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61.動き出す時間

 父の刀――妖刀 ムラマサを手にしてからの私の人生は、血を見ない日が無い毎日であった。

 山に住む獣を殺し、その血肉を喰らって飢えを満たし。

 魔物を斬って捨て、山に立ち入る者全てに刃を向けた。

 山に居る、ありとあらゆる命を奪い続けた。

 そこには私の意志は存在せず、斬りたくない相手を、何者かの思念が無理矢理身体を突き動かして斬り続けた。

 誰かの悲鳴が耳朶を叩く。私がどれだけ抵抗しても、僅かに身体の動きが鈍るだけで、私の身体を突き動かす、妖刀の力には決して抗えなかった。

 こんなにも恐ろしい魔力が宿っているだなどと、幼い頃の私は知る由も無かった。

 父の言っていた「この刀に触ってはいけない」という言葉を、ただ単にとても良く切れる危ない刀、程度にしか認識していなかったのだ。

 触れて、支配されて、やっと幼心ながらもそれを理解した。

 理解しても、遅すぎた。



「居たぞ! 霊峰の物の怪だ!!」

「全員で当たれ! サシで仕留めて名を挙げるだなどと考えるな!」

「女子だなどと油断するな! アレは人の皮を被った化け物だ!!」


 怒声が、私の周囲を包囲している。

 私を討ちに来たという討伐隊が木々の合間を縫い、一糸乱れぬ連携で私へと手にした刀を振り抜く。

 それを紙一重、薄皮一枚で回避を続け。一人、また一人と的確に急所へと刀を突き立て、その命を奪っていく。

 私の抵抗によって僅かにではあるが動きは鈍っているはずなのに。成す術も無く、討伐隊の命の灯が一つ、また一つ。吹き消されていく。

 私が殺される事で、これ以上誰かを傷付けないで済むのなら、死んでも構わないとも考えていた。

 だけど、私は死ぬ事は出来なかった。父に褒められた、持って生まれ磨き上げた剣の腕が、悪い方向へと進んでしまっていた。

 私の身体を支配し、ムラマサは分け隔てなく、山の命を奪い続けた。

 人や畜生の命を奪い続け、その魂を刀身へ吸い上げていき、強く、より強く成長して行った。

 誰かを殺め、その命を吸い、際限無く魔力を増大させていく。

 その都度、私の抵抗が通じなくなっていき――徐々に、私の意識もぼんやりと、時々途切れるようになってきた。

 もしかしたら、私の精神はこのままムラマサに磨り潰され、消えてしまうのかもしれない。

 身動きする事を許されない闇の中で、そんな事を考えるようになっていく。


 父に習った、人を活かす為の力。

 活人剣は殺人剣として振るわれ、無辜の民の命を奪い続ける。

 私の意志など何処にも存在せず、ただただ、目の前で行われる殺戮を見せ付けられるだけの人生。


 ――私の人生とは、一体何だったのだろうか。


 明滅する意識。

 私が意識を失っている間も、ムラマサの魔力は私の身体を突き動かし、命を奪い続けている。

 それを理解していても、私にはもうどうする事も出来ない。

 抵抗しても無意味で、抵抗する都度、私の意識が削り取られていく。

 川の流れで巨石が風化していくかのように、ゆっくり、ゆっくりと。

 意識のある時間が、だんだんと少なくなっていく。

 



 ――……


 一体、何年の月日が流れたのだろうか。


 山を訪れる人々が途絶えて、久方振りに現れた、異国の出で立ちの三人の男女。

 野山を駆ける獣も、魔物も、人のエゴではあるが、それ等を斬るのはまだ我慢出来た。

 だが、何の罪も無い人を斬る事だけは――嫌だった。

 何の関係も無い人を殺める都度、私の心自体が殺されるような思いで満ち、張り裂けそうな程の悲観で満たされていく。


「逃げて……!」


 これ以上、関係の無い人を殺したくない!

 そんな思いで、必死にムラマサの支配に抗う。

 だけど年月を経て強大な魔力を刀に宿すようになっていたムラマサには、僅かに支配を揺らす程度にしか届かない。

 ほんの、一秒あるか無いか程度。私に抵抗出来たのは、その程度で。その程度では何も変わらなくて。


 もう、駄目だ。

 この暗い闇の中、せめてこの三人が無事に逃げ切れる事を祈る事しか出来ないと。

 そう――諦めた。


 諦めた直後――先程から私……ムラマサと戦っている男の表情が変わった。

 恐怖、ではない。アレは何かを恐れている顔ではない。

 殺意、はあったのだろうが、それは本質ではない気がする。

 言うならばアレは――焦り。

 

 一体何があれば、あそこまで暗い炎を宿せるのだろうか。

 そのまま燃え尽きてしまいそうな、捨て鉢になって生き急いでいるようにも見える。

 そんな異国の名も知らない男が――目の前で消える。

 直後、今まで経験した事が無いような痛みが身体を貫く!

 激しい痛みに悲鳴を上げ、その痛みに耐えるべく歯を食いしばり――


 そこで、意識が途切れた。



―――――――――――――――――――――――

 


 ――水面の底から、ゆっくりと浮上するかのような感覚。

 意識を揺り動かし、瞼を開く。


 青と白の空でも、木々から覗く木漏れ日も無い。

 鼻腔を突く土草の香りも無い。

 藁と木の香りが満ちた、木の天板。

 人工的な光景が広がる。


 身体を起こす。

 そこで初めて気付く。

 ……身体が、動く。

 夢でも、見ているのだろうか?

 夢など、あの時から一度も見た事など無いのに。


「――んぇ……?」


 女性の声に気付き、そこへ視線を向ける。

 この国ではまるで見掛けない、青髪という珍しい色合いをした頭髪を短く切り揃えている。

 柱を背に座り込み、そのまま眠りこけてしまったのだろう。

 まだ眠たそうに薄めを開けた状態で、ぼんやりと私へと視線を向けている。

 数秒程見詰め合う。

 青髪の女性が一度瞬きし、目を見開く。


「大丈夫ですか? 気分が悪かったり、何処か痛かったりとかはしてませんか?」

「え、あ……大丈夫、です」


 恐らく長く眠り続けていたのだろう。寝過ぎによる身体の軋みはあるが、疲労自体は無い。

 痛みも、特に感じない。


「良かった……ミサト、って名前で合ってるよね?」


 見知らぬ女性が自己紹介を行う。

 青髪の女性は、フィーナという名前らしい。

 この国では聞かない名前の辺り、やはり異国からの来訪者らしい。

 何でも、フィーナの連れだという一人の男が私の片腕を切断し、腕ごとムラマサと私を引き離した事でムラマサの支配から私を解放してくれたらしい。


 僅かだが、記憶の片隅に残っている。

 焦燥の炎、閃く銀閃。

 ムラマサの力をもってしても届かない、圧倒的強者の存在。

 あの時見た御人が、私を救ってくれたのか。


 腕へと視線を落とす。

 私の両腕は、何処も欠けていない。

 腕を切り落とした、とフィーナは言っていたが。私の腕は何処にも切断された様子は見られない。


「待ってて、今他の人を呼んでくるから」


 そう言い残し、フィーナは襖の奥へと消えていく。

 見覚えのある風景だった。

 人が出入りしていない為か、障子戸の紙は破け、畳は毛羽立ち、何処と無くカビやホコリの臭いがする。

 だけど、それでも見覚えがある。忘れる訳が無い。


 ここは、私が幼少期を過ごした生家。

 父と私の家、道場であった。

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