72.正義の敗北
フィーナ達を木の上にポイするライゼル。
木の上から飛び降り、突風を周囲に発生させつつ軟着陸し、ライゼルはスラレンジャー達を真正面に見据える。
「ったく、物理が効かないって面倒臭い性質だぜ本当によぉ」
準備運動でもするかのように、軽く片腕を振るライゼル。
その指先から細長い何かが煌く。
日の光に照らされて僅かに見えるは、肉眼での補足が困難な程に細く形状が変化したミスリル銀糸。
突風と共に、突如ライゼルの姿が消え――
「見切った!」
スラレンジャーも一斉に消える!
否、消えていないッ!
ライゼルは精霊化による肉体を捨てた超高速機動による、音すら置き去りにした銀糸の斬撃でスラレンジャーを一網打尽にしようとした。
空間丸ごと、以前大木すら纏めて輪切りにしたように、逃げ場の無い無差別攻撃。
それは確かにスラレンジャーの居た空間を切り裂いた。
だが、そこにスラレンジャーは居ない。
いや、正確には居るのだが、当たっていない。
ライゼルの攻撃タイミングに合わせ、ビシャンと潰れたのだ!
スライムは、ほぼ全ての体組織が水分である。
故にその特徴も水と共通している点が多い。
空間を無差別に微塵切りにしようとも、地面まで輪切りにする訳にはいかない。
パッと見、色の付いた水溜り同然になったスラレンジャーにこの攻撃では届かなかった。
「ああクソッ! 不定形はこれだから面倒なんだ!」
自分の攻撃がかわされた事に舌打ちしつつ、再度空中に自らの身体を再構築するライゼル。
ライゼルは自らの身体を空気へと変換し、自在に大気中を動き回る事が出来る。
ライゼルにとって地面も重力も自らを縛る枷でしかなく、通常の人間のように地面の上に立って戦う事にメリットなど無い。
スラレンジャーの上空に移動し、攻撃の手の届かない位置から遠距離攻撃で一掃しようと考えるが――
「空を飛べるのが貴様だけだと思うな!」
――スライムが、飛んでいた。
正確には、吹っ飛ばされていた。
スライムブルーの放った水属性魔法による間欠泉とでも言うべき水柱の勢いに乗り、ライゼルの居る上空にまで上ってきたのだ。
直後、ライゼルに詠唱の隙を許さない連続魔法攻撃が空間を支配する。
稲光と共に走る雷撃、大気を揺るがす熱風、不可視の風刃、そのどれもが、並の兵士であらば一撃で戦闘不能になる破壊力を有しており、速度を重視したその魔法攻撃は数の暴力によりゲリラ豪雨の如く降りしきり、止む気配は無い。
間欠泉が止まり、再びスラレンジャーが重力に引かれ地面に落下するかと思いきや、スライムグリーンの発生させる竜巻に乗って空中を移動してライゼルへと迫る!
見た目はどう見てもスライムだが、やってる事がこの世界のスライムの常識とはかけ離れ過ぎており、スライムへの対処法が何も当て嵌まらない。
存在と行動がフリーダム過ぎて、ライゼルも微妙に困惑していた。
「何で追ってくるんだよ! 大人しく地面を這い蹲ってろってんだ!」
「貴様のような邪悪な存在を、これ以上この地に置いておく訳にはいかん!! 守るべき人々の為にも、ここで絶対に倒す!!」
人ではなくスライムだが。
「貴様のように信念の無い相手に、我等スラレンジャーが負ける事は有り得ない!!」
「――信念なら、あるさ」
空中で刃と刃が交わる空中戦を繰り広げる、スライムレッドとライゼル。
単身での戦闘能力はライゼルがスラレンジャーの一体を遥かに凌駕しているが、数が5倍というのはライゼルとの差を埋めるのに足る数値であった。
拮抗する戦況。個で負けようとも、群でライゼルの戦闘能力に追い縋るスラレンジャー。
強力な魔法攻撃を実行出来る程の隙を与えず、完璧なチームワークによる連携攻撃でライゼルを追い詰める!
