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40.突然の来訪者

 エルンスト辺境伯邸宅を襲撃した無法者、砂狼(さろう)(きば)の幹部にして最大戦力の一人、ユーリカ。

 ユーリカとの戦いはフィーナとセレナが敗れたものの、ライゼルの乱入により戦況が一変し、ユーリカはライゼルの前に敗れた。

 その後、フィーナとセレナは邸宅周辺の残党を既存の傭兵達と共に掃討し、襲撃事件はその幕を降ろしつつあった。


 騒動は治まり、襲撃者は全員が拿捕された。

 襲撃者は一人残らず縄で縛り上げられ、ユーリカに関しては縄ではなく鉄のワイヤーで縛り上げられ、更に魔法の使用を防ぐ効果のある首輪まで取り付けられ、念入りに拘束された。

 屋敷自体には多少の被害があったものの、人的被害は皆無であり、与えられた仕事を完璧にこなしたと言っても過言ではない。


「素晴らしい! 流石のお手並みですなぁ! これで私も枕を高くして眠れます!」


 ユーリカとの戦いの爪痕が残る、開けた玄関ホールに襲撃犯が集められた。

 その襲撃犯を見下ろしながら、この邸宅の主であるデズモンド・エルンストが鷹揚(おうよう)に笑う。


「やっぱりライゼル様、強くて格好良いです!」

「んまぁ~ねぇ~ん。でっひゃっひゃっひゃ!」


 セレナのおべっかに対し、三下同然の安い馬鹿笑いを上げるライゼル。


「何だかんだ言って、ライゼルって悪党退治手伝ってくれるよね」

「あ゛?」


 しかしフィーナに対しては、唇を尖らせ目を鋭くし、威嚇同然の対応をしてくるライゼル。

 フィーナが一体何をしたと言うのだろうか。


「でもライゼル様、雇用の契約結んでませんよね? これだとタダ働きですよ?」


 セレナがライゼルにそう告げるが、実際その通りである。

 勝手に横からやってきて、仕事を片付けてさあ賃金を寄越せ、なんていうのは道理が通らない。

 ちゃんと書面に残して、そうでなくともせめて口約束位はしなければ駄目であろう。

 これで労働の対価を寄越せというのはただの横暴である。


「そんなのどうでも良いさ。俺様、セレナちゃんが傷付く所は見たく無いんだよね……」


 憂いを帯びた表情で、わざとらしい前髪をかき上げる動作をしてみせるライゼル。

 黙っていればイケメンのライゼルのその動作は、セレナを赤面させ、瞳にハートマークを浮かべさせるのに充分な破壊力を有していた。


「私は傷付いたんだけど。柱にも叩き付けられたし」

「ツバでも付けとけ」

「セレナと私とで対応違い過ぎない!?」

「麗しのレディとゴリラのメスに対してどうして同じ対応がされると思ったんだ?」


 鈍い殴打音と共にライゼルが宙に舞った。


「うぐぐ……そもそも、お尋ね者になるような奴なら懸賞金位掛かってるだろ? 労働の対価じゃなくてそっちの方を貰えば良い話じゃねえか……」


 顔面を押さえ、痛みに耐える呻き声と共にそう答えるライゼル、

 ライゼルのこの指摘は正しく、このユーリカという女性には多額の懸賞金が掛けられていた。

 ギルド、もしくは懸賞金の出資元である聖王都に突き出せば、十年は不自由せず暮らせる程の大金である。


「つー訳だ。このユーリカとかいう奴の身柄は俺様が頂いていくが、構わねえよな?」

「ええ、それは勿論。そもそも、貴方様でなければ取り押さえる事は出来なかったでしょうから、こちらとしては是非ともといった所です」


 お抱えの私兵が紙切れ同然に切り殺され、その実力を身に染みる程味わったデズモンドは、ライゼルの提案を快く受け入れた。


「セレナさん! ご無事ですか!?」


 デズモンドの子息であり、セレナと同校出身のディラックが思い人であるセレナの身を案じるように駆け寄る。

