50.ソルスチル街
客車の横転による乗客の死傷という危機を防ぎ、惰性で走行を続けていた車両はライゼルの目的地の一つであるソルスチル街の約2キロ手前で、蓄えていた運動エネルギーを全て吐き尽くし完全停止した。
事前に情報が届いていたのか、ソルスチル街に控えていたロンバルディアの軍が客車へと駆け付け、中にいた乗客の救助、及び襲撃犯である砂狼の牙の拿捕を行う。
その動きには一切淀みが無く、良く訓練された兵だと感じさせる。
ファーレンハイトの軍も現王たるグラウベが国王に即位してからメスを入れられ、相対的に錬度は上昇したのだが、ロンバルディアの軍はそれ以上だ。
徹底的に効率化された軍隊マニュアルに基づき鍛錬が施され、ロンバルディア共和国にて生み出された「銃火器」という武器を効率的に運用し動くその様は、群にして一個の生物とすら錯覚させる程だ。
「これでもう大丈夫だろ。もうソルスチル街は目と鼻の先だ、こっからは徒歩で行くぞ」
そんなロンバルディアの軍を草葉の影から伺うライゼル達。
あのまま客車に残っていると、やって来た軍に質問攻め・拘束されるのが目に見えている。
それを嫌ったライゼルは、とっとと車両から離れたのだ。
尚、イブラヘイムはさっさと自分のお目当ての物品を回収した後、空へと消えていった。
無論、魔石爆弾は放置である。距離を離すと爆発するので、車両に置き去りである。
一応その旨を、車両の外壁を短剣で傷付けて書き記しておいたので、後は軍がどうとでもするだろう。
無事車両内の人々が軍の手に置かれた事を確認した後、ソルスチル街へと向かうライゼル一行。
既に徒歩ですら一時間必要無い程の距離なので、既にソルスチル街の外壁は見えている。
蒸気機関車が乗り入れる門とは別口の、馬車や徒歩で移動してきた人々が通る門へと向かう。
そこには衛兵が二人、外壁に背を預けるようにして門番をしていた。
服装は、恐らく私服なのだろう。ファーレンハイトの兵のような統一された鎧甲冑姿とはまるで違う。
脇に下げられたホルスターにはリボルバーが収められており、それが衛兵の唯一の武装なのだろう。
このロンバルディアという国では、剣や槍といった武装は廃れつつある。
魔法を扱える者であらば様々な理由でこれらを用いる事はあるが、魔法という才を持たぬ一般兵達は十人中十人がこの銃という武器を選ぶ。
時折、魔法の才も持たず国外からやって来たならず者が、この国の衛兵の持つ拳銃という武器を味わい目を白黒させるという話は、このロンバルディア国内では枚挙にいとまがない。
この国の衛兵達は、その銃という武器の存在を念頭に戦闘訓練を積んでいる。
銃は破壊力があり過ぎて、鎧で防ぐというのが不可能。それ故にこの国の兵は鎧なんて着ない。その分身軽になった方が良いという判断だ。
そういった理由で、この国の衛兵達は鎧を着込むという武装をしていないのである。
「ようこそソルスチル街へ。悪いが今は厳戒態勢でな、何か身分を証明出来るモノはあるか?」
衛兵の一人が、ライゼル達へ身分証の類を提示するよう求める。
「無いとどうなるんだ?」
「中に入れない……とは言わんが、街の中の一区画に隔離させて貰う事になる。砂狼の牙の残党が良からぬ企みをしてるとも限らんからな」
「あっそ。ギルドカードしか無いんだがそれで良いか?」
「ああ、それで構わない」
「ギルドカードなら、私もありますよ」
「ギルドカード……? って、あの鉄板みたいなヤツだっけ?」
身分証明として、ライゼルとセレナ、そして少し遅れてフィーナがギルドカードと呼ばれた四角い鉄板を取り出す。
ギルドカードとは世界共通で設置された国営機関、通称ギルドと呼ばれる所謂何でも屋的な役割を果たす施設で発行されるカードである。
旅の資金稼ぎとして利用する事もあるので、ライゼルとフィーナは事前にこれを作っていたのだ。また、セレナも聖王都で生活していた際に利用していた為、所持していた。
それを衛兵へ提示し、衛兵は視線を落として確認する。
「問題ないようだな。ようこそソルスチル街へ」
衛兵のチェックを通過し、門を抜けるとソルスチル街の街並みが目の前へと広がってきた。
一際目を引くのは、巨大な時計塔である。
このロンバルディアの地が、まだファーレンハイト領の一領土だった頃の時代。
およそ300年近くも昔に建設され、潮風と時の流れに晒され、年季を帯びたその佇まい。
それだけの年月を経て尚、今でも正確にその時を刻み続け、この地に暮らす人々に鐘の音と共に時刻を伝え続けている。
この世界で初めて作られた時計塔であり、世界一と謳われる腕前を有する時計技師、リュカの作り上げた作品の一つでもあるそうだ。
