42.継承戦争の爪痕
エルンスト邸での騒動は終わり、太陽が水平線上から顔を現し、朝を迎える。
襲撃犯であるユーリカ、そして違法な麻薬密造を行っていたこの邸宅の主であるデズモンドは捕らえられ、この国の王であるグラウベの手で直接連行されていった。
警備の報酬に関してはギルドを介して支払われるので、この場で貰う必要は無い。
捕らえられた残党への対処は残りの傭兵達に任せ、ライゼル達はさっさと先へ進む事にした。
その際、給与分の仕事はしっかりしろと他の傭兵達から不満が出た為、ライゼルの提案でフィーナとセレナの今日一日の報酬を全て放棄、その報酬は他の傭兵達で分配しろという結果になった。
契約上、フィーナとセレナは昨日で契約終了。もう仕事は終わったという体である。
金さえ貰えれば良いと傭兵達が納得したので、そういう形で纏まったのだ。
セレナが去る際、ディラックが何やら言いたそうに口篭っていたのをライゼルが確認したが、自分には関係ないとスルーしていった。
エルンスト辺境伯邸――家長が国王の手で直々に捕らえられた現状、元が付きそうだが――そこからライゼルの目指すロンバルディア領はいよいよ目と鼻の先に近付きつつあった。
目的地はロンバルディア領の端にあるイルミナル村、そこに存在する駅である。
そこに到達すれば、ロンバルディア共和国が誇る大規模高速移動手段。鉄道を用いる事が出来る。
ロンバルディア共和国は他国に無い科学技術という、魔法ではない第二の力によって栄えた国であり、国土を縦横無尽に走り抜ける蒸気機関車は国を支える根底の力の一つである。
これのお陰で村と村の距離が狭まり、食料の自給が難しい、寒さの厳しい土地への人々の定住を可能にしたのだ。
水と燃料さえあれば馬車のように疲労で倒れてしまう事も無く、24時間走り続けても問題なく、魔法に一切頼る事無く動き続けるという驚異的な力だ。
この機械技術によって魔法の才が無い者でも巨大な力を使う事が出来るようになり、才のある魔法使いを軒並みファーレンハイトに取られても、ロンバルディアは栄える事が出来たのだ。
そんな移動手段を、今回ライゼル達は利用しようとしていた。
フィーナもセレナも、魔力を用いる事によってただの人間では不可能な力量を有しているが、沢山動けばその分疲れも溜まり、24時間休息も無しに走り続けるなどという真似はいくら魔法が使えても無理である。
眠りもせず、大陸の端から端まで移動するような事は生身の人間では流石に不可能だ。
故にロンバルディア共和国を目指し、また、ロンバルディア共和国内で動き回るであらば、この蒸気機関車という移動手段は避けては通れない存在であった。
「噂話では聞いた事はありますけど、蒸気機関車っていうのを実際に見るのは初めてですね」
「そもそも、蒸気機関車って何? 鉄が動くの? 何で?」
蒸気機関車に乗るというライゼルの発言を受け、存在だけは知っているセレナと存在すら知らないフィーナの疑問が噴出した。
「何で動くかは俺様も知らねーよ。気になるならロンバルディアの学者様にでも聞いてみろ」
「何か、水が蒸発してどうのこうので動くとか言ってたような気が……魔法学院にロンバルディア出身の人が居たけど、どうせならもう少し真面目に聞いてれば良かったな」
「でも、馬車より速く走れるなんて。しかもその速さでずっとでしょ? 本当にそんなのあるの?」
「あるんだよ。実際俺様も見てるしな」
イルミナル村へと向かう、開けた土地。
周囲の土地と比べ陥没しており、辺りには雑草すら見当たらない、枯れ果てた土地という印象を受ける。
地面には溶岩が冷えて固まったようなボロボロの小石が転がっており、精々それ位しか目ぼしい物は見当たらなかった。
「それにしてもここ、なーんにも無いですね」