 彼自身はセレナと同じ学び舎出身だけあり、魔法を扱う事に長け、戦闘能力もある為、警備に当たっていた傭兵達と共に戦う事も出来なくは無いのだが。

 一番の標的であろうデズモンドの実の息子というのは人質として格好の的であり、寧ろ守る対象としての面が強かった為、残念ながら今回の騒動では不参加となったのだ。

 ディラック個人の意見としては、思い人であるセレナを守る為に戦いたいという気持ちが強かったようだが、セレナにキッパリと邪魔だと言われてしまい、泣く泣くデズモンドと共に避難していたのだ。


「結構危なかったけど、ライゼル様にまた助けて貰っちゃいました……///」


 うっとりとした、なまめかしい目付きでライゼルを見詰めるセレナ。

 ディラックの問いに答えるには答えたが、完全に上の空であった。


「くっ……! 指名手配犯すらこうも容易く捕らえるとは……! だが、僕だって何時か――」


 ディラックの言葉を遮るようなタイミングで、不意に玄関口の扉が大きく打ち鳴らされる。

 その音を聞き、戦いを生き残った傭兵達が各々の武器に手を掛ける。

 戦いは終結したという空気が漂い始めているが、それでも本当に終わったとは誰にも断言出来ないからだ。

 もしかしたら、第二波があるかもしれない。

 そう考えて行動するような、慎重な傭兵しかこの場には存在していない。

 習熟した歴戦の戦士というのは、須らく慎重なのだ。


「入って構わんぞ」


 家主であるデズモンドの声を受け、扉をノックした人物が室内へと足を踏み入れた。

 旅人の必需品であるマントとフードで身を包んでおり、何者かは分からない。

 しかし扉の大きさから推定して、かなりの長身である。これ程背丈の大きい女性というのは皆無と言って問題無い事を考えれば、恐らく男性だろう。

 その男は室内に入るとフードを取り、その素顔を衆目に晒す。


 燃えるような赤毛をオールバックで撫で付けた髪型。

 地獄の業火を思わせるような赫赫(かくかく)たる光を宿した、切れ長の双眸(そうぼう)

 肌は色白で、目鼻立ちがはっきりとしており、美形の遺伝子が作り出すまるでギリシャ彫刻の如き美しさがある。

 ライゼルとは違う、切れ味のある美貌をその男は持っていた。


「――久しいな、デズモンド・エルンスト。何やら騒動が起きていたようだが、一体何があったのか説明して貰おうか?」

「――ッ!?」


 床に転がった石片や、倒壊した柱に視線を走らせながら、その男はこの惨状に特に驚く様子も見せず、事務的にデズモンドに対し回答を求める。

 そんな彼を見たデズモンドは、息を呑む。

 本来、貴族であるデズモンドに対し無礼な言動を働けば不敬罪で討ち取られても文句は言えない。

 しかし、デズモンドは周囲の傭兵達にそれを命ずる事はしなかった。

 否、出来る訳が無い。


 何故なら、デズモンドは所詮貴族(・・・・)だからだ。


「これはこれはグラウベ国王陛下……ご来訪の予定は聞いておりませんでしたが?」


 驚きはしたが、即座に取り繕うデズモンド。

 しかしながら、襲撃犯であるユーリカはデズモンドのように取り繕う事は出来なかったようであり。


「何で"魔王"がここに――!?」


 目を見開くユーリカ。

 ユーリカは、国王陛下――"魔王"が遠方へ視察に行っている事を知っていた。

 だから、この国の王はここには居ないはずなのだ。なのに、何故かここに居る。

 情報が間違っていたのかともユーリカは考えたが、情報源は同じ砂狼(さろう)(きば)の同志であり、同胞が裏切ったとは考えられない。情報は確かなはずであった。


 答えの出ない謎の状況にユーリカは困惑したが、そんな彼女の様子など一切気にせず、デズモンドと聖王都ファーレンハイトの王――グラウベ・トレイス・ハインリッヒ・ファーレンハイトは対話を続けた。


