46.テロリスト
「……オイ、お前。少しの間顔伏せてろ」
俺と一緒に後ろ手で縛られている、二十代位の優男に対し指示する。
「早くしろ。あの三人鎮圧するまで顔を伏せたままじっとしてろ」
そう言うと、この事態を何とかしてくれるのだろうと信じたのか、大人しく指示に従った。
実の所を言うと、別に顔を伏せる意味は無いのだが。
これからする動作が色々不自然なので、驚いて表情が変わるかもしれない。
それを周囲に見られ悟られたくないので、最初から顔を伏せさせただけである。
わざと捕らえられて、様子を伺ったお陰である程度の予測は立てられた。
その予測に基づき、目の前で武器を構え監視を続けている三人を倒した後の準備をする。
「今の所……ん゛っ」
なーんか違うなあ、もう少し振動抑える感じか?
「異常……異常無し……」
もうちょい低いか?
誰にも聞かれないよう、小声で声色の調子を確かめる。
流石に真後ろに居る男には聞こえるだろうし、突然後ろに居る男の声が滅茶苦茶に変化したら驚くかもしれない。
それを踏まえて先に顔を伏せさせたんだけどな。
理論上可能だから以前練習した事もあったが、こんな事する位なら真正面から叩き潰した方が早いって結論に至ってそれ以降ロクにやった事無かったけど、案外何とかなるもんだな。
「今の所、異常無し……」
よし、この低さだ。
ちょいと手間取ったが声の模倣完了。
師匠曰く、俺は風属性の魔法に関する適正が尖ってるらしいから、そこだけ徹底的に磨いて、「空気」が関わるような事象は大抵起こせるようになった。
当然、声も空気の振動によって発生してる。その空気の振動を自由に操作出来れば、声も変えられるよいう訳だ。
さて、後はこの無意味な拘束を外して、と。
突然手元で強い風が起きた事で、後ろ手で縛られていた男の身体がビクリと震える。
さっきから俺の挙動が怪し過ぎるからな、やっぱ悟られないように顔を伏せさせといて正解だったわ。
これなら目の前の男達に表情変化で異変を悟られる心配も無い。
あいつ等が一番距離を離しているタイミングで行ったから、微弱な音も走行中の車両の音で掻き消せただろう。
コレをやる時に発生する風はどうしても抑えられないからな。
魔法の方面じゃなくて質量がどうとか科学方面とやらの都合でどうにもならんらしい。
はい、縄抜け終了。
武器である短剣は取り上げられたが、別に拳に関してはなんら問題無し。
これで何時でも行動出来る。
決定的な隙を伺う為、黙して存在感を消していく。
車両を襲撃した三人の内の一人が、時折人質である面々が不審な動作をしていないか、監視の為に車内を闊歩する。
そのタイミングを、狙う。
事前に確保しておいた一酸化炭素。
その気体を操作し、一番距離の遠い場所に居た杖を所持した男の気道を塞ぎ、一瞬で意識を刈り取る。
一切の抵抗も無く、直にそれを吸い込んでしまったが故に、何が起きたかも分からぬままだろう。
急に崩れ落ちた一人へと、他の二人の視線が向けられる。
「!? おい、一体どうし――」
言い終わる前に、終わらせる。
立ち上がるのではなく、逆立ちするような感じで一番近くに居た男の顎を勢い良く蹴り抜き、沈黙させる。
骨が砕けるような感じはしなかったが、脳に入った衝撃的にしばらくは立てないだろう。
そのまま腕の力だけで飛び上がり、客席の背もたれの上に飛び乗る。
こちらに視線が向く前に、背もたれを蹴り飛ばし、矢の如く飛び出す!
