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4.ロゴルニア村

 馬鹿が運ばれてる。


 そろそろこの世界の一般的な人々が寝静まるであろう夜分。

 基本的にこの世界は夜に活動する為に必要なエネルギーの単価が高いので、日が沈んだら早々に眠り、日が昇ってから活動を開始するのが普通である。

 なので、夜に行動するのはそれが苦にならない環境を有しているか、もしくは何かやましい事情があるような連中だけである。


 今、目の前を通過していってる男共は後者の方みてぇだな。


 フィーナの両腕両足を担ぎ、精霊様とやらが居るってえ場所に向けて突き進んでいる。

 先程門前払いを受けた衛兵か自警団らしい見てくれの男二人と何やら話している。

 俺はそこからかなり離れた木の上に寝転がっていたので、普通であらばそこで何を話しているのかなんて絶対に知りようが無い。

 だが、生憎俺は普通じゃないんでね。


「すぴー……」


 こうやってその気になれば、馬鹿の寝息までクッキリ聞き取る事が出来る。


「……男女の二人組って聞いてたんだが」

「まぁ良い。女だけ運び込め」

「男の方が来たらどうする?」

「縛り上げろ。この村には誰も来なかった、そういう事だ」

「あいよ」


 周りに誰も居ない事もあり、自らの正体を隠しもせず本性を露にする。

 つーか、あの馬鹿を担いでる一人はさっきの宿の受付やってたおっさんじゃねえか。

 女っ気ゼロの村だとは思ったが、こりゃ多分この村全体がクロだな。

 村ぐるみの所業、もしくは、村人なんて居ない(・・・・・・・・)んじゃねえか?


「この女も売り飛ばすんですかい?」

「そうだが……しかし、顔が駄目だな。大した金にはならないかもしれんが、酒代位にはなるだろ」


 フィーナ<酒という構図が証明された瞬間であった。

 呑気に眠りこけやがって。


「うへへ……もうお腹いっぱい……」


 何だその平和ボケ全開の寝言は。すげえ張っ倒したくなるんだけど。

 しゃーない、面倒臭ぇけど助けに行ってやるか。

 んで嘲笑ってやる。ざまぁって。


 目指すは、フィーナの魔力波長の存在する座標点。

 フィーナの動きを感知しつつ、その動きが停止するまで待ち、動かなくなった所で俺は木の上から飛び立った。



―――――――――――――――――――――――



 精霊の住む地という木々の間に作られた、踏み均された道を進むと、その奥には洞窟が存在していた。

 しかしそこには人の手が入れられ、住み易いように内部が改造されている。

 洞窟の入り口にはこれまた槍を持った人物が駐在しており、多少村人感を出していた先程の見張りと違い、こっちの人物は見るからに悪人です、という雰囲気を一切隠しもしていなかった。

