81.二人の兄妹
空席の目立つ、ギルド内に併設された食堂の一席に腰掛ける。
以前、セレナ殿にここでの飲食は割高だと教わっているので、必要最小限のお茶だけ頼む事にした。
しかし、ここには緑茶が無いのが残念だ。
紅茶というこの土地独自の茶は存在するのだが、渋みがほぼ無いに等しい。
あの渋みが良いのだが……無い物ねだりをしてもしょうがないので、出された紅茶を一口含み、喉を潤す。
「拙者、故郷から出てきたばかりでこのギルドというのも利用し始めてから日が浅い。なので、慣れるまでコツやいろはを教えてくれる経験者の教えを請いたいと思っていたんでござるよ」
拙者と同じ依頼を請けた、ライザックとルーシカという兄妹にこちらの言い分を伝える。
一人ではなく、複数人で活動する依頼を選んだ。
相手の胸を借りるつもりで、言い方は悪いが、頼らせてもらう方針だ。
「ギルド、今まで利用されて無かったんですか?」
「登録自体は少し前にやったのだが、実際に利用したのは昨日が初めてでござる。それも教わりながらだったので、まだ色々不安な面が残っていると思うんでござる」
「でも、ブロンズランクなんですよね?」
「そうでござるな。昨日、良く分からない評価基準で上がったみたいでござるが」
目を丸くし、おおっ、と驚いたように小さく声を上げるライザックとルーシカ。
「凄くお強いんですね」
「拙者など大した事無いでござるよ」
異国の地に足を踏み入れて早々、スライムという魔物に敗北し。
そもそも身近にライゼル殿という明らかに格上の強者も存在し。
これでも尚「剣には自信がある」なんて言える程、厚顔でも恥知らずでもない。
「だって、昨日初めて利用したんですよね? それでもうブロンズランクなんて滅多にない事ですよ?」
「そうでござるか? だが、滅多にないと言われても基準となる経験もないから判断しようが無いでござるよ」
ジパングで生まれ、ジパングで育った。
島国を出て足を踏み入れた異国の地は何もかもが新鮮であると同時に驚きばかりで、この土地の常識を何も知らない。
積み重ねた常識が無いから、何が良くて何が悪いのかも判断し辛い。
流石に、罪の無い人を切り殺してはならないとか、道徳の問題に関しては何処も同じだろうとは思うが。
「そんなに強いのに、ギルドを利用した事も無いって……何処から来たんですか?」
「ジパングでござる」
「……ルーシカ、知ってる?」
「知らない……聞いた事無い」
ライザックに水を向けられ、ルーシカは首を横に振る。
幼少の頃、父から異国の地であるロンバルディアという場所に関しては少しだけ聞いた事はあるが。
ジパングと交流が始まったのはそんなに昔ではなく、まだ百年も経ってない程度らしい。
それを考えれば、知らないのも無理はない。
実際、拙者もこの大陸の事に関してはロンバルディアとファーレンハイトという国がある、程度しか理解が及んでいないのだから。
……そういえば、それ以外にも国があるらしい。今度、聞いてみるとしよう。
「えっと、僕とルーシカは二人で普段パーティを組んで活動してるんですけど……最近ルーシカがブロンズランクに上がったので、ブロンズランクの魔物討伐依頼を請けようっていう話になったんです。だから、妹の様子を見ながら少しずつ慣れていこうって考えてて、それで出来れば不測の事態に備えて、僕達に付き合ってくれる強い人が居ないかな、ってギルドの人に見繕って貰えるようお願いしたんです」
「それで、拙者に白羽の矢が立ったという事でござるか……その話だと、もっと経験豊富な人に頼んだ方が良いのでは?」
妹の付き添い、しかし不慣れな妹を気にしていると手が鈍る。
そうなれば魔物相手に遅れを取る可能性も浮上し、最悪の場合命にも関わる。
だから、安全マージンを十分に取りたい――というのが、この二人の言い分らしい。
石橋を叩いて渡る、拙者と同じ安全思考の行動方針らしい。
「うーん、でも、ミサトさんはお強いんですよね?」
「……まぁ、それなりだと自負はしてるでござる」
自信がある、とはとても言えないが。
それでも、ずぶの素人ではないはずだ。
「本当に強い人って、すぐにシルバーランクに行ってしまうし」
それに、とライザックは続ける。
「どっちかというと、僕達の要望は結構相手にわがまま言ってると思うんです。僕達と組まずに、他の慣れたブロンズランクの人達と一緒に行動すれば、僕と妹みたいなお荷物を抱えずに自由に動けて、その分稼げるんですから」
確かに、一理有る。
「だから、ミサトさんみたいに条件に合う人とまた会えるとは思えないんです。どうか、一緒に依頼を請けてくれませんか?」
