49.ロンバルディア最強の男
砂狼の牙の攻撃とは思えない、第三者からの無差別攻撃に晒されたライゼル達。
ライゼルの咄嗟の判断によりその見えない無差別攻撃を回避には成功した。
しかし、まだ状況が好転した訳ではない。
爆弾が解除された訳でも、機関車が止まった訳でもない。
寧ろ、第三者の無差別攻撃がある分だけ悪化したとも言えなくも無い。
「……連中の言葉、少なくとも脅しじゃねえな。車両の裏側にマジであったぞ」
無差別攻撃によって結果的に襲撃犯が全員無力化されたので、ライゼル達は手分けして残りの車両内の襲撃犯を全員縛り上げた。
筋弛緩ガスは身動きを奪うが、別に意識を失う訳ではない。
それ故に、魔法を行使される危険性はあるのだが、このガスを吸った連中は何故かそれをしなかった。
もしかしたら、ただの筋弛緩剤だけではないのかもしれない。それを確かめようにも、吸ってしまった連中はだらしなく唾液を口元から垂れ流しながら「あー」とか「うー」とかしか言わないし、実際に吸って確かめる訳にも行かないが。
ライゼル達以外の全員が沈黙したので、ライゼルが集中して車両内の気配を探り、魔石爆弾の位置を特定する。
一つあるという事は、恐らくここだけではなく他の車両にも仕掛けてある可能性が高い。
「爆弾を仕掛けた、って発言が嘘じゃないなら最大限警戒して動いた方が良さそうだ」
「っていうか、私達以外全滅したならブレーキ掛けて車両止めれば良いだけじゃ無いんですか?」
ハッとしたように、そもそもの話元凶が居なくなったなら車両を停車させれば全て解決なのではとセレナが述べる。
「んー、確かにセレナちゃんの言う通りなんだが……なーんか嫌な予感がするんだよなあ……止まったら爆発とか」
「そんな可能性あるんですか?」
「魔石爆弾が仕掛けられてるのは把握したが、どんな仕掛けがされてるのかは実際に見てみないと分からねえな。最低、どっか一箇所の魔石爆弾を調べてみないと駄目だな」
ライゼルは周囲を見渡し、テロリスト達が押収したであろう誰かの短剣二本を手に取る。
「ちょっくら調べてくるわ」
そう言い残し、ライゼルは高速で走り続ける蒸気機関車の外へと飛び出した。
が、その身体はまるで吸盤で張り付いたかのようにビタリと壁面に固定されている。
その両手に持った短剣二本が、交互にガチリと音を立て、壁面を伝い、そして床面へと向かう。
ライゼルはこの短剣二本に魔法で生成した大電流を流し、即席の電磁石を作り上げたのだ。
魔力を流せば磁石になり、止めればただの短剣に戻る。
それを繰り返し、交互に鉄の床面に張り付き移動していくライゼル。
当然、この間も車両は走行を続けている。
残像すら残る程の速度で後ろへ流れていく枕木に、鉄の足音を響かせる車輪。
うっかり車輪に巻き込まれれば、足や胴体を切断されるのは必至。
そんな極限状況の中、下手すれば鼻歌でも歌い出しそうな気楽さでライゼルは壁面をガチリガチリと移動していく。
事前に魔石爆弾の位置を特定していたので、そこまでは一直線に到着した。
魔石を実際に視認し、その魔石内に刻まれた魔法陣をライゼルは読み取っていく。
魔力信号断絶による起爆トリガー、つまり連動式。魔石一つでも問題が発生すればアウト、連鎖爆発不可避。
爆発規模は、最低中級魔法以上。魔法防御も無い鉄の車両を吹き飛ばすだけなら充分な破壊力。
別途、外部からの起爆トリガー……こっちは首謀者を全て無力化してあるし、トリガーとなるであろう魔石も押収済みだから問題無し。
――よし、それだけだ。
魔石の特徴を確認し、機関車の速度を検知する類の術式が何も無い事を確認したライゼル。
再び電磁石と化した短剣を利用し、車両内へと戻る。
戻った後はこんな鈍ら必要無いので放り捨てた。
「風速計や速度計の類みてぇな術式は何処にも見当たらなかった。機関車を止めるぞ」
ライゼル達は脱力し倒れた乗客を横目に、機関室へと向かう。
先頭車両と機関室は、扉で行き来出来る訳ではないので、炭水車を伝って猛スピードで走り抜ける風に晒されながら、機関室へと入り込む。
余計な罠が仕掛けられていないか注視し、問題が無い事は分かった。
ブレーキに手を掛けるライゼル。
しかし、それを引いた途端に表情が曇る。
「――手応えが無い。ブレーキが破壊されてやがる」