 木の実か何かを食べているのか、一人はクッチャクッチャと不快な咀嚼音を立てている。

 最早ほぼ確信に近かったけどさ、ここに精霊、居ないよな。

 クソ共が。

 ガセネタなんざバラ撒いてんじゃねえぞ。

 寝ぼすけ娘をさっさと叩き起こして、こんな村さっさと出させて貰うぞ。


 洞窟の見張りの視覚外から、一気に加速する。

 そして、洞窟の正面から堂々(・・・・・・)内部へと侵入するのであった。



 洞窟の内部は、壁面に油皿による照明が点々と灯されており、足元不覚にならない程度には照らされていた。

 まあ、俺がここに入る時に何個か消えちまったけどな。

 魔術光なら消えないのに、原初的な明かりだから仕方ねえな。

 内部にも当然人の目が存在していたが、そんなモノで俺の侵入を知覚出来るような奴がこんな場所に居る訳も無く。

 フィーナの存在を感知した部屋へとサックリ侵入を果たし、そしてフィーナを見付ける。

 縛り上げられている点を除けば、特に別状は無さそうだ。

 眠りこけているが、こりゃ睡眠薬を盛られてるな。

 フィーナの身体からその薬効を代謝させる形で抜き取る。


「おい起きろボケナス」

「むにゃ……もう食べられないよぉ……」

「薬効抜いたのに起きやしねえ」


 鼻摘まんでやれ。


「ふごっ!」

「起きたかおたんこナス」


 乙女のおの字も無い無様な声と共に、その意識を覚醒させたフィーナ。

 本当手間が掛かるなこの馬鹿女は。

 俺が居ないと一体何回酷い目に遭ってるか分かったもんじゃねえ。


「ふへー……って、ここ何処!?」

「精霊様とやらが住んでる地(笑)だとよ」


 笑わないとやってられねえ。

 本ッ当、くだらねえデマ振り巻きやがって。

 ここの何処に精霊が居るんだよ。居るなら連れて来いってんだよ。

 無駄足踏ませやがって。


「テメーが眠ってる間にロゴルニア村から移動させられたんだよ」

「何で?」

「自分で考えろこのマーボーナス」


 ああ、クソ。ムカつく。

 こんな馬鹿共に無駄足踏まされた事がムカつく。

 あっさり睡眠薬飲まされて拉致られた馬鹿にムカつく。

 そしてこんなデマに踊らされた自分自身がムカつく。

 出入り口の扉を力の限り蹴破ってやりたい衝動に駆られるが、そんな力尽くでの脱出をやる位ならそもそも侵入の段階からやってる。

 わざわざ静かに進入したのを無為にする事は非効率極まるので、苛立つ心をなだめながら扉を普通に開ける。


「おらとっとと付いて来い。こんな辛気臭い場所とっとと出るぞ」

「ライゼル、出口がどっちか分かるの?」

「ここは出口も入り口も一箇所しかねえから逆順で出れるんだよ」


 侵入を果たした際の逆順で道を通り、フィーナを先導しながら洞窟の中を進んでいく。

 行きの際は気絶した見張りが他の見張りに見付かる事を考えスルーしたが、帰る際はもう騒ぎになっても関係無いので、次に見張りと出くわしたら片っ端からその意識を刈り取ってやる。


「そこ左だ――おいフィーナ何止まってんだ。駄犬かてめぇは。とっとと言われた通り付いて来い」


 通路脇で少しだけ扉が開いており、薄暗い通路に光を漏らしている。

 その扉の隙間からは喧騒が漏れ聞こえる。恐らくここのならず者共が酒盛りでもしているのだろう。

 どう考えても首を突っ込んでもロクな事は無い。そんな場所にフィーナは首を突っ込んでいた。



―――――――――――――――――――――――



 紫煙と酒気を孕んだ空気の満ちた室内。

 薄汚ぇ野郎共に酌をさせられる女。

 男は赤ら顔でニヤついた表情を顔に貼り付けており、この室内に居る女は特に拘束こそされていないが、その全てが一糸纏わぬ姿。つまり全裸であった。

 そして衣服を身に付けていないからこそ、その身体に浮かんだ青痣、引っ掻き傷といった生々しい傷跡が容易に見て取れる。

 慰み者としてここで飼われてるのだろう。その証拠に、室内の女達の目には光が存在していない。

 俺が助け出さなきゃ、フィーナの未来の選択肢にこの末路も有り得た訳だ。

 どうしてこう、悪党や屑共は毎度毎度同じような事をさせるのかねえ。

 単調な発想、何度も何度も見てきたその光景は、最早改めて見た所で何の感情も芽生えない。

 俺からすれば全く理解出来ない所業だ。金も酒も女も、俺の乾きをまるで癒せはしない。

 しかしながらフィーナはそうでもないらしく、徐々に頭の上から湯気が出始めた。


「――地下に捕らえた女はどうすんだ? 売り飛ばす前に味見するか?」

「おいおい冗談止せよ! あんな幼児体系俺の趣味じゃねえよ! 顔もイモ臭いソバカス女だしよぉ!」

「あんな面じゃ……いや、あんな面だからこそ処女だろ。処女好きの貴族様辺りに売り飛ばせば良い小遣いになるだろうさ。食うならあんなゲテモノじゃなくてもっとマシなのにしとけ」

「以上がフィーナちゃんの評価となります。以後はその辺を重々認識して慎ましやかに行動しましょう」

「幼児体系で悪かったわね!!」


 怒声を上げながら扉を押し破らん勢いで開け放つフィーナ。

 当然、そんな真似をすれば衆目がフィーナへ一点集中するのは道理である。

 それとほぼ同時に、俺は物理的に見えなく(・・・・・・・・)なったので尚の事だ。


「なっ! 誰だテメェは!」


 部外者が唐突に、この洞窟内の比較的深部に当たるこの空間に現れればこの反応は当然だろう。

 まあ俺様からすりゃこんな場所に入り込むのなんざ野原をスキップで踏み歩くの同然なんだけどな。


「アンタ達が悪者だってのは理解したわ! やっつけてやるから覚悟しなさい!」


 目の前で繰り広げられる非合法な光景に加え、自らを馬鹿にされた事でフィーナの正義感とやらが触発され、男衆に向けて猛進するフィーナ。

 こうなってはもう、止められない。

 いや、俺がその気になれば普通に止められるんだけど、止める気が起きない。

 ああ、もうどうにでもなれ。

 どうせここに居る連中なんざ雑魚ばっかりだろうし。

 不意打ち搦め手が飛んで来ない限り、フィーナでもどうにか出来るだろう。

 その正義感でここの連中しばき倒してくれるなら、多少は俺のウサ晴らしにもなる。


 俺は手伝わないけどな。

 怒りに任せて大暴れを開始するフィーナの大立ち回りを、俺は安全圏から高みの見物する事にするのであった。

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