5.暴れ猪
フィーナの戦闘スタイルは、拳闘――即ち素手、己の肉体のみで戦うタイプだ。
装備は身動きを重視して軽装であり、急所を守る程度に防具を身に付けている。
手を保護する為にガントレットなんかは装備するが、その戦闘スタイル故に彼女の殴打は素手でも普通に脅威だ。何度も身をもって味わっているのでこの俺が保障する。
以前は色々武器を持たせて試してみたが、結局色々考えるよりその手で相手を殴った方が早いという馬鹿女らしい単細胞な考えが現状の結論に至った経緯である。
ま、俺様と比べれば月とすっぽん、雑魚以下なんですけどね!
それでも、ここに居る野盗連中には雑魚では無かった御様子で。
明らかにフィーナよりも巨体巨漢の人物を時に殴り飛ばし、時に蹴り飛ばし、更には投げ飛ばす。
振り下ろされる殺意のある戦斧や槍、太刀筋をかわし、時に武器を弾き飛ばしながら。迫り来る敵意に殴打を加える。
フィーナは別に特別屈強な肉体を持っている訳ではなく、見てくれだけはそこいらの村娘となんら変わりは無い。
だというのに物理法則を無視した戦果を目の前に着実に積み上げている。
これを可能にしているのは、魔力というもう一つの法則――物理法則、科学ではないもう一つの理――である。
魔法、魔術と呼ばれるこの力は、使い方により無数の結果をもたらす、この世界の根幹を成す力だ。
今目の前で繰り広げられている戦いの武器としての運用から、日々の生活を楽にする日常の光景まで、幅広く人々の間で浸透している。
故に魔法が無い世界ならばともかく、魔法の存在するこの世界において、あまり見た目というのは戦闘能力に直結しない。
それは、現在進行形で薙ぎ倒され地面に倒れ伏した面々を見ればとても良く分かる。
フィーナは、野生の嗅覚とでも呼べる直感で魔力を使いこなす事に成功し、その戦闘力は少なくともそこいらの傭兵崩れやならず者如きに遅れを取る事は決して無い。
直感で使っているだけなので自らの身体に宿した魔力を肉体強化以外に用いる事は出来ないし、その拳の振り方も誰かに師事した訳でも無いので完全な我流である。
しかし、そんなフィーナを止められる者はここには居ない。
だから、この結果は想定内である。
「こっちよ! 付いてきて!」
室内の目に付いた男共を片っ端から殴り飛ばし蹴り飛ばしたフィーナは、虜囚となっていた女性を連れ、虎口を脱しようと洞窟内を走り抜ける。
道中、流石に全裸のまま女性を外に出す訳にも行かないと考えたのか、適当な衣服を調達して女性達に着させた。
しかしそんな寄り道をしていた為、追撃の増援の出現を許す事になり、交戦しながら洞窟の外へ外へ向けて進むフィーナ。
とっとと逃げ出せばこんな事にならなかったのに。御馬鹿ちゃんだね本当フィーナちゃんはよぉ~。
単身であらば大した事無いのであろうが、女性達を庇いながら戦っている為、中々に辛そうである。助けないけど。
そんな中、俺様は当然高みの見物である。持ち前の正義感(笑)で勝手に苦しんでろばーか。
俺様は別に、逃げようと思えば何時でも逃げられるし、殲滅しようと思えばこれも何時でも出来るからな。
そもそも、俺様の侵入に気付けなかったような連中がいくら束になっても二束三文安、窮鼠猫をカムカムすら出来やしねぇからな。
フィーナは無事、洞窟を女性達と共に脱したようだ。
しかしながらそこまで。
この洞窟は、入り口も出口も一箇所しか存在しない。
故に、騒動が伝わった時点で入り口兼出口は完全に押さえられていたのだ。
侵入がバレた時点で、フィーナがこうなるのは確定事項だったと言えよう。
「何なのよコレぇ! ふんぎぎぎぎぎ」
洞窟から抜け出したと、そうフィーナが安堵したであろうタイミングで。
足元から伸びる無数の木の根。
その木の根はフィーナの足首を絡め取り、腕を縛り上げ、やがて全身を覆い尽くすかのようにフィーナの身動きを封じた。
それでも、ただの木の根であらばフィーナの強化された身体能力で強引に引き千切る事も出来るだろう。
だがそれが出来ない。それはつまり、この唐突に伸びてきた木の根もまた、魔法によって生み出された代物であるという事の証明だ。
チンタラやって甘い判断の上からメープルシロップ掛けるような行動ばっかりしてるからそうなるんだよ。ざまぁ。
「やれやれ。困った娘も居たものですねぇ」
茶短髪のメガネ野郎が現れる。
俺様野郎には興味ねえや。
魔法の行使を補助する為であろう、金属製の杖を持った男が現れる。
こいつがフィーナを拘束した男って訳か。
「大人しくしていれば命だけは助かったものを。そんなに死にたいのですか? 貴女達は」
冷たい視線をフィーナ含めた女性達に送る短髪メガネ。
