48.車両での戦い
テロリスト、砂狼の牙が占拠した機関室内から、ロンバルディアに対し犯行声明を出した数十分後。
後部車両を占拠していた構成員の一部を薙ぎ倒し、一時的な平穏を取り戻した車内。
「出るって、何処に?」
状況が全く飲み込めていないのか、「出るぞ」というライゼルの発言に対しフィーナが首を傾げる。
「外に決まってんだろ」
そんなフィーナに対し、物分り悪い馬鹿にも伝わるようにと簡潔に答えを述べるライゼル。
「こんな速さで走ってるのに出られる訳無いでしょ!?」
フィーナは車窓の向こう側に消えていく木々を見て、この車両が馬車とは非にならない程の高速で動いている事を察する。
フィーナ達は気付く余地が無いが、現在この蒸気機関車はありったけの石炭を投じられた結果、時速百キロ近い速度で走り続けていた。
こんな速度で走る車両から普通に飛び出せば、大怪我というか死んでしまうかもしれない。
「今のおめーなら魔力で強化すりゃこん位の速度で走れるだろ。走れないなら安全な場所で飛び降りて転がってろ。魔力で強化して防御体制で落ちればお前なら普通に耐えるだろ。それからセレナは空飛べるから問題にならねえし、はい終了~」
「う……そうかもしれないけど……」
ライゼルという、非常識が服を着て歩いているような輩の側に引っ付いて行動した結果。
元々はただの村娘だったはずのフィーナ自身も否応無しに成長したというか、せざるを得なかったというか。
それこそ、車両から飛び出しても問題無いと言える程に強くなっていた。
しかし、フィーナは歯切れが悪い感じで、車両に居る人々を見やる。
「他の人はどうするの?」
「んなもん、置いて行くに決まってんだろ。恨むなら弱い自分を恨むんだな」
ライゼルの発言を聞き、他の乗客達が目を見開いた。
当然、お人好しが服を着て歩いているようなフィーナがそれを許す訳が無い。
「駄目よそんなの! この人達、助けないと! ライゼルなら出来るでしょ!?」
「なあぁーんで俺様がんなダルい事しないといけねえんだよぉ。強けりゃ自分達で勝手に逃げられるだろ、こんな面倒事はシカトして俺達だけでソルスチル駅まで行くぞ」
ライゼルが口を尖らせる。
ライゼルの目的は、人助けなどではない。
自分の目的を果たす為に必要な事以外、全てが些事なのだ。
「なら良いわよ! 私だけでもやるから!」
「あっそ。それじゃ~セレナちゃ~ん。俺様達は先に向こうに行ってようぜぃ~」
「それまでライゼル様と一緒に宿で愛の一時過ごしてるから、そのまま帰って来なくて良いですよ」
「待ちなさい!」
「おぐぇっ!?」
本当に車両の扉を開け、出て行こうとしたライゼルとセレナ。
咄嗟にフィーナが一番近くに居たセレナの襟首を掴む。
「襟を引っ張らないでよ! ライゼル様に変な声聞かれたじゃない!」
「セレナ、貴女までライゼルのクズ思考に染まらないでよ! この人達見殺しにする気なの!?」
「だって、私はここの人達の命なんかよりライゼル様と一緒に居る方が大事だし~」
うっとりとした目でライゼルを見ながら、馬耳東風を貫くセレナ。
ライゼル同様にセレナもまた、見ず知らずの他人の命などどうでも良いという考え方であり、また口でも勝てないので、フィーナには引き止める提案が浮かばない。
「……分かった、じゃあこうする」
今度はライゼルの襟首を掴み上げるフィーナ。
フィーナの方がライゼルより背が高い為、宙吊りになるライゼル。
そのまま車両内を怒りが滲み出る足取りで進んで行くフィーナ。
「……おい、おーい。フィーナ。フィーナさんやーい? お前何する気だ?」
ライゼルの言葉を無視し、車両同士を行きかう為の扉を開けるフィーナ。
前方車両へと足を踏み入れる。
そこには、先程の自分達同様に腕を縛られ、拘束された乗客とそれを見張る人物が二人。
「どっせえええぇぇい!!」
「ちょおおおぉぉ!?」
「なっ――ぐほおっ!?」
ドップラー効果と共に、宙へと投げ飛ばされるライゼル!
