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97.白焔の剣姫

「チッ――恐れてた事が……!」


 人質を取られるのが一番面倒だと、考えていた。

 故にそれを許さぬ強襲速攻で蹴りを付けようとしたのに。

 ニルスという想定外の要素によって、その作戦は瓦解した。

 鷹の目、千里眼とでも例えたくなる程の鋭き眼光。

 予想出来ない奇想天外な挙動、ここに居る誰もが見た事が無い装備。

 銃というロンバルディア共和国産の武装、その中でもかなり特殊な魔法科学によって動くリボルバーに銃弾。

 挙動を予測出来ず、ニルスに散々翻弄された結果、時間を浪費し、砂狼(さろう)(きば)に動揺から立ち直られてしまった。


「至る所から恨まれてるだろうし、何処の差し向けた連中かは分からないっすけど、大人しく投降するっすよ~」


「――どうするでござるか?」


 小言で、指示を仰ぐミサト。

 その先には、セレナの姿。

 元々、リンディの家庭教師として雇われていた事と、実力も充分であった為、最終的な決定を下すのはセレナの役目であった。


「……私達の目的からすれば、あの人質がどうなろうと知った事じゃないけど。下手に刺激して、後ろに隠されてるであろうリンディちゃんに危害が加わったらアウトよ。今は、静観するしかないわ」


 セレナが周囲に目を配らせると、全員が武器を構えたまま、じっとニルス達の方向を注視している。

 いや、一人だけ違った。

 外套の女性が、何故か首を傾げていた。


「ちょっと。貴女、状況分かってるの?」


 そんな、良い意味では動じていない、悪い意味では呑気な態度を見せる外套の女性に対し苦言を呈すセレナ。


「大丈夫だ、理解している。人質とは厄介だな、ああいうのは苦手だ、私の克服課題だな」


 声に動揺は見られない。

 それどころか苛立ちも無い。

 うろたえていないのは良いのだが、物分りが良いというか、冷静過ぎる。

 まるで、チェスの盤面を見ているプレイヤーのようだ。


「……さて。私を目の仇にしているアイツが、大人しく言う事を聞いてくれるかどうか」


 外套の女性が、独りごちる。


「セレナ、と言ったな? 上手く行くかどうかは分からんが、私が注意を引き付ける。あわよくば、この事態を打開出来るかもしれん。もし隙が出来たら、人質を奴等から引き剥がしてくれ。出来るか?」

「……出来るかは分からないけど、やるしか選択肢が無いでしょ」


 ニルス達には聞かれぬよう、小言で打ち合わせるセレナと外套の女性。


「でも、どうやって注意を引き付ける気よ?」

「簡単に言えば、別働隊だ。まあ、上手くいかないかも知れないがな」


 そう言うと、外套の女性が大きく息を吸い込む。


「お前達! 私達だけを注視していればそれで大丈夫だと、本当にそう思っているのか!?」


 静まり返った夜の森に良く通る、透き通った声だ。


「別働隊が居る可能性を、少しでも考慮するべきだったな!」


 セレナは外套の女性の声を聞きながら、その胸中は穏やかではなかった。


 ――ハッタリだ。


 リンディ奪還作戦に参加した人員は、ここに居る人々で全員。

 情報を漏らすと相手側に対処される可能性があった為、ここに居る以上の増援は無い。

 別働隊など、居ない。


「ハッ! だったらやってみろ! そんなハッタリに騙されるとでも思ってんのか!?」


 砂狼(さろう)(きば)の構成員、その一人が野次を飛ばす。 

 当然の答えだ。

 そんなモノが居るのなら、こんな風に臭わせたりせずにさっさとその手札を切れば良い。

 それをしないという事は、別働隊など存在しないという事だ。

 相手方も分かっている為、まるで嘲笑うかのような口調だ。


「なら、遠慮なく。懐かしい気配がこの辺りからするのでな」


 ――別働隊など、居ない。

 だが。


「――ライゼル・リコリス!! そこに居るのは分かっている!! 何をしてるのか知らんが、貴様ならこの状況を打破出来るだろう!! とっとと出て来んか!!!」


 思惑の範囲外で動く、無関係の人間(ライゼル)が、そこに居た。



―――――――――――――――――――――――



「ハッ、これ以上ハッタリに付き合って――」


 男が、倒れる。

 まるで糸が切れたかのように、力無く地に伏す。

 それを契機に、周囲の人々が、次々に予兆無く倒れていく。

 だが、倒れていくのは砂狼(さろう)(きば)だけではない。

 人質の女性も、それと時を同じくして倒れ伏す。

 ――無差別攻撃。

 そう、攻撃だ。

 状況的にそうだとしか考えられない。

 察知の出来ない、不可視の攻撃。


 ニルスが、考えるより早く、反射的にその場からワイヤーガンで飛び退く!