拙者も、まだライゼル殿の言っていた一ヶ月という期日に対し余裕があるからこうして堅実な路線に舵を取ってはいるが。
何時までもこのままゆっくり安全に、という訳にも行かないだろう。
何処かでしっかりと路銀を稼ぐ必要はあり、拙者にあるのは剣の腕だけだという事を考えれば、その稼ぐ手段は剣の道以外には有り得ない。
無論、それでも安全に行こうという方針は早々変える気は無いのだが、昨日戦った感じであらばもう数歩前に踏み込んでも十分安全なのでは? と、長年の経験から来る勘が囁いてくる。
その安全な距離を知識が足りないが故に図りかねている状況なので、こうして知識を積もうとしているのだが。
「そういう事ならば……拙者、戦闘はともかく、それ以外の事に関しては御二方に迷惑を掛けるかもしれぬが……それでも良いのであらば、逆にこちらからお願いしたいでござる」
「なら宜しくお願いします。ルーシカもそれで良いよね?」
「うん、大丈夫」
少し声が小さいが、ルーシカという女性はライザックに対して元気良く答えた。
「……そういえば、御二方には当然、戦闘経験はあるんでござるよね?」
「え? はい、勿論ありますけど」
「ライザック殿は身軽そうな装備ではあるが、微妙に刃渡りの長い短剣を所持している所を見ると、近接戦闘もこなせると考えて良いのござろうか?」
「そうですね、確かに有る程度は出来ます。多分、ミサトさんにはあっさり負けちゃいそうですけど」
「謙遜なされるな」
「いや、謙遜じゃなくて本当にミサトさんには負けると思うんですけど……」
話している分だと、このライザックという男は誠実で真面目そうな印象を受ける。
人を見る目は、恐らく曇ってはいないと思いたい。
「それで、ルーシカ殿。わざわざ魔物討伐の依頼を請けるという事は、御主も戦う術はあるという認識で良いのでござるな?」
「えっと、はい。一応、大丈夫なはずです」
ぬいぐるみを胸元に抱え直しながら、ルーシカは少し歯切れの悪い返事をする。
歯切れが悪いのは、まだブロンズランクに上がったばかりで自分の実力が通用するのか、図りあぐねているものから来ると見て良さそうだ。
「ルーシカ殿はどんな戦い方をするんでござるか?」
「この子が戦ってくれます」
そう言うと、胸元に抱えていたぬいぐるみを提示した。
「ルーシカは、人形を使って戦うんです。今はこんな大きさですけど、戦う時は巨大化させて前衛で戦ってくれるんですよ」
「ほう」
式神みたいなものでござろうか?
てっきりライザックの後ろから何らかの遠距離攻撃で戦うのかと思いきや、真っ向勝負の前衛だったとは。
「ミサトさんは、やっぱりその剣で戦うんですよね?」
「そうでござるな。基本的に前に出て戦うんでござるが、一応符術も使えるでござるよ」
「ミサトさんは、使い切りタイプの魔法を使うんですね」
有る程度自分の戦うスタイルを、ライザックとルーシカに教え。
そして同様に二人の戦い方を教わり、頭に留める。
同じ依頼を請けるという事は、この二人に背中を預けるという意味でもある。
となれば、自分の得手不得手は共有しておく必要がある。
自分が苦手な面は、仲間にカバーして貰う必要があるからだ。
「――何だか、聞いてる分だとミサトさんって何でも出来るんじゃないかって思うんですけど」
「そうだよね……」
雑談を時折混ぜつつ、そんな事を話していると、二人が口を揃えて拙者の事を持ち上げてくる。
「そんな事は無いでござるよ。こと魔法という視点からすれば拙者はセレナ殿には到底及ばないし、そもそもライゼル殿に至っては雲を掴むような話。有る意味、拙者は何もかも中途半端でござるよ」
「それ、多分比較する相手が間違ってるんじゃないですか? 聞いてる限りだとこの国の王様とか勇者様の逸話とダブって聞こえるんですけど……」
「ミサトさんの仲間って、勇者様のお仲間だったりするんですか……?」
「……良く分からないでござる」
そもそも、勇者というのも良く分からないでござる。
何でも、この大陸に時折現れる、とてつもなく強い人……程度しか認識していない。
「――少し長話し過ぎたでござるな。どうやらお互いに問題は無いみたいでござるから、この依頼を請けると伝えてくるでござる」
「あ、なら僕も一緒に行きます」
ライザックと共に、ギルドのカウンターにこの依頼を請ける件を伝える。
依頼が受理され、拙者は街中で最低限の食料を買い足して門を出る。
聖王都方面街道の魔物討伐。
街道を魔物の脅威から守り、安全性を維持する為の国からの依頼。
討伐する魔物の種類は問わず。
往復で一週間程度の遠征討伐。
当然ながら野宿も前提条件。気を引き締めて行くでござる!




