96.ニルス・トリニータ
「――何故分かった」
「ああ。私、単純に目が良いんすよ。目が良くなきゃ狙撃手なんてやってられないっすからね~」
男の一人が、ニルスに対し問うと、あっさりと彼女は答えた。
本来、敵に気付かれたのであらばこんな風に無駄話をしている場合ではない。
にも関わらず、このような無駄話をしているのには理由がある。
砂狼の牙、特にその幹部格と呼ばれている構成員に関しては、非常に情報が少ない。
少しでも情報を引き出せないかという、あわよくばの魂胆である。
無論、ニルスがこれに対し沈黙を貫くならそれで終わりなのだが、彼女は特に気にする事無くその話題に乗っかった。
「夜目が随分と利くんだな」
「褒めても別に今後の処遇を良くしたりなんかしないっすよ~」
「だろうな!」
吐き捨てた台詞を置き去りにする、肉体強化任せで大地を蹴り抜く!
太刀を構えた強面の大男が、ニルス目掛け、一呼吸の間に接近し、太刀を振りかぶる!
「ガンナーなら近付かれたら――」
「あ、そういうの良いっす」
ニルスの動きは、早かった。
迫る太刀に対し――足は動かない。
代わりに動いたのは、手であった。
手元が見えない程の速度で、腰の銃を抜く。
リボルバー……否、これはリボルバーではない。異形の銃。
その銃口は、何故か男に向かず、明後日の方向へ。
直後、炸裂音。
ニルスが引き金を引く。
男の振り抜いた太刀は空を切る。
そこに居たニルスが、姿を消したのだ。
否、居なくなった訳ではない。単に、超速度で移動したのだ。
ワイヤーガンという非常に特殊な装備。
それは攻撃ではなく、遠方や高所へと移動する際に使用する移動用装備。
ロンバルディア共和国という、魔法科学の研究から生まれた産物の一つ。
樹へとワイヤーガンを放ち、固定。
もう一度引き金を引いた事でワイヤーが巻き上げられ、その牽引に身を任せたニルスが勢い良く真横へ吹き飛んだのだ。
後ろに下がるとか、そういった常識的な回避手段を想定して行動していた男は、余りにも予想外な回避方法に一瞬面くらい、思考に空白が生まれる。
それを、ニルスは逃さない。
肩にホールドしていた大口径ライフルを片手で構え、その銃口が男へと向けられる。
躊躇い無く引き金を引き、ニルスの魔弾が男へと放たれた。
その凶弾は、男――ではなく、大地に突き刺さり、地面を爆ぜさせた。
「おぐっ!?」
「ボサッとしてんじゃないわよ! 死にたいの!?」
「す、すまない……助かった……ッ!」
男の回避は、間に合わなかった。
苦肉の策で、セレナが杖の過熱に構わず無詠唱で魔法を行使、鎖を男に向けて射出とでも言うべき速度で撃ち出したのだ。
鎖に吹き飛ばされ、男は近くの木に叩き付けられたが、致命の一撃は避けられた。
かなりの衝撃だったはずだが、それでも武器を取り落としていない所は流石である。
「何処の誰だか知らないっすけど、死んで貰うっすよ!」
「散開!!」
篠突く雨とでも例えるべき、集中砲火。
枝葉を穿ち、その空間を削り取る程の苛烈な攻撃。
それはニルスの背後、洞窟の奥からやってきた。
横並びで銃口を向ける、砂狼の牙構成員。
ニルスの援護だとばかりに、濃密な銃弾の嵐を叩き込む。
「あっちを先に潰せ!!」
誰かの声に賛同し、遠距離攻撃手段を持つ者が洞窟に向けて魔法を放つ!
それは真っ直ぐに飛び――空中で軌道が不自然に曲がる。
洞窟まで届かず、失速し勢いを失った魔法が地面へと着弾。
「残念! そういうのはアルバートの奴が対策済みっすよ!」
「チッ、嫌らしい小細工だねぇ!」
雑魚から潰そうという思惑が潰された事で、悪態を吐くエキドナ。
ならばとニルスに攻撃が向けられるが、届かない。
ワイヤーガンとしなやかな身のこなしが組み合わさったニルスの軌道は、変幻自在。
木々という障害物を味方に付け、人数差をものともしない。
相手の攻撃は木々に隠れてやり過ごし、自分の攻撃は木々の合間を縫って的確に放つ。
自分も相手も動き回っている中で、銃弾という点の攻撃をここまで使いこなす。
賊などという、国に追われる立場に身をやつしていなければと、惜しまれる程の腕だ。
「ええい、ちょこまかと――!」
ニルスと同様、ガンナーであった一人の女性が木々に背を預けながら一人ごちる。
ワイヤーガンなどという聞いた事も見た事も無い余りにも特殊な装備に対応出来ず、上手く狙いを定められない。
「――早いな。やはり、こういう状況は苦手だな」
外套を着た女性も、何やら苦手な状況に直面しているらしく、中々攻撃に移れていない。
また、攻撃を放ってもかわされる、命中させられないでいた。
とんでもない速度で飛び、跳ね、その上的確に攻撃を加えてくる。
ニルスの厄介な点は、それがほぼ全てであった。
普通、これ程大きく動き回れば、それだけ体力を消耗して追い込まれるのが常識だ。
だが、ニルスはワイヤーガンという身体能力に頼らない手段で移動している為、これ程派手な動きをしておきながら、大して体力を消耗していない。
攻撃自体はそれ程殺傷性が高くない為、被弾したら即死という程でもないし、最悪防具で固めている者ならば直撃しても一発二発程度なら耐えられるかもしれない。
しかし結局、ニルスの動きを捉えられなければ意味は無い。
一方的に撃たれっ放しでは勝負にならない。
――だが、この戦況を変えられる可能性が一人。
「少々、動きが直線的過ぎるでござるな!」
ニルスの動きは非常に早い。
だが、その動く先は常にワイヤーガンの誘導に従っており、一度動き始めるとそう簡単には軌道を変えられない。
無論、飛んでいる最中に木を蹴って強引に軌道を変える事は出来る。
だからこそ、息を潜め――ミサトは狙っていた。
飛んでいる最中、ニルスの手足が届く範囲に木が無い、このタイミングを。
今ならば、ニルスは飛んでいく方向を変えられない!