ライゼルは舌打ちする。
初めから止まる気が無かったのか悪足掻きなのか分からないが、恐らく砂狼の牙は恐らく事前にブレーキ部分を破壊していたのだろう。
しかもご丁寧に、炉には大量の石炭が放り込まれている。
最早、加速する一方だ。
機関室を探知し、幸い機関室には魔石爆弾の気配を感知しなかった為、ライゼルは行動に移す。
「しゃーねえ、切り離すぞ。物理的にな」
炭水車と車両を繋ぐ、連結部分へと向かう。
「でもこれ、どうやって繋がってるの? こんな訳が分からない乗り物、何が何だかサッパリ――」
フィーナの疑問は、嫌に鈍い金属音によって中断された。
一切の予備動作を置き去りにし、そこには右手を振り抜いたライゼルの姿。
その右手には銀色の刀身を持つ短剣が握られており、陽光に照らされ白く輝いていた。
「切り離したぞ」
「わーお、ライゼル様ワイルドー」
動力部であった蒸気機関車は、切り離された事で少しずつ後部車両と距離を離していく。
動力が失せた事で、これ以上加速する事が無くなった以上、後部車両は重量と摩擦と空気抵抗により少しずつ速度を失い、やがて停止するだろう。
止まってしまえば、後は人質となっていた乗客達を客車から降ろせばそれで解決だ。
魔石爆弾の処理や、犯人の身柄等はロンバルディアの軍に任せればそれで良い。
あの筋弛緩ガスを吸い込んだ乗客も、身動きが取れないだけで命自体には別状が無い事は既にライゼルが確認しており、時間が経てば薬効も抜けて元に戻る。
これで全て解決。
「――少し、石橋を叩き過ぎたか?」
ライゼルは、苦々しく口元を歪める。
「……ねえ、ライゼル様。ちょっとマズくないですか?」
「ちょっとじゃなくて、マジでヤバいな」
セレナもライゼル同様、その不穏な気配を感じ取ったのか。その言葉を口に出す。
「この速度だと、あのカーブは曲がり切れませんよね?」
「えっ?」
目を見開くフィーナ。
少しずつ減速していく車両。
しかしライゼル達の目前には、大きくカーブを描く線路が広がっていた。
念には念をと、ライゼルは時間を掛けて魔石爆弾に余計なギミックが仕込まれていないか確認して回った。
その判断は甘さの無い慎重な物であり、決して間違いだとは言えないだろう。
しかしそのせいで、この車両はソルスチル街までの道程を走破しつつあった。
ソルスチル街に入る前に、この路線は大きくカーブを描く。
この区間を走る際、蒸気機関車は一時的に速度を落として走り抜けるのが機関士の常識である。
何故なら、そうしないと積載した車両の重さによって生まれた遠心力で、車体が横へ吹き飛ばされ横転してしまうからだ。
だからこの区間では、しっかり速度を落とさねばならない。
しかし今、速度は落とせない。ブレーキが存在しないからだ。
自然に速度が落ちるのを待っていては、ほぼ全速力の状態であのカーブへと突入する事になる。
横転は必至。そうなればこの車両は地面へ向けて突っ込むだけである。
しかも最悪な事に、乗客は筋弛緩剤によって強制的に脱力状態であり、衝突に身構える事も不可能。
この速度で突っ込めば、大惨事は避けられないだろう。
「大変! 早く止めないと!」
「どうやって止める気だよ」
「前から抑えて止めれば良いんでしょ!?」
「はねられて死ぬ気か」
正面から力技で止めようという馬鹿げた提案をするフィーナ。
この蒸気機関車は、8両の客車と貨物車両を牽引している。
客車は1台当たり30トン以上もの重量があり、それが8両ともなれば約250トン以上もの重量になる。
更にその後ろには貨物車両が連結されており、その貨物の重量も含めれば、どう考えても300、いや400トンを下回る事は無いだろう。
そんな重量でかつ、多少速度が落ちたとはいえ100キロにも迫る速度で走り続けている車両を、人間が止められる訳が無い。
しかし、いっそ清々しい程にフィーナはやる気満々である。
「……ま、あのカーブで脱線しなけりゃ最悪止まらなくても良いんだ。曲がり切れば後は勝手に減速するだろうし――」
言い淀むライゼル。
自らの持つレーダー網に引っ掛かった、その上空を滑空する物体を仰ぎ見る。
その影は猛スピードでこちらへと迫り、やがて強烈な突風と共に車体の上へと軟着陸を果たす。
影の正体を見極めるべく、切り離した車両の先端から身軽な動作で天井へと上り、ライゼルはその姿を確認する。
