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7.暴風の爪牙

 最初に動いたのは、ライゼルであった。

 バレンスとは百メートル以上も離れた、普通であらば到底近接攻撃など届かないはずの距離。

 だが、それ程の距離があるにも関わらず。ライゼルが手にしていたその短剣は、今正にバレンスの喉笛を切り裂かんと迫っている。

 理由は簡単だ。

 ライゼルは単に、手にしていた短剣を投擲していたのだ。

 普通に短剣を手にして振り回すのであらば、その射程は1メートルかそこらが限界だろうが、投げるのであらば腕力こそ必要だろうが、この位の距離であらば攻撃範囲に収める事は可能だ。

 無論、強靭な肉体か魔力による肉体強化こそ必要ではあるが。


 ライゼルの放った短剣による不意打ち気味な攻撃に、バレンスは辛うじて反応する。

 身体を反射的に右に跳ねさせ、直線的な軌道の攻撃を回避した。

 投げたのであらば、その短剣は当然真っ直ぐに飛ぶしか無い。

 その直線上に立っていなければ、決してその凶刃がバレンスを捉える事は無い。


「何ッ!?」


 バレンスは咄嗟に首元を杖を構えたまま庇う。

 幸運にも手にしていた金属製の杖が衝突した事で、バレンス自身は無傷のままその短剣の刃による一撃を防ぐ事が出来た。


 それは、先程回避した筈の短剣であった。

 真っ直ぐに飛んでいた筈の短剣が突如空中で不自然にスライドし、まるで誘導ミサイルの如くバレンスを追尾し襲い掛かったのだ。

 最初に、何らかの魔法による操作をバレンスは疑ったが、そんな魔法が短剣に掛かっているようには見えなかった。


 直後。目の前に僅かに光が宿る。

 それは月明かりに照らされ、一本の風に舞う蜘蛛の糸を彷彿させた。

 その糸は真っ直ぐに、ライゼルの投じた短剣に向けて伸びていたのであった。


「――これは、糸か!」

「タダの糸じゃねえぞ。ミスリル銀を極限まで細くした、いわゆるミスリル銀糸ってヤツだ」


 その糸はライゼルの手元に繋がっており、ライゼルがその腕を引き戻すとガクンと短剣は軌道を変え、勢い良くライゼルの手元に戻っていく。

 ライゼルの戦闘スタイルが近距離だと判断したバレンスの考えは、間違いである。

 ライゼルの攻撃範囲は、前衛ではなく中衛。

 そんなライゼルに対し、百メートルの距離は無いも同然であった。


「フレイムウォール!」


 ライゼルとバレンスの間を分かつ、巨大な炎の壁が大地から沸き上がる!