また、この場所は海に面した都市であり、海岸へと目を向ければ無数の桟橋に防波堤が目に留まる。
桟橋には係留された船舶が何十隻も停泊しており、一部には蒸気機関車同様に蒸気機関を搭載した船舶、蒸気船の姿も確認出来る。
街中の家屋にも目を向けると、建物の外壁等は定期的に修復されている為か美しい外壁をしている。
しかしそれらを守る為の外周を覆う外壁は、所々その年季を感じさせる箇所が見え隠れしていた。
建国の祖となった人物や、ロンバルディア共和国初代大統領によって行われた都市計画は、無駄の無い都市整備によって300年が経とうという今現在でも当初の街並みの姿を残し続けている。
特に蒸気機関車が走り抜ける、街中の中央を真っ直ぐに横断する線路の位置は昔から変わっておらず。
街の中央には巨大なプラットホームが存在しており、ここで蒸気機関車に積載されていた貨物が積み下ろしされるであろう事が容易に想像出来る。
しかし、今このソルスチル街という世界有数の巨大都市であり、鉄道という大規模移動手段まで有しているこの駅の構内は奇妙なまでに静まり返っていた。
その理由を、ライゼル達は知る事になる。
「――当分、ここで足止めかよ。ファック」
吐き捨てるライゼル。
ソルスチル駅、西口。
構内とは違いそこには多数の民衆が集っており、やや殺気立った空気を漂わせていた。
「――砂狼の牙のテロ攻撃により、緊急車両を除く全車両の運行は見合わせております! 運行再開は未定です!」
駅員が、駅へと殺到した人々に対し大声で説明を行う。
何でも、ライゼル達が乗った蒸気機関車だけでなく、他の駅に停車していた蒸気機関車も全てテロ攻撃に巻き込まれ、破損してしまい走行不能に陥ったとの事だ。
占拠された車両は、走り続けている限りは動く要塞であり手出しは困難。
問題は無いだろうが、更にそれを磐石なモノとする為に、同様の移動手段である蒸気機関車を破壊したのだろう。
近付く事すら出来ないのと、近付く事は出来るのであらば前者の方がより万全だろうという事か。恐らく、この破壊工作はオマケの面が強いのだろう。
しかし、そのオマケ的破壊が確実に、ロンバルディアのにおける移動の足を蝕んでいた。
唯一、通常とは扱いが別であり、ロンバルディアの首都で普段は警備の厳重な奥深くに格納されていた緊急車両だけは無事だったらしいが、これはあくまでも緊急車両。
一般に開放はしておらず、今回のテロ攻撃により一時的にロンバルディア全土の交通網は麻痺状態に陥ってしまっていた。
「……当分この街で足止めみたいですね、ライゼル様。これからどうするんですか?」
「ま、ここで足止めとは言うが……この辺りである程度やらなきゃならない作業があるから、テロがあろうが無かろうがしばらくこの辺りに滞在は確定なんだけどな」
「作業って何よ」
「こっちの話だ」
フィーナの質問には特に回答せず、今日の宿を取るべく早めにソルスチル街の宿を探すライゼル達。
大都市という事もあり、また早めの行動が功を奏し、理想的な宿を見付ける事が出来た。
宿へと入り、フロントにてチェックインを行うフィーナ。
「――部屋数は二部屋d」
「部屋数は一部屋だ」
フィーナが何時も通りに男女別の部屋割りを確保しようとした所、ライゼルが割り込み一部屋で予約を取ろうとする。
その発言に対し、何故か期待に満ちたキラキラとした眼差しをライゼルに対し向けるセレナ。それを無視するライゼル。
「二部屋に決まってんでしょ!? 男女一緒なんて絶対認めないからね!」
「安心しろ、俺様としてもセレナちゃんとご一緒したいのは山々なんだが……言っただろ、用事があるって。今日寝泊りするのはお前等だけだ」
普段のふざけた口調ではなく、真面目な口調で今後の予定を口にするライゼル。
「何処かに行くんですか? 用事なら私も付いていきますけど?」
「いーや、何と言おうと今回ばかりはお前等二人は留守番だ。これから、白霊山に登るからな」
「――――ほへ?」
余りにも想定外な、有り得ない回答故にポカンと口を開けるセレナ。
それはセレナだけでなく、この世界に生きる人々からすれば「正気かコイツ」と口にするに足るだけの狂気。
白霊山。
ソルスチル街の北部に位置するその山は、この世界において最も命が脅かされる極限地帯は何処だと人々に尋ねれば、皆が口を揃えて白霊山の名を挙げるだろう。
凶悪な魔物が跋扈し、熟練した兵であってもそこに生息する魔物一匹相手取るだけでもチームで当たって命懸けという、恐るべき強さの魔物がこれでもかと生息している。
だが、その魔物はただのオマケなのだ。
