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86.シルバーランクの戦い

 翌朝。エキドナの従属扱いで、シルバーランクの依頼を請ける。

 先日フィーナ殿と依頼を請けた時同様、ギルド職員から分不相応だと警告を受けた。

 警告はする、だが最終的には自己責任。

 ギルド職員も、事務的な文句として述べているのだろう。

 何が何でも止めるという程ではないようだ。

 ギルドを出て、馬車の場所へと向かう。


「……? 何処へ行くのでござるか? 馬車は向こうでござるよ?」


 向かわなかった。

 乗るのでは無いのか?


「あたし等が普段探索してる場所があるんだ。そこまで直行するから、馬車には乗らないよ。街道とも離れてるから、馬車に乗ると却って時間が掛かるからね」

「徒歩で移動でござるか」

「まさか。飛んで行くのさ」


 そう言うと、エキドナは懐から赤く美しい宝石を一つ取り出す。


「大地の楔を抜き放ち、天を舞え。フローティングゲイル」


 宝石が強く光を放つ。

 急に全身を浮遊感が包み込んだ。

 足元が不安定になり、足裏からまるで凄く弾力のある水面を踏んでいるかのような感触が伝わる。

 徐々に地面から遠ざかり、景色が横へと移動していく。

 段階的に速度が上がっていき、やがて馬車とは比べ物にならない程の速度へと達する。


「ほう、これは楽で良いでござるな。エキドナ殿も空を飛べるんでござるな」

「長時間は無理だけどね。空を自由に飛ぶってのは、それなりに高度な技術を要するんだよ」

「そうなんでござるか? 割と簡単に飛んでるイメージがあるんでござるが」


 ライゼル殿もセレナ殿も、顔色一つ変えずに飛んでるからあんまり難しそうに思えないのだが。


「そりゃ飛ぶんじゃなくて跳んでるんじゃないのかい? 飛行じゃなくてただの跳躍なら肉体強化でもすりゃ一発だからね」

「いや、あれはどう見ても飛行してたでござるよ? ただの跳躍なら、空中に待機は出来ないでござるからな」

「……キミの身内はどうも一般的な比較対象として不適切なような気がしてならないんだが。そんなポンポン空を飛べる奴が居たらこっちの商売上がったりだよ」


 そういうものでござるか。

 確かに拙者やフィーナ殿は空を飛べたりはしないし、難しい技術なのだろう。

 ライゼル殿やセレナ殿は飛行技術を培った一握りの才覚を持つ者という事か。


 夜明け前、月が朝日に溶ける頃合をエキドナの術で飛び続ける。

 出ている速度の割りには風が肌に当たらない。風当たりを弱める何らかの効果も付随しているのだろう。

 朝の日差しが眼下の木々を濡らす頃、エキドナの術による飛行速度が徐々に落ちてきた。

 もしかして疲労でもしたのかと考えたが、その表情はまだ余裕を感じさせた。

 単に目的地が近付いてきただけのようだ。

 ゆっくりと、やがて空中でピタリと静止する。


「さてと。何処か着陸に丁度良い場所は無いかね?」

「あそこはどうでござるか?」


 眼下一面に広がる木々の中、右後方に少し開けた水辺を発見したのでそこを指し示す。


「ん、良さそうだね。ならあそこに降りるよ」


 エキドナは開けた水辺を見定め、そこに向けて移動し、着地する。

 着地し即座に周囲を視認。

 魔物の姿は見えない。一先ずは安全そうである。


「敵は居ないようでござるな」

「みたいだね。ただ、この周囲に他の水場が見当たらなかったし、魔物が水を飲みにここまで来るかもしれないね」

「そうでござるな。折角の水場でござるが、離れた方が良さそうか?」

「いや、襲ってくるなら返り討ちにしてやれば良いだけさ。それよりも折角見付けた水場を離れる方がダルいね、ここを拠点にして魔物狩りと洒落込むとしようさ」


 中々過激な発言をするエキドナだが、その意見には拙者も同意見だ。

 拙者達は何の為にここまで来たのか。魔物を討伐する為だ。

 その討伐対象が向こうからやって来てくれるというのなら、却って好都合というもの。

 水場で鉢合わせになるというのならば、返り討ちにするのみである。



―――――――――――――――――――――――



 野営地を定め、魔物と戦い続ける。

 周囲の状況から見て恐らく、貴重な水場だと思われる場所に陣取り、二週間。

 案の定と言うか当然と言うべきか、この水場では両手で足りない程の戦闘を繰り広げる事になった。

 ブロンズ、シルバー、等級問わず種類問わずの様々な魔物と遭遇、交戦し続けた。

 夜襲も三回程あった。しかしながら、こういう場所に陣取っている以上、絶対に夜襲はあると踏んで警戒していたので、難なく撃退する事が出来た。 

 別に特筆するような危険や激闘も無く、終わってみれば実にあっさりとした凱旋であった。

 シルバーランクの魔物は、確かにブロンズランクの魔物と比べれば段違いに強い。それは間違いない。

 しかし実際に我が身をぶつけて戦ってみると、油断さえしなければ負けは無いという結論は揺るがなかった。

 エキドナから初見の魔物と戦う際に危険だったり気を付けねばならない点を簡潔に手短に教わった為、窮地に陥る事も無かった。


「キミ、絶対にシルバーで留まるタマじゃないよ。まだブロンズだった。何でこんな逸材がブロンズなんだい、これだからお役所仕事は……」


 と、何やら愚痴交じりではあるがエキドナから高評価も頂いた。

 丸々、一ヶ月近く。

 討伐依頼を請け続け、戦いにその身を置き続けた。

