98.勇者リーゼロッテ
「加減しろこのバ火力女!! ここも更地にする気かてめぇ!!?」
「人命には変えられぬだろう。それに、少し気合が入り過ぎたかもしれぬが、加減はしたぞ?」
「加減して山が消し飛ぶとか馬鹿だろ!? 少し見ない内に非常識度がうなぎのぼりかよ!?」
「そっちは少し見ない内に服装が変わったな。師匠の真似か?」
「服装変わったのはテメェも一緒だろうが! 何だそのミニスカ! 歳考えろ!」
「失敬だな。戦う都度全裸になるよりマシだろう。この服であらば私の戦いで燃え尽きないのだから、贅沢は言えんだろう?」
砂狼の牙との戦いを終え、静寂に包まれた森の中に騒々しい会話が飛ぶ。
一人はライゼル、もう一人は、勇者と呼ばれた女性、リーゼロッテだ。
尚、もう外套は着ていない。
焼失してしまったので、着るも何も無いのだが。
「本当に知り合い、なんですか……? ライゼル様……?」
二人の言い争いが静まった頃合を見計らい、セレナがライゼルとリーゼロッテに問う。
セレナの隣では救助されたリンディが、セレナの足元にしがみつくようにして、ジッと様子を伺っている。
「……あー、そうだよ」
何でお前がここに、とでも言いたそうな表情を浮かべるライゼル。
その後、その感想を明後日の方向に投げ捨ててセレナの疑問に答える。
「――この真っ白な女騎士ルックの奴は、リーゼロッテ……俺の姉弟子様で、今代の"勇者様"だ」
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拿捕した砂狼の牙構成員は、一度に運ぶ事は出来ない。
なので監視を残し、翌日改めて連行する事で決定した。
尚、ニルスは捕縛する事は出来ず、逃亡を許してしまった。
しかしながら今回の交戦での情報は持ち帰られ、視力が良いといった重要な記録を追記し、より詳細な指名手配書へ情報が修正されるだろう。
セレナはリンディを連れ、一足早く戻る事になった。
セレナとミサト、そして何故か居たライゼルに加え、リーゼロッテが同行した。
史上最強、世界最強とまで呼ばれる、勇者リーゼロッテ。
彼女が同行するのであらば、リンディの安全は確保されたも同然なので、彼女が同行する事に誰も異論は無かった。
砂狼の牙に捕らえられていた人質も連れ帰りたいが、あくまでも今回の目的はリンディの救出であり、それ以外は二の次だ。
無論、見捨てる訳ではないので、増員が到着し次第、連れ帰る予定だ。
飛んで帰ろうとしたのだが、リンディが怖がった為、一同は徒歩で移動中である。
その帰り道、変なモノを見付けた。
「あっ!?」
無数のツタによって絡め取られ、宙吊りで拘束された人物。
凄く見覚えのある顔である。
「ら、ライゼル! ちょっと、助けてよ!」
「……何やってんだ、フィーナ」
バタバタともがくフィーナ。
手も足も何処にも着かない為、力を加える先が無くては脱出しようが無く、フィーナは虚しく宙吊りの目に。
「財布泥棒を追っ掛けてたら、何か変な罠に引っ掛かっちゃって、動けなくなっちゃったの!」
「どれ」
フィーナの靴を脱がせるライゼル。
ねこじゃらしを手にし、足裏に這わせる。
「ふひっ!? あひゃひゃひゃはははは!?」
「うわー、品の無い笑い方。うわっ、足くさっ!」
「やめろぉ!!」
「ぐげっ!?」
力を加える先が出来たので、裸足の足で全力でライゼルの顔面を蹴り付けるフィーナ!
