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52.セレナの独白

 ライゼルが白霊山へと向けて飛び去った直後。

 多少の食料の補給等をソルスチル街にて済ませたセレナだが、ライゼルが居ない為、暇を持て余す状態となっていた。

 買出しといっても、そもそもここまで来る道中の大半は蒸気機関車に乗って移動していた為、大して物資も目減りしていないし、こんな作業はすぐに済んでしまった。

 フィーナより先に、一足早く宿へと戻るセレナ。

 自分のベッドへ身を投げ出し、天井へと視線を放る。

 右手にある冷たい感触を天井に向けて掲げ、そこへ視線を移す。

 銀色に輝く、懐中時計。それはライゼルが何処にも行かないという意思表示の為に置いて行った代物だ。

 宿の部屋の中でセレナは、今日の出来事を振り返っていた。


 投げ飛ばされ、砂狼の牙の構成員にぶつけられ、フィーナに対して文句を叩き付けるライゼル。

 互いに口喧嘩をしたまま、的確に砂狼の牙の構成員を殴り付け、意識を刈り取っていく。

 口喧嘩をしているはずなのに、フィーナと完全に呼吸があったように動き、敵を征圧していくライゼル。


 普段の様子を見て、どう考えてもライゼルとフィーナは仲が悪いはずなのだ。

 すぐに口喧嘩を始めるし、手も出るし、足も出るし、関節技とか決めるし。

 だというのに、何故か二人は一緒に行動し、時折あんな風に阿吽の呼吸とでも言うべき見事な行動をしてしまう。

 自分の目にだけは見えない、何か別の繋がりがあるようで。


 セレナは、疎外感を感じていた。

 ライゼルとフィーナは、幼馴染である。

 腐れ縁とでも言える阿吽の呼吸による行動が、それを証明している。

 セレナは考える。


 ――では、自分とライゼルは何なのか?


 恋人? キスすら出来ていないのに?

