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62.妖刀 ムラマサ

 霊峰から吹き降ろす風が、大地を駆け抜けていく。

 仄かに宿る魔力の残滓が頬を撫で、そのまま大海へと走り抜けて行った。


 風に乗せて、後ろで結い上げ一房となった長い黒髪が舞う。

 この土地特有の民族衣装の裾が、僅かに風で揺らいだ。

 目を伏せ、四角く切り揃えられ積み上げられた石……墓標の前で両手を合わせた状態で、一人の女性が黙祷している。

 髪型といい、凛とした佇まいといい、顔立ちも髪の色も何もかも違うはずなのに。

 何処と無く、目の前の女性――ミサトは、姉弟子様と雰囲気が似通っていた。


 静かだ。

 俺達以外、誰も存在しない静かな墓所。

 流石に、こんな場所ではフィーナをおちょくり回したりする気は起きない。


 ――死者の眠る場所で、あまり騒ぎたくは無いからな。


「……貴方が、拙者を救ってくれたのでござるな」


 区切りが付いたのか、黙祷を終えて口を開く。

 ミサトは向き直り、澄み渡る青空のような瞳で、真剣な眼差しを俺へと向けてくる。


「別に救ったとかそんな訳じゃねえよ、俺の作業の邪魔になったから斬り捨てただけだ」

「だが、助命してくれたのだろう?」

「死んだら寝覚めが悪いだけだ」

「それでも、礼を述べるには十分すぎる。ありがとう、いくら感謝してもし足りない」


 スッと、綺麗な角度で頭を下げるミサト。


 我を失ったミサトを俺が討ち取った後、そのままにしておけないとフィーナはミサトを担ぎ上げて下山した。

 下山して集落に来た時は蜂の巣でも突いたかのような大騒ぎだったなぁ。

 当然といえば当然だが。霊峰に住み着いた物の怪と同じ格好というか、まんまそのものが集落にやって来た訳だしな、騒ぎになって当然だ。

 まあ面倒だから説明はぜーんぶフィーナとセレナにぶん投げたけどな!

 刀を持って斬り掛かる兵をフィーナが掴んでは投げ掴んでは投げ、セレナに向かって来た奴等はセレナの重力魔法で全員地を舐めて触る事すら出来ず、兵達を完全に圧倒していた。

 それだけの実力を見せ付けた上で、霊峰の物の怪を討ち取ったと伝える事でようやく事態が収束した。

 まだミサトに息があるのに気付いた民衆が、今すぐ首を刎ねろとか言い出したが、フィーナがお熱い演説を述べ、暴れたなら私達が止めると明言して何とか事無きを得た。

 その私達、には俺は入って無いだろうな?


