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95.深夜の奪還作戦

 ハミルトンが、木製の扉を叩く。

 一呼吸間を置いてセレナが扉から顔を出す。


「準備が整いました、セレナ様も玄関ホールまでお越し下さい」


 何時呼ばれても良いよう、既に準備を整えていたセレナはハミルトンの指示に従い、玄関ホールまでハミルトンと共に向かう。

 そこに居たのは、10人に満たない僅かな人々。

 だが、顔付きや雰囲気が堅気の者ではない。

 死線を潜り抜けたであろう、強者の気配。

 数は少ないが、セレナと比較しても戦闘能力は決して劣らないであろう猛者ばかりだ。


「――ん? セレナ殿ではござらぬか」


 後ろで纏めた黒髪を揺らしながら、ミサトが歩み寄る。


「あら、ミサトさん。まさか貴女が来るとは思わなかったわ」

「エキドナ殿とハミルトン殿に誘われてな。一応、待っている間に詳しい話は聞いてるでござる。リンディという少女を救い出して欲しいと。セレナ殿もそうでござるか?」

「……結果的にはね」


 一つ小さく溜め息を吐き、セレナは周囲を見渡す。

 皆、装備や体格なんかを見れば実力のおおよそは測る事が出来る。

 だが、その中に一人だけ外見で判断出来ない人物が居た。

 屋内であるにも関わらず、目深にフードを被り、壁面に背を預けた一人。

 全身をスッポリと覆い隠す古惚けた外套は、外見から装備や性別を判断する事を阻む。

 しかし、全く情報が無い訳でもない。

 外套は全身を包んでいるが、その線は細い。

 男か女かは分からないが、外套の下に鎧なんかを着込んでいればその分、外套を纏っていてもシルエットが膨れ上がって太くなる。

 そうなっていないという事は、セレナやミサトのように軽装、もしくは防具を着ていたとしてもフィーナのように必要最小限なのだろう。


「……?」

「皆様、急な申し出を受けて頂き有難うございます」


 外套の人物に対し、今まで感じた事が無いような奇妙な気配を感じ取り、首を傾げていると、この邸宅の主たるハンスが姿を現す。

 意識と視線をハンスへと向けるセレナとミサト。


「お願いします。私の娘を、リンディを、救い出して下さい」


 感情の篭った声色で、ハンスはホールに集まった面々に対し、頭を垂れる。


「別に、貰えるモンさえ貰えればそれで良いさ」

「日頃から世話になってるしね」

「時間が惜しい。そろそろ出発したいのだが、良いか?」


 そんなハンスに対し、口々に、自らの考えを告げる人達。


「――砂狼(さろう)(きば)のアジトは、アレルバニアの北東、その山岳地帯にあると見ている。距離は大体50キロだと報告が上がっている」


 ハンスはハミルトンに目配せする。

 察したハンスが一度扉の向こうに消え、その後、黒い外套を複数手にし、ホールへと舞い戻る。


「闇に紛れて強襲する。なので皆には、この黒い外套を着て貰いたい。少しでも敵に見付かり辛くしたいからな」


 ハミルトンが、用意した外套をセレナに、ミサトに、そして全員に配布する。

 受け取った者から順に、その外套を羽織る。


「すまない、少し良いだろうか?」

「何でしょうか?」


 ハミルトンから外套を受け取った、先程壁面に背を預けていた外套の人物が声を上げる。

 その声は、澄んだとても良く通る、凛とした女性の声であった。


「その外套を着るのに、少し部屋を借りたい。構わないか?」

「? 部屋、ですか?」


 ハミルトンは首を傾げる。

 服を着替えるのであらば、女性が部屋を借りるというのは理解出来る。

 だが、たかが外套を羽織るのに部屋を借りる意図が理解出来なかったのだ。


「それは、まぁ、構いませんが」

「有難う。それともう一つ聞きたいのだが、この外套、いざという時には燃えてしまっても構わないか?」

「……質問の意図が分かりませんが、それは貴方がたに差し上げるつもりですので、貴女様が構わないのであらば私どもとしては別には構いませんが……」

「そうか、感謝する。では、そこの部屋を借りるよ」


 カツカツと足音を響かせつつ、外套の女性は扉の奥へと消える。

 ただ自分の着ていた外套を脱ぎ、黒い外套に着替えるだけなので、10秒と経たずに再びホールへと戻ってきた。


「済まない、待たせたようだな。では出発しようか」


 外套の女性の発言を切欠に、集められた全員がホールを後にする。


 目指すは、砂狼(さろう)(きば)のアジト。

 闇に紛れた、深夜の奪還作戦がスタートする。



―――――――――――――――――――――――



 明かり一つ無い、曇天の空を人影が走る。

 ホールに集まった人物の内の一人、エキドナという人物が飛行魔法を使えるとの事だった為、飛行手段が無い人物は全員彼女の術に乗って移動していた。

 尚、セレナだけは自前で飛行出来る為、エキドナの負担を減らす為に杖に腰掛けて跳んでいる。

 エキドナという女性の話では、距離が遠いのでこのまま全員で飛んで、目的地に向かうのは魔力的にキツいとの事だ。

