74.旅立ちの時! 世界へ羽ばたけスラレンジャー!!
ライゼル達の去った、スライム達の繁殖地。
その一部区画にて、建設作業員達が次々に石柱を築き上げ、橋を渡し、線路を敷設し、道を伸ばしていく。
手馴れた動きであり、その作業の様子は熟練の技というものを感じずにはいられない。
その近くには、以前作業員を襲撃したスラレンジャーの姿もある。
行き違いによって不幸にも戦いになってしまったのだが、和解した現状、スラレンジャー達は特に作業員達に何かしようという気持ちは無い。
彼等は、自らの同胞であるスライム達を守りたいだけなのだ。
しかしながら、以前の襲撃の際にスラレンジャーの強さは作業員の間にも広まっており、もしまたスラレンジャーが襲い掛かってきたら――と考えてもおかしくない所だが、作業員達には特に不安に思っている様子は無い。
――訂正する。
明らかに不安そうにその一点をチラチラと横目で見ている。
その無言の視線には「何でお前がここに居るんだよ」「誰かあの馬鹿連れて帰れよ……」という厄介者に対する意味合いが込められている。
視線を向けられている人物は、視線を明後日の方向へ向け、前髪を指でいじりつつ持ち込んだ長距離通信端末――通称、携帯電話で外部と通話を行っていた。
「――ですから、線路敷設が終わるまで。私はここでスライム達の保護をしようと言うのですよ」
不健康そうな目元を歪め、意地の悪い笑みを浮かべるイブラヘイム。
何か良からぬ企みを企てている。
ロンバルディア共和国内においてイブラヘイムの悪名を耳にしている人物であらば、一目瞭然であった。
『そんな事はお前がやるまでもない事だ! とっととオリジナに帰還しろ!』
語気を強めている、通話相手。
それはマルクス・コルレオーネと呼ばれる、この国の国防軍将軍であった。
道草を食っているイブラヘイムに対し、明らかにお冠である。
「いえいえ、将軍閣下のお手を煩わせるまでも無い。私が責任を持って、このスライム達も作業員達もちゃーんと保護しますから。仮にも"ロンバルディア最強"と呼ばれている私が護衛するのです、作業員達も安全でしょう?」
作業員達も安全、の部分で肝心の作業員達が一斉にその首を横に振る!
その目は「お前が居る方が危ない!」と強い意志で物語っていた。
『お前には他に回すべき仕事がうんざりする程溜まって――』
「あーっとぉ! 携帯電話のバッテリーがぁ!」
わざとらしい言葉を残し、携帯電話の受話器を叩き切るイブラヘイム。
そんな彼の言動を傍らで見て、キルシュは一際大きく溜め息を吐く。
「もっとまともな言い訳位考えて下さいよ。後で小言言われるのは私なんですよ?」
「いやー、参った参った。本当に参った。ここの作業員やスライム達を護衛するって言っちゃったからなー。これはしばらくこの地から離れられませんねぇー。こうなったらここで彼等を見守りながら研究を続けるしかないですねぇー」
これまたわざとらしく、芝居がかった言動を述べるイブラヘイム。
しかし守ると言われた作業員達は「守るつもりなら今すぐお前は何処かへ行け」と無言の抗議の視線を送る。
だが、イブラヘイムには通じなかった。
「キルシュくん。ここの線路敷設を終えるのにどの位の年数が必要かね? ながーく見積もってくれて構わないよ?」
「遅くても半年です」
「……そうかそうか、3年は掛かりそうか!」
「私の予想では3ヶ月です」
空気読めよ、という無言の抗議の視線をキルシュに送るイブラヘイム。
仕事しろ、という無言の抗議の視線をイブラヘイムに送るキルシュ。
互いに無表情で目線を交える。
そんな彼等を意図的に視界に入れないように注意しつつ、作業を再開する作業員達。
悪名高い"爆弾魔"の異名を持つ"ロンバルディア最強"イブラヘイム・クラーク。
その彼の戦い方は何もかもを更地にし、時に敵味方問わず汚染し被害を及ぼす。
どれだけ上から注意されても空返事で上っ面の反省を述べるだけで、一切態度を改める気は無い。
彼より偉い人物がこのロンバルディアでは片手で余る程度しか居らず、何より彼より強い人物は、このロンバルディア共和国に存在していない。
故に彼の我が道突き進むスタイルを改める事は敵わず、自国にもたらす被害よりも恩恵の方が大きく、また国に対しては比較的温厚な態度を取っているので、目を瞑られているのが現状である。
現在進行形で、作業員達からも目を逸らされている。
彼をちゃんと側で見ているのは、生真面目故に逃げられないキルシュのみであった。