 どうやら少なくとも、拙者の剣はこの大陸でも十分に通用すると考えても良さそうだ。

 少なくとも戦いを生業とする大衆の範疇では、そう断定して問題無い。

 この広い世界の中で、強者と呼ばれる面々と比較して、という意味ではまた別だが。


 エキドナの飛行魔法によって二週間ぶりのギルドへと戻り、討伐証明と引き換えに換金を行う。

 強敵難敵と認定されているシルバーランクだけあり、一匹辺りの報酬はブロンズランクの魔物とは比較するのもおこがましい程に高額であった。


「よし、それじゃあそっちの取り分だ。しっかり確認してくれ」

「……これは」


 エキドナから提示された額は、思っていた以上に大金であった。

 宿や食費で大陸での金銭感覚が培われてきた今ならば、この金貨百枚を超える額が途轍もない大金である事が良く理解出来る。


「まさかこれ程とは」

「何言ってんだい。キミの実力からすれば妥当な金額だよ。戦力や装備、それから割りの良い狩場か。それとキミが気にしているであろう経験が養われれば。同じ期間でももっと稼げるようになるさ」


 これ程の大金を持ち歩く訳にも行かないので、一旦ギルドに預けておく。

 祝杯でも挙げないかとの提案をエキドナから受け、袖擦り合うも他生の縁。

 折角なのでその提案を受けようとした所。


「エキドナ様! 丁度良い所に!」


 ギルドの中、人混みを掻き分けるようにして駆け寄ってくる一人の人物。

 それは随分と高級そうな紳士服に身を包み、その上から外出用の外套を羽織っていた。

 育ちの良さそうな、やや白髪の混じった中年男性。

 その表情には僅かながらだが、焦りのような色を浮かべていた。


「なんだい、誰かと思ったらハミルトンじゃないか。どうかしたのかい?」

「実は、折り入って頼みが――」


 ハミルトンと呼ばれた男性に対し、エキドナは片手を上げて制止する。


「こっちは長丁場の仕事を終えて疲れてるんだ。用事なら後にしてくれないか?」

「そうも言ってられないのです……! 信頼の置ける方に片っ端から声を掛けている所でして、エキドナ様にもどうか……!」

「――厄介事かい?」

「……大きな声では話せません。少しお耳を――」


 人混みの騒音に紛れ、ハミルトンはエキドナに対し小さく、耳打ちをする。

 その内容を耳にし、エキドナの表情に目に見えて影が落ちた。


「……そりゃ、大事だね」

「最悪の事態も考えられます。無論、報酬に糸目は付けません。どうかエキドナ様にも」

「少し待ちな」


 エキドナはハミルトンに待ったを掛ける。

 その後、エキドナが拙者を手招きする。


「……何でござるか?」

「ミサトくん、キミは口が堅い方かい?」

「まあ、それなりには」

「金が必要なんだろう? 少しばかり厄介事だけど、首を突っ込んでみる気はあるかい?」

「エキドナ様、そちらの方は?」


 ハミルトンは目を細めつつ、拙者に関しての説明をエキドナに対して求めた。


「ああ、彼女はミサトっていう名の腕利きさ。どうもまだブロンズランクなんて底を泳いでいるみたいだけど、過小評価も良い所さ。彼女はゆくゆくはゴールドも視野に入る腕利きだと断言出来るよ」

「そのような評価をエキドナ様がなされるとは……」


 少し面食らった様子で、ハミルトンは驚きの色を浮かべる。


「……厄介事でござるか。拙者、生憎ながら流浪者でござる。この街も一時的に寄っただけで、仲間が発つ時には拙者も行かなければならない身。厄介事に時間を取られる訳には行かないでござるよ」

「発つのは何時なんだい?」

「……恐らく、あと三日かそこらでござるな」


 それが、ライゼル殿が提示した一ヶ月のリミットだ。


「なら時間の問題は大丈夫さ。この厄介事は、どう足掻いても短期決戦だからね。三日も掛けたら間違いなくアウトさ、勿論、無理にとは言わないけどね」


 ……ふむ。

 さてどうしたものか。

 厄介事に首を突っ込むのは、ライゼル殿に同行を願っている身の上では避けるべきだろう。

 しかし、金が必要なのも事実。


「一つだけ聞きたい」

「何でしょうか?」


 ハミルトンという人物に対し、どうしても聞かねばならない事を訊ねる。


「それは、法や人道に背く事柄でござるか?」


 勿論、ハミルトンが馬鹿正直にそうだ、などと答える訳が無い。

 そんな事は承知の上だ。

 しかし、僅かにでも言葉の節に偽りが見えるのならば、拒否するつもりだ。


 ハミルトンは、首を横に振り。


「逆です。弱者を食い物にする無法者を討伐して頂きたいのです」


 ……要件を濁した回答を述べる。

 この期に及んで要件を述べないという事は、おおっぴらに出来ない事情があるので仕方ないという事か。

 恐らく、拙者が請けると言えば詳細な内容を告げるのだろう。

 だが、この受け答えで一番知りたかった事は読み取れた。

 ハミルトンの言葉に、偽りなし。


「了解でござる。手短に済む案件だというのならば、拙者も請けて構わないでござる」


 金が必要なのは、事実でござるからな。


「だが請ける前に、せめてどういう方向性の案件なのかを教えて貰えないでござるか?」


 そうハミルトンに尋ねる。

 ハミルトンは拙者の耳元に口を近付け、他の誰にも聞かれぬよう。

 小さく囁いた。



「――さるお方の、奪還をして欲しいのです」





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