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85.臥竜鳳雛

「おおよその実力はライザックくんから聞いてはいるけど、実際にこの目で見ておきたいからね。実際の力量を見せて貰って良いかい?」


 話し込んでいる間に良い依頼が取られてしまった事と、実力を把握せねばどの程度戦えるのかという判断を下す事も出来ない。

 なので今日一日は、エキドナの提案で互いの力量を見せ合う事になった。


「――そこそこやるって話だし、ブロンズランクの魔物相手なら死ぬ事は無いだろう? ちゃちゃっと仕留めてくれる?」


 街から少し離れ、案内されたのはワイルドウルフのコロニーであった。

 丁度狩猟を終えた食事中なのか、鹿のような動物のはらわたに固まって顔を突っ込んでいる。

 数を数え辛い状態だったのだが、それでも目算10匹以上は居ると見える。


「無理そうなら助けてやるからさ。頑張りな」


 そう言うや否や、エキドナは路傍の石を拾い上げる。

 食事中のワイルドウルフに向け、その石を放り投げた。

 攻撃が目的ではない。単にこちらに注意を向ける為だけのモノだ。

 当然ながら、石がワイルドウルフの側に転がり落ち、食事を中断したワイルドウルフが低く唸り、こちらを注視する。

 折角の食事時間を邪魔されたからだろう。その声色には明らかに不機嫌で低い。

 血で濡れた口元から鋭い牙を剥き出しにし、目元を細く歪めた。


「――しからば、切り捨て御免」


 茂みから身を晒し、刀を抜く。

 あの魔物に関しては、既に何度も戦っている。

 例え数が多かろうと、慢心しない限り敗北は無い。

 刀を正眼に構え、意識を集中する。

 エキドナは前衛で戦える者を求めている。ならば、ここで符を使った広範囲攻撃で一掃するのは違うだろう。

 刀のみで切り抜ける。


 こちらが動く気配を見せない事で苛立ったのか。

 拙者から一番近い三匹が一斉に飛び掛ってきた。

 ワイルドウルフは、今まで戦ってきた傾向からして行動が非常に直線的だ。

 首、頭部。急所となる場所に的確に飛び掛かり、その鋭い牙を食い込ませようとする。

 生物として、獣として、的確な攻撃ではある。

 だが、戦う者としては愚の愚だ。

 直線的という事は、読み易いという事。

 更に言うならば――このワイルドウルフは、飛び掛かってくるという事だ。

 体格としては人間と比較して小さいのだから仕方ない面はあるのだが、立っている状態の人間に対し、ワイルドウルフはそのままでは牙も爪も急所には届かない。

 なので飛び掛かってくるのだが、飛び掛かるという事は踏ん張りが効かない、途中で軌道を変える事も出来ず、回避も不可能。

 そして……飛び掛かってくるが故に、丁度良い位置(・・・・・・)に来てくれる。


 一閃。

 一番近いワイルドウルフの頚椎諸共両断、頭部を刎ねる。

 刀の追撃が間に合わない二匹目に対しては片手で胸部に掌底を放ち、一度突き飛ばす。

 三匹目、手首と共に刃を返して再び首を刎ねる。

 地を蹴り、追撃。

 一度突き飛ばした二匹目のワイルドウルフが着地する前に、一閃。こちらも首を刎ねる。

 残りのワイルドウルフが動揺する。

 今までは様子見に徹していたが為に、相手が動揺し動きを止めていた時も見に徹していたが、最早見るべきものも知るべきものも無い。

 動きを止めているのならば、その意識の隙間を突くのみ。

 飛び掛かってきているタイミングが一番良いのだが、そうでないのならば対応を変えるだけ。

 地面を掬い上げるようなイメージで振り抜き、ワイルドウルフの首を刎ねる。

 飛び掛かってくる気勢を見せるならば、同様の手段で首を刎ね。

 逃げを打つならば一旦保留。

 攻め気を見せるワイルドウルフを全て討伐した後、逃げに走ったワイルドウルフを切り捨てていく。

 弱肉強食。拙者はお前達を食う気は無いが、お前達は人間を食うのだろう?