その視線を受けたフィーナ以外の囚われていた女性達は、急激に萎縮し、顔を青くし、その場にへたり込んでしまう。
「全く。貴方達もです。こんな女ネズミ一匹相手に何良いようにあしらわれてるんですか? 私、無能は嫌いなのですが」
フィーナ達が洞窟を脱した後、少々遅れて洞窟前に到着した武装集団を一瞥し、吐き捨てるように述べる。
「しかし御頭。この女、妙に手強くて……しかも縛り上げてたはずなのにどうやったか知らないですがあっさり抜け出してきやがって……」
「――口を開けばすぐ言い訳、これだから無能は……」
メガネ野郎がポツリと漏らす。
成る程、この男が今回の騒動の張本人と見た。
この下らない二番煎じ騒動もコイツの引いた絵図って訳か。
「――それと、どうやらもう一人隠れている奴が居るみたいですね。この女が殺されたくなければ、さっさと姿を現す事ですね」
木の根で拘束されたフィーナの首元に、メガネ野郎は手にした金属製の杖を近付ける。
もう一人、か。
まだ隠れてる奴が居る、じゃなくて一人だって断定しやがったなこのメガネ。
って事は、鎌をかけてる訳じゃなくて本当に俺様の存在に気付いてやがるな。
「――ほぉ~ん。俺様の存在を感知出来るような奴が居るとはねぇ。ちょっとばかし意外だったわ」
だったら、姿を現してやるとするか。
一陣の風と共に、メガネの前に再び俺の身体を出現させる。
突如何も無い所から俺の姿が現れた事で、フィーナの後ろで固まっている烏合の衆にどよめきが走る。
「恐らく、光属性か闇属性辺りの魔法で姿を隠蔽していましたね? 魔法に対する知識の浅い俗物は騙せても、この二等魔術師であるバレンス・ティルアークの目は誤魔化せませんよ」
自らをバレンスと自称したメガネ。
自信満々に目の前の現象を看破したと、鼻息を荒くしている。
全然違ぇよ。
所詮テメェもその程度か。
「――で。俺様が居るのに気付いたら、メガネはどうする気なんだ?」
「メガネ?」
おっと思わず心のあだ名が漏れてしまった。
「バレンス、とか言ったか? 俺様の存在を感知出来た事はまぁ、褒めてやるよ」
拍手三回。雑魚脱出おめでとう程度の賛辞を送る。
「所でさぁ。俺様の存在に気付いた所で、だからどうした?」
「……だからどうした? この状況を理解出来ない節穴ですか? それとも信じたくなくて現実逃避でもしてるのですか? 貴方の仲間は私が捕らえました。大人しく――」
武器を捨てて投降しろ、か?
下らねぇ。そういう問答は飽き飽きなんだよ。
俺が妙な動きをしたら、フィーナを殺すってんだろ?
やってみろよ。
俺より早く動けるならな。
こちとらテメェの起こした馬鹿騒ぎのせいで日中から延々とフラストレーション溜まり続けてんだ。
詠唱なんざいらねぇ。このイラツキ全部魔力に変えて――ブッ飛べ!!
フィーナを拘束する木の根を風の刃にて両断。
間髪入れず、俺を中心として突風を巻き起こす!
出力は中の低程度、適当なそこらの木程度ならあっさり折れるか横薙ぎになる風速だ。
巨木なら耐えるだろうが、生憎人間は巨木の如くドッシリと大地に根差してる訳じゃない。
何の予備動作も無く発生するハリケーンの如き突風。
傍から見れば、それは青天の霹靂。
何の身構えも無く唐突に暴風にその身を晒された事で、その場に居た有象無象は何もかも吹き飛ばされ、宙へと投げ出された。
ついでにフィーナも「ほぎゃあああぁぁぁぁぁ!?」っていう可愛げの無い悲鳴をドップラー効果たっぷり効かせながらフェードアウトしていった。
高くじゃなくて横に吹き飛ばす力強くしたから、これ位ならまあ普通に生きてるだろ。
「もう一度言うわ。だからどうした?」
「――驚きました。まさか私以外に無詠唱魔法を使える者が居たとは……初めて見ましたよ」
有象無象は吹き飛べど、バレンスという男は吹き飛ばず、その場で踏み止まったようだ。
自らの身体を木の根で固定し、吹き飛ぶのを防いだのだろう。
無論、俺同様詠唱を破棄した即時発動によってだ。そうでなければ、間に合わないからな。
「――面白い! どうやらこの私、バレンス・ティルアークが全力を出すに値する相手のようですね!」
餓えて乾いて、そんな状態が続いていた中でようやく目の前に水と肉がぶら下げられたかのようにメガネの奥の瞳をギラ付かせる。
何が全力だ、メガネ野郎。
テメェ如き、全力を出すまでもねえ。
「雑魚じゃあねぇみてぇーだけどよぉ……」
雑魚じゃない。ただそれだけだ。
目の前の男は、決して強者などでは無い。
意気込んでいる所悪いとも思わない、俺からすれば目の前のバレンスも、所詮路傍の石と変わらない。
「――中途半端に実力があるというのが、どれだけの地獄かってのを――教えてやるよ」