ライゼルを蹴り付けた勢いが加わった為か、ツタの一部が千切れ、フィーナが「ふごっ!?」とか言いながら地面へと落下した。
「おのれぇ……! この俺様の美貌によくも……!」
「何が美貌よ、私より背が小さい分際で」
「身長は関係ぬええええだろうがよおおおぉぉぉ!!?」
巻き舌気味でフィーナを威嚇するライゼル。
そんな様子を、不安そうに見詰めるリンディ。
セレナの服を掴む、小さな手に力がこもる。
「ちょっと、リンディちゃんが怖がってるでしょ。やめなさいよフィーナさん」
「何で私が悪い事になってんの!?」
「日頃の行いだろ」
「日頃の行いはアンタが一番悪いでしょうがよおおぉぉ!?」
再燃するフィーナ。
「ふむ、知り合いみたいだが、彼女は一体誰なんだ?」
「フィーナ殿でござる。ライゼル殿の幼馴染らしいでござる」
「ほう。幼馴染か……」
リーゼロッテの質問に対し、ミサトが答える。
リーゼロッテは目を細めながら、ライゼルと、フィーナの二人を見やる。
「さて。積もる話もあるだろうが、一先ずここを離れよう。長話をするなら、落ち着いた場所の方が良いだろうからな」
良く通る声で全員を促すリーゼロッテ。
夜間という事もあり、夜に活動する魔物の襲撃もあったが、特筆する事は何も無い。
今、この世界でこの面々を倒せる相手は、誰も居ないのだから。
何も問題無く、ネーブルハイム邸へと辿り着いた。
涙し、リンディを抱きしめるハンス。
一方、リンディ本人は別に泣いては居なかった。
状況を飲み込めていないのか、もしくは案外根が図太いのかもしれない。
「有難うございます! まさか、あの時の女性が勇者様だったとは! 知らなかったとはいえ、非礼を詫びさせて頂きたい」
「いや、気にするな。私も身分を隠していたからな」
ペコペコとリーゼロッテに頭を下げるハンス。
貴族とは言うが、その地位は昔と比べてかなり低い。
今の国王、グラウベが貴族を徹底的に弾圧した結果、弱体化した為だ。
過剰な財源は接収され、私設兵も持てない。
ただでさえそうなっているのに、今の勇者は歴代最強だと謳われる程の存在。
力で抑え付ける事すら不可能。
彼女を止められる可能性がある人物として、唯一挙げられているのが"魔王"だが、今代の勇者と魔王の関係はやや良好、といった感じらしい。
譲れないモノがあれば衝突する可能性はあるらしいが、今の所そんなモノは無い模様。
つまり、勇者も魔王も、この世界で止められる人々が誰も居ない。
完全な独壇場であった。
無事リンディ誘拐事件を解決し、対価を支払うのは翌日まで待って欲しいとの事なので、一同は一晩を明かす事にした。
報酬を受け取った後、リーゼロッテの提案でアレルバニアへと向かう事になる。
「――ここは、良い街だな。活気もあるし、ファーレンハイトとロンバルディアで採れる良質な食材がうなっている。食材が良いから、食事も美味いモノばかりだ」
リーゼロッテと共に、一同は大衆食堂へと入る。
尚、勇者が今この地に居る事はバレてしまっているので、今回リーゼロッテは外套を身に着けていない。
その美貌、溢れ出るオーラ、宝石が霞む程の輝きを放つ剣。
必然、一身にその視線を受けるが、リーゼロッテはいたって涼しい顔だ。
「積もる話なら、食事でもしながらにしようか」
リーゼロッテが、それに続いてセレナ、ミサト、フィーナが着卓する。
尚、ライゼルは居ない。
露骨に表情を歪めながら、同行を拒否したのだ。
「――勇者様が私達なんかに話があるって、一体何ですか?」
フィーナが、口火を切る。
「そうだな、フィーナと言ったか。キミは、ライゼルの幼馴染と聞いているが、本当なのか?」
「ええ、そうです」
「他の二人も、ライゼルとは随分距離が近いように思えたのだが、どういう関係なんだ?」
「命の恩人でござる」
「フィアンセです」
フィアンセとか抜かすセレナ。
その表情は真顔である。
「ほう、そうか。ライゼルにもそんな人が出来るとはな」
スルーするリーゼロッテ。
勇者様の前で下手な事は出来ないと、フィーナがやや緊張している為、ツッコミ役が機能していない。
ツッコミ不在の空間である。
「お、お待たせ、しました! ゆ、ゆゆゆ勇者様! ご注文は!」
滅茶苦茶どもりながら、緊張でそのまま倒れてしまいそうなウェイトレスが注文を承りにやって来た。
勇者相手に下手をすれば、こんな店あっさりと潰されてしまうかもしれない。
そんな風に考えている為か、ウェイトレスは汗顔の極みである。
「そうだな、折角だしこの店のメニューに乗っている商品、全部一つずつ貰おうか。キミ達はどうする?」
「えっ?」
「へっ?」
「!?」
さも何でもないかのように、とんでもない注文をするリーゼロッテ。
このアレルバニア随一の大衆食堂、数多くのお客様からの要望に答え続けた結果、メニューにある商品は300種類を優に超える。
勇者という威光、その名に違わぬ実力。
その気になればいくらでも権力者と繋がれる彼女からすれば、金はどうとでもなるのだろう。
だが、金を払える事と食べられる量は別問題である。
もしかしたら、フィーナ達の食事をおごってくれる――と考えるかもしれないが、それは違う。
リーゼロッテは「キミ達はどうする?」と、注文してから聞いている。
つまり、それは「私はこれを全て食べるが、どうする?」という意思表示なのだ。
「あ……じゃあ、私はこのバウムクーヘンを……」
「なら、このフルーツ盛り沢山クレープで」
「鮎の塩焼きで頼むでござる」
どうやってその量を、そのモデル体系な胃袋に収める気だ。
そんな疑問を、食堂に居た全員がリーゼロッテに対し抱くが、恐れ多いとその疑問を全員が例外なく、飲み込むのであった。
よく食べる子はよく育つ




