90.魔法の基礎を学ぼう
初日、リンディに会ってから3日程が過ぎた。
少しずつ魔法の知識の基礎の基礎、とでも言うべき点を教えつつだが、基本的にリンディとは雑談を中心に時間を使っていった。
「あ、セレナ先生! おはようございます!」
「うん、おはよう。今日もリンディは元気だね」
その甲斐あって、どうやら打ち解ける事には成功したようだ。
今では子供らしい自然な笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
「それじゃ、今日からは本格的に魔法の使い方を勉強していくからねー。実際に魔法の発動とかもさせてみるよ」
何時も通り、リンディの部屋に入室する。
屋敷で用意して貰った、自分用の椅子に腰掛けてリンディの方を向く。
リンディの腰掛けた椅子は、まだ子供のリンディには大きく、足が宙吊りになっている。
机も大きく、子供ではなく大人向けの規格の作業机なのだろう。
今は小さいが、あと数年もすれば身体も大きくなって案外、丁度良い感じになるかもしれない。
「は、はい!」
「そんなに緊張しなくても良いよ。最初に言っちゃうけど、魔法でも凄く簡単な、小さな効果しか持たない程度の魔法なら、魔法の使い方分からない人でも発動させられるし。ただ発動させるだけなら、リンディちゃんでも出来るのは分かってるから」
「そうなんですか?」
慰めとか失敗した時のフォローの前振りとか、そういう訳ではなく。
威力とか規模とか考えず、ただ単に"魔法"を"発動"させるだけなら本当にそうなのだ。
「人間には魂っていうのがあって、それが魔力の塊だっていうのは以前お話したよね? それで、その魔力の一部が、人間の血には流れてるの。魂を持たない人間も、血が流れてない人間も居ないから、人間は必ず魔法を使えるの。だから、世の中で言う魔法が使える人、使えない人っていうのは器用な人か不器用な人、っていう言い方が分かり易いかな?」
ちなみにフィーナさんは、この例えだと不器用な人という分類になる。
天才肌の不器用な人、という何とも言えないタイプだが。そう表現するしかない。
何となく、という感覚で魔力を身体に纏わせて肉体強化を施し、その魔力に反応して勝手に武器に刻まれた魔法陣が発動している状態。
それがフィーナという人物の戦闘スタイルなのだと、私はそう解釈している。
「だから魔力が流れてる血を魔法陣に流すと、誰でも魔法を使えるんだよね。ただ、効果はとても小さいけどね」
魔法の効果の大きさを決める要素の一つに、どれだけの魔力を注ぎ込んだか、という点がある。
これはもう、わざわざ説明するまでも無い単純な話だ。
コップ一杯の水と巨大河川の水、ボヤと大火。
どちらがより相手に大きなダメージを与えられるかなんてのは、子供でも分かる。
例え下級魔法でも魔力を注ぎ込めば威力は上がるし、御立派な中級、上級魔法でも注ぐ魔力がしょっぱければその力も微々たるものだ。
というより、威力が小さいと上級魔法だと言われても信じられないが。
「やっぱりちゃんと魔法を使うなら、魔力の使い方を覚えた方が良いんだよね。基本的に人が持ってる魔力って一定なんだけど、普段よりも多くなる事もあるって話したのは覚えてる?」
「えっと、たしか怒ったりすると魔力っていうのが強くなるんだっけ?」
魔力は人の魂や感情なんかの総称だ。
感情は1から10にも100にもなる、変動幅の大きい部分であり、何処までも膨れ上がる要素がある。
「そう。一番皆が使ってるのは怒りの感情だね。喜んだりとか楽しいって思ったりとか、今すぐにしろって言われても難しいけど、すぐに怒る事ってのはそこまで難しく無いからね。だから皆、怒りの感情を使う事が多いの。この怒りの感情って、炎属性の魔法と相性が良いんだ。怒りんぼさんで炎魔法が得意な魔法使いって凄く多いのはそういう理由なんだよ」
「へー」
感情には相性というのもある。
相性が悪いと発動しないという訳では無いのだが、効率が悪い。
なので相性の良い魔法を使うのが、魔法使いにとっては基本中の基本である。
100の魔力を使って100の効力を出すのと、70の効力しか出ないのでは結果が大きく変わるのは言うまでも無い。
魔法使いを目指し、そして実際にそれを修めるに当たり、特に戦闘職としての魔法使いが炎属性魔法が得意だという連中ばかりになる原因がここにある。
戦闘をする以上、相手を攻撃しなければならない。
そして攻撃するという意味では、炎属性の魔法というのは破壊力としては申し分無い。
また、炎属性と相性が良い感情というのが怒りの感情以外に正義感だったりとか闘争心だったりとか、これまた戦闘に向いている感情が多いというのもある。
結果、戦闘職としての魔法使いは炎属性のエキスパートばかり増え、それ以外がとても少ないという状態に陥ってるのが現状である。
