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64.ギルド

 放っておくと何時までも印刷の工程を眺めていそうだった為、ミサトの襟首を掴んでライゼルは印刷所を離れる。


 次にライゼル達が向かったのは、ギルドと呼ばれるファーレンハイト発祥の公的機関であった。

 今代のファーレンハイト王が提案し、それにレオパルド、次いでロンバルディアが提案を受け、三国の間で軍縮が成され、それに伴い職を失った軍人による治安悪化への対策として取り入れられた。

 ギルドはファーレンハイト、ロンバルディア、レオパルドの三国家にて既に実用的に運用されており、民間・国家関係無くこのギルドという機関を通じて仕事を依頼・斡旋する、いわば仕事の仲介業者とでも言うべき存在だ。

 依頼の受領、完了報告、報酬の支払いはこのギルドで発行されるギルドカードと呼ばれる物で行われており、その発行は無料で行える。

 このギルドカードは身分証明証としても使用出来、杜撰な仕事や悪評が高まるとギルドカードの停止処理、ブラックリスト入り等が成され、そうなった人物は今後ギルドを利用する事は出来なくなる。

 信用を積み重ねていれば他国への入国許可証にもなり、このギルドカードがあれば三国間内を股に掛けて仕事をする事も出来るのだ。


「――お待たせしました。ミサト・リエゾン様、カウンターまでお越し下さい」


 ライゼルはギルドの仕組みを説明しようとしたが、途中で面倒くさくなってセレナに放り投げつつ。

 ライゼルと途中からセレナを通じてミサトへとギルドの説明を行う。

 一通りの説明を終えた辺りで、どうやらギルドカードの発行処理が終わったらしく、カウンターへと向かい、ミサトのギルドカードを受け取る。

 ジパングにはギルドは存在せず、当然ながらそんな場所で育った、ましてや子供の頃で自分の人生が一時的に途切れていたミサトがギルドカードを所持している訳が無かったので、今回その発行にギルドを訪れたのだ。

