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66.首都オリジナ

 些細な再会イベントこそあったものの、鉄路の旅は穏やかなものであった。

 天候は安定しており、やや肌寒い以外は何のトラブルも無い。

 その肌寒さもロンバルディアの地からすれば温かい部類であり、停車した駅にて半袖の人物が乗り込んでくる事実がそれを物語っていた。

 黙々と、煙をもくもくと立ち昇らせて機関車は走る。

 そして、この蒸気機関車の終点が目の前へと現れた。


 分厚く、巨大で重厚な、過剰なまでの防御力を有した外壁。

 恐らくこの世界でここまで頑強な外壁を有しているのはこの都市だけであろう。

 外壁には細々と銃眼が開けられており、巨大な外壁は街並みを完全に覆い隠してしまっていた。

 その外壁は非常に錆び辛い金属とコンクリートによる、所謂鉄筋コンクリートで建造されていた。

 防御力は勢いが付いていないただのドラゴンの体当たり程度であらばある程度耐えられるという、基準が何か狂っているとしか思えない性能。

 有事の際には魔力により外壁の防御性能を向上させる事により、勢いを付けた巨大なドラゴンの体当たりすら退け、ブレス攻撃も耐え得る、と言われている。

 かつて、この地はドラゴンという生きる災厄によって沢山の被害を被った。

 その教訓を活かし、この都市はとにかく堅牢で破れない、絶対の防御性能を重視して改築、建造が成された。

 要塞都市、という表現がしっくり来る。

 今の所、過剰な防御性能が役に立った、という事態が発生していないのだが、それは幸いというものだろう。

 何かあってからでは遅いのだから。


 外壁は非常に分厚く、蒸気機関車が走り抜ける外壁内部はちょっとしたトンネルとでも言うべき代物であった。

 外壁を走り抜け、蒸気機関車はいよいよ終点の地へとその車輪を走らせた。


 巨大な外壁内部に築かれた、密集した高層の建造物。

 平屋や一軒家、といった建物は土地の無駄だとでも言いたいのか、この都市の外壁内部には一軒も存在していなかった。

 道は立体交差しており、幾層にも連なりまるで網の目のようである。

 大動脈となる中央部に走るのは街道ではなく、鉄道。

 十字交差したその鉄道はソルスチル街、闘技場都市、聖王都方面へと走り抜ける、ロンバルディアが誇る高速移動路。残りの一つは、この首都の心臓部へ向かって伸びていた。

 全ての蒸気機関車がここから発ち、ここへと帰る。

 更には物資や人の移動を円滑にする為か、索道(さくどう)――ロープウェイやリフトと呼ばれる建造物が建物上、建物の隙間を縫って走り抜けていた。

 その様相は、他の国の首都とは違う。

 機能最優先、外観など二の次だ。とでも言うべきものであり、整然としていて雑多、しかし機能美、という意味では他の国よりも遥かに美しい。

 更には、都市の上空に一つの影。

 翼も魔法も持たぬ、人類が生み出した飛行手段。

 巨大飛行船が、この首都には係留されていた。

 他の国々と比べて、余りにも異質。そして強大。

 そうでなければ、この過酷な土地では繁栄など出来なかったからこそ、必要に迫られて生み出された首都。


 ここが、こここそが。

 ロンバルディア最大の都市にして首都。

 ロンバルディア共和国首都、オリジナ。

 徹底された区画整備とインフラ、蒸気機関という大動力によって建立された、厳冬の地の大都市。

 人々にとって敵であるこの寒さすら利用し、繁栄し、ファーレンハイトやレオパルドに匹敵する第三の国へと成長を遂げた。


「――終点、オリジナ。オリジナです。御乗車のお客様は、お忘れ物の無いよう――」


 幾本も走る線路には、蒸気を立ち昇らせる蒸気機関車が次の発車に備えて何両も停車しており、その駅構内は下車と乗車待ちの客足で混雑しており、更には貨物車に積載する貨物を運び入れる乗員、作業員も忙しなくホームを駆け抜けており、おのぼりさんなフィーナからすれば目が白黒するような光景が広がっていた。


