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70.五位一体

「フッ。痺れを切らして悪の親玉が直々に、といった所か」


 ここからが本番だ、とでも言わんばかりに微笑を浮かべるレッド。

 笑っているのか表情からは窺い知れない。というかスライムに表情はあるのだろうか?

 そんなレッドに悪の親玉呼ばわりされるライゼル。

 普段のライゼルの言動を見れば、決してライゼルはそんな人物ではない事が分かる。

 ライゼルはそんな上等な輩ではないのだ!


「つーかよぉ、何なんだテメェ等。ここまで機敏に動き回るスライムとか聞いた事も見た事も無ぇぞ」

「我等を知らぬか。ならば刮目(かつもく)せよ! そして目に焼き付けるがいい! 我等の勇姿を! そして耳に刻め! 我等の名は――」


 スライムレッドの声に応じ、瞬時にポージングを取るスライム達!


「「「「「スライム戦隊! スラレンジャー!!!」」」」」


 再びスラレンジャーの背後に五色の爆発が発する!

 実に絵になるが、スラレンジャーの行動はライゼルの額に浮いた青筋の数を増やすだけであった。


「うるせえ、とっとと死ね」


 地を蹴り、爆発的な速度で凶刃を振りかざすライゼル。

 その刃の伸びる先は――レッド。


「見切った!」


 刃と刃が交わり、火花を散らす!

 水の塊なのは間違い無いはずなのに何故火花が散っているのかは永遠の謎である!


「中々に早いな! だがそんな直線的な攻撃が当たる程の腑抜けではないわ!」


 ライゼルの初撃を回避ではなく真っ向から受け止めるレッド!

 まだピンクによる補助効果を受けた状態であり、能力向上が成されたままではあるが、今のライゼルと互角に渡り合っている。

 ライゼルもまだ手の内全てを晒した訳ではないのだろうが、レッド一体相手に互角では不味い。


 ブルーによる蛇の如くうねる水の竜が。

 イエローによる無差別軌道を描く雷の槍が。

 グリーンによる不可視の風の刃が。

 息の合った連携から放たれる、回避する隙間の無い飽和攻撃がライゼルを襲う!

 戦いというのは、何時の時代も数こそが正義である。

 レッドと渡り合うだけであらば、ミサトも出来た。

 しかし許容範囲を超えた飽和攻撃を受け、敗れ去った。


「しゃらくせえ――!」


 ――水竜が、雷槍が、風刃が、爪で引き裂いたかのように千切れ飛ぶ!

 ライゼルが振り抜いた片腕とまるで連動するかのように、空中で大爆発を引き起こす!

 爆風に呑まれながらも、爆発の規模が小さいポイントへ身を投じ、スラレンジャーの包囲網を抜け出すライゼル。

 剣を振るには遠く、魔法を放つには近過ぎる。

 近からず遠からずという、微妙な距離だが。そんな距離こそがライゼルの持つ武器――ミスリル銀糸という武器の輝く距離。

 魔力を流したミスリル銀糸で魔法攻撃を切り裂き、その際にライゼルの魔力と反応したスラレンジャー達の魔法が暴発した、という訳だ。

 窮地を脱したライゼルだが、スラレンジャー達に傷を与えた訳ではない。

 当然、即座に追撃を加えるスラレンジャー。

 が、ミスリル銀糸という武器として使うには余りにも珍しい代物を使うライゼルに対し、先程と違い一歩退いた戦い方になる。

 弓や魔法による遠距離攻撃でもなく、剣や斧の直接攻撃でもない。

 微妙なアウトレンジからの攻撃はスラレンジャーにとって初見の攻撃方法であり、どう戦うべきか距離感を掴めずにいた。

 それがただの物理攻撃であらば、スライムという種族の持つ物理攻撃がほぼ無意味という特徴を生かしてゴリ押しという戦法もあるのだが。

 先程の魔法攻撃を誘爆させて防いだ挙動からして、あの銀糸には魔力が宿っているのは明白であった。

 それを理解している為、スラレンジャーは距離を離す。

 いっそ銀糸すら届かない、完全なアウトレンジまで。


「リーダー、こいつ、かなり厄介だぞ!」

「アレを使うぞ! フォーメーションAだ!」


 遠距離から放つ魔法は、銀糸によって誘爆させられライゼルまで届かない。

 フィーナ達を戦闘不能に追い込んだのに、時間を掛けては再び回復されるかもしれない。

 焦っているという訳ではないが、このままでは不利になると判断したスラレンジャー。


 五体はライゼルから等間隔で距離を取る。

 そして同時に魔法発動の為の簡易詠唱に入る。

 ライゼルは無論、その隙は見逃さない。

 魔法の発動を潰すべく、短剣を構え突進する!


