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89.家庭教師

「リンディ。この人が今日から家庭教師を勤めてくれる、セレナ・アスピラシオンさんだ。御挨拶しなさい」

「リンディ・ネーブルハイムです! よろしくおねがいします!」


 机を挟んで向き合った対面、リンディという少女がペコリとお辞儀する。

 その顔は、先程扉越しに見た人物と同じであり、やはりハンスの娘であったようだ。

 口を真横にキュッと閉じている辺り、緊張しているのだろうか?

 歳は、5~6歳かその位だろうか? もしかしたらそれより低いかもしれないし高いかもしれない。

 この位の年齢の女の子は、同い年の男よりも早熟だったりするのは珍しくも何とも無いので、身長といった外見で判断は出来ない。


「リンディって言うのね。リンディちゃんって呼んでもいいかな?」

「うん、良いよ」

「ありがとう。よし、それじゃあこれからセレナ先生がリンディちゃんに、魔法っていうのがどういうモノか、しっかり教えてあげるからねー」


 ハンスに頭を下げて失礼しつつ、リンディに与えられた私室へと移動する。

 リンディの部屋は、隅から隅まで綺麗に整えられた、掃除の行き届いた部屋であった。

 この屋敷に勤める家政婦等の手が入っているのだろう。

 良く言えば綺麗、悪く言えば生活感の薄い部屋だ。

 しかし、一箇所だけ自己主張の激しい場所が存在した。


「あっ、カーバンクルだ」


 リンディのベッド、その上にやたらとカーバンクルの縫いぐるみが置かれていた。

 大小、色も様々で数は多分、20個以上。

 これが私の趣味だと言わんばかりの主張っぷりである。

 

「カーバンクル、好きなの?」

「うん」

「へー。カーバンクルの何処が好きなの?」

「ちっちゃくて、かわいいの。あとね、あたまの宝石がキラキラしててきれいなの」

「そっかー。先生の友達がね、カーバンクルと一緒に暮らしてるから先生は本物見た事あるよ。大きさは、この縫いぐるみと同じ位だったよ。頭の宝石の色は違うけどね」

「そうなの!? セレナ先生も本物のカーバンクル見たことあるの!?」


 驚き、目をキラキラと輝かせるリンディ。

 カーバンクルは、非常に希少な生物だ。

 私もプリシラと一緒に暮らしているルビィを見た事はあるが、それ以外の所で見掛けた事は一度も無い。

 一緒に居るだけで目立つから、トラブルに巻き込まれる事も多い。

 その都度プリシラと私でトラブルは真正面から潰していったけど。


「リンディちゃんも見た事あるの?」

「うん! 一回だけね、しょうにんさんが家に連れてきてくれたの!」


 やっぱり、カーバンクルみたいな希少な生物が最終的に行き着くのはこういう場所だよね。

 プリシラの友達の同族がこうして商品扱いされている事実に、僅かばかりだが良心が痛むが。

 だからといって私にどうする事も出来ないし、仕方ないと諦める他無い。


「ほしかったけど、お父さんが買ってくれなかったの……」

「そっか。何処かでお友達になれたら良いね。先生のお友達も、カーバンクルと凄く仲が良さそうに暮らしてるよ。カーバンクルも、自分の事を大切にしてくれてるって分かるから、もし何処かで逢ったら、お友達になろうって優しく接してあげればもしかしたら分かってくれるかもね」

「そうかな……?」

「きっとそうだよ。でもね、カーバンクルって実はとっても強いんだよ?」

「強いの?」

「うん。だからカーバンクルと一緒に過ごすなら、カーバンクルがもし暴れても、自分一人で止められる位強くならないと駄目かもね」

「強くかあ……なれるかな?」

「きっとなれるよ。だって、先生はその為に来たんだからね」


 御息女に魔法の技術を教えて欲しい、というのが今回請けた依頼内容だからね。

 嘘は言って無いよ。

 魔法の知識を生かした技術職に行くか戦闘職に行くかは、本人の自由だ。


「よし。それじゃあ、何時かカーバンクルと一緒に暮らせるように、魔法のお勉強始めようか」

「うん!」


 多少雑談をした事で、最初に会った時のような緊張した表情では無くなった。

 これで怖い先生、みたいな印象持たれるのは避けられたかな?