「何か地面も辺りと違って、溶岩が冷えて固まったみたいな妙な石ころばっかり転がってるし……」
ライゼル達が進んでいるのは、本来のイルミナル村へと向かう正規ルートとは異なるルートである。
従来のイルミナル村へと向かう道は、クレーター状になったこの場所を迂回するように道が伸びており、馬車なんかはこの整備された道を通るようにしている。
しかし道が整備されてはいないが、草木が生い茂っていたり川や谷といった要害がある訳でもないので、人の足であらば難なくこのクレーター跡地を横断する事が出来る。
実際、徒歩で移動する旅人達にとってはそれなりに知られたルートであった。
曲がった道に従って進むより、このクレーター跡地を突っ切った方がイルミナル村には早く辿り着くのだ。
今回、ライゼル達はこのルートを選んで進んでいた。
「ここで何かあったのかな?」
こんな火山がある訳でもない、何も無い場所に出来た不思議な地形に首を傾げるフィーナ。
「知らねぇのかよ。ここ、聖王都継承戦争の戦地跡だぞ」
そんなフィーナの疑問に答えるライゼル。
聖王都継承戦争という、最近起きた戦争の中で最も大きな騒乱の名を上げる。
現聖王都国王であるグラウベを発端にして起きた、王位継承権を巡る争いである。
その争いは第一位の継承権を持っていた王家の長兄がゲリラ化という最悪の手段を取った事で泥沼化し、ファーレンハイトが疲弊していった。
そして民衆を苦しませる、ゲリラ化した元正規軍を一網打尽にした戦地。
それがこの地であるとライゼルは説明した。
「その戦争のせいでこんな風になったの?」
「戦争のせいっつーか……」
ライゼルは頭を掻く。
荒地となってしまった、その元凶をライゼルが述べる。
「……これ、勇者がやったんだよ」
「勇者? って、あの?」
「いくらお馬鹿ちゃんなフィーナちゃんでも勇者位は知ってんだろ?」
「勇者様位知ってるし、それに馬鹿じゃないわよ!」
「いや馬鹿だろ」
精霊教会から祝福を受け誕生する、人類全ての希望の象徴たる存在、勇者。
決して折れず、人々の不幸を打ち破り、涙を流す者や傷付いた者に手を差し伸べる。
弱きを助け、悪を討つ。
正義の擬人化とでも言うべき存在。それこそが勇者であった。
「聖王都継承戦争のせいでファーレンハイト領内がきな臭くなってる状況で、ゲリラ化した元聖王都の軍を一網打尽にして、継承戦争を終わらせる決定打の一撃を勇者が叩き込んだ、って言えば聞こえは良いけど、そのせいでペンペン草すら生えない不毛の地になっちまった場所――ここがその場所だよ」
この地に存在していた、勇者と敵対した勢力は全て灰燼と化した。
血も肉も骨も、その全てが炭となり灰となり、脆く崩れ去り風に乗って散っていった。
後に残ったのは、溶解し冷え固まった地面だけである。
「滅茶苦茶な高温に晒されたせいで地面が溶けるわクレーターが出来るでこのザマだよ。俺様じゃ無かったら死んでたぞ」
「……? ライゼル様、その時近くに居たんですか?」
「ん? まあそうだな」
まるで間近に居たかのような口振りに疑問を浮かべたセレナの問いに、ライゼルは肯定した。
「つーか、喋って足止めてる場合じゃねえぞ。今日中にイルミナル村に着く予定だから、走るの再開すっぞ」
「えー……もう少し位休ませてよ……」
「体力馬鹿なんだから文句言わないで足を動かせ。体力馬鹿から取り得の体力取ったらただの馬鹿になるぞ。あ! 元から馬鹿か! アッハハハハハ!」
「だから馬鹿じゃないって言ってんでしょ!?」
「わー☆ フィーナが怒ったー! 逃げろ~☆」
逃げるライゼルを追い、再び走り始めるフィーナ。
結局ライゼルの口車に上手く乗せられ、ライゼルの思惑通り走らされるフィーナであった。
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