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53.海路を行く

 フィーナ達が根を下ろしていた宿に併設された、カフェテリア。

 ライゼルが戻るまでの間、といってもライゼルの言う通りであらばもう数時間しか残っていないが、フィーナとセレナはこのカフェにて憩いの一時を過ごしていた。

 世界有数の大都市だけあり、飯さえ食えれば良いという食堂だけでなく、貴族の来訪を意識し、御洒落な外観やメニューを揃えた食事処も多数この街には存在している。

 ロンバルディアの広大な地を環状線で結び、レオパルドを、ファーレンハイトを、世界の特産を駅を通じてロンバルディアの地を循環していく。

 ファーレンハイトの肥沃な土地で育まれた生鮮食品は、蒸気機関車という大量に高速で運ぶ移動手段を通じて、新鮮な内にロンバルディアの都市へと届けられていく。


「ん~♪ あまーい!」


 人生初の、ストロベリーパフェに舌鼓を打ちつつ、頬をとろけさせるフィーナ。

 ファーレンハイトで育まれた新鮮な果物も運ばれており、これにより寒冷で植物の生育に適さないロンバルディアの地でもこういった食事を堪能する事が出来るのだ。

 頬を痺れさせる甘酸っぱい刺激に思わずフィーナの顔も綻び、純朴で幸せそうな笑顔が、何となく見る者をほっこりした気分にさせる。


「こんなに美味しいものが世の中にあるなんて!」

「……聖王都でも普通に食べられるじゃない、そんな珍しいものじゃないよ?」


 チョコレートケーキを頬張りつつ、フィーナにツッコミを入れるセレナ。

 セレナの言う通り、こういった食事は多少値は張るが、聖王都でも取る事は出来る。

 こういった食事を作るには白砂糖といった調味料が必要だが、それを作る技術を聖王都は有していない。

 しかしロンバルディアには卓越した科学技術が存在し、白砂糖のような生成技術を要する食品や調味料を生み出す事が出来る。

 ファーレンハイトからはロンバルディアで大量生産する事が困難な生鮮食品を。

 ロンバルディアからは白砂糖、缶詰のような加工食品を、それぞれ交易によって取引し、互いに利益を得ているのだ。


「だってライゼルが一緒だと『贅沢は敵! 欲しがりません勝つまでは!』とか何とか言い出して横取りされるんだもん!」


 ライゼルは、金欠である。

 何処にその金が溶けているのかは謎だが、食うに困る程ではないが、贅沢出来るような財力は有していない。

 その為、平時は特に何もしないのだが、フィーナが少し贅沢な食事をしていると横から摘まみ食いという名の略奪行為に走るのだ。

 ストロベリーパフェは、食わなくても死なない。贅沢品である。


「だからあのチビ助が居ない内に堪能――」


 ひょいパクひょいパクひょいパクひょいパク。


「天罰」

「あーっ!? 私のストロベリーパフェがー!!?」


 気配を悟らせない無駄に高度な技術を用いて、贅沢を堪能していたフィーナのパフェを口の中に略奪していったライゼル。


「誰がチビだ、メスゴリラ」

「おかえりなさい、ライゼル……様……」


 その聞き慣れた声の方向へ向けてグインと顔を向け、満面の笑顔で迎えるセレナ。

 そしてライゼルの表情を見て、目が点になり、徐々に真顔へ戻っていく。

 フィーナも「私のイチゴ……」というショックから立ち直り、何とかライゼルへと視線を戻す。


「え……? どうしたのライゼル……? 何か今まで見た事無い位疲れてるみたいだけど」


 汗が止まらないのか、顔から滝のような汗を流しており、その汗で頭髪が肌に張り付き、呼吸も荒れており肩で息をしていた。

 普段、どれ程の強敵相手であろうと舐めた態度で余力を残しながら容易く薙ぎ倒してきた、普段のライゼルからは考えられない程の消耗っぷり。

