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63.魔法と印刷

 心地良い海風を受け、浸水こそしていないが色々ガタが来ている帆船が大海原を進む。

 ライゼルが世界中に仕掛けて回った付与世界陣(ワールドエンチャント)の効果により、帆船はジパングの港を出て以降、一度たりとも途切れる事の無い追い風を背に受け続けている。

 見渡す限り、海原と空の青が広がる世界。

 入道雲も見当たらず、嵐といった帆船にとって脅威となる要素が完全に排除された、実に穏やかで順調な航海だ。


「そこだ!」


 青空の色を湛えた目が見開かれる!

 手にした竿を居合いの如く一気に引き上げ、糸先に食いついた鮮魚が宙を舞い、帆船の甲板にペチッと叩き付けるように落下してきた。


「おー、おみごと」

「こんな短時間で5匹も……」

「竿に意識を集中すればこの程度、朝飯前でござる」


 やる気の無い賞賛を送るライゼルと、素直に脱帽した様子を見せるフィーナ。

 そんな二人に大した事はしていないと謙遜するミサト。


 ジパングの港を発ち、ロンバルディアへと戻る船旅の最中。

 この帆船の中に釣竿が転がっていた事にミサトが気付き、航海の合間を利用して少しでも食費を抑える為に釣りを始めたのだ。

 ライゼルとセレナはやる気が無いらしく、やる気を出したフィーナとミサトが釣りに勤しんでいるのを遠巻きに見守っていたのだが。

 フィーナの釣果はゼロ、しかしミサトは既に5匹を釣り上げていた。

 しかし釣りを始めてからまだ一時間経った程度である事を考えると、フィーナが不甲斐ないというよりミサトが異常に上手いと言うべきだろう。


「どうやったらそんなに釣れるのよ……」

「拙者は昔、父上と一緒に釣りをしていた頃があったでござるからな。単純に経験の差でござるな」


 釣り針から魚を取り外し、海水で満たされた木桶の中に魚を放り込み、再び竿を海原目掛け振り抜くミサト。


「お前、剣士じゃなくて漁師の道目指した方が良いんじゃねーの?」

「釣果は時の運、これで食べて行ける程の腕前ではござらんよ」


 結局、ミサトは20匹程釣り上げた辺りで満足し、釣りを切り上げた。

 釣った魚は頭を落とし、内蔵と骨を取り除き、開いた上で甲板上で日干しする事になった。

 そんな作業を一通り終えた頃に、フィーナが小ぶりな魚を1匹、ようやく釣り上げるのであった。


「釣れた! ライゼル見て見て! 釣れた!」

「ちっさ。あ、ごめん……ストレートに言ったら失礼だよなぐぷっ!?」


 魚ではなく、自身の胸元に視線が注がれている事に気付いたフィーナは、容赦なくライゼルに対し鉄拳制裁を加えるのであった。



―――――――――――――――――――――――



「何してるの?」

「刀を研いでるんでござるよ。実家に予備の刀はあったが、誰も手入れしてなかったせいで錆が浮き出てたでござるからな」


 出航の際、ミサトの持つなけなしの手荷物を全て帆船に放り込んだ。

 刀のその一つだったが、生憎あの荒れ放題だった生家に放置されていた品物だけあり、使用不可能という程ではないが、そのままでは刀として使用に耐えない程に錆びてしまった。

 船旅はそれなりに時間が掛かるので、ミサトはその移動時間を利用して錆び落としを行っていた。

 それなりに時間が掛かる。なので、やる事が無いフィーナは暇つぶしを兼ねてミサトの作業をぼんやりと眺めている。


「船旅の最中に、戦う手段を整えておかねば」


 水で湿らせた砥石の上で何度も何度も刀身を往復させる。

 それなりに時間の掛かる作業ではあるが、約一週間は船上生活なので、それ位の時間はある。

 黙々と砥石で刃を磨き、錆を全て落とした上で錆止めの油を塗り、鞘へと収めた。


「これで刀は問題なし……後は、これか」

「それは?」

「符術の媒体でござる。これがあれば、剣の届かない、効かない相手でも戦えるでござるからな。ただ、消耗品なので時間のある時に仕込まねばならないのが難点といえば難点でござるな」