 友達? 自分が一方的に押し掛けているだけに思える。

 自分とライゼルの関係は、友達未満でしかない。


 その事実を改めて認識してしまい、ギリッと奥歯を噛み締めるセレナ。

 既にライゼルの心の内に入り込めているフィーナに対し、嫉妬の炎が揺らめき立つ。

 そもそも、ライゼルは道行く綺麗な女性を見掛けるとナンパを仕掛けるような女好きなはずなのだ。

 女を磨き、持ち前の美貌も有り、セレナは道行く男に粉を掛けられる程度には男受けする容姿を持っている。

 そんなセレナが言い寄っているにも関わらず、関係を持てていない。

 フィーナが邪魔、というのも確かにあるのかもしれない。

 しかし、ある一定ラインまでセレナが踏み込むと、ライゼル自身がそこからスルリと抜け出してしまう傾向がある。

 具体的に言うと、キス以上の事を行えそうな状況になると、だ。

 何かそこに見えない壁のようなものがあり、それより先には絶対に進ませない、とばかりにライゼルとセレナの間柄を隔てていた。


 だが、今のセレナには少しだけ希望の光があった。

 そしてその光は本当にたったさっき差し込んだのだ。

 その光――懐中時計を注視する。


 ライゼルの様子からして、この懐中時計が大切な代物なのは本当なのだろう。

 大切な物を託すのであらば、普通は信用出来る人物にしか手渡さない。

 それをフィーナではなく、セレナへと託したのだ。

 きっと、少しはセレナという存在がライゼルの心の中に存在しても良いと認められたのだろう。


 ――そういえば、時計ってどんな物なのか良く知らないな。


 そんな事を考え、セレナは磨耗で付いたであろう薄っすらとした傷が無数にある、懐中時計の蓋を開く。

 規則正しく動く長針と短針が、一秒ずつ正確に時間を刻み続けている。


「……?」


 セレナの頭に疑問符が浮かぶ。

 時計の時刻は8時を示していた。

 念の為とセレナは外へと視線を向ける。

 そろそろ夕暮れになるであろう太陽の傾き具合であり、改めて時計へと視線を戻す。

 朝8時? それはまだ日が昇ってる最中の時間帯だ。

 夜8時? それはもう日が沈み切った頃の時間帯だ。

 時間がズレている。

 そこも気になるのだが、この時計にはもう一つ気になるものがあった。


「何、これ……魔法陣、だよね?」


 蓋の内側に刻まれた不可解な魔法陣。

 魔法の才が有り、そしてその道の学問を修めた身であるセレナ。

 懐中時計を目元へ近付け、そこに刻まれた魔法陣に目を走らせ、その効力を読み取ろうとする。

 眉を顰め、困惑の色を浮かべる。


「何よ、これ……こんなの知らない、こんなの習った事も聞いた事も無い……」


 ライゼルに相応しい女性となる為、セレナが懸命に修めた魔法という学問。

 様々な魔法、詠唱、魔法陣、数々の知識を蓄え、積み重ねた経験。

 その中に、懐中時計に刻まれた魔法陣に関するモノは欠片も存在していなかった。


 どんな魔法に用いるのか、まるで理解出来ない。

 だが、魔法陣という現物が存在しているので、それを模写する程度であらばセレナにも出来る。

 古びた紙に筆を走らせ、正確にその術式を紙面に落としていく。

 何度も懐中時計の術式と見比べ、完璧に模写が終わったと断言出来るまで、食い入るように互いに比較する。


「……攻撃魔法、じゃない……よね? 何らかの補助的な魔法……? なら、試しに使っても問題無い……はず」


 模写した紙面に書き記した術式。

 そこへセレナは魔力を流し込む。

 淡い光が魔法陣から放たれ、その光が一気に強くなる。

 その発光によって発生した熱によって、紙面が炎上し次々に灰となっていく。

 魔力は、しっかり流れてる。

 だが、魔法として発動した気配が無い。


「この感じ……発動に必要な魔力が足りてないみたいね。なら、もう一度……」


 再び紙を取り出し、その術式を模写していくセレナ。

 時計自体を使わないのは、万が一それで時計を破損なんてさせてしまったら取り返しがつかないからである。

 再度術式を用意し、魔法陣へと魔力を流す。

 今度は、セレナの全力に近い程の魔力を流し込んだ。

 魔力伝導熱によって紙が燃え尽きるのは想定済みなので、その燃え尽きるまでの僅かな時間に一気に魔法陣へ魔力を走らせる。

 白熱、発光と共に瞬き一つの間で紙が炎上、炭化する。

 短時間とはいえ、セレナの全力だ。額に薄っすらと汗を流し、呼吸が乱れる程度に魔力を放出した。


「嘘、でしょ……?」


 目を見開くセレナ。

 結果は、先程と同じ。

 必要魔力が足りなかったが故の不発。


「これ位すれば、詠唱無しとはいえ、上級魔法だって、発動位はしても良い筈なのに……何なの、この魔法……?」


 荒れた呼気を整える。

 最大効率で魔法を運用するには、詠唱・魔法陣の二つが不可欠だ。

 しかし、セレナは詠唱を行う事は出来ない。

 詠唱という言葉によってイメージを固め、魔法という現象を引き起こすのだが、セレナにはそもそもこの魔法によってどんな現象が起こるのかを理解していない。

 その為、魔法陣任せによる魔法の行使を試みたのだ。

 だが普通はこれでも発動する。

 最大効率では無いし、効力の減衰位は起きるだろうが、それでも魔力が足りてさえいればその効力を発揮する。

 セレナは聖王都という、魔法という学問において最高峰に位置する魔法学院にその名を轟かせる程の逸材であり、詠唱か魔法陣さえあれば上級魔法ですら普通に運用出来る程の実力を有する。

 上級魔法を単身で行使出来る人物は最早動く兵器とすら呼ばれ、一人で千の軍を薙ぎ払う事すら可能。

 そんなセレナが、本気で魔力を込めたというのに。結果は発動すらしない、不発。


 ――これは、上級魔法と比較する事すらおこがましい、得体の知れない別の何か。


 生唾を飲むセレナ。

 見てはいけないモノを見てしまったと、その深淵を閉じ込めるように懐中時計の蓋を閉める。

 この時計から、少しでもライゼルの事を知れるかもしれないと考えていたセレナ。

 しかしセレナはライゼルという人物像を知る事は出来ず、より一層深い溝を感じるだけに留まったのであった。

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