 ミサトの生家を人々に訊ねて回った所、草が伸びっぱなしで少しずつ風化しつつあった大きめの屋敷がミサトの生家だと判明したので、そこに転がり込んでフィーナが介抱した。

 俺は一切手を出してない。つーか、言いだしっぺの法則でフィーナがやれと全部押し付けた。

 セレナも手伝ってない。セレナもフィーナに押し付けてた。フィーナはキレてた。


 そろそろ介抱を始めて一週間は過ぎようかという頃に、ミサトは目を覚ました。

 好い加減痺れを切らし始めた頃合だったので、紙一重のタイミングと言うべきか。

 その後はなんやかんやあって、今に至る。

 なんやかんやの内容に関しては俺は知らない、興味が無いので全部フィーナに任せた。

 セレナもフィーナに任せた。フィーナはキレてた。


 見た所、ミサトの様子には刀の悪影響らしい兆候も見られない。

 俺も実際にその力を身を持って味わった訳だが、アレは一般的に実力者と呼ばれる分際に毛が生えた程度ではどうにもならない、抗い難い精神汚染レベルだった。

 扱う為にはその精神汚染に抗えるだけの強い精神を持つ人物でなければ魔力の奔流に押し流され、以前のミサトのような事態へと陥る。

 強力な魔力を宿す武器防具というのは、それと比例して精神汚染の脅威に晒されるのだが、あの刀は性質の悪い部類の精神汚染を引き起こすモノだったようだ。

 アレに何年も晒され続け、それでも尚精神を壊さずに保ち続けたというのは、驚異的な精神力だと流石に認めざるを得ない。


「礼をしたい所だが……生憎、生家があんな有様で、しかもあの時の戦いの傷で父上も既に召されていては……」


 礼をしようにも空手ではと、申し訳無さそうに視線を逸らすミサト。

 まあ、もしかしたらミサトが正気だった頃はそれなりに小奇麗な屋敷だったのかもしれないし裕福だったと言われても不思議じゃないが。

 今のあの廃屋一歩手前の現状で金があるとは思えないしなぁ。


「あー、礼なんざ要らないが……それでももし俺に対し感謝する気持ちがあるってなら一つだけ頼みがある」

「夜伽なら私が相手しますよライゼル様♪」

「うるせえぞ黙ってろ、こっちは真面目な話してんだ」


 この一週間、隙あらば寝床に忍び込んでくるセレナに脳天チョップをかましつつ話を続ける。


「頼み、でござるか?」

「――お前の持ってた刀、そいつを俺にくれないか?」


 俺の発した言葉が、静かだった空気を張り詰めたような緊張感に満ちた空気へと塗り替えた。

 あのムラマサとかいう武器、俺が一瞬とはいえ本気を出したっつーのにその一撃を受けて刃(こぼ)れ一つしてない。

 その強度は流石に驚異的だ。その刀が手に入るなら、俺が普段やってるミスリル銀に自らの魔力を流して強度を上げて使う、なんていう面倒な手段を取らずに武器の強度任せで戦う事が出来る。

 武器強化に回す魔力を使わずに済む分、その魔力を他の事に回せる。これは、非常に大きい。


「――すまない。これは、家宝でもあるのだ。命の恩人といえど、手渡す訳にはいかない」


 腰に携えた、鞘に収められた状態のムラマサの柄に手を添え、意志の固い口調でハッキリと断られた。

 柄に触ってはいるが、どうやらこの妖刀は抜き身でなければ動けないらしく、鞘に収められている現状では握り締めてもウンともスンとも言わない。


「それに――こんな代物、誰かの手に渡してはいけない。拙者の手で、しっかりと守らねばならない」


 こんな代物、という部分で暗い感情を覗かせる口調へと変わるミサト。

 精神汚染によって自分の人生を狂わされたが故に、その言葉にも重みを感じる。


「あっそ。まあ駄目なら駄目でしゃーないな」


 駄目だ、と言われる気は何となくしていたのでサラッと流す。

 ワンチャン、扱うに足る力量の持ち主である人物に渡した方が安全とか云々で譲ってくれたりしないかなぁ~、とかいう可能性を考慮して駄目元で聞いてみたけど、やっぱり駄目か。