 未来の犠牲者が出ぬ内に、討伐させて貰う。


「――殲滅したでござるよ」


 刀に付いた血を拭い取り、鞘に収める。


「……これは、確かにブロンズランクにしておくレベルじゃないわ。というか……」

「? どうかしたでござるか?」

「いや、何でも無いわ。確かにキミなら、申し分無いね。それに、その腕ならシルバーランクでも普通に通用する、それはあたしが保障するよ」

「それは光栄でござるな」

「じゃ、腕も確認出来た事だし。今日は帰って話を詰めようか。明日は朝一から動くから準備も必要だしね」


 エキドナは切り捨てたワイルドウルフの亡骸を一瞥し、杖を構える。

 杖に刻まれた、魔法陣に赤い光が走る。


「爆ぜろ火球、我が敵を焼き払え。フレイムボム!」


 杖の先端に火の玉が形成され、それが勢い良く放たれた。

 放たれた火炎が地面に着弾、大地を炎が舐める。

 燃え広がる炎はワイルドウルフを骨すら残さず焼き尽くしていき、灰へと変えていった。


「ほう。見事なものでござるな」

「ま、この魔法の腕で食ってる訳だからね。そこいらの毛が生えた程度の魔法使い相手に後れを取るような腕はしてないつもりだよ」


 魔物の遺体の処分も終え、拙者とエキドナは街へと戻った。

 その後、街の食堂にて食事を取りつつ、エキドナが口にする魔物の特徴に耳を傾け、頭に入れていく。


「――全部一度に覚えろ、なんて無茶を言う気は無いけど。何も聞いてないのと一度聞いてるのじゃ違うだろ? ブロンズランクの討伐対象になってる魔物と違って、シルバーランクの魔物は性質の悪い初見殺しも多い。シルバーに上がり立てのひよっこが引っ掛かり易い点についてはこんな所だね」

「……一つ質問したいのでござるが。ジャイアントキラーワスプという魔物は、シルバーランクとやらに分類されている魔物の中でどの程度の脅威に位置付けられているのでござるか?」

「ジャイアントキラーワスプ? それなら、中の上って辺りだね。少なくとも、普通のブロンズランクの連中じゃ逃げの一手しか無いね。毒針の刺突攻撃も下手な装甲じゃ突き貫かれるし、噛み付きも骨ごと食い千切られるしね」

「中の上、でござるか……となれば、上位の魔物ともなれば流石に手抜き無しの全力で当たらねばならないでござるな」

「……ちょい待ち。まさか、ジャイアントキラーワスプと戦った事があるとか言わないだろうね?」

「あるでござるよ」

「キミ、良く生きて帰って来たね。いやでも、あの腕からすればそれも納得かな?」

「流石に最初は、仲間の一人に後ろから見て貰っている状態ではあったでござるが。流石に十匹程まとめて襲われた時は少しばかり背筋に冷たいものが走ったでござるな」

「十匹って……」


 口元に運ぼうとしたフォークを取り落とし、慌てて拾い上げるエキドナ。


「何で生きてるのさ、キミ」

「魔物といえど斬れば死ぬのだから、全部斬り捨てて切り抜けただけでござるよ」

「簡単に言うけどね、一匹ならともかく十匹って……本当、何でキミみたいなのがまだブロンズランクなんだい……?」


 呆れたような口調で零しつつ、エキドナはフォークに突き刺した肉を口に運ぶ。


「……多分だけど、あたしの見立てじゃキミは近々ゴールドまで上がってもおかしくないね。ライザックくんの話から見ても、無理したり慢心したりするタイプでも無いみたいだし。その話が本当なら、早いか遅いかの違いはあっても、間違いなくキミはゴールドランクにまで届く腕だよ。羨ましい限りだね、本当」


 空になった食器にフォークをカランと落とし、エキドナは口元を布巾で拭う。


「じゃ、今日は早めに解散するとするかね。明日は朝一でギルドに集合、それで構わないね?」

「了解でござる」


 エキドナからお褒めの言葉を貰い、それを素直に受け取りつつ食堂を後にする。

 一緒に買い出しを済ませた後、解散。今日の宿を取り、部屋へと身を投じた。


 ――ゴールドランク、でござるか。

 そういえば、セレナ殿はそのゴールドランクとやらのギルドカードを所持していたでござるな。

 その域には至れるとエキドナは言っていたが。

 ライゼル殿の背中には、まるで手が届く気がしない。

 このゴールドランクという実力が、どうもこの世界では到達点とされている節が見受けられる。


 これで到達点だというのなら、ライゼル殿が立っている地点は……一体、どれ程の極地だというのだろうか。



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