6.バレンス・ティルアーク
私、バレンス・ティルアークはファーレンハイト領の首都たる聖王都、そこに居を構える中流貴族の屋敷にて生を受けた。
当時は我が家も多少裕福であり、家には数十人の召使いと食客が出入りしていた。
私が5歳になった頃から、父親の提案により私は魔法使いとしての道を歩み始めた。
金に糸目を付けず有能な家庭教師を雇い、また私自身も魔法に対する知識を乾いた土に水を与えるが如く吸収出来る優秀さを有していたが故に、魔法使いとしての実力をメキメキと伸ばしていった。
その後、10歳になると同時に魔法に携わる者にとっての最高学府たるファーレンハイト王立魔法学院へと入学。
入学後も私は知識を蓄え続け、同学年の中でも頭一つ飛び抜けた存在となっていた。
将来は王宮入りで間違い無いだろうと言われ、また私自身も当然そうなると思って疑わなかった。
そんな時であった。
そう、誰もが知るあの騒乱。聖王都継承戦争が勃発したのは。
立場も弁えぬ王家の三男坊が、薄汚い下民と結託しクーデターを起こした。
その際に前王が崩御、王の直系の血筋である次男が討ち死にし、最終的に遠征していた長男もまた、この男によって討ち取られた。
自らの権力を磐石にした上で、この男は次に貴族に対し弾圧を始めた。
ある者は土地を奪われ、またある者は私財の押収、捕縛され幽閉された者も居たし、酷ければ殺された者も居た。
由緒正しい私のティルアーク家もまたその弾圧の被害者であり、莫大な財貨を要求され、その資金繰りの為に屋敷を手放さざるを得ず、最早貴族とは名ばかりの凋落の一途を辿った。
幸いにも私の入学及び学院生活を送る為の資金は先払いしてあったお陰で卒業までは問題無かったのだが、卒業し家に帰ってみれば母親は離婚し家を出、父親は安酒で悪酔いを繰り返す毎日を送っていた。
最早、かつてのティルアーク家が誇っていた栄華は何処にも存在していない。
酒で頭がふやけたこんな無様な父ではティルアーク家の再興など不可能。
私がしっかりしなければ、ティルアーク家がこの代で途絶えてしまう。そんな事はあってはならない。
再びかつての栄華を取り戻す為であらば、どんな手だって使おう。
私は選ばれた存在。私が奮起せねば、この国に未来は無い。
あの忌々しい新王め。
例えその身に流れる血が誇り高き王家のモノであったとしても、あのような下民の汚れに塗れた薄汚い男が玉座に座しているような事が許される訳が無い。
この私が引き摺り下ろし、そして私が代わりにその玉座に納まるとしよう。
だが、その為には力が必要だ。
腕力、権力、財力――王になるのであらば、その全てが必要だが、私には特に財力が欠如していた。
当然だ。余裕のある財貨を、あの新王に全て奪われたのだから。
結局は、金が要る。
何故貴族たるこの私がこんな自ら金策に走らねばならないのだ。
それもこれも全てあの男のせいだ。
だが、愚痴を零して何もしないのであらばやっている事は父と何も変わらない。それでは何も状況は変化しないのだから。
私には、凡百には到底辿り着けない魔法の知識と才覚があった。
故に、普通に職務に携わるだけでもそれなりに金を稼げるだけの力量はある。
自惚れではなく、これは冷静に自らを分析した結果の純然たる事実だ。
だが、それなりでは駄目なのだ。
そんなあくせく働いて金を積み上げるような、下々の考えでは到底辿り着けない。
元々、真っ当な方法でそんな金を稼げるなどという府抜けた考え方などしていない。
故に、綺麗な道は初めから考慮から外し、抜け道に成り得る天啓的な閃きを待った。
そんな時であった。
あの新王が、ファーレンハイト領内の奴隷の解放政策を進めているというのを耳にしたのは。
コレだ。
奴隷を欲する者はまだ多い。それに、ファーレンハイトでは動き出したが他国も含めて一致団結してこの動きに賛同している訳では無い。
禁ずれば、欲する者も増える。
ならば、奴隷を入手するルートを確保すれば、奴隷商としての道で再び坂を駆け上がり栄光を取り戻す事が出来る。
そうと決めたら、他者に動かれる前に行動を開始する。
手始めに手配書に載る程有名ではないが、多少は名が知れているという絶妙な実力の傭兵崩れの野盗を探し出し、その組織を掌握。