 二人が困惑するのに十分な、衝撃の光景であった。 


「察しが良いな、疲れてんだよ。少し休むから……取り敢えず、セレナ、時計を返せ」

「あ、はい」


 素直に懐から銀の懐中時計を取り出し、ライゼルへと返却するセレナ。

 それを受け取り、そのままフラフラとした足取りで宿の扉へ消えていくライゼル。


「ライゼル様があんなに疲れるなんて……白霊山って、そんなに恐ろしい場所なの……?」


 そう呟き、絶句するセレナ。

 セレナの頭の中で、ライゼルですらてこずる巨大な魔物の群れに囲まれ、飛び交う攻撃を必死の表情で回避し、中々刃の通らない屈強な魔物に舌打ちしつつも懸命にその短剣を振るう、凛々しいライゼルの想像図が飛び回る。

 実際には突撃直後に凶悪な魔物であるはずのアイスゴーレムが鎧袖一触。

 死を振り撒く自然環境と凶悪な魔物は、ライゼルが消耗した原因の1割程度でしかないのだが。

 それを知らないセレナは、白霊山という魔境がどれ程恐ろしい場所なのかというのを頭で考えてしまい、身震いするのであった。



―――――――――――――――――――――――



 宿の部屋に篭ったまま、部屋から出て来ないライゼル。

 部屋を取った際に室内清掃も食事も断っていたらしく、本当に一歩も部屋から出て来ない。

 ライゼルが部屋から出てきたのは、三日後の朝であった。

 扉を開け、ライゼルが出てくると、その目の前には待ちくたびれたとばかりにフィーナ達が壁に背を預けていた。


「フッ。レディを待たせる事になるとはな。俺様、なんて罪作りな男なんだ……待たせて悪かったな、セレナちゃん」


 短く吐息を漏らしつつ、前髪をかき上げるライゼル。

 不適な笑みを浮かべながら、颯爽とセレナに対し壁ドンを仕掛けるライゼル。

 セレナは目にハートを浮かべ、ライゼルの唇を奪おうと顔を近付けるが、その顔面をライゼルのもう片方の手で阻止される。


「私に対しては何か無いの?」

「なんだ居たのか」

「思いっきりアンタの眼中に居たでしょ!? 他に何か言う事あるんじゃないの!?」

「イチゴ美味かったぞ」

「そうじゃないわよ! というかイチゴの恨みは忘れないからね!!」

「食い意地張ってんなぁお前」

「横からイチゴ略奪していったライゼルの方が食い意地張ってるでしょうが!?」


 話が進展しないので、ライゼルが一方的にフィーナのツッコミをスルーして宿を後にする。


 砂狼の牙による破壊工作の爪跡はまだソルスチル街を賑わせており、普段はひっきりなしに走り続けている蒸気機関車は陰も形も無く、警笛や立ち昇る黒煙も見掛けない。

 辛うじて蒸気船は運航している為、完全に物流が途切れた訳ではないのだが、海路と陸路の速度差は一目瞭然であり、緊急を要する物以外の物資に関してはしばらく物流停止となりそうだ。

 駅へと向かい、蒸気機関車の運行は何時頃開始になりそうかを訊ねるライゼル。

 全路線のチェックと破壊された蒸気機関車の修理を含め、運行再開には最低でも二週間は必要だと駅員から確認を取る。

 

「なら、やっぱりこっちを先に片付けるべきだな」


 しばらくはこのソルスチル街にて足止めだという事実を改めて確認し、ライゼルは港へと向かう。

 目的は、船だ。

 しかし蒸気船というこの世界における最高の海路移動手段は全て出払っており、これらを利用する事は出来ない。


「所でライゼル、白霊山なんて場所で何をしてきたの?」


 当然の疑問をライゼルへ投げ掛けるフィーナ。

 この世界において指折りの極限地帯にして危険地帯である白霊山など、普通は誰も近付かないし、そもそも近付こうにも近付けない。

 歴史を感じさせる遺跡や、自然の雄大さを感じさせる光景や貴重な素材がある訳でもなく、過去に登頂を果たしたという人物の調査報告にも、珍しい何かがある訳でも無いと記されている。