 ミサトが取り出したのは、ジパングで買い込んだ和紙と呼ばれる紙であった。

 この和紙に魔法陣を書き込み、適度な大きさに切り揃えて使用する、符術と呼ばれる魔法の一種である。


「あれ? 紙って燃えちゃうから駄目なんじゃないの?」

「フィーナさんフィーナさん。俺様、それに関してはちゃーんと教えたよね? 何で忘れてるの? 鳥頭なの? サルなの? ゴリラなの?」

「痛たたたた!?」


 物覚えの悪い動物を躾けるかのように、フィーナのこめかみ部分に親指を当ててギリギリと締め付けるライゼル。

 ライゼルの両腕を叩きながら、降参の意を示すフィーナ。


「だって、魔力流すと紙は燃えちゃうんでしょ!? 駄目じゃん!」

「……面倒臭ぇ……セレナ、お馬鹿に魔法陣を刻む媒体の利点欠点を説明してやれ。俺様、同じ事説明する無駄はやりたくないからな」

「んー、確かにフィーナさんの言う通り、魔法の発動には魔力伝導熱が発生するせいで、魔法陣を紙に刻むと魔力伝導熱で発火して使い物にならなくなっちゃいますけど……魔法が発動しない訳じゃないんですよ」


 セレナは魔法学院で学んだ己の知識を、分かり易くフィーナへと説明していく。


 魔法の行使は、魔法陣の構築、詠唱、魔力を流すという三工程で構築されている。

 基本的にはこの三つを全て終わらせる事で、しっかりとした100%の効力を発揮する魔法として実際に起動する。

 しかしこの工程の一部を省く事で、効力がやや落ちるものの、迅速な魔法発動を可能とし、戦闘で用いられる魔法というのは大体これである。

 省く対象として一番筆頭に上がるのは詠唱の工程であり、詠唱を省く場合、魔法の発動が全て魔法陣任せとなるので、魔法陣に全ての魔力が注がれる事になる。

 魔力というのは電力に似た性質があるらしく、強い魔力を流すとその分強い熱や光が魔法陣から発生する。

 光はともかく、熱は非常に高熱であり、紙であらば自然発火する程の熱量にもなる。

 その為、魔法陣を刻むのはそれだけの熱量に耐える鉄製が良いとされ、そして熱を速やかに逃がせるようにどれだけ放熱性の高い構造に出来るかが、魔導具職人の腕の見せ所といった所だ。

 フィーナの持つガントレットや、セレナの杖にも魔法陣が刻まれており、これらは鉄製、もしくは何らかの合金製で作られており、放熱性に長けた構造をしている。


 だが、鉄製の魔導具にも欠点はある。

 当然だが、鉄製故に、重い。

 様々な状況に対応出来るよう、色々な魔法陣が刻まれた装備で固めると総重量が重くなりすぎ、嵩張り、戦闘に支障をきたして本末転倒となるのだ。

 その点、紙の魔法陣は鉄と比べて遥かに軽い。

 伝導熱によって一回使用したら発火し使い物にならなくなってしまうが、それでも一回だけなら発動に耐え得る。

 

「――まぁ、簡単に言えば何度でも使い回せる武器と一回きりだけど状況に応じて使い分けられる紙の魔法陣、この違いですね。紙の魔法陣を大量に用意し続けられるなら、そっちの方が便利ですよ。ただ、それで荷物が嵩張ってたら結局意味無いんですけどね」


