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57.精神汚染

 精神汚染。

 それは魔法に身を置く魔法使いならば当然知っているべき危険要項であり、魔法を良く知らない受ける側でさえ無関係と無視する事は出来ない現象。

 強い魔力に身を晒される事で精神に変調をきたし、最終的に性格が変質、最悪廃人に至るという、緩やかに進行する猛毒とでも言うべきものがこの精神汚染である。


 魔法を発動する際の燃料となる魔力は、大気中の魔力を集めて発動する、自身の感情を燃料として発動する、記憶や命を燃やして発動する、この三種類が存在し、後者程強いエネルギー源となる。

 一般的には、自身の感情を使用して魔法を発動するのが基本だとされている。

 魔力とは、魂・記憶・感情の総称であり、強い感情はそれだけ大きな魔力として用いる事が出来る。

 怒り、憎しみ、喜び、義憤、正義感、愛……感情にも色々あるが、どんな感情でも魔力として運用する事が出来、使う魔法によっては感情の適切不適切こそあれど、優劣は存在しない。

 例えば怒りは炎属性系の魔法と非常に相性が良く、逆に回復系の魔法とは相性が最悪である。

 こんな風に、最適な感情と最適な魔法の選択は、強力な魔法を使用する際には避けて通れないのだ。

 しかしながら、強力な魔法の発動には強い感情が必要になるという事は、その強い感情を周囲に振り撒くという事でもある。

 その強い感情に晒されると、短期間であらばすぐに回復する事が多いが、長期間晒されると性格が変質してしまいかねない。


 例えばだが、一つの個室で二人の人物が言い争いをしていたと仮定しよう。

 その言い争い現場である個室に自分が閉じ込められ、互いに浴びせ続ける罵言雑言を延々と聞かされ続けたとする。

 短期間であらば無視も出来るだろうが、徐々に不快な感情が満ちていき、下手をすればその二人を相手取って自分も言い争いに加わってしまうかもしれない。

 いわゆる、気まずい空気。これは周囲に充満する負の魔力を知らず知らずに感じ取っているのだ。

 強い感情という魔力に晒され続け、精神に変調をきたす、典型的な精神汚染の状況である。


 強い魔力が他者に影響を及ぼす。

 自らに流れ込んだ他者の魔力は、時に感情を変質させ、記憶の混濁を誘発する。

 僅かであらば、大した影響にはならない。

 だが、その僅かな魔力が、心の柔らかく脆い場所を突いたのであらば、発露し激情を誘発する。


 それが悪い意味で親和性が高ければ、どうなる事か――



―――――――――――――――――――――――



 あの時と同じだ。

 拭い去れない、過去の記憶。

 緋色で塗り潰された、炎の情景。

 世界は何時も理不尽で、理由も無く俺から大切なモノを何もかもを奪っていく。


「何をしている、ミサト……! 駄目だ! こっちへ来るな! 早く逃げろ!」


 無精髭を蓄えた、巌のような顔付きの男が。

 必死の形相で叫んでいる。

 大切な忘れ形見である自分の娘を守る為、この場から遠ざけようとする。



 ――良いか、ライゼル。村の裏手に彼岸花(ヒガンバナ)の咲いている所があるのを覚えているか? そっちの方へ逃げるんだ。



 もう二度と聞く事の出来ない声。

 子供だった昔は、ただ俺を落ち着かせる為の優しい口調だとしか思わなかった。

 だが今なら分かる。それは、俺を逃がす為に――死を覚悟した声。


「父上! い、今、剣を――」


 ミサトと呼ばれた、小さな少女が地面へ転がった刀へと手を伸ばす。

 異常なまでの存在感を放つその刀は、吸い込まれるような妖しい魅力を宿しており、明らかに通常の武器とは違う代物だと感じさせる。


「駄目だミサト! それに、触るな!!」


 自らの身体の半分以上が、その口に飲み込まれ。

 咥えられた口元を境にして、身体が真っ二つに食い千切られてしまうような圧力が男に加わる。

 骨が折れ、内臓に突き刺さったのか。口元から血を噴出す。

 それでも、その刀に手を伸ばそうとするミサトを必死に制止させようと言葉を尽くす。



 ――さっさと走れ!! この馬鹿息子が!!