その投げ飛ばされた先には、乗客を見張る覆面姿の二人。
力任せに投げ飛ばされたライゼルが直撃し、覆面姿の二人はライゼル諸共床を転がった。
「貴さm――おぐっ!?」
咄嗟にライゼルの拳が二人の顔面を打ち抜き、その意識を刈り取る。
言葉で説得出来る気がしないフィーナは、力尽くでの実力行使に出たのだ。
「何してんだフィーナてめ……おい馬鹿やめろ! 降ろせふざけてんじゃねえぞフィーナオイコラ、フィーナ! フィーナ、ステイ! ステイ!」
ライゼルの制止も聞かず、ライゼルの襟首を再び掴み上げるフィーナ。
その歩んだ先には、再び前方車両への扉が。
「ちょっとフィーナさん!? ライゼル様になんて事するのよ!」
「そんなにライゼルと一緒に居たいなら私に付いて来ないと置き去りにするわよ!」
「猪突猛進にも程があんだろうがてめえ! 下ろせ!」
扉を開けるフィーナ。
先程の騒動が聞こえていたのか、警戒心を顕にしたまま武器を構える三人の覆面男。
「誰だ貴様等!?」
「どっせええええい!!」
問答無用。
再びライゼルを覆面男達に向けて投げ飛ばすフィーナ!
しかし警戒されていた為、先程の不意打ちとは違い、ライゼル砲弾が覆面男には命中せず回避されてしまう。
「助けられるだけの力がある癖になんで見捨てる気満々なのよ! この馬鹿!」
「うるせえ! 人が折角穏便に事を済ませようと思ってた所を滅茶苦茶にしやがって! 馬鹿はテメエだろ!」
不意打ちが成功せず、攻撃の素振りを見せた為、即座にライゼルが二人を、フィーナが駆け寄り一人を拳で黙らせる。
互いに罵倒し合いながらも、狙う相手は一切被らない的確な攻撃であった。
扉の向こう側が、一気に慌しくなる。
これだけ派手に暴れれば気付きもするだろう。
扉が開き、現れた覆面男に問答無用で拳を打ち付けるフィーナ。
「やりたきゃ一人でやれば良いだろうが! 何でわざわざ俺を巻き込むんだよ! 夜中に一人でトイレに行けないガキかテメェ!」
「ガキはアンタでしょうが! 女の子を見付けたらすぐに尻尾振るとかガキ所か駄犬じゃない! ……っていうか何で私には何も言わないのよ!」
特に意味の無いフィーナの拳がライゼルの後頭部を襲う!
「テメェ! 何しやがる!」
「うっさいこの馬鹿ライゼル! 大体アンタは昔はこんなんじゃ無かったでしょうが!」
口論となって攻撃の手が止まったフィーナとライゼルに対し、覆面男が肉厚の剣を横薙ぎで振るう!
そんな男の顔面に、巨大な岩塊が突き刺さり、男は宙へ舞った。
無言で杖を降ろすセレナ。
「……クソッ。ヤケクソで車両諸共自爆なんてされたら厄介――」
巻き込まれてしまった以上、とやかく言っていても仕方ないとライゼルは判断し、自らの持つレーダー網に意識を向ける。
そしてそこに集中した結果、違和感を感じて言葉が途切れる。
前方車両に居る筈の人々の動きが、妙に鈍い。
そしてそれが波及し、まるで感染するかのように次々に動きが鈍くなっていく。
流石にこれだけ暴れて、この車両を襲った襲撃犯が何も行動を起こさないというのは不自然過ぎる。
ライゼルの危険信号に光が点る。
何かがおかしい。ヤバい。
「えっ?」
「ふはっ!? ら、ライゼル様!? 急に何を!?」
側にいたフィーナとセレナを抱き寄せ、即座に風の障壁を展開するライゼル。
混乱しながらも、行き成り抱き締められた事で顔を真っ赤に染めていくセレナ。
ライゼルの判断は、一瞬だった。
その一瞬が、命運を分けた。
縛られていた人質達が、小さく呻き声を上げる。
ある者は床へと倒れ、またある者はへたりと足を脱力させ、ピクリとも動かなくなった。
「な、何!?」
「お前等、その場から絶対に動くなよ」
後部車両に目を向けると、そこに居た人質達も同様に床へと倒れこんでいた。
ライゼルはしゃがみこみ、一番手近に居た人質の一人を確認する。
意識は、ある。しかしその身体は全身が脱力し切っている。
「――チッ」
その症状から、ライゼルは原因を特定する。
「筋弛緩性のガスだ。空調を伝って流れ込んで来やがった」
「また毒!? ライゼル貴方、無関係の人が居るのに――」
「今回は俺じゃねえよ!」
ライゼルは推測を始める。
――砂狼の牙とかいう襲撃犯の仕業か?