それでも魔物は倒せるのだが、対人戦なんかでは対炎属性の装備を整えられると炎属性ばかりしか使わない魔法使いでは苦戦を強いられるだろう。
ただまあ、私は別に怒りとか正義感とかそういう感情はそんなに強くない人だし。
だから得意な魔法も炎系の魔法ではない。
私の得意な魔法って重力系と束縛系魔法だからね。
「たくさん魔力をつかうと魔法が強くなるんだよね? じゃあ、私の周りにある魔力を使えば良いのかな?」
「んー、周囲に漂ってる魔力を使うのは可能な限りやめた方が良いんだけどね」
「なんで?」
「自分のじゃない魔力って、簡単に言うと毒みたいなものなの」
どれだけ大量の魔力を消費しようとも、別に肉体がボロボロになったりとかそういう事は起こらない。
だが、肉体が無事でも精神も無事だとは限らない。
周囲を漂う魔力というのは、元々は自分ではない別の誰かの魂だったり感情の残滓だったりした魔力だ。
極端な例えをすれば、何か強い恨みを持って死んだ人物の強力な恨みなんかを魔力として使おうと、自分の身に取り込む。
そんな事をすれば、自分の精神に悪影響を及ぼして当然だ。
「出来るか出来ないか、で言うなら出来るんだけど。止めた方が良いの。そして、どうして止めた方が良いのか、それがちゃんと自分で理解出来るまでは絶対に周囲の魔力を使わない事。これは、先生としての忠告だよ」
「わかりました、セレナ先生」
「おっと、余談はこれ位にして。それじゃあ、リンディちゃんにも実際に魔法を使って貰おうかな」
実際にリンディの机の上に、鉄板を載せ、その上に紙に書いた魔法陣を置く。
鉄板を下に敷いてるのは、机を焦がさない為だ。
「じゃあ、この魔法陣に手を添えて。それで、指先から魔法陣に魔力を流すイメージで、身体の魔力を移動させてみて」
「えっと、こんなかんじ……?」
リンディの魔力の流れを間近で観察し、実際に初めて魔法を使う事に少し緊張してるのか、魔力が少し強い気もするが、特に問題が無い事が確認出来る。
紙面上の魔法陣から微妙に煙が上がっている。
魔力伝導熱で発熱している為だ。どうやらちゃんと魔力を流せているようだ。
魔法の発動は主に3つの工程に分かれている。
"魔法陣の構築"、"魔力の導入"、"呪文の詠唱"である。
魔法陣の構築とは、文字通り魔法陣を描く事である。
対応した属性、目的に応じた威力や継続時間、それらの情報を混ぜ込んだ物が魔法陣と通称されている。
その為見る者が見れば魔法陣に刻まれている文字を読み取る事で、何の魔法を発動しようとしているかを発動前に知る事が出来る。
魔法使い達が一体普段何を勉強しているのかと言われれば、大半がこの魔法陣に対する知識を養う事である。
今回、リンディはまだまだ魔法使い初心者なので、魔法陣は私が用意したのを使ってるけど。
魔力の導入とは、魔法発動の為に必要な魔力を集中させる事である。
魔力を注げば注ぐ程威力が上がる攻撃系魔法は魔力操作が単純である為、この工程は比較的簡単に出来るのだが、
軌道操作や威力調整等を行おうとする場合、この魔力導入工程も緻密な魔力量操作を行う必要が生まれる。
今回、魔法陣にしっかりと魔力が流れてる事は確認出来たので、リンディはここはクリアしてるようだ。
呪文の詠唱とは、導いた魔力を言霊と掛け合わせる事で魔法という現象に変換する最終工程である。
詠唱の長さが、効力の大きさに比例する。
詠唱が吐息で、魔力が吹き込む息の量、息を吹き込んで膨らませれば膨らませる程威力が大きくなる、と言えばイメージとしては分かり易い。
ただ、戦闘中とかだと膨らましている間に相手が割り込んできて邪魔をするので、戦闘中だとチンタラ詠唱なんて続けていられないけれど。
この3つの工程をすべて踏まえて発動する魔法が、最大効率の魔法。
熟練した魔法使いは一部を省略しても発動はさせられるが、効率は落ちるので威力が落ちるか、消耗量が大きくなる。
「じゃあ、最後に呪文を唱えて。"光よ、点れ"って」
「光よ、点れ」
リンディの詠唱をトリガーとし、紙面上の魔法陣が魔力伝導熱に耐え切れず、発火する。
炎上した紙の上に、小さな光の球が出現し、5秒程、曇天の太陽のような明るさを放ち、消滅した。
「おお、ちゃんと出来たね。凄いじゃない、リンディちゃん」
「ほんとう!? 私、ほんとうに魔法つかえたの!?」
「そうだよ。やっぱりリンディちゃんは魔法をちゃんと使える子だったんだね」
優しく頭を撫でる。
初めての魔法に興奮したのか、顔を上気させて無邪気に喜ぶリンディ。
今回使ったのは、安全性も考慮してただ光るだけの魔法だったけど。
親の資質というべきか、魔法使いとしての力量はリンディにもしっかり遺伝してるみたいだ。
後、三週間とちょっと。
一ヶ月のリミットまで、どの位リンディに教えられるかな?
今後の評価に繋がるから、手だけは抜かないけどね。