 ……何で、この刀がこんな村娘の手にあったんだろうな。

 あくどい権力者の宝物庫に投げ入れられてたりしてくれりゃあ、遠慮無く押し入って頂戴してくってのによ。

 流石に、これを奪うってのは、無しだ。


「んじゃ、俺様も忙しい身の上なんでもう帰るから。達者で暮らせよ」


 ミサトに背を向け、後ろ手を振りつつさっさと港へと向かう。

 フィーナのわがままのお陰で無駄な時間を使わされたお陰で、その分巻きを入れなきゃならないからな。


「待ってくれ!」


 頭だけ後ろを振り向くと、ミサトに腰の辺りの衣服を掴まれ、引き止められているのが目に入る。


「拙者は、助けられた恩を返していない」

「俺は何も貸した覚えは無いけどな」

「それに、忙しいのだろう? 恩を返すまでは、一緒に同行させて欲しい。拙者にも手伝い位は出来るはずだ、何卒、何卒頼み申す!」


 その場で座り込み、両手を地に付け頭を垂れるミサト。


「恩を返さぬは武士の恥、死んだ父にも顔向け出来ぬ!」

「俺様と一緒に居る方が顔向け出来ねぇと思うけどなぁ~」

「そうよ。ライゼルってばちょっと可愛い女の子が居ればすぐに声掛ける女たらしだし……ミサト、大丈夫!? ライゼルに変な事されてない!?」

「変な事って何だよ」


 急に心配そうな表情へと変わり、ミサトと俺を交互に見始めるフィーナ。

 スッと音も無く俺の隣に立ったセレナが、耳元に口を近付けて告げる。


「ライゼル様、変な事するならここに美人で気立ての良い女が居ますよ」


 自分で美人とか気立てが良いとか言うな。


「……お前、俺達が何処から来たのか知らないだろ。この海の向こう、大陸から来たんだ。それにもう俺はここに来る気は更々無い。俺達に付いて来ると、もう二度と故郷の地を踏めなくなるぞ」

「――もうこの地に、拙者の居場所など有りはしないでござるよ」


 眉を八の字に曲げながら、諦観に満ちた表情を浮かべて目を細めるミサト。

 精神汚染に陥った状態という不可抗力の事情があるとはいえ、ミサトが多数の命を殺めたのは事実。

 この地に留まっても、大衆に白い目を向けられ針の(むしろ)

 下手をすれば、いや、恐らくミサトによって被害を被った人々がミサトに刃を向ける可能性は十分にある。

 ミサトの腕前であらば、例えムラマサが無くともやられるような事は無いだろうが、結局それはこの地に住まう人々に再び手を上げるという事に変わりは無い。

 身は傷付かずとも、心が傷付いていくのが容易に想像出来てしまう。


 ……もしかしたら。

 俺達と一緒に行きたいというのは、ここから逃げ出したいという気持ちの方が強いのかもな。

 自分の事を何も知らない、新天地に活路を見出す他無いと。


「どうか、貴方がたの隣に拙者を置いては下さらんか」


 ――足蹴にしようにも、後ろ髪が引かれる。

 抗えぬ強大な力に、理不尽に大切なモノを踏み躙られ。そして――人生を狂わされた。

 無関係の人物だ、と切り捨てる判断をするには……余りにも、ミサトの境遇は俺と似過ぎていた。

 やり場の無い苛立ちが内から湧き上がってくる。

 舌打ちを一つし。


「……船には乗せてやる。だがそれだけだ、船旅の時間の間に自分の身の振り方は考えておけよ」


 向こうに連れて行く位は、構わない。

 ここまで悪名が広がったミサトを乗せてくれるような船なんか無いだろうからな。

 個人で操船出来るような小船で外洋に行くのは自殺行為だし、外洋を渡るのであらばそれに耐え得るだけの船、もしくは俺のように種も仕掛けもある渡海手段が必要不可欠。

 俺の船に乗せてやらなきゃ、ミサトはずっとこの針の筵の中で生き続ける他無いのだ。


「荷物纏めて――纏める程荷物無いだろうが、まぁどうでも良いからさっさと港に来い。用が済んだ場所で何時までも待ち惚けで好い加減苛立って来てる所だからな、遅くなるようだったら置いていくからな」


 港までの道を、淡々と歩く。


「――父上。行ってくる。草葉の陰から見守っていてくれ」


 ミサトの、決意に満ちた言葉を聞き流しつつ。

 一時間後、フィーナと共に港にやってきたミサトとその荷物を船へと積み込んだ後、ジパング領を後にするのであった。

主人公御一行様、最後のメンバーようやく参入

暴力幼馴染

媚び媚び盲目

ござる

このお話における戦闘するメインパーティはこれで全部です

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