一足でトップスピードに達したミサトは、最速の剣閃を抜き放つ!
「それも知ってる」
――ワイヤーのフック部の固定を解除。
慣性に任せた動きのまま、ニルスは空中に放り出される。
迫る白刃。防御の気配は見せない。
それに対する解答だとばかりに、ニルスはホルスターからリボルバーを抜く。
ガンナーが見れば舌を巻く程の素早さだが、それでもホルスターから抜いて、ミサトに照準を合わせ、引き金を引く前に。
ミサトの白刃がニルスの首を刎ねる方が早い。
――直後、ニルスの姿が消える。
ミサトの一閃は、虚を切った。
ニルスの照準は、間に合わない。
ならば、照準など合わせなければ良い。
抜いた直後、ニルスはリボルバーの銃口を明後日の方向に向け、引き金を引いた。
銃口から放たれたのは弾丸ではなく、魔法。
通常の銃弾同様、使用回数という制限があるが、ニルスの使用する特殊武器――魔法銃は、無詠唱であるにも関わらず、最大効率での魔法運用を可能とする。
ニルスの放った魔法は、瞬間的に強烈な突風を放つという、それだけの魔法。
本来、近付かれた敵を吹き飛ばすのが主要な目的だが。ニルスはこれの反動を受ける事で、動けない空中で軌道を捻じ曲げたのだ。
「魔弾の射手の切り札! その身で味わうが良いっす!」
ニルスは、ミサトの真上に居た。
リボルバーからライフルへと持ち替え。
片手で撃っていた今までと違い、両手でホールドし、その銃口は真っ直ぐに、ミサトへと。
その違和感、本能とでもいうべき感覚に従い、反射的に回避行動に移るミサト!
自らの足を痛めかねない程の勢いで木を蹴り付け、身を滑らせるようにして強引にその射線から外れる!
「術式展開、超電磁加速砲! ぶっちぬけええぇぇ!!」
弾着。
衝撃波と運動エネルギーを叩き付けられた地面が悲鳴を上げ、土砂を空へと巻き上げる!
その余波を受け、強引に回避した影響もありミサトは体勢を崩され、木々に身体を叩き付けられた。
「ちょっ――!?」
まだ空中に居るニルスに対し、迫る緋色の一閃。
まるでドラゴンが放ったブレスの如き圧倒的な熱量が、夜空を朱で染め上げた。
ワイヤーガンによる引き戻しで軌道を再び変え、それを首の皮一枚で回避するニルス。
「――ようやく射線上に誰も居なくなったというのに……思いの外早いな」
思わず目を見開く程の、圧倒的な大魔法。
それを放ったのは、外套の女性であった。
どうやらその膨大な熱の余波を受けたせいか、外套の手元の辺りが焼け落ちていた。
「い、今のはヤバかったっすね……こりゃ、手段選んでる場合じゃなさそうっすね」
ニルスは、警笛を数回吹き鳴らした。
恐らく、砂狼の牙に対する何らかの合図であろう事は容易に想像が付いた。
そしてそれは、当たっていた。
「テメエ等動くんじゃねえ! 動いたらここに居る女を一人ずつ殺していくぞ!」
目的とは、違う。
砂狼の牙が洞窟の奥から連れて来た人の中に、リンディの姿は無い。
だが、怯えた目の色を浮かべ、震えている女性達。
数は、5人。
その5人に対し、銃口が向けられていた。
「こういうの、私の趣味じゃないからあんまりやりたくないんすけどね~。どうもそうも言ってられないみたいっすから、切れる札は切らせて貰うっすよ~。さ~、お兄さんお姉さん方。武器を捨てて大人しく投降するっすよ~」
賊とは思えぬ程の、悪意の無い純粋な笑みを浮かべつつ。
人質の女性の一人に銃口を突き付けながら、ニルスはそう告げた。




