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41.貴族の闇、"魔王"の怒

「そ、れは……」

「ち、父上……? 一体何ですか、この地下は……? それに、あの植物は一体……?」


 グラウベの手によって暴かれた、辺境伯邸宅の地下という闇。

 地下室の存在は、どうやら息子であるディラックにすら伝えられていなかったようだ。


「……俺の問いに答えろ。デズモンド」


 グラウベの口調が変わる。

 上から高圧的な口調で話す態度は変わっていないが、その声色だけが酷く冷たいモノになってた。

 他の者が誰一人として状況が飲み込めず、困惑し身動きが取れない状況の中。

 ライゼルだけがまるで野次馬見物根性のノリでグラウベが開けた地下の穴を覗き込んだ。

 そこに生い茂っていた植物。

 特に知識の無い人物が見たのであらば、そこいらに生えている雑草の一種だとしか思わないだろう。

 屋内で雑草なんか育てて奇特な趣味の持ち主だな、と。

 しかし、ライゼルは違った。

 まるで太陽の光を掌に集める為に大きく指を開いたような、特徴的な複葉。

 彼の知る知識が、その植物が何なのかを指し示していた。


「既におおよその調べは付いている。貴様が――」

「――あれ、大麻だ」


 グラウベの発言を遮る形で呟いた、ライゼルの言葉を耳聡く聞き取ったグラウベは、その意識をライゼルへと向ける。


「大麻、って?」


 大麻(それ)を知らない人物の一人であるフィーナが、純粋な疑問をライゼルに投げ掛けた。


「依存性の高い薬物の一つだ。昔、父親の図鑑で見た事がある。鎮痛作用があるから手術の麻酔としても使うんだが、そういう真っ当な使い方より違法ドラッグとしての面の方が有名だろうな」


 薬師である父親がいた為、ライゼルはその植物の正体にすぐに気付けたのだ。


「ちょっと待ってライゼル様? 何でそんな代物がこの地下に――あっ」


 そこまで口にしたタイミングで、セレナは何かに気付いたように、その口を閉ざした。

 良くも悪くも馬鹿正直で純粋無垢なフィーナとは違い、金稼ぎの為にギルドでの活動中、セレナは清濁併せ呑むような状況に直面する事はあった。

 世の中が綺麗事だけで回らない事も理解している。

 清廉潔白な貴族ばかりではない――寧ろこの世の貴族は須らく薄汚いと言い切ってしまっても良いかもしれない。

 違法薬物の密造。

 これが、エルンスト辺境伯という貴族の抱える闇なのだと、気付いたのだ。


「――大麻の栽培は、我が国では当の昔に全面的に禁止したはずだ。さて、何故貴様の屋敷の地下にコレがある?」


 質疑応答と言うより、明確な答えは既に握っているが事情だけは聞いてやろうという糾弾に近い口調でグラウベはデズモンドを追い立てる。

 対するデズモンドは――開き直った。


「この男を捕らえろ! コイツは国王陛下の名を騙る不届き者だ! 陛下はラドキアアリーナに視察に行っている最中のはずだ! このような場所に、陛下がおられる訳が無い!」

「父上!? 一体何を!?」


 暴挙、狼藉に走るデズモンド。

 そんな父親の乱心が理解出来ず、目を白黒させるディラック。

 傭兵達も半数程度はどうすれば良いのか理解出来ず、うろたえるだけであったが、残りの半数の傭兵は雇用主であるデズモンドの命に従い、グラウベへと剣を向ける。


「……ほう。それが貴様の答えか?」

「黙れ! 政治の何たるかをロクに知らん若造が! 好きで貴様に付き従ってる貴族なぞ、この国に一人も居らんわ!」


 デズモンドのこの発言は、前半はともかく、後半に関しては真実であった。

 彼の治世は民衆にとって非常に好評であり、彼が玉座を得てからは民衆の平均賃金も上昇し、景気も上向きになり、それまでの暗黒時代を終わらせた救世主だと言われる程に称えられている。