貴族として有していた人脈を通じ、まだ力を残している有力な貴族に渡りを付け、奴隷の販路を確保。
次に余り目立たない村を襲撃し、そこの住人を全て奴隷として売り捌く。
しかし村の住人が全て空っぽになってしまっては流石に怪しまれる。
故に、その村を乗っ取り、野盗にはそのまま村人を演じさせた。
時折、妙に敏い商人が現れる事もあったが、そういう奴は道中を襲撃し口封じをした。死人に口無しである。
その上で、今度は精霊の噂を流し、近隣の下民を刈り取っていく。
姿を晦ましたのは、精霊の怒りに触れた事で神隠しにあったのだ、という風説を流布する。
下民はやはり知恵が足りないだけあり、こんな出任せを簡単に信じてくれた。
それに、そこそこ腕の立つ娘を上手い事利用出来る状況を作り上げた。
ラドキアを通じてレオパルドから仕入れた、ファーレンハイトでは馴染みの無い特殊な魔物の毒を用い、私以外には到底治療出来ない肉親の人質という強力な手札を手に入れられた。
流石にこの作業を他者はやらせられなかったので、サインドという偽名を名乗って顔を晒す事になったが、問題無いだろう。
こうすれば、奴隷調達以外の方法でも資金を得られる。もしあの娘がヘマをして捕らえられるような事になっても、決して私まで辿り着けまい。
奴隷商売は実入りが良く、中々の財貨を蓄える事が出来た。
以前住んでいた屋敷程度ならば、容易く買い戻せるだろう。
だがまだだ。まだ足りない。
あの王に対し喧嘩を売るのであらば、私兵を大量に囲い、私だけの軍を作れる程に金が要る。
私は、こんな所で終わるような命ではない。
私は、バレンス・ティルアーク。誇り高き聖王都ファーレンハイトを担う者。
このティルアーク家の名に再び輝きを取り戻し、あの俗物を玉座から引き摺り下ろし、国の未来を守る為であらば。
何だってしてみせよう。
その道を邪魔する者であらば、誰であろうと捻じ伏せるのみ、だ。
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この占拠したロゴルニア村に、時々流れの者が訪れる事はあった。
基本的には見逃す方針ではあったが、攫った所でいくらでも言い訳が効く状況であらばその者達も奴隷として売り飛ばしてきた。
しかし時折、部下のヘマなんかが主因で私の計画が露呈しそうになった事も少しばかりはある。
そういう時は、私自ら動いて証拠を隠滅し、こうして今日まで続けてきた。
そして今日もまた、部下のヘマが原因で面倒な事態になっている。
しかも相手は、私同様無詠唱魔法を用いる事が出来る程の実力者である。
元々、無詠唱魔法は熟練した魔法使いでなければ戦闘に用いれる程の出力にはならない。
魔法とは、魔力を燃料とし、自らのイメージを具現化する法。
イメージを固められていない初心者ではロクに発動もしないし、発動しても効率が悪く、出力もロクなモノではない。
故に魔法使いは、詠唱という言葉を用いて自らのイメージをしっかりと踏み固めた上で、その力を行使するのだ。
だが、この男はそれを省略してもこれだけ強力な魔法を使用してみせた。
負けるとは思えないが、それでも警戒だけはするべきだろう。
全く、面倒事を引き連れてきてくれたものだ。
これだけの騒ぎになっては、拠点を移動せざるを得ない。
砂狼の牙とかいう犯罪組織のせいで、ここ最近の聖王都はピリピリしている。
何か騒ぎを起こせば、すぐにあの男の私兵が飛んでくる。
ここで見付かっては、元の木阿弥。
今はまだ、あの男と正面切って遣り合う程の力が蓄えられていない。まだ今は野に伏せて耐えるべき時期だ。
だが何をするにしても、今は目の前の男に集中するべきだ。
男は、腰に携えた二本の短剣を鞘から抜き、構える。
右足を一歩前に踏み出し、腰を落とす。
荒事には何度も遭遇しているが故に、他者の戦闘スタイルを見る事は幾度と無くあったのだが、目の前の男は過去の経験のどれにも当て嵌まらない独特な体勢をしていた。
短剣という事は、恐らく懐に潜り込んで来る近接戦闘スタイル。
私は余り接近戦は得意ではない。近付かれるのは不利――
「――ッ!? フレアショット!」
思考の中に走る違和感。
その嫌な予感に対し、即座に攻撃魔法を飛ばす!