だが、奴等も含めて人質諸共このガスを食らってる。
これじゃただの自爆テロだ。
乗客道連れの自爆なら、この車両に仕掛けたっていう爆弾を起爆させれば良いだけの話。
こんな手段を取る意味は無い。
「咄嗟に風の障壁で保護してなかったらお前等まで巻き込まれてた所だぞ」
「ライゼル様……! 私の為に! 素敵! 抱いて!」
「もう抱かれてるじゃない」
「そうじゃなくて」
さっき抱かれてただろとマジレスするフィーナ。
フィーナとセレナの間の「抱く」にはどうやら認識のズレがあるようだ。
「……俺等以外に、この車両を攻撃してきた奴が居るな」
筋弛緩剤という、ロンバルディアの住民ですら一部しか知覚していないような飛び道具を使われてはテロリストも一たまりも無い。
魔法ではない、科学という知識が無ければ一切阻止出来ない、見えない攻撃の直撃を浴び。テロリストたる砂狼の牙はある意味彼等の望み通り。
大勢の乗客を巻き込んでその身体を地へと投げ出したのだ。
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キラリと怪しい光を放つ、眼鏡の奥。
くすんだ瞳で、地上を走る蒸気機関車を睥睨する。
男の掛けている眼鏡には特殊な魔法が仕掛けられており、これを通して魔力の動きを視認する事が出来るのだ。
しかし見えるのは魔力の動きだけだ。
乗客と襲撃犯の違いは判断出来ない。
「……まだ意識がある者が居ますね。力しか取り得の無いテロリストの分際で生意気な」
故に、意識が残って動きを見せているライゼル達を襲撃犯と誤認する。
「筋弛緩剤空中散布とか何やってんですか所長!? 乗客には女子供も居るんですよ!?」
白衣の女性、キルシュが非常識な無差別攻撃を仕掛けた所長に対し我慢できないと糾弾する!
「知らん。問答無用で爆破処分しないで手加減してあげてるんですから感謝して欲しい位ですよ」
所長と呼ばれた男、イブラヘイムは自らの羽織った白衣、そこに開いた無数のポケットに数々の薬品を詰め込む。
部屋を出て、廊下を通り、外への扉を開け放つ。
今現在、彼の乗る飛行船は上空500メートル付近を飛行している。
高度と速度によって、外の扉を開けた途端に廊下には強烈な風が吹き込んだ。
「どれ、ちょっと直接行って〆て来ましょうか。私の氷魔結晶に手を出そうとした大馬鹿者にはキツイい仕置きが必要ですからね」
落下防止の柵を飛び越え、姿を消すイブラヘイム。
飛び越えた先は、空中である。
しかし何でもないといった様子で、イブラヘイムは生身によるスカイダイビングへと身を投じた。
「……何が戦闘は得意じゃない、ですか。所長も充分規格外じゃないですか……研究職は普通飛行船から飛び降りませんよ……」
強風に煽られ白衣をなびかせ、一人その場に取り残されるキルシュ。
初代所長の悪い性格だけ受け継ぎ、科学の世界に置いて反則とでも言うべき力に磨きを掛けた結果。
何時の間にか「ロンバルディア最強」と呼ばれるようになってしまった、研究馬鹿にして同期のイブラヘイムを見送りつつ。
キルシュは溜め息と共にポツリと呟くのであった。