 この場に居ないはずの、成人女性の声が聞こえる。

 男顔負けの勇猛な戦士が死力を振り絞り、その体皮に振り下ろした剣が、中程で圧し折れる。

 実力に武器が追い付かず、壊れてしまったのだ。

 黒い竜鱗は鋼鉄のように硬く、まるで刃が届かない。



 ――あそこなら、もしかしたら見付からずに済むかもしれない。大丈夫だ、父さんと母さんを信じろ。だから、早く行け!



 何で、どうして立ち向かえるんだよ……!

 勝てない相手だろうが! 向かっていったって、無駄死にして終わりだろ!

 守りたいモノも守れず、それで――


 死ぬ。


 友達と一緒に遊んだあの広場が、燃える。

 俺の大切な、両親と一緒に過ごした生家が、灰になっていく。

 皆、皆。優しい隣人ばかりだった。

 俺達が何をしたっていうんだ。

 何も悪い事なんて、してないはずなのに。


 目の前に映る、複頭の大蛇とでも言うべき怪物が、あの黒いドラゴンと被る。

 あれが、俺の全てを奪っていった。

 大切な全てを、奪い、壊していった。

 もうあそこには、何も無い。

 何もかも、無くなってしまった。


 抗えぬ暴力が、理不尽が、目の前に突きつけられて。

 あいつは前に出て――俺は、逃げた。


「くそっ……! クソッ! クソッ!!」


 ロクに意味の成さない、悪態ばかりが口を突く。

 俺だって、あの時に逃げ出さず、あのドラゴンに立ち向かっていれば――

 燻り続ける後悔に、苛立ちが募っていく。

 目の前の強大な敵に対し、懐から短剣を引き抜き――そこに、短剣が無い事に気付く。

 そもそも、俺は既に短剣を抜いていたはずだ。手放した覚えも無いのに手の内から消えているのはおかしい。

 我に返る。ここは、現実じゃない。


「――人の心の中に、勝手に踏み込んでんじゃねえ!!」



―――――――――――――――――――――――



 感情を爆発させ、濁流の如く押し寄せる魔力を海嘯のように押し返す。

 意識を現実へと戻し、不快な心境を誘発した目の前のミサトという女に対し容赦無く殺気を叩き付ける!


「ムカつくんだよ、テメェ!!」

「えっ? ちょっ、ちょっと! ライゼル!?」


 苛立ちの理由。そんなものは分かっている。

 俺に出来なかった事を、目の前のミサトはやってのけた。

 その結果自分がどうなったか、なんてのは関係無い。

 その一歩を踏み出し、見事脅威を討ち果たした。ただそれだけだ。


 ――俺は、逃げる事しか出来なかったのに!


 ただのやつ当たりだってのは分かってる。

 こんな事をした所で、家族が、村が元に戻る訳でもない。

 だがそれでも、何かに当り散らさなければ、強烈な劣等感(・・・)に押し潰されそうになる。


「ライゼル! ストップ! 一旦落ち着いて!!」


 こちらが行動を開始する前に、即座に背後の原生林の中へ向けて飛び退くミサト。

 嫌な気配でも感じ取ったのか。もしもう数秒回避が遅ければ実際攻撃していたのだから的確な判断だろう。

 的確ではあっても正解とは限らないがな!


「引き裂けェェ!!」


 簡略詠唱と共に片腕でミスリル銀糸を振り抜き、再び原生林を鋼糸が切り裂いていく。

 先程の一閃よりも遥かに多い魔力を込めたが故に、より鋭く、より早く。

 濡れ紙を引き裂くが如く容易く木の幹を両断!

 無論、この攻撃は防がれるは承知の上。

 つい先程切っ先を逸らされて回避されたのだ、どうせ今回も避けられる。

 案の定、銀糸の一部が不自然に軌道を曲げた。


衝波激突剣(しょうはげきとつけん)!」


 俺の銀糸は木だろうが岩だろうが引き裂く!