 しかし一方、権力者である貴族達には軒並み嫌われている。

 民衆が富んだその皺寄せが全て貴族達に向いているからだ。

 財産を接収され、領土内の魔物の討伐・警備等で出費が嵩み、かつての栄華は何処へとばかりに落ちぶれていった。

 名家と呼ばれるような大貴族こそ生き残っているものの、中小貴族は財力を保つ事が出来ず、一気に没落への道を進んだ。

 当然、こんな事をすれば権力者達の反感を買って当然である。

 しかし、彼等が表立って武力でこの王を排除しようとはしない。

 否、出来ない。


 かつては、精霊教会の祝福を受け、人類の怨敵たる魔族を討つ光の使者、第98代勇者『勇者王』として。

 そして今、魔族からその"最強"という称号である位を奪い取り、第66代魔王『夢想の開拓者』として。

 家長、つまり前国王と継承権を持つ兄達の首を一人残らず斬り落とし、玉座を簒奪し、第107代ファーレンハイト国王として君臨する男。


 天が二物も三物も与えた、この世界で最強の人物とは一体誰かと問われれば、真っ先に槍玉に挙げられる者の一人。

 それこそが今代のファーレンハイト国王、グラウベ・トレイス・ハインリッヒ・ファーレンハイトなのだ。


 謀略にも長け、権威失墜の工作は不発に終わり、毒薬による暗殺すら擦り抜ける。

 物理的な暗殺という武力に至っては、天に唾するも同然。

 魔王城へと乗り込み、魔王を単身で倒し、連行してくるという過去を持った男を、どうすれば殺せると言うのか。

 人質を取ろうにもこの王の親兄弟は自らの手で抹殺されており、数少ない友人と呼べる連中は王と似たり寄ったりの人外揃いでこれも不可能。

 歯向かう貴族が現れれば、その手にした権力と財力と民衆からの名声で磨り潰し、それでも駄目であらば武力という手段で強引に従わせる。

 既に何人もの貴族が投獄・処刑されており、従わねば殺すという意思を押し通している。

 名君にして暗君、権力者のみを対象にした恐怖政治を強いているのだ。

 これで貴族達が心から忠誠を誓うと考えている者がいるならば、それはただの馬鹿である。


「下にいる、随分とやつれた者達も一体どういう者なのか、納得のいく説明をして貰おうか?」

「何をしている貴様等! あの男をさっさと始末しろ!!」


 目を見開き、唾を飛ばしながらまくしたてるデズモンド。

 今ここで、あの男を亡き者にせねば、自分の将来は無い。

 そう感じ取ったデズモンドは、必死であった。

 必死過ぎて、肝心な事を忘れている事にも気付けない。


「――歯向かうのなら、仕方ないな」


 流れるような、自然な動作で剣を両手で構えるグラウベ。


「デズモンド。俺はあの時公言したはずだ。『逆らったら命は無いと思え』と」


 その肝心な事。

 この王は決して殺せない、という純然たる事実。

 そんな事が出来る人物が居るのなら、さっさとそいつに殺させれば良いだけの話なのだ。


 剣に、強い魔力が宿る。

 強い魔力の正体は、強い感情そのものである。

 焼け付くように熱く、ドロドロとまとわり付くような不快な魔力。

 ある程度魔法に長けた人物であらば、この男が魔法を用いる際に使用している感情源は「怒り」だという事に気付くだろう。

 戦うという行為ととても相性の良い感情の一つであり、怒りという感情を攻撃魔法に使用するのは魔法使い達にとっても一般的である。


 だが、これがかつての勇者の放つ魔力なのか。

 人類の希望を背負い、人々の希望の象徴たる勇者であり、そして今も尚、民衆達から称えられる王の放つ感情なのか。

 そんな男が、こんな他者の心を蝕み焼き尽くすような、ドス黒い怒りの感情を魔力として用いている。

 故に、魔法に長けた者が今のこの光景を見れば、口を揃えてこう言うだろう。


 ――勇者なんかより、魔王の方が余程お似合いだと。


覇王(はおう)――」


 魔力を用いた剣技、魔法剣の簡略詠唱。

 グラウベの剣が強く、白く輝く。

 その輝きはまるで地上に太陽が顕現したかのようで、直視し続ければ目が潰れてしまう程に眩い。


天翔剣(てんしょうけん)!」


 その輝きを、振り放つ。

 デズモンドの姿が、白に染まり、掻き消される。

 輝きは真っ直ぐに伸び、薙ぐように振り抜いた直線状に存在する柱を、壁を、天井を。

 全てを食らい破砕し焼き尽くす、光と熱の暴風となって吹き荒れる!

