91.魔法適性診断
私の教育の甲斐有り、初めて魔法の発動に成功したリンディ。
実際に使用した魔法は、数秒光を放って終わりという実にしょっぱい代物だが、それでも魔法は魔法だ。
何事も一歩からである。駆け足一足跳びで進めても大抵の場合失敗したり痛い目見たりして終わりだ。
リンディがちゃんと説明すれば理解してくれるのと、魔力を扱う才能もしっかり持ち合わせているようなので、教える側としてはとても楽で助かる。
フィーナさんみたいに教えても分からん出来ない、のタイプでなかった事に少し安堵した。
「――習うより慣れろ、って言うし。リンディちゃんには今日から本格的に魔法を使った練習をして貰うよ」
邸宅前、以前ハンスと模擬戦を行った庭に私とリンディはやって来た。
リンディには汚れても構わない、動き易い服装をして貰っている。
私は普段通り、学院の服である。
咄嗟の防御性能も普段使いとしても、王立魔法学院の学生服って優秀なんだよね。
「おとうさんみたいなすごい魔法、私も出来るかな!?」
「出来るかもしれないけど、まだまだ魔法使いとしては駆け出しだし、小さな効果の魔法で少しずつ練習して行こうね」
最大効率、最大効力で魔法を発動するのであらば、詠唱と魔法陣、そして術者の魔力が必要不可欠だが、魔法をただ発動させるだけであらば、術者が魔法陣に魔力を流すだけでも発動する。
魔法とは科学同様に世界の法則の一つなので、逆に言えば条件が満たされれば勝手に発動してしまうのだ。
強力な攻撃魔法を発動させられる魔法陣に、術者が魔力を流し込んで、それでもし発動に足る魔力が注がれてしまえば、例え発動させたくなくとも発動はしてしまう。
魔法が暴発でもしよう日には、術者が大ダメージを負うのは必至。
教鞭を振るうという契約でこの場所に居るのに、教え子が大怪我とかしよう日には私の評価が終わる。
実際に自分の力が目に見えて分かる練習項目でもあるから、小さな子は気分が高揚して浮き足立つ事も多い。
そして、感情というのが魔力の強弱を決める要素である以上、気分が高揚しているという事は魔力量も高くなっているという事。
注ぐ魔力も当然増えるという事であり、もしそれが事故に繋がれば被害も大きくなる。
幸い、私はリンディに付きっ切りで、他に一緒に誰かを面倒見ている訳でもない。
リンディ一人の挙動に対して注視していれば、大事には至らないだろう。
「今日は、リンディちゃんがこれから使う事になる魔法の方向性を見ようと思います」
事前に用意した、巨大な魔法陣を書き記した紙。
これを用いて魔力を流し、魔力伝導熱を逆に利用する事で地面へと転写。
その後、もう一枚用意した巨大な白紙を準備する。
地面に転写した魔法陣がスッポリ収まるその紙を、魔法陣の上に重ねた。
「使う感情によって、魔法との相性があるっていうのは以前教えたよね? 発動しない訳じゃないんだけど、どうせ使うなら、自分の使う魔力と相性の良い魔法にした方が効率も威力も上がるからね」
「セレナ先生、なにしてるの?」
「私なりに考えた、魔法適性診断方法の準備だよ」
今回使用するのは、以前魔法学院の教師に放り投げた卒論の内容の一つである。
魔法陣に魔力を流した際、必ずその魔法陣には魔力伝導熱と発光が伴う。
この魔力伝導熱は魔法使いにとっての尽きない悩みの種であり、この熱が原因で魔法陣を刻んだ武器は連続使用が難しく、いかに魔法陣を冷却するかというのが魔法使いにとっての永遠の課題の一つになっている。
ミサトのように使い捨てにしたり、私のように放熱を工夫したり――まぁそれは置いておいて。
魔法陣に魔力を流すと、必ず魔力伝導熱が伴う。
そしてこの時に発する熱と光は、流れた魔力量に比例する。
この点に、私は着目した。
この現象を逆用すれば、魔法の適性判断に使えるのでは? と。
「よし準備出来たよ。じゃあ、リンディちゃん。ここの魔法陣に手を添えて。それで、今まで教えたような感じで、余計な事を考えないようにしながら、思いっきり魔法陣に魔力を流してみて。思いっきり、今自分が出せる全力でだよ」
「は、はい!」
地面に刻んだ魔法陣の一端、その場に移動してしゃがみ込むリンディ。
目を伏せ、一度ゆっくりと深呼吸をし――身体の内を巡る、魔力の流れを整え。
魔法陣から放たれる、閃光と熱量。
地面に刻まれた魔法陣の大部分は、上に紙が被せられている為、光は漏れずに内に篭る。
しかし熱量は紙へと伝わり、受け止めた熱によって点々と焦げ跡が裏面にまで浮き出していた。
「こ、これで、良いですか……?」
「うん、ありがとう。ちょっと休憩してて良いよ」
リンディを休ませつつ、魔法陣に被せていた紙を手に取り、ひっくり返す。