 そんな場所に、わざわざライゼルが行く理由がフィーナにもセレナにも思い浮かばないのだ。


「……この旅を終わらせる為の峠を越えて来たんだよ」


 そんなフィーナの質問に対し、間違ってはいないが微妙にはぐらかした回答を提示するライゼル。


「あとちょっとで終わる。それが終われば、この旅も終わる」

「終わったら、どうするの?」

「んなモンは、終わってから考えるんだよ。だからその前に、飛び地を始末する」


 ライゼルは港を歩く海の男らしき人物を呼び止め、船は無いかと質問する。

 案の定、蒸気船は全て出払っており存在しない。

 残っているのは近くの沿岸で漁をする、昔ながらの帆船のみだとの事だ。

 帆船の貸し出しを行っている貸し船屋にて、ライゼルは帆船を一隻譲って貰えないかと交渉を開始した。

 処分寸前の船体にガタが来ている古い帆船を、ライゼルは時間が惜しいとばかりに大金を提示して買い取れないかと即断を迫る。

 予想外の金額を提示された事で店主は目を白黒させたが、返品は受け付けないと念を押しながらもその首を縦に振った。


「よし、海路の足は出来たぞ。これでジパングまで向かうぞ……何アホ面してんだお前等」


 桟橋から買い上げた帆船へと大量の物資を詰め込んだ上で乗り込み、ポカンと口を開けている二人を見上げながら顔をしかめるライゼル。


「なんで、あんな大金を……それに、何でこんなボロい船を……」

「え……ライゼル様、流石にそれは……」


 普段はライゼルの提案であらば即座に乗るセレナだが、余りにも無茶無謀な計画に流石にセレナも難色を示す。


「ジパングって、そもそも何処よ」

「蒸気船の発達のお陰で、ロンバルディア共和国が発見したっていう新大陸だ。あそこにはどうしても一度は行かないといけないからな」


 ジパング領。

 それはファーレンハイト、ロンバルディア、ラーディシオン、レオパルド、この何処の国家にも属さない、周囲を海で囲まれた島国。

 蒸気船という強力な海路移動手段を得たロンバルディア共和国が、約百年前に発見した新大陸であり、長年大陸と隔絶されていたが故に独自の文化によって発展を遂げた地。

 そこへ辿り着く連絡手段をロンバルディア共和国しか有しておらず、また、最初に訪れたロンバルディアが友好的な外交によって関係を育んだ為、このジパングとロンバルディアの間柄は良好。

 このソルスチル街を拠点とし、ジパングとは定期的に物流が行われていた。


「あの、ライゼル様……そこへ行くにしても、こんな船じゃ嵐が来たら耐えられないと思うんですが……」

「ああそうだな、確かに『嵐が来たら』沈むな。来ないけどな。で、どうすんだお前等。付いて来るのか? それともそこで留守番してるか?」

「うぐ……わ、分かったわよ。行けば良いんでしょ行けば!」


 何故か「嵐は来ない」と確信しているライゼル。

 そんなライゼルに対し、半分は信用し半分は置いていかれない為に自暴自棄気味に付いて行く決断を下すフィーナ。

 何だかんだ、ライゼルはとてつもない強大な力を持っている事をフィーナは認めている。

 その為、嵐が来ないという結論を出す何らかがあるのだろうと判断したのだ。

 そしてフィーナが行くのならと対抗心を燃やすようにしてセレナも帆船へと乗り込む。


「絶好の船出日和だなぁ。ジパングまで絶好の追い風も吹いてるし、これなら着くまで一週間も要らないかもなぁ」


 帆を張った後は、特に何をするでもなくゴロリと甲板へと転がるライゼル。

 遠洋へ向けてゆっくりと流れていく雲へと視線を放りながら、ライゼルは目を細める。

 外洋へ向けて出発するライゼル一行。その一歩はとても穏やかであり、暗雲一つ無い晴れやかなものであった。


 ――先程まで吹いていなかったはずの、余りにも唐突に吹き始めたジパングへ向けられた追い風に関しては、フィーナもセレナも特に疑問は抱かなかった。

 本当にこの船で大丈夫なのかという心配の方が大きかったのかもしれないが。

作為的な追い風

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