最後に残った男へ向け、鞭のように振るった右腕の拳が顎を直撃。
脳震盪によってそれ以上抗う事が出来ず、あっさりと車両の床を舐めた。
フィーナが見てるから、殺さないように加減したけど。
正直、殺した方が手間も無くて楽なんだよなあ。
と、そこまでの流れを実行し、直接的な眼前の脅威を排除し終えた直後。
最初に昏倒させた杖を持った男の所持していた通信機が着信を示す信号を発する。
うん、こういう風に運やタイミングが悪くて敵を倒したは良いものの、起爆されるなり増援を送られるなりっていう流れは想定出来た。
ここは既に想定済み。
通信機に手を伸ばし、応答を示す。
『こちらアルファ、後部車両に異常は無いか?』
「こちらデルタ、今の所異常無し」
『少し出るのが遅かった気がするが、何かあったか?』
「生意気な態度のガキが居たから殴り付けてやったんだ、それで少し遅れた」
殴ったのは一人だけだけどな。一人は蹴ったし一人は窒息だし。
『そうか。見せしめで2、3人殺す位なら構わんが、やり過ぎるなよ。引き続き警戒に当たれ』
「了解」
相手側が通信を終えたのか、そこで信号は途絶えた。
「え……ライゼル様、その声どうしたんですか……?」
突然、目の前に居た敵と同じ声で喋り始めた事に驚き、目を白黒させるセレナ。
「俺様天才だからさぁ~。声真似とか余裕なんだよねぇ~」
ちっとばかし調整の手間が必要だから咄嗟に真似とかは出来ないんだけどな。
こういう繊細な調整が必要な術とかの精度は姉弟子様より俺の方が上だし。
姉弟子様が雑過ぎるってのもあるが。何だよあの火力お化け。
つーても、これはただの時間稼ぎにしかならねーんだよなぁ。
一回通信を行って、異常が無いと確認しているからしばらくは大丈夫だろうけど。
他の奴等が何時までも巡回に来ないとは限らないっつーか、普通来るだろうし。
そん時にこの状況を見られたらスリーアウトチェンジってこった。
「さて、どうせ他の車両にも襲撃犯が控えてるだろうし、こっからどうするかだな」
現在、俺の乗っている蒸気機関車は直線を走っている事もあり、相当な速度で走り続けている。
普通に飛び降りて逃げようとすれば、死が見える程の速度だ。
少なくとも身体が弱い女子供は、間違いなく飛び出したら死ぬ。屈強な男でもタダじゃすまないだろう。
「車両を切り離せば逃げられるんじゃない?」
先程まで話し込んでいた、女性の一団の内の一人が提案する。
客車は連結器で接続されており、それを切り離せば速度を保つ事は出来ず、わざわざブレーキを掛けずともいずれ停止するだろう。
敵とも距離を離す事が出来るし、普通はそれで解決しそうだが。
「あー、それ駄目。起爆トリガーになりかねない」
その提案を即座に却下する。
師匠に叩き込まれたせいで、俺にも魔石爆弾の知識は、ある程度ある。
その中のメジャーなトラップの一つとして、信号断絶で起爆する奴がある。
魔石爆弾の全てが、微弱な信号によって連動しているという代物だ。
信号が微弱であるが故に、爆弾同士の距離が離れると信号が届かなくなる。
そして信号が途切れると、一斉に爆弾が起爆するという仕掛けだ。
しかも、信号断絶で起爆するという特徴のせいで、爆破を封じる為に周囲から飛んでくる起爆信号を防ごうと障壁なり結界を発動すると、逆に起爆のトリガーを引いてしまうという悪趣味な代物。
爆弾の知識がある奴がこの場にどれだけ居るか分からないが、爆弾の場所も分からないのに無策で車両切り離しは悪手だ。
ついでに言えば、人質の問題もある。
「突っ込んでいっても、逆上した犯人が自爆覚悟で起爆すっかもしれねえしな。人質にも多数犠牲が出そうだし」
爆弾の位置が分かれば、対処するのも可能かもしれない。
しかし高速で走り続けている蒸気機関車の何処に爆弾が仕掛けられているかを探るのは難しい。不可能と言っても良いだろう。
俺であらば、本気を出せばやれない事も無いが――
「……馬鹿馬鹿しい」
何で俺がこんな走るガラクタと命運を共にしないといけないんだ。
更に言うなら、何で俺がこんな雑魚連中の命を助けるなんて事しなきゃならないんだ。
こんな連中、死んだ所で何一つ心は痛まない。
つー訳で、俺がする事はただ一つ。
「フィーナ、セレナ。出るぞ」
ぶらり途中下車の旅であった。