真にこの地を極限地帯と称する理由は、その気候にある。
一年所か、恐らくこの星が誕生してから現在に至るまでの悠久の時の間、マイナスの気温を維持し続け蓄えられた永久凍土。
決して解けぬ氷と雪に覆われた、生物の生存を拒む白が支配する寒帯、そして最高峰の標高を誇る、それぞれ単体だけでも極限地帯を名乗るに足るだけの条件だというのに、それらがいくつも複合した地――それが白霊山なのだ。
かつてはここに人類未踏峰という文句まで付いて来たのだが……ロンバルディア共和国建国の祖である少女、ミラという人物がこの山の踏破を果たした事で、この謳い文句は過去の物となった。
しかしそれでも、登頂を果たした例はこのたった一つだけなのだ。
自分も登ってみせようと息巻いて、白霊山に挑んだ者は過去に何人も存在した。
しかしその全てが例外無く、途中で引き返すか――二度と戻って来る事は無かった。
「馬鹿じゃないのライゼル!? いや昔から馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど! 今回ばかりは正真正銘の馬鹿よ!! 命がいくつあっても足りないしって言うかいくらアンタでも寒さはどうにもならないでしょ!?」
白霊山の噂程度は知っていた為か、フィーナが唾を飛ばす勢いでまくし立てる。
「馬鹿馬鹿って言ってる奴が一番の馬鹿なんだよ! つーか、たかが寒いだけだろうが。んな程度じゃ俺の足を止める理由にはならねえんだよ!」
マイナス数十度という恐るべき低温環境をたかが、と切って捨ててフィーナの制止は一切聞く気が無いライゼル。
実際には気温だけでなく標高による気圧低下もあるのだが、これも十分重要事項なはずだが霞んでしまっていた。
フィーナもセレナも知りはしないが、ライゼルの目的の都合上、この白霊山は絶対に避けては通れない。
それ故に、白霊山の登頂はライゼルの中では既に確定事項である。
「ただ、流石の俺でも24時間――いや、20時間で戻る。それまでこの部屋でくつろぐなり街中散策するなりで適当に時間潰してろ」
「私は、ライゼル様に付いて行きますよ」
「邪魔だから残れ」
「誰が何と言おうと、私の居場所はライゼル様の隣しか無いんです。絶対に、付いて行きますよ」
綻んだような、可愛らしい笑みを浮かべつつ、ライゼルの腕に自らの胸を押し当てるようにして絡みつくセレナ。
しかしその目はまるで笑っておらず、ライゼルを慕うというより、執着といった暗い感情を感じさせるものが見え隠れしていた。
「……お前程度が付いて来たって死ぬだけだ。あそこがどんな場所か分かってて言ってんのか?」
「ライゼル様の隣で死ぬなら本望です」
まるで狂信者の如き狂気を滲ませるセレナ。
頬を染め、一途に側に居たいという気持ちを振り撒く。
だがそんなセレナを、ライゼルは愛らしいだとか守ってやりたいだとかではなく、ただウザいとしか感じていなかった。
心の内で小さく舌打ちするライゼル。
さっさと行動を開始したいのだが、現状だと間違いなくセレナが、そしてセレナが行くなら私もとフィーナまで付いて来そうな雰囲気がある。
自分の行動で誰かが犬死にするのは御免だと、ライゼルは妥協案を提示する。
「――だったら、戻って来る証拠にこれ預けとくからしっかり持ってろ。取りに戻るから、絶対に無くすんじゃねえぞ」
セレナの手に、ライゼルは懐から取り出した掌サイズの物体を置く。
それは、銀色の懐中時計であった。
ロンバルディア共和国の技術力により、ごく少数ではあるが生産されている懐中時計。
熟練の職人が一つ一つ手作業によって作り上げているモノであり、入手は貴族であっても困難というとんでもない稀少品である。
何故かライゼルはそれを所持しており、これは以前エルンスト辺境伯邸を訪れた際に時刻の確認に使っていた時の物だ。
「そいつは師匠から譲り受けたマジで大事な代物だ、それを預けとくから大人しくしてろ。売れば金貨4桁は下らない代物を放り出してトンズラなんざしねえからこれで納得しろ。白霊山は他の場所と違ってお前等おもりしながら行けるような場所じゃねえんだからな」
ただそこに居るだけで命を削り取られる極限地帯、更にオマケとばかりの凶悪な魔物。
そこでライゼルが行う作業の内容も含めると、他を気にする余裕は何処にもない。
だからライゼルの決意は固い。
これ以上答えは待たないと、ライゼルは宿から飛び出していく。
直後、外で強烈な突風が吹き荒れ、その余波がフィーナとセレナの髪を滅茶苦茶に乱していく。
時間にして、2秒も無い程度。その僅かな時間で、ライゼルはこのソルスチル街から完全にその気配を消し去ったのであった。