飛んで来た際の風圧で乱れたのか、随分とボサボサで真っ白なセミロングの頭髪。
黒のタートルネックセーターにジーンズ、その上から厚手の白衣を纏った、ファーレンハイト領ではまず見ない出で立ち。
こちらの存在に気付いたのか、そのクマの浮かんだ目がライゼルへと向けられる。
「ふむ、貴方達ですか。私の魔法を受けて平然としていたのは」
「ケッ。何が魔法だ、筋弛緩剤を風に乗せて操ってただけじゃねえか。つーか、あの無差別攻撃はお前の仕業かよ」
「……ほう、薬学に多少の知識があるようですね。我が国では見ない顔ですが?」
ライゼルの回答に対し琴線に触れるモノがあったのか、僅かに口元を吊り上げる白衣の男。
興味が湧いたといった感じで、そのくすんだ青い瞳がライゼルを向く。
「生憎俺様は生まれも育ちもファーレンハイトだよ。で? 乗客テロリスト分け隔て無く薬で身動き封じてお前は何をする気だよ?」
「私は単にこの車両に積載されている氷魔結晶を回収しに来ただけですよ。貴方達が何者かはどうでも良いです、私の邪魔はしないで下さいよ?」
「ま、俺様も邪魔されさえしなけりゃ何でも良いんだけどよぉ。お前、ロンバルディアの宮仕えだろ? 国の資産と威信を守る為に少し協力して貰うぞ、乗客を助けるとか連れが煩いんでな」
「馬鹿馬鹿しい、何故私がそんな事をしなければならないんですか」
「……逃げる気か? イブラヘイム・クラーク」
「え、何? この人ライゼルの知り合い?」
よいしょっ。といった具合で天井へと上ってきたフィーナがライゼルへと問う。
「俺が一方的に知ってるだけだ。俺一人じゃ少々手に余るから、楽する為に手を貸して貰うぜ?」
「手を貸すメリットがありませんね」
「貸さなかった時のデメリットならあるぜ? 砂狼の牙とかいう馬鹿が仕掛けた魔石爆弾を起爆させてやる、テメェのお望みの品諸共ぶっ飛ぶって寸法だ」
ライゼルは、車体の裏から回収していた魔石爆弾の一つを見せる。
回収しても車両内に居る分には魔力信号の圏内だったので、最初に確認した一つだけ回収しておいたのだ。
ライゼルの腕を持ってすれば、この魔石爆弾の術式に介入し起爆信号を送るのは容易い。
「……乗客を見殺しにする気ですか?」
「オイオイオイ、その言葉そっくりそのまま返してやるぜ『ロンバルディア最強』さんよぉ。つーか好い加減マジで時間的猶予が無いんだ、さっさと決めろ」
ライゼルが即断するよう高圧的な態度でイブラヘイムに対し迫る。
イブラヘイムはしばし考えた素振りを見せ、その後大きく溜め息を吐く。
「――良いでしょう、乗客を傷付けずに車両を止めれば良いのですね?」
「そういうこった。おいセレナ、風を起こすのと重量操作、この二つの魔法の中ならどっちが得意だ?」
「えっ? その選択肢なら重量操作の方が得意ですが……」
不意に振られたライゼルからの質問に対し、風圧で煽られる自らの髪を抑えながら答えるセレナ。
「じゃ、今すぐこの車体の重力を操作して乗客が死なない程度に車両の……左側を重くしろ」
ライゼルの指示を受け、二つ返事で行動を開始するセレナ。
「……車体重量を増やして、遠心力で吹っ飛ばないよう踏ん張る気ですか? それだけでは足りませんよ?」
「知ってんだよそれ位。だからお前も手を貸せって言ってんだよ」
「具体的に何をする気ですか?」
車体を含め、車両に高い重力が働き始める。
およそ2倍程度の重力だろう。乗っている乗客を魔法の効果範囲外に追い出す時間は無かったので、車両だけでなく一部の乗客にも魔法の効力が働いているが、2倍程度の重力、しかも短期間であらば辛いかもしれないが死ぬ程では無いだろう。
「遠心力に負けないレベルのありったけの横風を叩き付ける。お前なら出来るだろ? 悪名高い『爆弾魔』って肩書きはよーく知ってんだぜ?」
「……ほう、ほうほうほう」
ライゼルの答えを受け突如、これは愉快だとばかりに口元をニヤリと吊り上げるイブラヘイム。
くすんだ目に光が宿り、目付きが歪む。
「さて。私を脅迫してくる貴方、名前は何と言うのですか?」
「野郎に名乗る名なんざ無ぇが、まあ良い。テメェには特別答えてやるよ、ライゼル・リコリスだ」
