75.交易都市アレルバニア、現れる"白焔の剣姫"
交易都市アレルバニア。
ファーレンハイト領に存在する大都市の一つであり、交易都市の名に違わず、この地では食料・金属・書物・日用品――種類問わず大量の物資が流通している。
ロンバルディア共和国との貿易強化目的で建立された都市であり、ファーレンハイト全土の物資がここに集積された後にロンバルディアへと運ばれ、逆にロンバルディアから運び入れられた物資がここを通じてファーレンハイト全土へと流れていく。
ファーレンハイト領の心臓は当然ながら首都である聖王都ではあるが、ここは例えるならばファーレンハイトの肺とでも言うべきか。
ロンバルディアとファーレンハイトの国家間の協議により、両国間の交易を円滑に行うべく、この都市まで線路を伸ばすという要綱が既に決定している。
以前起きた線路延長の際のスライム騒動も、この街まで線路を敷くという作業工程の上で発生した事件であった――のだが、本人が興味を示していない為、ライゼル達はそんな事情を知る由も無かった。
人と物資が沢山行き交う場所なので、当然ながら非常に栄えた都市である。
「金が無い」
ライゼル達は現在、そんなアレルバニアを訪れていた。
人の数が多いという事は、それだけ仕事も多い。
都市ともなれば、そうそう仕事にあぶれる事も無いだろう。
「……そういえば、私も結構心許ない感じが」
「金を稼ぐからしばらくこの街に滞在するぞ」
「どの位滞在するんですか?」
「一ヶ月」
一日二日、みみっちく稼いでも旅を再開すればすぐに底を尽きてしまう。
その都度稼ぐのも面倒なので、しばらく足を止める事になってでもガッツリ稼ぐ選択肢を選んだのだ。
強者弱者問わず、貨幣経済という土壌の上に立っている以上、金の問題に直面するのは何処の国であっても変わらない。
「ならギルドに――あれっ、もう居ない!?」
根無し草にとって頼もしい仕事斡旋場所であるギルドへ向かおうとした所、既にライゼルの影も形も無くなっている事に気付いたフィーナ。
仕事を探すならギルド、という発想で固定されてしまっていたフィーナからすれば、てっきり一緒に行くものだと思っていたのだ。
「……本当に居なくなっちゃいましたね……周囲からライゼル様の魔力が感じられないです」
セレナは、限定的に――というより、ライゼルに対してだけ魔力反応の感知を高精度で行う事が出来る。
それは普段ライゼルが張り巡らせているレーダー網に類する能力であり、極めれば奇襲等を事前に察知し、完全に無力化させる事も可能な高度な技術である。
しかしながらセレナの魔力感知はライゼルのような高性能ではなく、その対象がライゼルに対してだけに限定されてしまっている。
理由は単純であり、必要に駆られて最速で習得した歪さと、それを成して満足してしまい、一旦それ以上の修練を止めてしまったからである。
その必要に駆られて、という内容も。もう絶対にライゼルと離れたりしない、例え離れても絶対に見付け出す、という彼女の執念から生み出されたものであり、その内容からライゼルに対する彼女の熱意の強さを感じさせる。
それが綺麗な感情かどうか、という点は一旦置いておく。
「以前教わったようにギルドという場所を利用すれば良いのでござるか?」
「……まぁ、金が無いのは本当みたいだし、勝手に何処かに行ったりしないでしょ。というか、あんな大金一体何処でどうやって使ってるのよ……ギャンブル?」
以前、ライゼルの羽振りの良い金の使い方を見ている為、ライゼルの懐事情はさぞ温かいのだろうとフィーナは考えていた。
しかし当の本人は金が無いと言っている。
幼馴染であるフィーナは、そのライゼルの言動に偽りが無い事を直感的に理解していたので、本当に金が底を尽きた、もしくは尽きそうなのだろうという事は察した。
だから、金を稼ぐ必要があるのは間違いない。金を稼ぐのに絶好のこの場所を放り出して一人で何処かへ行ってしまうのは考え難い。
なのでライゼルにこのまま置いていかれるのでは、という心配はセレナも含めて特にしていなかった。