魔力伝導熱を一身に受けたのだから当然といえば当然だが、紙の表面は派手に焦げていた。
だが、この紙の焦げ方にはムラがあった。
白い部分が多く残っている場所と、完全に黒焦げ、炭化している部分があるのだ。
魔力は、魔法陣に均等に流れている。だが、魔力伝導熱は均等ではないのだ。
この微妙な差異こそが、魔法適性の判断に使える材料。
今回地面に転写した魔法陣は、各属性の魔法陣が数珠繋ぎのように連結した状態になるよう構成してある。
そして魔法は発動はするが、肝心の効果の内容は不発になるようにも調整済みだ。
これにより、この魔法陣はあらゆる属性の魔法を一度に発動するが、ただ熱と光だけを放って何も効果を発揮しない……そうなるのだ。
「ほら、リンディちゃん。この辺り見てみて」
手にした紙、その良く焦げた面を地面に広げて指差しつつ、リンディに示す。
「ここだけ他と比べて凄く焦げてるのが分かるよね? この部分が、一番強く光った場所って事なんだよ」
「そうなんだー」
「で、この紙は実際にはひっくり返った状態で置いてあったから……実際には、ここ。この魔法陣の部分が一番強く光ったって事だね」
地面に転写した魔法陣、その右下部分を構成する魔法陣の部分を指し示しながらリンディに説明する。
「それで、リンディちゃんに一番向いてる属性なんだけど――」
そこまで口にして、リンディの目が大きく見開いた。
美味しい料理が運ばれてくるのを今か今かと待っているかのような、包みに入ったプレゼントは何だろうかとワクワクしているような、期待に満ちた瞳。
凄くキラキラとしていて、純真だなぁ。とか思ってしまう。
「水属性だね。割と珍しい属性が出たね」
「そうなんですか?」
「全く居ない訳じゃないんだけどね。それに、使う感情の魔力によっては普通に他の属性が強く出たりもするから絶対ではないけど、あくまでも今の時点でのリンディちゃんの平時適性は水属性、って事だね」
怒りとか喜びとか、そういう感情が魔力に混ざると診断結果にブレが生じる。
だからリンディに前もって余計な事を考えないように、と念を押したのだが。
例えば強い怒りの感情を持ったまま、その怒りに任せて魔法陣に魔力を流したら、間違いなく炎属性の魔法陣部分が強く発熱する。
怒りの感情と炎属性が好相性だというのは、魔法使い達の間では周知の事実だし。
「これからリンディちゃんが大人の女性になって、それに合わせて心境とかが変わったりするかもしれないけど、取り敢えずはこの水属性の魔法に関して深く教えていくね」
心境や感情によって最適の属性が変わるという都合上、自分に合った属性が何時までも永久不変で適した属性である、という事は有り得ない。
衝撃的な経験や出会い等で心境が変化すれば、適性も変化し得る。
なのである程度方向性が決まった魔法使い達は、自分の性格や心境が大きく変化しないよう、普段通りの自分というのをしっかりと固定出来るよう勤めている。
勤める、とは言っても気負うような事ではないが。要は、自分らしく居続けろというだけだし。
「セレナ先生。そういえばセレナ先生がこれをやったらどうなるんですか?」
単純に興味本位なのだろう。
リンディは小首を傾げながら質問する。
「私は、地属性の部分が一番強く焦げるよ。以前実験した時にはそうなったし、実際に私は地属性に分類される魔法が得意だからね」
「そうなんだー」
重力操作に、鎖を実体化させる事による束縛魔法。
どちらも分類上では地属性に分類される魔法で、色々試した結果、私に合うのはこの魔法なのだという結論に辿り着いた。
例えば同じ地属性でも岩の槍を生み出してみたり、土壁を生成したりと多様な分類が有るが、それらを試した上でここが正解だと感覚で理解した。
同じ魔力量でも、この二つの魔法が一番効率良かったし。
「そっかー。うん、私は水の魔法かー……」
胸元でぎゅっと小さな拳を握り締めつつ、自分に言い聞かせるように呟くリンディ。
「絶対そうって訳では無いんだけど、水属性が適性って人は優しい人が多いって報告もあるんだよ。リンディちゃんはきっと、優しい人なのかもしれないね」
「そうなの? そうかな……?」
「きっとそうだよ」
優しくリンディの頭を撫でる。
大まかな分類ではあるが、リンディの適性も判断出来た。
これが今後も絶対に変わらないという訳ではないが、何の指針も無く手当たり次第に魔法を教えるよりは、何処か一つの属性に絞って教えた方が効率が良いのは当然の話だ。
明日以降は、水属性に的を絞ってリンディに教える事にしよう。
セレナは地属性。
地属性は頑固者の比率が高い模様。
そしてライゼルは風属性。
風属性はどういう性格の人物が多いのか、詳細不明。