 今後、故郷を離れた異国の地で暮らすのであらば、恐らく必須になるだろうというライゼルの提案によるものだ。


「ミサトって、フルネームはそういう名前なのね。何だか変わった名前だね」

「父はジパング生まれなのだが、母はロンバルディア生まれで、私にもロンバルディアの血が入っているらしい。リエゾンは母方の姓でござる」

「ハーフって訳ね、通りで」


 ジパング領の人々は、外海を隔てた島国という閉鎖的な環境下である為か、外見的特徴が似通っている。

 揃いも揃って黒髪だし、瞳も茶色寄りの黒ばかりだ。

 他種族の血が混ざらない環境であったが故に、遺伝子の方向性が平均化され、大体同じになってしまったのだ。

 にも関わらず、ミサトは髪色こそ黒だが、瞳は青い。

 女性にしては背も高く、ジパングでは珍しい見た目だったが、案の定混血児だったようだ。


「……よもや、こうして母の故国の地を踏む事になるとは。人生とは分からないものでござる」

「はい、それじゃあ手を出して」

「?」


 ライゼルに手を出せと言われ、大人しくミサトは片手を差し出す。

 その片手に金貨を10枚程握らせるライゼル。


「それだけあれば仕事を見付けるまで食い繋げるだろ。じゃあな、達者で暮らせよ」

「えっ?」

「えっ?」

「ちょっと、待ちなさいライゼル」


 ポカンと口を開けるフィーナとミサト。

 普通にそのまま後ろ手振りつつ立ち去ろうとするライゼルを、反射的に引き止めるフィーナ。


「え? 放り出す気なの?」

「……船には乗せてやった。今後の活動資金もくれてやった。もう十分義理は果たしたんだからこれ以上とやかく言われる謂れは無ぇよ」


 ライゼルは、善人でも正義の味方でも勇者でもない。

 誰かを助けるような事があったとしても、それは降り掛かった火の粉を払っただけか、自分に得があるか、そうでなければ保身の為にしか過ぎない。

 今までライゼルは、ずっとその考え方で行動し続けており、今後もそれは変わらない。

 今回、ミサトに関わったのはほんの僅かではあるが、ライゼルの心が痛む要因があった事が原因だ。

 自分の心を守る為、つまり保身である。

 それなりに厚遇し、十分配慮はしたのだからと、ここで縁を切る気なのだ。


「船に乗っている間に身の振り方は考えておけと言ったはずだが? まさか何も考えてないとか言わないだろうな?」


 目を細めるライゼル。

 そんなライゼルに対し、真っ直ぐな眼差しを向け。意を決し、口にする。


「船旅の間、ライゼル殿に言われた通り。今後の自分の身の振り方を考えた。だがやはり、ライゼル殿と共に行くのが自分の道だと改めて確信したのだ。ライゼル殿から受けた恩義を返さねば、死ぬに死に切れん。改めてお願い申す。拙者を、どうかライゼル殿の隣に置いて欲しいでござる」


 頭を垂れ、懇願するミサト。

 無言を貫くライゼルに対し、フィーナがミサトの援護をする。


「……ここって、ミサトからすれば誰も知り合いの居ない場所でしょ? こんな場所まで連れて来ておいて、それで放り出すのは義理を果たしてるとか思えないんだけど」

「――俺の側がどういう場所なのか、知らないとは言わせねえぞ」


 ミサトに対してだけでなく、フィーナやセレナにも言い含めるように告げるライゼル。

 ライゼルは、至る所で喧嘩を売って回るような言動をしている。

 真っ当に生きてる相手ならば一線は越えないが、相手が悪党だと自分が納得さえすれば、その悪党に対し容赦無く略奪や殺害も行う。

 まるで相手にならないが、そんな道を進んでいるのだから、報復も無い訳ではない。

 そんな傍目から見れば同じ穴の(むじな)となんら変わらない男の側に居れば、自分にも火の粉が降り掛かる。

 子供でも分かる道理である。


「私は、ライゼル様の側以外に居場所なんて無いですから。その先が地獄だろうと一緒に行くだけです」


 半ば脅すような口調を前にしても、何ら調子を変える事無く断言するセレナ。

 恋する乙女の表情を浮かべているが、その目には乙女心だけではない別の熱量が宿っているようにも思えた。


「アンタみたいな馬鹿を放っておける訳無いでしょ」


 お人好しの馬鹿は馬鹿を見捨てられない。

 フィーナがライゼルについて行く理由は、ただそれだけであった。


「危難の前に膝を折るのであらば、その時が拙者の力量の限界。その時が来たならば、潔く死ぬまででござる」


 ジパング領で生まれ育ったミサトは、他とは違う死生観を持っている。

 そこから来る発想なのか、死にたくないという感情はあるのだが、自分で決めた道の果てが死なのであらば、それが己の運命だと受け入れる。

 年齢から見れば枯れているというか、達観した考えであった。


 揃いも揃って我が強く、折れる気がしない三人を前にし、不快そうに舌打ちするライゼル。


「俺は、お前を連れて歩く気なんて無い。心配だったり不安だっつーなら、フィーナかセレナと一緒に居れば良いだろ」


 苦々しい表情を浮かべながら、そう吐き捨て。

 苛立ちを隠しもしない足取りで真っ直ぐに扉の外へ向かっていった。


「……! よし、それじゃあこれから改めて、宜しくね!」


 ライゼルの言いたい事を理解したフィーナはミサトの手を取る。

 ついて来るなら勝手にしろ、という解釈をしたのだ。

 それなりにライゼルの側に居た事で、フィーナはライゼルの面倒臭い態度を若干だが読み取れるようになっていた。


「え? 良いんでござるか?」

「良いの良いの、気にしない気にしない。あの馬鹿はああいう感じだから」


 疑問を浮かべるミサトに対し、大丈夫大丈夫とフィーナは答えた。


「……あれ? セレナは?」

「セレナ殿だったら、先程ライゼル殿の後を追って外に行ったでござるよ」

「セレナの奴! 無言で立ち去らないでよ!」


 置いていかれた事に気付いたフィーナが、ダッシュでギルドから飛び出していく。

 やや疑問が残るが、それでもライゼルの側に居ても大丈夫そうだという空気を感じ取ったミサト。

 安堵しつつ、新たな自分の居場所となるであろうその場所に向け、フィーナを追い越しつつ駆け出すのであった。

そんな感じ

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