 だが飛んだまま目的地に向かえば目立って仕方ないので、最初からある程度飛行で移動した後、徒歩で移動する作戦となっている。


「――確かに、ここに居るらしいな」


 一人の男が、ポツリと漏らす。


「分かるのかい?」

「ああ。獣じゃない、明らかに人の移動した痕跡がある。近くに集落も街道も無い、こんな鬱蒼とした僻地にそんな痕跡があるのは不自然だ」


 砂狼(さろう)(きば)の構成員が往来している痕跡なのだろう。

 それを目敏く見付け、男は確信した。


「ここから先は罠が仕掛けられてる可能性もある。気を抜くなよ」


 砂狼(さろう)(きば)は、国際指名手配されている程の巨大組織だ。

 国に追われる立場の連中が、襲撃に対し備えていないとは考え難い。

 男の言葉を受け、全員が気を張り、鬱蒼とした森の中へと足を踏み入れるのであった。



「――そこに、迎撃用の罠があるな。物理ではなく魔力で稼動するタイプだ」


 凛とした声の女性が、警戒を促す。


「おっと、良く見たら確かにあるね。えらく詳しいじゃないか」

「身内にこういう罠を仕掛けるのが得意な男が居てな、専門ではないがその影響で多少知識が付いているんだ」


 良く注視しなければ分からないような、木々の合間に隠蔽するようにカムフラージュされた罠に気付いた女性に対し、エキドナが素直に賛辞を送る。

 尚、ミサトは気付いていなかったがセレナはこの罠の存在に対し気付いていた模様。

 さり気無く、罠から距離を離していた。


「残して置くと撤退時に不利だ、破壊しておくか?」

「いや、解呪すると外部に警報が行く可能性もある。もしそのパターンだと人質が危険だ」

「無視して進んだ方が良さそうだね」


 誰かが提案した、破壊しておこうという案を凛とした声の女性が遮る。

 どうやら罠かどうかは判断出来るようだが、その罠がどんな性質を持っているか、それを調べる術は持っていないようだ。


「最悪、破壊するだけならば何時でも出来るが……どうする?」

「やめておきましょう。確かにこれの破壊をトリガーに余計な罠を踏むと取り返しが付かないわ、リンディちゃんの救出が第一なんだから、余計な事はしないでおきましょう」


 セレナは無視して先に進む事を提案し、他の一同もその提案に頷いた。



 奥へ、奥へと進んで行く。

 既に報告で上がっている砂狼(さろう)(きば)の拠点は近いはずなので、簡潔な受け答えのみで私語は慎む。

 各々が周囲に気を配り、不意の襲撃を警戒する。

 今の所、誰にも気付かれず順調に進んでいた。


「――ありゃりゃ。アルバートの罠すり抜けられてんじゃないっすかー」


 ここまでは。


「あんだけ自信満々に仕掛けといてコレじゃ世話無いっすねー」


 全員の視線が、声の方向へと一斉に向く。

 その声の主が何者か、それを確かめる暇も無く。

 闇夜を切り裂く、甲高いホイッスルの音。


「他の奴等ならまだ隠し通せたかもしれないっすけど、よりにもよって私が外に出てる時に来るなんてね~。ま、ご愁傷様って所っすね、侵入者さん?」


 誰かが舌打ちをする。

 直後。巨大な光球が上空に昇り、周囲一体を真昼かと思わんばかりの光が照らし出した。


「バレた以上、闇に紛れる意味も無い。少しでも周囲を見渡し易い方が良いだろう」


 声の主は、外套の女性であった。

 それもそうだと周囲も無言で察し、身に付けていた外套を脱ぎ捨てた。

 隠密する意味が消えた以上、着ていては寧ろ動き辛いだけだ。

 尚、外套の女性は周囲が外套を脱ぎ捨てても未だに外套を身に付けたままである。


「――おい、アイツは!?」


 男の声に驚愕の色が浮かぶ。

 光球によって照らし出された、光の中。

 そこには、男が――否、ここに居る全員が良く見知った顔が存在したからだ。


 翡翠色の瞳に、(とび)色の髪。

 セミロングの髪の毛先はカールしており、その頭頂部にはカウボーイハットを被っている。

 チューブトップにホットパンツ、皮のブーツという、露出の多い肌色面積の多い出で立ち。

 はっきり言ってスタイルに自身が無いと到底出来ない格好だが、出るべきは出てくびれるべきはくびれた、すらりと伸びた足に健康的な小麦色の肌と、だらしなさ皆無の女性らしい見事なスタイルを誇っている。

 腰に巻いた太いベルトの両脇には、ホルスターに収めたリボルバーを提げており、更には背中に大口径のライフル銃を背負っている。

 片手には首から提げたホイッスルを手にしており、これで侵入者の報を発したのだろう。


「ニルス・トリニータか!」

「第一級国際指名手配犯がお出迎えとは随分な歓迎だな!」


 ギルドを利用している者ならば、その手配書を見た事が無いという者は存在しないだろう。

 砂狼(さろう)(きば)、その犯罪組織において確認される最高戦力にして幹部格。


 ニルス・トリニータ。

 その女性は悠然と、一行を出迎えるのであった。

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