 この判断が功を奏し、ニルスだけは死地を潜り抜ける事に成功した。

 逃げる方向も、これは完全に偶然だが、ニルスに味方した。

 ニルスは"上"に逃げたのだ。


「――何でお前がここに居るんだよ……!」


 突風。

 苛立ちの混ざった声色。

 黒衣の男――ライゼルが人質達の前に姿を現しながら、悪態を吐く。


「なに、ただの成り行きだ。そういうお前こそ、一体何故こんな場所に居たのだ?」

「――答える義理は無ぇよ」


 ライゼルは外套の女性から視線を逸らす。


「上に居る連中は知らねえが、ここと奥に居る連中は全員、昏倒してるぜ。急いで救助すれば意識は戻るぞ。放っとくと死ぬけどな」

「――また、あの気体か?」

「便利だからな」

「ここは、私とあの男に任せろ。他は、倒れている連中に大量の酸素を吸わせろ!」

「えっ? お、おう。分かった!」


 外套の女性の指示に従い、倒れた人質達の場所まで向かう一行。


「えっ、し、知り合い……ですか?」


 まだ混乱の波紋が静まらないまま、セレナが外套の女性に問う。

 何しろ彼女の呼び掛けに答えるように、良く見知った顔が現れたのだ。


「ああ、昔同じ屋根の下で同じ釜の飯を食った仲だ」

「なっ――」


 絶句するセレナ。


「腐れ縁、とも言うのかも知れんがな。それより、まだ終わってないぞ」


 外套の女性が、意識を洞窟の上方へと向ける。

 砂狼(さろう)(きば)の構成員は、銃という武器の特性を最大限に生かす為、広がった状態で配置されていた。

 内、人質の居た中央部分とそこから下の面々はライゼルの攻撃により無力化された。

 だが、上部はまだ無傷であった。


「――何したのか知らないっすけど、やってくれたっすね!」


 ニルスは、苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。

 距離は遠いが、それでもまだ銃による攻撃の射程内だ。

 その銃口を倒れた人質達に向ければ、再び人質達は砂狼(さろう)(きば)の手に落ちる。


「おい、人質はもう居ねえぞ。上に居る連中は、全員砂狼(さろう)(きば)の構成員だ。だったらこれ以上俺様に頼ってんじゃねえよ」


 腕を組みながら、苛立った様子を隠しもしないライゼル。


後は全部敵(・・・・・)だ」


 そう言い残し、ライゼルは突風と共に姿を消した。


「――ほう。もう、そこには居ないのだな?」


 外套の女性が、僅かに覗いた口元をクイッと歪めた。


「よし、分かった。お前達、絶対に私の前に出るなよ?」


 一歩、また一歩進む。

 外套の女性の周囲が揺らめく。

 人質と、同行した面々を守るかのように。

 未だ健在の脅威に対し、彼女は剣を抜く。

 もうそこに、敵しか居ないと分かったから。


「奴等の自信とやらを――真っ向から焼き払う!!!」


 裂帛(れっぱく)の怒声と共に、外套の女性は、外套の下に隠していた自らの武器を衆目に晒す。

 何故、武器を隠すのか。

 敵に自らの使う武器を知られれば、自ずと対処される。

 そう考えれば、隠すのも頷ける。


 だがしかし、彼女は違う。

 彼女の武器――剣は、余りにも有名過ぎた。

 幾多の脅威を退け、数多の人々の希望を背負い、その剣は、この世界において象徴となっていた。

 掲げるだけで人々が、国が、世界が、動く。

 有名過ぎて、いらぬ騒動を起こし、隠密には到底向かない。

 その剣は、見られればバレてしまう。

 戦い方が、ではない。


 "誰か"が、バレてしまう。


「悪しき闇を断ち斬る、焼滅の波濤――!」


 彼女が外套を常に身に着けていたのは、その為だ。

 脱げば、誰かがバレてしまう。


 ――彼女の着ていた外套が、焼け落ちていく。

 彼女の持つ剣から放たれる、膨大な熱量を至近で受けた影響で、自然発火したのだ。

 外套の下から現れるは――白。

 足には西洋の甲冑を彷彿させる、銀色に輝くプレートブーツ。

 膝上というかなり短いスカートには、高そうな金糸の刺繍が施さている。

 白と赤を基調とした衣服の上に、胸部を守るようにプレートを重ね着している。

 ブロンドのロングヘアを後ろでポニーテールにし束ねており、肌は白く透き通って、傷一つ見当たらない。

 太股などを大胆に露出した、あまり戦闘には向いていないような装束。