 それが弾かれるって事は、そこに居る!

 一撃の踏み込みで大地が爆ぜ、衝撃波を発しつつ音すら置き去りにする一突き。

 輪切りにされ地に落ちる最中、まだ空中に滞空したままの枝葉を削りながら目標目掛け突進!

 降りしきる枝葉の合間から見える、宙を踊る黒髪。

 瞬速の一撃。

 それをミサトは手にした刀の峰で受け止め――まるで空中に足場でもあるかのように、片足を軸にして回転する。


「――木葉舞(このはまい)


 ミサトは自らの体術を用い、俺の一撃を受け流す。

 それ所か俺の突進する運動エネルギーを利用し、一瞬で加速し俺の背後へと回る。

 回転速度に自らの膂力を乗せ、俺の背を一刀で切り伏せるべく、その妖しい剣閃が光る。


 ――これを、避けた? いや、見切られた?


 だが剣筋は、俺へは届かない。

 何故なら、この一撃は加速がまだ不十分で最大速度へ届いていないからだ。

 最大速度の状態でやられてたら、この返し技は俺に刃が届いたかもしれない。

 加速途中であったが故に、俺の速度を逆利用しても尚、その刃は届かない。

 俺の放った攻撃も、ミサトの返し技も互いに空を切る。

 加速を止め、俺は空中で停止する。

 ミサトは、すぐに襲い掛かってくる様子は無く、こちらを注視している。

 あの反応速度からして、防がれたのは偶然じゃなくて狙ってやったものだろう。

 成る程、これを防ぐ所か反撃までしてくるとなれば、百人規模の討伐隊が全滅ってのもまんざら嘘じゃねえみたいだな。


 あいつ等(・・・・)を除けば、コレを避けたのも防いだのもお前が始めてだよ。


 まだまだ打つ手も切れる手札も大量にあるが故に、別に負けた気はしない。

 だが流石に、例外を除いた上で初めて俺の本気の攻撃手段を回避した奴が現れたのは、流石に少し驚いた。

 走った衝撃のお陰か、少し心のイラつきが静まり、頭も冷えてきた。


「ちょっとライゼル! 人の話聞いてるの!?」

「うっせーな! 少しそこで黙って見てろ! お前等余計な手出しすんなよ!」


 ぴーぴー煩いフィーナを黙らせる。

 苛立ちは収まったが、代わりに心の内から沸々と沸き上がる感情。

 ようやく出会えた御目当てを前にした事で、笑みが押さえ切れずに口角を吊り上げてしまう。

 沸き上がるのは、闘争心。


「こんな島国くんだりまで来た甲斐があった、ってか?」


 付与世界陣(ワールドエンチャント)の術式構築以外にも、俺には世界を回る理由が存在している。

 一つは強力な、俺の挙動に耐え得る装備品。もう一つが、強者との戦いだ。

 雑魚をどれだけ潰しても、俺の目指す高みには決して届かない。

 俺がここから先に進むには、強者との戦いで己を高める他無い。

 だが世界を回っても、俺が経験を積めるような強者など片手で数える程度しか居らず、そしてその全てを倒して来た。

 ……まぁ、一人に関しては尻尾巻いて逃げられた訳だが。


「俺の相手して貰うぞ。拒否権なんざあると思うなよ?」


 ようやく見付けた、俺が遊ぶのではなく戦う(・・)に値する相手。

 絶対に逃がさねぇ!

感情が汚染されればすぐに癇癪起こしたり泣き出したり感情が激しくなったり逆に何に対しても無反応になったり、支離滅裂になる

記憶が汚染されれば本来存在しないはずの出来事が記憶に紛れ込んだりして記憶が滅茶苦茶になる

幻聴が聞こえたりどれが自分の本当の記憶なのか分からなくなったり

軽度ならばすぐに戻るが、重度になるとそれが固定化されてしまって元に戻らなくなってしまう

精神汚染とは命ではなく人格にとって致命的なダメージになる現象です

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