杖に宿った炎の魔力が球体へと変化し、間髪入れず真っ直ぐに飛んで行く。
その違和感は、何も見えない虚空に存在していた。
その虚空に向けて炎弾が着弾すると、その炎が宙で不自然に掻き消された。
何だ、何が起こった?
その原因、正体こそ分からないが、それでも確かな事がある。
「……接近戦を仕掛けてくると見せ掛けて、魔法で不意打ちする気だったようですが……生憎、私に対しそんな小細工は通用しませんよ」
私も無詠唱魔法を用いる事が出来るのだが、基本的にはそれを使う事はしない。
何故ならば、無詠唱魔法というのは非常に消耗するのだ。
例えるならば、しっかりとした構えで剣を百回素振りするのと、あちこちに向けて適当に構えて剣をブンブン百回振り回すのでは、間違いなく後者の方が消耗が激しいのは明白だ。
必要なプロセスを省略して魔法を用いるというのは、魔力をとても消費するのだ。
今、目の前の男は捕らえていた人質を救出する為にその魔力を大量に消費し、あの規模の魔法を発動したのだ。
魔力とは、自らの内から湧き上がるモノでもあり、休めば回復もするが、自らの内に内包出来る限界量というのはある。
何も無い空間からいくらでも取り出せるように知恵の無い者には見えるかもしれないが、使える魔法の総量には限界があるのだ。
その自らの有する魔力量の限界を超えて搾り出すような事は出来ない。
だから当然、目の前の男も先程の魔法使用でかなりの量の魔力を消費したはずだ。
対し私は、完全に無詠唱にせず、詠唱過程を短縮するという方法で魔力消費を抑えながら威力を上げるようにしている。
色々試したが、これが一番魔力消費と威力のバランスが丁度良いという結論に達したのだ。
目の前の男は、小さく舌打ちをする。
「――んだよ、面倒臭ぇなぁー。大人しくソレで気絶しとけば楽になれたのによぉ……」
男は短剣を手にしたまま、人差し指で軽く自らの頭を掻く。
恐らく、この目に見えない不意打ちがあの男の切り札。
それを見破られた事で、必死に表情や言動で平静さ、余裕さを見せているが、その内心はさぞ慌てふためいている事だろう。
慌てるなり、萎縮してくれるなら最早こちらの物。
このまま戦いの主導権を握り、一気に押し切り、殺してしまえば――
「――綺麗な死に様選ばなかったのは、テメェだからな」
男の目に、暗い光が宿る。
殺気。
攻撃が来る。接近戦を挑んでくる気か?
だが私とは大きく距離が離れてる。肉体強化で飛び込んで来るにしても、近付かれる前に迎撃は出来る距離だ。
その直後、私の目の前に鈍い光を宿した刃が迫っているのをその網膜が捉えていた。