衝波激突剣(しょうはげきとつけん)!」


 簡易詠唱を済ませ、先に魔法の発動を成したのはライゼルであった。

 音と風を置き去りにするその突進攻撃は、狙い違わずスライムレッドへ向けて伸びる。


「ぐううっ!?」


 咄嗟に魔法の発動を中断し、ライゼルの攻撃を受け止めるべく刃を構えるレッド。

 だが、勢いの乗ったライゼルの攻撃を止めるには至らない。

 衝撃は受け止めきれず、レッドは身体の一部を凍結させながら、木々を薙ぎ倒しつつ大きく吹き飛ばされた!


「「「「タイダルウェイブ!!!!」」」」


 レッドを失いつつも、スラレンジャーはこの僅かな時間で魔法発動を成す。

 それは、レッドを除いた四体による連携魔法。

 大地を割り、突如現れた大津波!

 土砂を巻き込んだその水流は無差別に、木々を圧し折る破壊力を有したまま周囲を呑み込んで行く!

 規模、破壊力、そのどれを見てもこの世界で一般的に伝わる中での最大の魔法、上級魔法の威力を有している事は疑い様が無かった。


 魔法は二人以上による共同で発動する事も出来、その時の挙動というのが電池と良く似ている。

 並列で繋げば単純に二人以上の魔力で運用する事になるので一人当たりの負担が減り、長期戦に耐える。

 逆に直列に繋げば、少ない時間で巨大な魔法を発動する事が出来る。

 一人でも欠ければ急激に戦闘能力が落ちるが、そのデメリットを差し引いても短時間で大魔法を発動出来るというのは大きなメリットだ。

 事実この世界において、魔法を用いた戦争を行う際にはこの魔法の直列繋ぎとでも言うべき運用が成されている。

 魔法の才、技術、錬度、高い技量が要求されるが、成立させた時の破壊力は目の前の惨状が物語っていた。


 スラレンジャーが行ったのは、それを更に昇華させた物。

 五体で一斉に魔法の詠唱を行う。

 それを阻止するべく突っ込んできた相手に対し、その一体が即座に詠唱を中断し対応する。

 その一体が応戦している間に、他の四体が魔法を成す。

 例え一体を破ったとしても、残り四体を止めるまでの時間は足りないだろう。

 事実、ライゼルは対応が追い付かなかった。

 四体が共同で放った魔法は発動に要した時間こそ中級魔法程度だが、その威力は完全に地形すら変える破壊力――上級魔法の域に達していた。

 普通、四体程度ではここまでの威力にはならない。一般的にイメージされている上級魔法とは、高い技術を有した魔法使いが二桁単位で徒党を組み、長い詠唱を用いて発動するというのが基本的な流れ。

 だがスラレンジャーは、個々の高い技量によって僅か四人で、これだけの高速発動を成した。


「何ッ!?」


 全てを打ち砕く巨大津波が戦場を洗い流していく。

 そんな水面の荒波を、先程吹き飛ばされたレッドがスライムらしく水の耐性を生かして移動している最中、信じられない物を見て驚愕の表情を浮かべた。


「マジかよ。たった四体で、こんな短時間で上級魔法クラスかよ……一体何なんだお前等」


 驚いてはいるようだが、まだ余裕を感じさせる口振りのライゼル。

 太い幹と根で地に根差した、比較的安定した巨木の上。

 津波に巻き込まれないようにフィーナ達を両脇に抱えつつ、回避に成功していたライゼルの姿がスラレンジャーの目に止まった。


「リーダー! 無事ですか!?」

「ああ、俺は問題無い。だが……」


 先程、ライゼルとの攻防で吹き飛ばされたレッドの安否を気遣うように他のスライム達が駆け寄る。

 やがて、発動の為に注ぎ込んだ魔力が切れたのか、津波の勢いが急激に低下し、消滅する。


「今の動き――成る程、貴様は人間だと思っていたが……どうやら違うようだ」

「……あァ?」


 まるで何かを確信したかのように、レッドは断言する。


「正体見破ったり! 貴様は人間ではない! 貴様の正体は――精霊だな!」


 人間の身では、到底不可能な挙動をするライゼル。

 そんなライゼルを人外認定するスライムレッド。


 そのレッドの発言に対し、ライゼルは肯定も否定もせずただただ無言を貫くのであった。

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