 夜の闇も、雲も、音も、全てが削り取られていく。

 その剣の閃きの前に、全ての物質は姿を保つ事は許されず。

 一切の例外無く、崩壊し塵となって消し飛ばされるのであった。



 糸が切れたかのように、意識を失いその場に崩れ落ちるデズモンド。

 直撃は、していない。

 グラウベは、デズモンドの頭上を掠めるような軌道でこの魔法剣を放ったのだ。

 その気になれば、グラウベはこの初撃で眼前の敵を一掃する事も出来たし、デズモンドを殺す事も出来た。

 だが、あえてやらなかった。

 デズモンドの周囲を固めている警備の傭兵達が邪魔だったし、傭兵達はあくまでもデズモンドに雇われているだけであり、自らの意思でグラウベに刃を向けている訳では無い。

 故に、初撃を警告として放ったのだ。


「これでもまだ、お前達は俺と()り合う気か?」


 自らに対し剣を向けた、傭兵達に向けて射殺すような視線を向けるグラウベ。

 その目には、尚も歯向かうのであらば今度こそ殺すという明確な殺意が宿っていた。

 傭兵達は、無言で手にしていた武器を投げ捨てる。

 これ程間近で見せ付けられれば、ぐうの音も出ない。

 自分達は、こんな化け物の権化とも言える王の掌の上で生かされているだけに過ぎないのだと。

 そして今、目の前に立っている男こそが。見紛う事無き正真正銘の国の頂点にして主、最強の国王陛下なのだと。

 否応無しに自覚させられてしまったのだ。



 月明かりは無く、空には雲一つ無くなってしまい、満天の星空が広がる。

 玄関ホールの天井があったはずであり室内だった(・・・)上空の光景を仰ぎ見ながら、ライゼルは短く口笛を吹いた。


「お家の取り潰し(物理)ってかぁ~? デズモンド家も今日でおしまいっぽいなぁ~、俺様にはなーんにも関係無ぇけどな」


 ライゼルのみが普段通りの口調で喋ってはいるが、他の全ての人物が絶句していた。

 ある者は驚愕で、ある者は恐怖で。

 金縛りにあったかのように身動き一つしない者もいれば、その場にへたり込む者もいた。


「これが……"魔王"グラウベ……魔族から魔王の位を奪い取った、人類初の魔王の力……!」


 静まり返った空間で、ライゼルの次に口を開いたのはユーリカであった。

 顔色は悪く、拘束された状態でも辛うじて動くその尻尾はビクビクと内心を表すかのように小さく震えていた。


「こんな程度で良いなら俺様でも余裕だけどな」


 思わず心情を吐露した、ユーリカの独り言に対し、何でもない事かのようにアッサリと付け加えるライゼル。


「それと、折角再会したから改めて聞くけどさぁ。魔王様は何時になったら俺様の約束果たしてくれるんだ?」


 ジロリと、半目でグラウベを睨むライゼル。

 余りにも恐れ多い態度と口調でグラウベにライゼルが話しかけた事で、フィーナとセレナに驚愕を通り越した戦慄が走った。


「忘れた訳ではないが、問題が山積みなのでな。目下の最大の懸念はこの砂狼(さろう)(きば)だ。貴様がこの組織を潰してくれれば今すぐにでも貴様の約束とやらを叶えてやっても良いのだがな」

「オイオイオイ。魔王様がそれなりに本気出して潰しに掛かったのに逃げ遂せてる奴等をぶっ潰すとか流石の俺様も今は(・・)無理だぜぇ?」


 しかしながら、そんな傲慢不遜な態度に対し特に言及する事も無く。

 知人と話す程度の雰囲気でライゼルとグラウベの会話は進んでいった。


「なら、用件が一段落付くまで今しばし待っていろ。今回は幸運にも、奴等の尻尾が掴めた事だし、そう遠い日でもあるまい」


 グラウベは、自らの所有していた縄を取り出し、デズモンドを縛り上げる。

 その後、瓦礫を蹴り退けつつ、縛り上げられ床へと転がっていたユーリカへと歩み寄る。


「……あたしは何も話さないし、どんな拷問を喰らおうが絶対に仲間は売らない」

「貴様が生きてようと死のうと、それに合わせて相応の対応をするだけだ。自殺したければ勝手にしろ、それ位の自由は与えてやる」


 折角入手した犯罪組織の糸口であるユーリカに対し、どうでもいいような態度で接するグラウベ。

 既に無力化されているユーリカを担ぎ上げ、そこに付け加えるように言う。


「それから、拷問は特にする必要が無いから安心しろ。貴様の口がどれだけ堅かろうが、アッサリ叩き割る化け物が身近に居るからな」

「……何が化け物だ。お前が一番の化け物だろうが……!」


 ユーリカの罵声に答える意味を感じなかったのか、それ以降はグラウベは無言を貫く。

 ユーリカ同様にデズモンドを回収し、二人分の体重を抱えているにも関わらず、軽々と歩みだす。

 グラウベの足元に魔力が集まり、踏み出すと同時に爆風が吹き荒れる。

 発射されるかのような勢いで宙へと跳び出したグラウベは、瞬く間に夜空へと消えて行った。


 グラウベが去った後に残ったのは、無力感と脱力感に支配された人々のみであった。

元勇者にして現魔王、その正体は国王陛下。

知力と武力と権力と財力が合わさり最強に見える。

もうお前が主人公やれよ。

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