 だがその衣服は、外套が焼失する程の熱気に晒されても自然発火せず、その姿を保ち続けている。

 恐らく、普通の衣服ではない、魔法の絡んだ代物なのだろう。


 陽炎の生じる熱気の中、彫刻の如き美貌に浮かぶは――それとは正反対の、獰猛な笑み。


焼波(しょうは)――」


 剣先が、揺らぐ。

 目の情報処理能力を超えた速度か、それとも岩すら溶解しかねない莫大な熱量故の陽炎か、はたまた両方か。

 かくして、それは放たれた。


断界剣(だんかいけん)ッッッ!!!」


 ――黎明、朝を告げる太陽の輝き。

 そう例えたくなる程の、いっそ美しさすら感じさせる光であった。

 山間から覗く太陽の如き、地平線へ広がる一条の光。

 それが、目の前に現れた。

 彼女の裂帛の怒声と共に、振り抜かれた炎の刃。

 いや――炎だとか刃だとか、そんな例えが陳腐にしか思えぬ、最早人の身で扱えるような代物ではない、全てを終わらせる圧倒的大破壊。

 天文学的熱量による、斬撃を超えた――レーザーとでも言うべき一閃。


 目の前に広がるのは、信じられぬ程に開けた、雲一つ無い夜空。

 膨大な熱量、攻撃範囲の影響で、雲が、消し飛ばされたのだ。

 山の断面が溶解し、原初の姿を彷彿させる溶岩の海原を形成する。

 木々も、土砂も、訳隔てなく。

 蒸発し、焼失する。


 山体崩壊、頂上部が、何もかも吹き飛ばされていた。


 何が起きたのか、理解出来ない。

 理解の範疇に無い衝撃に、その場に居た全員が、沈黙。


「今のはわざと外した。次は無い! 私は手加減が苦手なのでな、灰になりたくなければ大人しく投降しろ!」


 ――威嚇射撃、ならぬ威嚇斬撃。


 一体どれ程の魔力を込めれば、これ程の破壊力を生み出せるというのか。

 それを単身、比較的短い詠唱でやってのける。

 しかもそれが、間違いなく断言出来る必殺の一撃が――ただの警告、威嚇攻撃。

 息も切らさず、涼しい表情。

 それは、その気になれば彼女はこれ程の破壊力をまだ使用出来るという事実を否応無しに思い知らせる。

 その事実に、敵も味方も、頭の処理が追い付かずにフリーズする。


「ちょっ、えっ、な、何で!?」

「ああ、済まない。騙していた訳ではないのだ、騒動が起きると色々面倒だろう?」

「は、白焔(はくえん)剣姫(けんき)――!?」

「な、何で"勇者"がここに!? 聞いてねえぞ!?」


 常識外の大破壊の直後、空いた心理の隙間に突き刺さる"勇者"の存在。

 ファーレンハイトに限らず、世界に名を轟かせる、人類最強とでも言うべき"勇者"という存在。

 誇張していないただの事実を羅列しているだけなのに、その内容がどれも御伽噺。

 曰く、一分もしない内に万の軍勢が灰燼と帰した。

 曰く、山にあった魔物の住処が更地(・・)になった。

 曰く、隣に立っていた人間が自然発火を起こした。

 曰く、剣を身体に突き立てたと思ったら剣が蒸発していた。

 余りにも馬鹿馬鹿しいその全ての内容が――事実。


 人類の、勝利の体現者。

 それと敵対するという事は、即ち敗北あるのみ。

 ましてや、今代の勇者は歴代最強とも呼ばれる存在。


 戦意が、失われていく。


「うひー、勇者様が出張ってくるとかこーりゃ無理っすねー……大人しく尻尾巻いて逃げるに限るっすよ」


 ニルスが、勢い良くホイッスルを吹き鳴らす!

 直後、砂狼(さろう)(きば)構成員が蜘蛛の子を散らすが如く散って行く。

 人質の無事を確保し、それに関わらない面々は追撃に出る。

 リンディも洞窟の中で縛られている姿が確認され、無事保護された。

 彼女だけは気を失っておらず、どうやらライゼルの不可視の攻撃の対象外になっていたようだ。

 縛り上げられた子供が敵な訳が無いと、ライゼルは攻撃しなかったのだろう。



 この日をもって、アレルバニア郊外に潜伏していた砂狼(さろう)(きば)のアジトは消滅した。

 貢献度合いとしては、圧倒的にライゼルの比率が大きいのだろう。

 だがしかし、"勇者"リーゼロッテの名はその黒を塗り潰し。

 勇者がまた人命を救ったと、アレルバニアの民衆に祭り上げられる。

 また、御伽噺のような事実が、勇者の経歴に書き連ねられるのであった。

最強の勇者様、登場。

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