 魔法をリンディが教わるのは初めてらしく、踏み入った内容ではなく子供でも理解し易いような内容で、というのが依頼主の御希望だ。

 ……父親が魔法を使えるのだから、父親手ずから教えれば良いのでは? と思って質問したのだが。

 仕事が忙しい事と、どうやらハンスは理解ではなく直感という野生の嗅覚で魔法を使う人物らしく、リンディに教えようにも教えられないらしい。

 フィーナさんみたいな人だ。あっちほど猪突猛進では無いようだが。

 流石に貴族様ともなればあんな向こう見ずの鉄砲玉みたいな振る舞いは出来ないのだろう。


 じゃあ、今日は軽く触りだけやるか。

 何もかも初めての状況じゃ、あんまり色々詰め込んでも覚えられないだろうからね。



―――――――――――――――――――――――



「リンディちゃんは、魔法っていうのを見た事がある?」

「うん。お父さんが使ってるのをなんども見た事あるよ。今日も見てたよ。セレナ先生、強いんだね」

「先生は普段、とっても強くて格好良い人と一緒に旅をしてるからね。こわーい魔物とも戦うから、強くないと一緒に居られないからね」

「ふーん。その人って、セレナ先生のカレシ?」

「そうだよー。将来の旦那様だよー」


 そのつもりだ。

 ライゼル様とは絶対にゴールインしてみせるのだぐへへ。


「それでね、魔法っていうのはいろーんな場所にある"魔力"っていうのを使って動かしてるの。今日は、その魔力っていうのだけ教えるね」

「うーん……おべんきょうきらーい」

「でも、強くなれればカーバンクルと一緒に暮らせるかもしれないよ?」

「うー……がんばる」


 頑張らなきゃとか、諦めるなとか、やらなきゃ駄目とか。

 そういう説得で子供は動かない。

 子供を動かすのは、何時だって興味なのだ。

 興味のある事をする為には、どうすればいいのか。

 それをどれだけ優しく、噛み砕いて教えられるか。

 それこそが、先生の腕前だと私は考えている。


「でも、魔力っていうのはそんなに難しく考えなくても良いんだよ? リンディちゃんの周りにも沢山あるし、リンディちゃんも持ってるんだよ?」

「そうなの?」


 魔力というのは、人の持つ魂、そしてそこから発せられる感情の総称。

 人によって濃淡位はあるが、魔力を持たない生物というのは存在しない。

 人は魂があるからこそ生きており、魂とは魔力の純粋な塊。

 魔力を持たないという事は、魂を持たないという事。それは生物ではなく、死人だ。


「――だから、リンディちゃんも魔力を持ってるんだよ」

「そうなんだー」

「それで、魔法っていうのはその魔力を使って、色んな事を起こせる方法、って覚えておけば良いんだよ」

「セレナ先生ー。わたしもすぐに魔法、つかえるかな?」

「どうかなー? それはリンディちゃんがこれからのお勉強をどれだけ理解出来るかだねー」


 引き受けた以上、リンディがちゃんと魔法を使えるようには持っていく。

 素直な良い子だし、魔法陣やらで補助をしてやれば簡単な魔法位は使えるようになれるはずだ。

 そこから何処まで成長するかは、リンディの持つ資質と努力次第となるが。


 初日からトバしていっても、子供の頭では理解出来ない。

 天才児ならば話は別だが、そういうのはきっとライゼル様とかそういう選ばれたごく一部だけの特権だろう。


 明日以降、少しずつ踏み込んだ内容に触れて行こう。

 今日は、そのほとんどを雑談で潰す位の気持ちだ。

 子供だと見ず知らずの大人だと警戒心を持つだろうし、見ず知らずではなく、知ってる人になろう。

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