「リコリス……確か彼岸花の別称でしたか? ……まあそれは良いでしょう。ではライゼルくん、私は脅迫され、やむなく指示に従った。是非を問われるような事態が起きた場合はそう証言させて貰いますよ?」
「好きにしろ」
ライゼルから言質を取ったとばかりに、引き攣ったような笑いで喉を鳴らすイブラヘイム。
「――クク、クックック……! いやぁ~ここが海岸線沿いで助かりましたよ。お陰で材料となる水素と酸素が無尽蔵にあるんですからねぇ!」
「ねぇライゼル。私は何をすれば良いの?」
「何もすんな。中で伏せてろ」
ライゼルに言われた通り、素直に車両へと引き篭もるフィーナ。
「将軍と大統領に口喧しく言われ続けて、最近はフラストレーションが溜まってたんですよ! だからちょっとやり過ぎてしまうかもしれませんねぇ!」
「随分とご機嫌じゃねえか、この爆弾魔が」
「褒め言葉として受け取って置きましょうか」
イブラヘイムの持つ、魔石の一つが強く輝き、その光が収まる。
「……っと。ここまでやって今更ですが、ちょっと調子に乗って作り過ぎたかもしれませんね」
「安心しろ、逆に横転したりしねえようにサポート位はしてやる」
「そうですか。では着火」
懐から取り出した、金属製のライターの火打石を弾けさせるイブラヘイム。
そこから発した火種には特に意味は無く、単にイブラヘイムが着火のイメージを固める為の動作でしかない。
必要な術式である、着火の為の術式はライターの表面に刻まれており、魔力伝導による赤い光を放った。
ソルスチル街から見て南東の沖合いが、緋色と白煙で染まり上がる。
その白煙の正体は膨大な水蒸気であり、それは大量の酸素と水素が燃焼した結果生じた代物。
イブラヘイム・クラーク。それはこの世の理たる魔法と科学、その二つを極めんと道を往く者。
彼の用いる魔法。それは「分子を原子へ、原子を分子へ組み替える」という物。
その魔法の補助の為に多少の魔法は修めているが、彼がロンバルディア最強と呼ばれるようになったのはこの魔法が原因である。
この力を用い、イブラヘイムは海という無尽蔵とも言える水分から、これまた無尽蔵とも言える水素と酸素を練成したのだ。
そこから生じる膨大な熱量、台風すら凌駕する莫大な爆風が車両を襲う!
窓ガラスのことごとくが弾け飛び、遠心力で片方が浮き上がり横転し掛けていた車両が叩き付けられたかのように線路へと押し戻される!
車両の中から女性の悲鳴が聞こえたが、恍惚とした表情を浮かべるイブラヘイムの耳には届かず、ライゼルは無視した。
「あああぁぁぁぁ……! 良い……実に良い! 久し振りの爆破はやはり心が躍る! 眼球が震えるこの大気の振動! 皮膚を歪めるこの爆風! 最ッ高だァ!!」
聞いてもいないのに、心中をありったけ吐露するイブラヘイムから若干距離を離すライゼル。
セレナの重力魔法と、イブラヘイムの爆風による横風の影響によって、本来は脱線不可避な速度で突っ込んだカーブを客車と貨物車は見事に曲がり切った。
尚、イブラヘイムの生み出した爆風は少々威力が有り過ぎたようで、ライゼルが大気を操作して微妙に威力を減らす作業をする必要があった模様。
ここからソルスチル街までは、一直線の道則だ。惰性で走り続けたこの車両も、この直線の道中で流石に完全停止するだろう。
「これでもう大丈夫だろ。後はテメェに全部任せるぞ、頑張れ宮仕え」
ライゼルは自分が手にしていた魔石爆弾をイブラヘイムへと手渡し、後ろ手を振りながら車両内へと戻っていった。
「……嫌ですよ、この後始末は当然軍にして貰いますからね。キルシュくん、聞こえてるか? 至急軍と連絡を取ってくれたまえ」
イブラヘイムが通信用の魔石を取り出し、何処かと連絡を取り始める。
そこから聞こえる声が、怒りに満ちた声色なのはきっと気のせいである。少なくとも、イブラヘイムはそう決め付けるのであった。
ロンバルディア最強、イブラヘイム・クラーク
師匠にして初代所長であるリサという人物から爆発の魅力を教わり、磨き上げてしまった魔法科学者
原子を自由に組み替えるという科学方面では反則レベルの魔法を有しており、少なくともこの世界の科学レベルでは彼の影を踏める者は一人も存在しない
各国を代表する最強の中で世界一強いかと言われれば否だが、少なくともその中で世界一の変態である事は間違い無い
リサって誰やねんって問いに対する回答は前作参照