 バレンスはこの魔法に対し攻撃力を求めていなかった。

 重要なのは、ライゼルの視界を封じる事。

 短剣を投擲するのであらば、相手を視認出来ていなければ的を定める事は出来ない。

 この隙に更に距離を離し、相手の射程範囲外から魔法を撃ち込み、相手には一切何もさせない。

 これこそが単身で敵を相手にした魔法使いにとっての戦い方の基本である。

 接近戦も学んでいる者であらば別の方法も取るのだろうが、生憎バレンスは接近戦は得意では無かった。

 故に、ライゼルから距離を離すのは当然の考えであった。


「ぐうっ!?」


 バレンスの左足、大腿部から走った赤い滴りが衣服を衣服を朱に染め上げた。

 煙幕代わりの炎の壁が、全く目隠しになっていない。

 視認は不可能な筈にも関わらず。当てずっぽうでもなく。

 ライゼルが投擲した短剣は正確に、バレンスの身体を切り裂いていた。


「――なぁ、俺ぁ今すげぇイラついてんだ。何でだか分かるか?」


 バレンスの足を負傷させた短剣を、再び銀糸を引き戻し手元に回収するライゼル。

 その口調からはライゼルの内に宿る苛立ちが滲み出ており、またライゼル本人もそれを一切隠しもしない。


「精霊の正体見たり、手口までまんま二番煎じネタとかいうクソ事実に俺様の足が止められてるこの状況がだ!」


 ライゼルの手にした短剣を握る手に力が宿る。

 真に実力がある者ならば、このライゼルが放つ異様な気迫に気付く事が出来ただろう。


「がっ、あああぁぁぁっ……! 私の、足が……ッ! き、貴様ぁぁ……! 絶対に許さん!」


 だが、そんな実力が無いからこそ、盗賊などに身をやつしてしまったのだ。

 故に怒り、牙を剥く。

 逃げるべき相手に、立ち向かってしまう。


 その牙を向けた相手が、天災と呼ばれる男だとも知らずに。


「もう二度と下らねぇ噂流せないように、見せしめとして死にやがれ。ここがテメェの墓場だ」

「焼き尽くせ攻壁の炎陣! カラミティフレア!」


 バレンスが、自らの怒りを全て込めた魔法を発動する。

 その炎は、バレンスを中心に円を描くように発動し、そこから徐々に円の直径を拡大させながら、周囲を焼き尽くしていく。

 その炎の壁に触れたモノは等しく熱せられ、大地や岩が溶けたバターの如く溶解し、木々が白煙を上げ、水分が一瞬で気化し炎上を始める。

 これこそが、バレンスの有する最大の火力。最大の魔法。

 例え鉄であろうとも容易く溶解させるその熱量の前では、どんな剣も盾も無意味。

 更に、バレンスはこの魔法を二重に発動させていた。

 一つの円陣は自らを守り、敵を焼き尽くす為。

 もう一つの円陣はライゼルの背後に出現し、決して相手を逃がさぬ檻として。

 退路を封じられ、目の前には迫る炎の壁。

 この炎に挟まれ、ライゼルは完全に灰へと帰す――


「……これがテメェの本気かよ」


 そんな炎の壁を目の当たりにし、ライゼルはこの村に来て一番の、落胆した表情を浮かべた。


「こんなモン、マッチの火にもなりゃしねえ。……あの勇者様の炎と比べたら、何もかもが、だ!」


 ライゼルは、片腕をまるで弓のように引き絞る。

 それは、拳銃の腰だめ撃ちのようにも見えたが、その体勢とは余りにも掛け離れていた。


衝波(しょうは)――」


 足元を踏みしめる。

 それは、ライゼルがこの村に来て初めて放つ、簡略詠唱。

 魔力を宿して放つ、魔法剣と呼ばれる攻撃手段。

 自らの有する魔力が肉体から迸り、手にした短剣へと伝わり、その魔力が圧縮されていく。


「――激突剣(げきとつけん)!」


 放つは、一矢。

 ライゼルの足元が爆裂し、瞬き一つの間にその場からライゼルの姿が消え失せる。

 直後、走る衝撃波。

 それは、ソニックブームと呼ばれる衝撃波の一種であり、大気中を超音速で物体が移動した時に発生する現象。

 背後の炎壁は霧散し、ライゼルを焼かんとした正面の炎壁がクッキリと抉り抜かれる。


 放たれた矢は、ライゼル自身。

 一切の助走無く、ただ踏み締めた一歩のみで音速を超える速度で刺突する。

 単純明快。されど必殺。


 そんな速度に、バレンスは反応する事も出来ず。

 正確にその胴体を、ライゼルという矢で射抜かれる。

 ライゼルの一撃はバレンスを穿ちて尚、その勢いが止まらず。

 バレンスの背後の大地を削り飛ばし、そのまた後ろの山林、直線上の木々を切るでも薙ぎ倒すでもなく、削り取るような痕跡を残し。

 その後、ライゼルの後追いで走り抜ける衝撃波が、その残骸全てを薙ぎ倒し、吹き飛ばしていく。

 距離にして、優に1キロはあるであろう事は疑いようが無い。

 ライゼルの目の前の直線上にあった、その物体が、命が。

 等しく削り取られ、破壊され、殺し尽くされた。

 後に残るのは、何も無い。

 無残に引き裂かれ、草木一つ存在しない荒れ果てた大地のみであった。

 バレンスは、自らが死んだ事にすら気付けない程の速度でその身体を削り取られ。

 僅かに直撃を逃れた四肢の一部のみが、衝撃波に煽られ宙に舞うのみであった。



 これこそが、「黒衣の暴風」の異名を与えられた男。

 ライゼル・リコリスという男の戦闘能力、その一端。

 赤子の手を捻るが如く。バレンスとライゼルの戦いは、最早戦いとすら呼べない一方的な幕引きを迎えるのであった。

牙突。

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