスによる活動は今までとは少し毛色が違うように感じるのだが、どう思うかね?」


「それは……、確かに。ただの勘ではありますが、嫌な予感しかしません」


 帝国内で今も活動していた、今までのレジスタンスは大した組織力もなく、小規模に留まっていた。

 だがここ近年、その組織力と、統率力の高さを感じるのだ。

まるで、軍略家がいるかのように。


「帝国と我が国を繋ぐ道はシール城塞を通らねばならない。他は標高が高い外輪山。ゆえに切り拓かれたあの場所以外行ける道がない。


唯一シール城塞の検査に引っかからないように入国できるとすれば、積荷に紛れることぐらい。故に万が一を想定してレオとフローラをシール城塞に送ったがな。ダリアによる再訓練も兼ねて、な」


 アグラエィン王の脳裏には、己の近衛を務めていた鉄糸で縦横無尽に暴れまわっているかつてのダリアの姿があった。


 彼女は現役時代に、毒蝘蜓ラウールを討伐した際、その毒を帯びた返り血を浴びて失明し、白薔薇騎士団団長引退となったが、それでも彼女ほどの実力者を手放すのは惜しかったため、アグラエィン王が直々に頼み込み、教官として復帰させた。

 そして、彼女が抜けた穴を埋めたのはフローラだ。生まれ持った神速と呼ばれる脚力と、卓越した戦闘センス。

 幼馴染であるレオも実力者であったが、2人の仲の歪みだけはアグラエィンや両騎士団にとって悩みの種だった。


 決意したのは数ヶ月前の魔王軍幹部と思われる女夢魔による襲撃事件。その解決した後、重症だったにもかかわらず、いがみ合う2人を色んな思惑があるもののシール城塞に送ったのは正しかったのか。

 少なくとも、あの2人が両片想いなのは口にはしていないが、全員知っている。


 この国の治安維持騎士団と近衛騎士団の団長がそのような関係なのだから、国民に知れ渡っていないわけがない。

 だが、まだ2人とも若い。ここで素直になってくっつけば良いのだが。

 まぁ、色々脱線したが、問題はーー


(レジスタンス、か。エストレア嬢のことは気掛かりではあるが、信じてやるのも上の務めよ)


そんな事を考えながら、アグラエィン王は窓の外を眺める。そこには、雲一つない青空が広がっていた。



⚫︎⚫︎⚫︎



「ズガールさん、皇都の宮殿に潜ませた仲間から連絡っス。ここの領主アリスの命令で冒険者一党が向かうらしいッス。多分うちらの討伐ッスよ」


 それなりに発展した街並みの、何処かにある廃れた廃屋で2人の男がおり、かなり屈強な男がもう1人の男からの報告を聞いていた。


 彼らは反政府組織ズガール派リーダー、ズガールとその側近であるラルクと呼ばれていた。


「ふん、冒険者か。また叩きのめせばいいだけだ。その一党の特徴は分かるか?」


「残念ながら、そこはかなり厳重だったみたいで、分からなかったッス。ただ女メインの一党らしいってのは分かってるようですが」


「……そうか。まぁ問題なかろう。所詮は女だ。そこそこ腕も立つだろうと、オレ達には勝てるわけがないしな」


 ズガールと呼ばれた男は、その指に嵌めた指輪を眺める。いかにも怪しげな商人から貰ったものだが、魔獣を支配出来るという、なかなか使い勝手がいい魔道具だった。


「了解ッス! それじゃ俺は次の作戦の準備に移るんで失礼するッス!」


「ああ、頼んだぞ」


 報告を終えた男はすぐにその場を離れていく。その様子を見たズガールはニヤリと笑い、呟く。


「待っていろ。すぐにこの国を変えてやる…。アランよ、テメェの首を掻き切ってやるのを楽しみにしてるんだからな……」


 食うものに困り、人肉に手を出さないと生きていけない者達のためにも、自分たちの行いを正当化し続ける。それがズガールの信念であり、そのために彼は反政府運動をしているのだ。