「ライゼル殿なら、博打なんかせずに胴元から直接金をせしめそうでござるが」
「確かに。じゃない! したら駄目でしょ!」
まだ出会って日が浅いものの、ある程度ライゼルという男の人柄を理解したミサトはライゼルの取りそうな行動を予測する。
そしてそれは、思わずフィーナが同意する程度には的を射ていた。
その予想が当たったとして、嬉しいかと言われればフィーナは即断で首を横に振るのだが。
「……まさか、知らない間にお尋ね者になってたり、しないよね……しないよね?」
物凄く心配そうに空を見上げるフィーナ。
何故上を見上げているのかというと、視線を向けるべき相手が既にこの場に居ないので、何処を見るべきか定まらず視線が泳いだ結果である。
そして残念ながら、そのフィーナの視線の先にライゼルは当然の如く存在しないのであった。
―――――――――――――――――――――――
交易都市アレルバニア、ファーレンハイト方面、正門前。
このアレルバニアには複数出入り口が存在し、ロンバルディア方面とファーレンハイト方面の二箇所が存在している。
ライゼル達が足を踏み入れた出入り口は、ロンバルディア領から来たので当然ながらロンバルディア方面口であり、こことは真逆であった。
故にフィーナ達はその人物の来訪に気付く訳が無く、人混みに紛れた"彼女"の到着に、ライゼルも気付けなかった。
「よし、着いたな」
アレルバニアへと足を踏み入れたその人物は、ポツリと呟く。
そのやや低く、凛とした大人の声色は女性のモノであった。
全身を覆う古惚けたフード付きのコートを目深に被っており、女性にしてはかなりの高身長である為、声を発しなければ肩の位置から線の細い人物だ、程度しか読み取れないだろう。
歩いている最中に時折カチャカチャと金属音が鳴っているので、そのコートの下には何かしらの金属装備を身に付けているのかもしれない。
「――そうか。アイツもこの街に居るのか。これはまた、偶然だな」
その既知の感覚を久し振りに感じ取り、雑踏の中、誰も居ない虚空に向けて呟く女性。
「ああ、そういえば話した事は無かったか。私には、弟弟子が居るんだ」
その彼女の独り言は、明確に誰かに向けて会話しているような内容である。
しかし、この場には人混みこそあれど彼女と会話するような人物は誰一人として存在していない。
端から見れば、急に一人で会話を始める危ない人物に見られるだろう。
「そうだな、確かに強い。強いが――同時に、危うい」
だが、そんな事を一切気にする様子も無く、彼女は独り言を続ける。
懐かしむような、それでいて呆れているような――複雑な感情の入り混じった、彼女の知る男の人物像を。
「己が傷付くのも省みない、強さだけを求めて、それ以外の全てを捨て去っている。年齢を考えれば子供だから仕方ないのだろうが、思考も幼稚で……それでいて、才能には光り輝くモノがあるから始末に終えない」
他の誰にも見えない。
肉眼で、という意味であらば彼女にも見えていない。
彼女のすぐ真横の空間が、僅かに揺らいだ――ような気がした。
「いや、評価はしている。何かの切欠さえあれば、化ける可能性はあるが……」
彼女の呟く内容があまり褒めているような言葉では無かったので、咄嗟に訂正を加える。
「――私は駄目だ。アイツからは目の仇のように見られてしまっているからな。私の言葉ではアイツには届かないし、実際何度か言及したが響いている様子が見られなかったからな。そう簡単に死ぬような奴では無いと理解しているが、今まで一体何をしていたのやら……」
感傷に耽る中、空気を一変させる一際大きな腹の虫が彼女から鳴り響く。
「……む。取り敢えず、腹ごしらえをしよう。腹が減っては戦は出来ないからな」
誰に言うでもなく彼女は明るく言ってのけ、人混みの中を掻き分けてアレルバニアの街並みに溶けていく。
言葉の通り、彼女は腹の虫の音を鎮めるべく、良い匂いに誘われるがまま食堂の扉の奥へと消えるのであった。
おなかが空きました。