 どちらが劣る、という訳ではなく。

 状況に応じて利点欠点があるという事だ。

 一般的にはコストパフォーマンスを重視する事が多いので、何度でも使い続けられる鉄製装備を選択する事が多いのだが、決して紙の魔法陣が駄目とかそういう訳ではない。


「何か便利そうだなぁ。私もそっちにしようかな?」

「魔法陣ロクに書けもしない田舎娘が何か言ってますねぇプフー」


 船上の鬼ごっこを始めるライゼルとフィーナ。

 どう見ても完全に子供のノリである。


 ひとしきり走り、根を上げてダウンしたフィーナに対し「ざまぁwwwww」と煽りつつライゼルはミサトに補足を入れる。


「あー、それからそんな作業、船上で、しかも手作業でやる必要無ぇぞ。ロンバルディア着いたら業者に頼んだ方が楽に大量に用意出来るぞ」

「……業者?」

「ついでだ。着いたら場所教えてやる」


 だからそんな手間隙掛ける必要は無い。

 それを伝えたライゼルは日向ぼっこをするように、甲板に身体を横たえた。

 


―――――――――――――――――――――――



 六日後。

 以前ジパングに到着した時と同じ位の日程という、風頼みの帆船であるにも関わらず気持ち悪い程の精度で再びロンバルディアに到着した。

 港に帆船を係留し、再びロンバルディアの地を踏み締めるライゼル一行。

 唯一ミサトのみは初めて足を踏み入れる異国の地故か、物珍しそうに周囲をキョロキョロと見渡している。

 蒸気機関の力によって栄えたソルスチル街の道をするすると進んで行き、ライゼルはかなり大きい一軒家を訪ねた。

 大きいのだが、別に貴族の館という訳ではないようだ。

 庭も無いし、外観もかざりっけの無い石壁だ。


「なに、ここ?」


 中に入ったフィーナが疑問符を浮かべる。

 周囲には良く分からない金属の塊が沢山置かれており、また、周囲には紐で束ねられた大量の紙が並んでいた。


「印刷業者だ。基本的には手配書やチラシ、依頼書や本なんかを生産してるんだが、こういう紙媒体の道具も生産してるんだよ」


 ライゼルの説明によると、ここは印刷工場という場所らしい。

 ロンバルディア以外の人々には馴染みが薄いのだが、ここでは紙を用いて既に一つ存在している紙のモノを大量に複製――印刷する事を生業としている工場なのだ。

 ライゼルはミサトが使っているという符術の札を一枚ずつ受け取り、それを印刷業者の一人へと手渡した。

 それを受け取った印刷業者は、慣れた手付きで印刷機械を動かしていく。

 地属性魔法によって紙面に記された内容をそっくり鉄板にトレースし、後は鉄板にインクを塗布した後、紙面へと押し付けていく。

 印刷を終えた紙は裁断機械へと掛けられ、使い易い大きさに、均一に裁断されていった。


「魔力に関しては精神が云々かんぬん、ってのは関係あるが……魔法陣は手書きじゃなきゃ駄目なんてルールは存在してないからな。ちゃんとした魔法陣が印字出来てるなら、手書きも印刷も全部一緒だ、わざわざ手書きで何百枚も用意するなんざ馬鹿のやる事だからな。……おっ、出来たか?」

「これで良いかい? これで良いなら1時間以内に各500枚ずつ用意するけど」

「ご、500!?」

「じゃあそれで頼むわ」

「これなら、金貨5枚だよ」

「じゃ、一時間したら取りに来るからよろしくー」


 一分にも満たない作業時間で、一度に10枚もの符術の札が作られたという事実にポカンと口を開けたままのミサト。

 印刷技術、というより科学技術か。

 その技術は少しずつ他の国々にも浸透してきており、この国の独占技術という訳ではないのだが、それでも科学技術の方面はロンバルディアの独壇場である。

 活版印刷という技術に魔法を取り入れた結果、手配書の人相書きからこういった符術の札まで、短時間で大量に印刷する事が可能となっている。

 既に機械という技術を知っているライゼルは特に驚いたりはしていないが、ミサトは違ったようで。


「なんという恐るべき速度……そして精度……これが異国の技術でござるか……」


 10枚、20枚、30枚……

 印刷機と裁断機によってどんどん積み重ねられていく符術の札をぼんやりと眺めていた。

進化した印刷技術

モノクロ印刷だけに限って言えばもう現代のプリントアウトと大して精度が変わらないレベルになっています

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