―――――――――――――――――――――――
ライゼル達がスライムの繁殖地を訪れた日から、約5ヵ月後。
スライム達のテリトリーには立派な高架橋が建てられ、時折更なる線路延長の為に資材と人員を載せた蒸気機関車が走り抜けている。
キルシュの予想通り、このスライム達の生息範囲を横断する高架橋は3ヶ月程度で作業が終わり、引き摺られるようにしてイブラヘイムはこの地から去っていった。
時折、ロゴモフ山道を徒歩で移動する旅人なんかも近くを通過するが、わざわざこんな何も無く行き来がし辛い場所に近付こうとする人物は皆無であった。
スライム達にとっては居心地の良い空間ではあるが、人間からすれば何の旨みも無い場所なので当然である。
更に、キルシュの計らいによりスライム達の暮らすこの地はロンバルディア共和国の特別自然保護区域に指定され、関係者以外の立ち入りが禁じられた。
遠い、旨みも無い、立ち入れば法律違反。最早スライム達に、今後脅威が訪れる事は無いだろう。
スライム達の保護者のような立ち位置に居るスラレンジャーも、平穏の訪れたこの地で穏やかな日々を送っていた。
時折やってくる野鳥を始めとする野生動物程度であらば、スライム達でも難なく仕留める事が出来、彼等の栄養分として体内で溶けていった。
スライムを倒し得る知性を持つような魔物もこの周囲には存在せず、スライムの群生地であるこの地にノコノコと訪れた魔物は、生存競争及び自然淘汰の法則に従い例外無く、体内へと取り込まれるのであった。
平和な森の中、水辺の側で蠢くスライムレッド。
側にはその三分の一程度の大きさの子供スライムが十数匹程度群れていた。
「おいおい、そんなに固まられたら身動きが取れないだろう。どうしたんだ一体?」
「えっとね……」
言い辛そうに口篭るスライム。口は無いが。
「ぼくたち、もうだいじょうぶだよ! もうおにいちゃんたちにまもられなくても、ぼくたちだけでいきていける!」
口篭ったスライムに代わり、もう一匹のスライムが口火を切る。
それに、他のスライム達も続く。
「だからおにいちゃんたちも、もうぼくたちをきにしないで。おにいちゃんたちのすきなようにいきてほしいんだ」
スライム達は、自分達の親代わりとでも言うべきスラレンジャーの背をずっと見続けていた。
彼等の背で感じ、彼等の背で学び、彼等の生き方を見てきた。
だからこそ、分かってしまった。
彼等にとってこの地は安息の地であり、平穏に包まれ安らいでいる。
だが、この地での暮らしに、スラレンジャーは充足はしていなかった。
この場所に、スラレンジャーが満ち足りる為のモノが存在していない事に、スライム達は気付いてしまったのだ。
スライム戦隊スラレンジャー。
それは、誰かの為に戦い続ける宿命を背負った五つ星の呼称。
先代も、先々代も、誰かの涙を止める為、誰かの笑顔を守る為、その身を戦いの舞台に置き続けた。
彼等も、先代からその名を受け継ぐと同時に、その宿命をも受け継いでいたのだ。
「お前達――っっ!」
スライムレッドは、涙した。
目は無いけど涙した。
自らを慕い、自分達が守るべき子供は、もうここには居ないのだと、その言葉で痛感したのだ。
自分達の知らない間に、子供は何時しか大人になっていたのだ。
脅威は去った。この地に、最早脅威が訪れる事は無いだろう。
だが、しかし。この世界にはまだまだ悲劇が溢れている。
人種も、国境も、関係ない。
涙する誰かの為に、立ち上がる。
それこそが、スライム戦隊スラレンジャーなのだ!!
「お前達の想い、確かに受け取った! お前達だけじゃない。俺達は、世界中の困っている人々を救う、真のヒーローになってみせる!!」
スライムに翼は無いけど翼を広げ、閉じた世界ではなく広がる世界へと飛び立つ!
自分達を慕ってくれる、このスライム達に恥じない生き方をしよう!
そして、先代から受け継いだこの魂、己の本能に従い、悔いぬ日々を送ろう!
「そうと決まれば善は急げだ! 行くぞお前達!!」
「「「「応ッッッッ!!!!」」」」
スライム達の声援を背に受け、彼等は旅立つ。
彼等に辿り着く場所なんて必要無い、ただ進み続ければ良い!
そこに倒すべき悪が居るのであらば、例え傷付き倒れても立ち向かう!
そうっ! 彼等こそが、正義の体現者! その名はッッッ!!
スライム戦隊! スラレンジャー!!!
ずっと故郷に引き篭もってれば良いのに、野に放たれてはアカン連中が世界に飛び出しました。