「このまま一気に決めるぞ!!」
「「「「おう!!!!」」」」
「調子に乗ってんじゃねえぞ――」
ライゼルの声色が、変わる。
ライゼルとスラレンジャーの戦況は、拮抗していた。
だがそれは、ライゼルの切り札が使用されていないからこその状況。
ライゼルが、スラレンジャーから急激に距離を取る。
その距離は数キロ単位で離れており、普通であらば移動にもそれなりに時間が掛かるだろう。
しかし精霊化で肉体という鎖から解き放たれているライゼルからすれば、この程度の距離は近所の散歩よりも身近な距離でしかない。
急激な移動に対し、スラレンジャーは即座に対応し、風や水流に乗りながら空中を移動しライゼルへと再び迫る。
しかし再びライゼルを攻撃範囲に収めるには流石に時間が必要であり、その時間を利用し、ライゼルは片手に懐中時計を握り締め――
「限定時感加速」
金色の光が懐中時計から溢れ出し――
「「「「「ぐああああぁぁぁぁぁぁ!!!!?」」」」」
粉微塵に切り裂かれ、地面へ向けて叩き付けられるスラレンジャー。
一切の抵抗も出来ず、防御も回避も出来ず。
銀糸に乗せた魔力ダメージを叩き込まれ、5体に対しほぼ同時にライゼルの攻撃が直撃。
ライゼルの舞台に上がり、空中戦を挑んでいたが故に。
かなりの高度から落下し、その落下ダメージでビシャアン! と周囲に飛び散るのであった。
―――――――――――――――――――――――
「ぐ、うっ……! ば、馬鹿な……っ! 我等が敗れるなど……っ!」
最初の微塵切りの時点で、通常の生物であらば絶命していて当然なのだが。
スライムという特殊な生体であるが故に、微塵切りにされ、更に地面へと叩き付けられてもスラレンジャー達は辛うじて命を繋ぎ止めていた。
物理攻撃が効かないといえど、流石にここまでズタズタにされれば通常のスライムであらば死亡していてもおかしくないのだが、これでも生きている辺り、やはりスラレンジャーは通常のスライムとは違う、色々規格外な存在なようだ。
「ハッ。たかがスライム風情が調子に乗るからだ」
ライゼルによって叩き込まれたダメージによって、先程までの機敏な動きは何処へと。
一般的にイメージされる緩慢なスライム程度の速度で、ノロノロと地面を這うスラレンジャー。
水分が大分飛んでしまったのか、随分とその体積が小さくなってしまっている。
「……終わったのでござるか?」
「後はコイツ等にトドメ刺して終わりだ」
戦闘のダメージから一番最初に立ち直ったのはミサトであった。
その後、フィーナとセレナも少し遅れてライゼルの元へ駆けつける。
「うわっ、何かすっごい小さくなってる」
「く……絶体絶命、か……」
大ダメージを受け、未だ健在のライゼルに加え、ダメージからある程度回復したフィーナ達に包囲されるスラレンジャー。
旗色が悪い、ではなく最早戦況は決していた。
逆転の目は無く、スラレンジャーの命は、ライゼルの掌の上であった。
そんな時であった。
ライゼル目掛け、小さな石ころが放り投げられた。
勢いは弱く、辛うじてライゼルの居た場所に届く程度。
そんな石ころをライゼルは片手で受け止める。
手の内に収まった石ころは、微妙に表面が溶けていた。
「――にいちゃんをいじめるな!」
ライゼルへ向けて石を投げた犯人は、スライムであった。
どうやって投げたのかは謎である。
ガサリと音を立て、草むらから這い出す一匹のスライム。
いや、一匹ではない。
二匹、三匹、四匹――その数は次から次へと増えていく。
大きさは小さく、膝下程度の大きさの個体ばかりである。
「お前達……! こっちに来ては駄目だ! 早く逃げるんだ!!」
「いやだ! にいちゃんたち、このままだとしんじゃう!」
「……テメェ、誰に向かって石投げてんのか分かってんのか?」
ジロリ、と目を細めて威圧するライゼル。
その眼光と気迫に圧され、ぷるぷると小刻みに震え始めるスライム達。
ライゼルに対し抵抗の術を持たないスライムからすれば、目の前に居るライゼルという男は、目前に迫った死の具現化と同意義であった。
「やめろ!! 子供達に手を出すな!!」
ダメージの大きい身体に鞭打ち、張り裂けそうな悲痛な声を上げるスラレンジャー。
「俺様に攻撃しておいて、タダで済むと思うなよ」
だが、スラレンジャーの声はライゼルの足を止めるに至らない。
一歩、また一歩とライゼルが足を進める都度、それに比例するかのようにスライム達の震えが大きくなっていく。
それが人であらば、涙を流して泣き叫んでいた事だろう。
普通であらば逃げ出していてもおかしくないが、何故かスライム達はその場から逃げ出そうとしない。
恐怖心に勝る大切な物があるとばかりに、例えどれだけ身を震わせても、その場から離れない。
目は無いが、その視線は真っ直ぐにライゼルを射抜く。
「にいちゃんは、ぼくたちがまもる!」
「ああそうかよ。だったらとっとと――」
「ちょっ、ちょっとストップ!!」
銀糸が揺らめく片手を振り上げた所で、フィーナが片腕を押さえ込んで物理的にライゼルに制止を掛ける。
「何だフィーナ。邪魔すんじゃねえよ、とっととコイツ等片付けて先行くぞ」
「いやいやいや! 何かこの流れおかしいって! これ完全に私達の方が悪者の流れじゃない!?」
無力な子供を庇おうとするスラレンジャー。
傷付いたスラレンジャーを助けようと、勇気を振り絞ってライゼルに立ち向かうスライム。
そんな子供のスライムに対し、容赦なくその凶刃を振り下ろそうとするライゼル。
フィーナの言う通り、今の状況は完全にライゼル達の方が悪役の状態である。
「うーむ……確かにフィーナ殿の言う通り、この状況でこのスライムを斬るのは何か違う気がするでござる」
「そもそも、何で貴方達は人間を襲ったのよ?」
「襲うだと? 最初に襲ったのはお前達だろう!」
「あっ」
先制攻撃した張本人であるセレナが、小さく呟く。
「で、でも私は悪くないですよ? だって、人を襲うスライムが居るって話だったんですから、先制攻撃して当然でしょう?」
「……面倒くさいからコイツ等黙らせて先行こうぜ」
「その黙らせるって絶対物理的な意味だよね!? 絶対駄目! 駄目に決まってんでしょ!?」
面倒事の臭いを感じ取ったライゼルは、目の前のスライムを全て処分すれば厄介事は片付くと考え再び腕に力を込める。
それを断固阻止とばかりに羽交い絞めにするフィーナ。
落ち着いて話をするよう、ライゼルとスラレンジャー達を促すのであった。