「私達は、ここでお別れですね」

「いやぁ~、本当残念だなぁ~! もしまた何処かで再会する事があったら、その時は今度こそ俺様と一緒にアバンチュールな一とkぶっ!?」


 ミーア、キャロル、ティオの三人の目的地はここで乗り換えた先にある、闘技場都市。

 一方、ライゼル達の目的地は再びファーレンハイトへと向かう道であり、彼女達とは異なっていた。

 名残惜しそうに手を振りつつ、三人と別れるライゼル。

 顔面に鉄拳がめり込んだままなので、残念ながらその美貌は見る影も無い。鉄拳を打ち込んだ犯人はフィーナである。


「――これは、圧倒される熱量があるでござるな」

「気を抜いたら、すぐに迷子になっちゃいそうだよね」


 あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ。

 完全におのぼりさん状態になっているミサトとフィーナ。

 この二人は人生の大部分を村と呼ばれるような、さしたる人口を持たない集落で過ごしており、その価値観もその村に応じたモノとなっている。

 人口何百万という世界は余りにも彼女達の育った世界とは異なっており、何もかもが珍しく見えるのだろう。


「……馬鹿っぽい」


 そんな二人を冷めた目で見るセレナ。

 聖王都というファーレンハイトの首都で生活していたセレナからすれば、この人ごみも意識を揺らすような事柄では無いのだろう。


「おいそこの田舎者丸出し娘ーず。置いてかれたくねーならさっさと来い」


 そう言い残し、さっさと目的地へと足を進めるライゼル。

 それにセレナが同行し、置いていかれる気配を感じ取ったミサトとフィーナがやや駆け足で、人ごみの合間をするすると抜けつつライゼルの後を追う。


 ライゼルはここでファーレンハイト方面へ向かう蒸気機関車へと乗り換え、このロンバルディアの地を後にする。

 なので、今度はそちらに向かう為の切符を購入する為に窓口へと向かう。


「ロゴモフ山道方面に行きたいんだが。人数は4人だ」

「それでしたら、金貨2枚と銀貨8枚です――えっ?」


 唐突に駅員の語尾が上がる。

 ライゼルは切符販売の窓口に座っていた駅員に運賃を支払うが、切符が払い出されない。


「……おい、まだか?」

「あっ、は、はい! こちらが搭乗券です! 8番ホームにてお待ち下さい!」


 慌てたように駅員は切符をライゼルへと手渡す。

 切符には大きく8と打刻されており、その脇に小さく始発駅等の情報が刻印されている。


「お前等の分だ、無くすなよ。無くしたら自腹な」


 ライゼルは後ろで待機していたフィーナ達に切符を手渡し、とっととホームへと向かい始めた。



―――――――――――――――――――――――



「この切符に印字されてる時間が発車時刻ですから、それまでに8番ホームに居れば大丈夫ですよ」


 切符の内容に関し、都会慣れしているセレナから説明を受ける田舎者娘ーずのフィーナとミサト。

 気が早いのか、それとも車両の都合か。ライゼルが購入した切符に記された発車時刻は一時間以上も猶予がある。

 セレナから8番ホームの場所を聞き、ただ駅のホームで待ち惚けするのも退屈だと感じたフィーナはこの首都を散策する事にした。

 異国の、しかも首都であるこの地に興味を持ったミサトも、フィーナと一緒に周囲を見て回る事を決めたのであった。


「……ガラスって、結構高い物だって聞いたんだけど……この国って、当たり前のようにガラスが使われてるよね……」


 衣服や装飾品、冒険者の装備品を陳列したショーウィンドウに張り付くようにして見つつ、呟くフィーナ。

 ガラスは作るのが大変らしく、その労力が金額に加算されている為、ロンバルディア共和国以外の国では裕福な家系でもなければ見れない代物である。

 そんなガラスだが、このロンバルディア共和国では量産体制が確立されているらしく、透明度の高い綺麗なガラスが比較的安価で入手出来るのだ。

 他国から見れば価格破壊も良い所の値段なのだが、ロンバルディア共和国内であらばともかく、それを他国に輸出しようとすると搬送費がかさむ。

 オマケに割れ易い代物で割れてしまえば商品にならない為、慎重な運送を要求されその分価格が膨れ上がる。

 最終的に自国でガラス製品を買うのと大差無い値段に落ち着いてしまう為、わざわざ輸入規制や関税を掛ける程でも無いらしい。

 勿論、ガラスはほんの一例であり、他国では高い工業製品がロンバルディアでは非常に安いというのは多々存在している。


「まるでここに何も無いように見える透明度でござるな……氷よりも透き通っているのに、触っても全然冷たくないでござるよ」

「それに、このロンバルディアって国だと何処にでも時計あるよね」


 通路の壁面、窓の外の時計塔、商店の店内。

 視界の何処かに必ず時計が存在しており、この国に居て時間が分からない、という事態はまず発生しない。

 物事も時計に従って一分一秒が正確に流れており、その人の流れはまるで正確な機械細工のようにすら思える。


「――って、あれ? 何か色々見て回ってたら結構時間経ってるね」

「本当でござるな、そろそろ目的地に向かった方が良さそうでござるな」


 遅れるとライゼルは本当に自分の事を置いていく。

 それをこれまでの経験から身を持って知っているフィーナは時間に間に合うように早めに行動を開始する。

 目的地である8番ホームへ向かい、フィーナとミサトは早足で移動し始める。




「――ん? さっきの子達、8番ホームに降りてたけど……軍人、なのかな?」

「まさかぁ。でも、研究者にも見えないし……きっと荷物運びか何かの人でしょ」


 遠目にフィーナとミサトを目撃した、駅を行き交う一般人の呟き。

 その言葉が二人の耳に届くには、如何せん距離が遠過ぎるのであった。

涼しくなってきた

やっとやる気が出てきた

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