44.蒸気機関車
イルミナル村が朝の日差しで濡れる。
人々は朝日と共に起床し、朝食を済ませ、馬車から降ろしていた荷物の移動を開始する。
そんな中、ライゼル達は少々遅めの起床となった。
この村を訪れている商人達は、商材である荷物を車両へと移し変える為に早起きする必要があるが、手荷物以外に特に何も持っていないライゼル達にその作業は必要無いからだ。
その分、睡眠時間に回したのだが。疲労し切っていたフィーナは泥のように眠ったまま、ライゼルとセレナが準備を済ませても起きる様子が無い。
ライゼルがベッドを蹴り飛ばす。床に転げ落ちるフィーナ。
朝食を済ませ、少しだけ早めにイルミナル駅へと向かう。
駅へと着くと、既にそこには長蛇――という程ではないが、それなりの列が出来上がっていた。
その全てが商人や旅人、そして護衛の傭兵という顔ぶれである。
「ソルスチル駅へ行きたい、3人分だ」
「ソルスチル駅までなら一人頭銀貨5枚、3人なら金貨1枚と銀貨5枚だよ」
「初めて乗るけど結構するなオイ。もうちょっと安くならないのか?」
「これでも結構破格なんだぞ? 馬車とは比べ物にならない速度と輸送量出して、それを一般で使えるように開放してるんだ、これでも安い位だ」
3人分の切符を買うべく、駅員に対し値切りできないか尋ねるライゼル。
しかしながら、駅員が説明した通りこれでもかなり安い値段なのである。
線路自体は一部の末端がファーレンハイト領内に伸びていたりもするが、蒸気機関車に関しては現状、ロンバルディア領だけの独占技術となっている。
外見を見ただけでは理解が及ばない事、ロンバルディア領以外の国が科学技術に対する理解が浅い事、そしてロンバルディア領が科学技術に関しては外部への漏洩を防ぐように行動している為だ。
その為、価格競争が発生する余地が無く、乗車価格もロンバルディアの言い値を払う他無いという現状。
嫌なら馬車を使う他無いが、運送する物資の重量が増えれば増える程、蒸気機関車に水を開けられてしまう。
さりとて少ない量ではそもそも儲けにならない。移動速度でも、搬送力でも勝負にならない。
ロンバルディア領での移動手段といえば蒸気機関車、という常識は旅や行商を行う者であらば常識の話である。
当然、ロンバルディア共和国はそんな事情を鑑みて足元を見てくる――かと思いきや、それ程でもない。
今回、ライゼル達が払った銀貨5枚という価格は、安い宿であらば2泊は出来る程度の金額である。
それなりに高い金額ではあるが、常識外れという程の額でもない。
乗客の手荷物の重量は値段に含まれており、行商が運ぶ積荷だけが別料金になる。
目的地までの移動時間を短く出来る事も考えれば、寧ろ安い位である。
お手頃価格であり、一般民衆でも手が届く値段となっている。
安い分には誰も文句を言わない為、何でこの値段に落ち着いているのかは不明ではあるが、恐らくこの蒸気機関車という移動手段はそれ自体を売りにするのではなく、この搬送力を生かして国の流通を活性化させるのが主目的になっているのだろうと予測出来る。
「値切り交渉なら共和国と直々にやってくれ。こちとらお国の定めた料金でやってるだけなんでな」
「わーったよ、ほら、これで良いか?」
「調度だな。これが3人分の切符だ、無くすなよ? 無くしたら倍額請求させて貰う事もあるからな」
人数分の切符を購入したライゼルは列へと戻り、購入した切符をフィーナとセレナへとそれぞれ手渡す。
ライゼルの感覚ではとっくにその音が聞こえていたが、地獄耳とでも言うべきライゼルの探知範囲を持たないフィーナ達、そして商人や旅人達にはやっとその音が耳へと届く。
規則正しい、それでいて非常に早い。
無機質な駆動音が小鳥の囀りに混ざって聞こえてくる。
聞いた事が無い、明らかに不自然な物音。
それを知らないフィーナは、音の正体を気にして周囲へキョロキョロと視線を流す。
まるで魔獣の咆哮かと考えてしまう程の、大気を揺るがす巨大な音が響く。
この音にはフィーナだけでなくセレナを含め、恐らく蒸気機関車の警笛音を聞いた事が無いと思われる人物が一斉に挙動不審になる。
火山の噴火を思わせる程の、大量の黒煙を吐きつつ。何両もの車両を牽引しながら。
ロンバルディア共和国が誇る最大の移動手段の一つ――蒸気機関車がイルミナル駅へとその姿を現した。
「……本当に鉄の塊が動いてる……どうなってんのこれ?」
「んー、魔力で動いてる気配も無いし……何なんですかね?」
フィーナはまるで分からず、魔法の知識を身に付けているセレナでも動いている仕組みを理解出来ず、目の前にある蒸気機関車に対し、不思議な物を見るような目線を向ける。