 しかし、自分には知恵を巡らせるのは苦手で、壊すことが得意だった。いや、壊すことでしか、国に訴えることができなかった。


「さて……そろそろ行くとするか…」


 ズガールは立ち上がり、部下を引き連れ歩き出す。

今回の作戦の向かう先はーーー



ーーー

ーー



「わぁっ、ここがアリス皇女の治めている街ですのね!?」


「はしゃぐなジェシカ。お遊びで来ているんじゃないんだぞ?ましてや、反政府組織レジスタンスの拠点がある街だ、変に目立つ行動は慎むようにしろ」


「分かってますわよ、お姉様。でもこんな機会滅多にありませんわ!帝国は鉱石に富んだ国!!私のゴーレムの躍進に繋がると思えばはしゃぐのも仕方ありません!!!」


 馬車の中で、三日かけて到着したアリスが治めている街、イスリウム・チェスターである。街の外壁は高く、大きな門にはやつれているものの、身綺麗な騎士達が立っている。

 そして大きな街だけあって、多くの冒険者が滞在しているようだ。商人の出入りもあり、皇都クラウディウスに次ぐかもしれない。


「確かに活気はあるが、……どうだろうな?」


「何か気になりますの?」


「これだけ栄えていたら反政府組織の連中も拠点作りやすい。そうなると私たちの動きにくくなると思ってな」


 活発な都市や街といった所ほど、レジスタンスのような組織は活動しやすい。

 なぜならば、そこに拠点を持つ勢力に情報が入りやすく、さらには人気ひとけが多いが故に、来たばかりの自分たちにはどこに目があるのか気を配らねばならないため難しい。


 さらに言えば、市民を人質に取れる。なんなら、アリスの言う通りなら魔獣を解き放って混乱させることだって出来るだろう。そうなればこちらはますます身動きが取れなくなる。


「お姉様は心配しすぎですわ。私達は私達のやり方でやりましょう」


「……そうだな。お前の言う通りだ。忘れてくれ」


 そんな会話をしながら私たちは門の前に立つ。特に何もなく街の中へ入ることが出来た。

 やはりというか、シェートリンド王国の王都やシェアトなどの街と比べて皆の士気は低く感じられる。

 その雰囲気に近い鉛のような曇天は、今にも雨が降り出しそうだ。


「とりあえずアリスの屋敷に着いてからだな。それからどうするか考えよう」


 皇都でアリスから自分の屋敷を使っていいそういう言葉をもらっている。念の為に、蜜蝋で封をされた手紙も待たされてもいた。

 そんなことを考えながら歩いていると、視線を感じる。ダークエルフのイルナとイザルナも不愉快な表情でキョロキョロと辺りを見渡している。

 その辺をあまり意識していないなのがジェシカだが、なにやらただならぬことを察知はしているようだった。


「ジェシカ」


「お姉様、嫌な視線ですわ。浮浪者か、或いはーーー」


「ああ、若しくは反政府組織レジスタンスだろう。警戒しておいて損はない」


「了解しましたわ」


 ジェシカは懐から大粒のペリドットを握りしめる。いつでも砕いて、ゴーレムを瞬間錬成、起動するつもりだ。エストレアは腰に差した剣に手をかけつつ、周囲を見渡す。


 すると、いくつかの建物の陰に数人の男達がこちらを伺っている。全員がナイフらしき武器を手に持ち、隠すことなく殺気を放っている。


 人数は6人。素人ではないが、手練れというわけでもない半端な殺気。


「ジェシカ、イルナ、イザルナ。ここは無視だ。人目がつきすぎる。目的の場所にさっさと向かおう」


 そう言って、男達を気にすることもなく歩き出す。当然、隙だらけと思って向こうは仕掛けてくる。路地裏の物陰から一人飛び出し、手に持ったナイフを投擲してくる。

 不意を突かれたら並の冒険者であればまず避けられないだろう程度には早いかもしれない。


「遅い」


 手首を器用に動かして、投擲されたナイフを跳ね返す。

狙わずとも、一撃で仕留めたと確信する。血の香りと砕けた頭蓋の音色。


 エストレアは彼らのことを後ろ目で一瞥した後、そのまま歩き出す。遠くから憲兵と思われる足音がきこえる。誰かが通報でもしたのだろう。

 同時に殺気を放っていた残りの人たちの気配も消えた。


 エストレア達は人々の喧騒の中へ消え、この街に逗留する為にアリスの屋敷に向かった。





簡素な人物紹介


ダリア


本名はダリア・シュスペル


シェートリンド王国、ベル・クラウディア帝国国境に位置するシール要塞の国境警備隊隊長にして、司令官兼騎士団教練官。

フローラの前任に当たる人物で、齢45歳。かつては国王直属の近衛の纏め役を務め、王国の最強の騎士と名が高い女騎士。

フローラが騎士団団長を就任する二年前に、魔獣の討伐の最中、失明したことで引退。以降はアグラエィン王の頼みという形で、王国騎士達の教官を担う。


主武装はミスリル製魔導鉄糸(ワイヤー)。魔力を通すことで、拘束、切断、貫通といった多彩な攻撃手段を持つ。

範囲も広く、こと市街戦など障害物が多い場所では無類の強さを誇る。


これを自在に操る彼女は今でも【人形師パペットマイスター】として恐れられている。

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