「おめー等乗り遅れるぞ、良い席は早い者勝ちだぞ。俺様は別に何処の席だろうが構わないけどよ」
「私、窓際の席が良いな。景色が一望出来るし」
「勝手にしろ」
手摺りに手を掛け、駅のホームから客車へと乗り込むライゼル達。
乗客はそれなりに乗っていたが、まだまばらな部類であり、比較的自由に席を選ぶ事が出来た。
向き合うタイプのボックス席へと腰掛け、フィーナとセレナが窓際、ライゼルがフィーナの隣の通路側へと腰掛ける。
積荷を積載した貨物車両の連結が終わったのか、少し席に押し付けられるような加速感を感じた後、車窓の景色が左から右へと流れて行く。
ライゼル達を乗せた蒸気機関車は、ライゼルの目的地であるソルスチル駅を目指し鉄路を駆け抜けていくのであった。
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「ご乗車ありがとうございます。この蒸気機関車はルドルフ線外回り、ソルスチル方面行きです。次はネイブル駅、ネイブル駅――」
次に止まる駅のアナウンスが流れていく。
蒸気機関車は道中いくつかの駅へと止まり、その都度乗客の乗り降りが発生する。
時々積荷を運ぶ行商の荷物の積み下ろしが挟まるので、その時は停車時間が少々延びるが、それを加味しても馬車よりは早い。
「おー……馬車なんかよりずっと早い……」
初めて乗る蒸気機関車、その初めて体感する速度に感嘆し、車窓に食い入るようにへばり付くフィーナ。
「こんなに早いなら、ライゼルとの旅の移動にはずっとこの蒸気機関車使いたいな、ここなら車内で寝てても快適そうだし」
「全く、若い奴はすぐに楽をしようとして身体を動かそうとしない。これだから近頃の若者は……」
「アンタ私と同い年でしょ」
老人が言うような台詞をほざくライゼルに対し、至極冷静にフィーナは返した。
「ライゼル様~♪」
甘ったるい声と共に、これが男を殺す笑顔だとでも言いたくなる満面の笑顔を浮かべるセレナ。
その手にはフォークが握られており、その先には鳥のから揚げが突き刺さっていた。
それをライゼルの口元へと持って行く。
「はい、あ~ん♪」
恋人同士がするような行動である。
セレナが差し出した食事に、無言無表情で食らい付き、淡々と咀嚼するライゼル。
嬉しそうに次の食事を差し出すセレナ。それを無言で食べるライゼル。
何度もそれを繰り返して行く。
「……ねえセレナ、その弁当は何処から出てきたの? さっきまで無かった気がするんだけど」
「さっきの駅で売ってたんですよ。駅弁っていう独自の弁当らしいですよ?」
ライゼルとセレナの間に展開される砂糖マシマシ空間にイラついた様子でフィーナが、セレナの手元に突如現れた弁当が何処から来たのかを尋ねるフィーナ。
フィーナの話では、積荷の積み下ろしの時間の間に一度セレナが客車から降りて、駅で売られていた物を買ってきたらしい。
「あげませんよ?」
「いらないわよ」
「いらないの!?!?」
イライラとしたフィーナがぶっきらぼうに断った所、その回答にまるで信じられない物を見たようなオーバーリアクションでライゼルが驚いた。
「食い意地張った田舎娘がそんな事言うなんて!」
「食い意地張ってんのはアンタでしょ! 何があ~ん♪ よ馬鹿じゃないの!?」
「あれれ~? フィーナちゃんってばもしかしてジェラシー? 悔しかったらお前もやってみろよホレホレ」
「食らえエェェ!!」
「ポグブェッ!?」
食事ではなく鉄拳をライゼルへとお見舞いし、客室を挟んだ隣のボックス席まで殴り飛ばされるライゼル。
「おまっ……隣の席に誰か居たらどうする気だったんだ……」
「誰も居なかったから思いっきり殴り飛ばしたに決まってるじゃない」
「そもそも殴るなよ!」
「はい、あーん♪」
そんな事を抜かしながら、笑顔を浮かべて握り拳をライゼルへと向けるフィーナ。
お前には鉄拳をご馳走してやるといった所か。
「何があーんだ色気ゼロの暴力猿が! セレナちゃんみたく魅力磨いてから出直してこい!」
「あんですって!? アンタこそ色男名乗るなら私より背が高くなってから出直しなさいよ!」
「背は関係無いだろうがよおおおおおぉぉぉぉぉ!!?」
自らの弱点を無慈悲に抉られた事で絶叫するライゼル。
「おい手前等! うるせえぞ!」
「あ、すいません……」
「許してやって下さい、コイツ礼儀を知らないんで……」
「何で自分は悪くないみたいな態度してんのよアンタは!」
口論の声量が大きくなったせいで、同乗していた他の乗客に怒られるライゼルとフィーナ。
フィーナは素直に謝ったのだが、ライゼルが火に油を注いで行く。
結果、収まり掛けた口論が再び発火するのであった。