「急用があってな。だが世の用件は一旦置いておこう、一体何があった?」

「実は、私の財産を狙う賊の襲撃がありまして。丁度今、撃退出来た所なのですよ」

「そうか。正当防衛という訳か」


 グラウベに対し、今回起きた騒動に関して一切隠し立てする事無く、ありのままの事実をデズモンドは告げた。

 チラリとユーリカへ視線を向けるグラウベ。


「ええ、その通りです」

「では、要件のついでだ。この賊の身柄は私が預かるが、構わないな?」

「それは勿論! 貴族である私に無法を働こうとしたのですから、厳罰に処してくれると助かります!」


 グラウベはユーリカへと歩み寄りながら、腰に括り付けた剣の柄へと手を添える。


「――ユーリカ・アインス、だな。砂狼(さろう)(きば)の幹部とこんな場所で会うとはな」

「……殺せ」


 そう一言だけ短く吐き捨て、ユーリカは押し黙った。

 ライゼルは目を見開く!


「くっ殺をクソ真面目に言ってる奴初めて見た!!」

「くっころ……?」


 張り詰めた空気が完全に崩壊する発言をするライゼル。

 ライゼルが一体何を言っているのか理解出来ていないフィーナは、小首を傾げる。

 しかし、この戯言に耳を貸した人物はフィーナ以外には誰も居らず。

 それ以外の人物は、突如現れたこの国の最高権力者にして最強の"魔王"という存在にその耳目を奪われていた。


「死罪にしても構わん程の罪状はあるが、貴様の命をどうするかは世が決める事だ」


 グラウベの回答に対し、ユーリカは何も答えない。

 ライゼルという不確定要素に敗北し、それに加えてファーレンハイト領最強の象徴である"魔王"までこの場に現れてしまった。

 捕縛され身動きも取れず、逃亡を成し得るという奇跡も潰えた。

 この二人の目がある状況では、例え天地が引っ繰り返っても逃げ遂せる事は不可能だと、完全に諦めたのだ。


「では、この者達は後程ロンドキア辺りに命じて監獄に送る事にしよう」


 グラウベはエルンスト辺境伯邸宅の襲撃犯という、彼の視点では想定外の事態への結論を述べ、この件に関しての話題を終了させた。


「――さて。世がここに来た理由だが……」


 グラウベは、自らの所持していた腰に携えた剣を鞘に納めたままの状態で手に取る。

 今回、国王陛下という民草にとっては雲上人である権力者が、わざわざ足労を掛けて、言い方は悪いがこんな辺境にまでやってきた要件へと取り掛かる。

 グラウベは広間の床を、鞘に収められたままの剣でコツコツと叩く。

 一箇所、二箇所、三箇所。

 場所を変えつつ、同じ動作で床を叩き続けている。


「あの、陛下? 一体何をしておられるのですか?」


 奇妙な動作を繰り返しているグラウベに対し、デズモンドは疑問を口にする。

 しかし、グラウベはその問いに答える事は無く、完全に無視していた。

 ある一点で、グラウベは鞘から剣を抜き放つ。


「――グラウンドストライク!」


 その剣は真っ直ぐに床へと突き立てられ、この場に居た人々全員に、床越しに鋭い衝撃が走る!

 グラウベは簡略詠唱を済ませ、魔力を宿した剣を介し、破壊エネルギーをピンポイントに絞り込んだ上級魔法によって足元の床を打ち砕いた!

 その下にはポッカリと開いた地下空間が広がっており、そこには、人の背丈以上もある植物が大量に生い茂っていた。

 光を求め、まるで掌を目一杯広げたかのような、青々とした葉。

 その植物を手入れしていたのだろう。この貴族の館には余りにも似つかわしくない、みすぼらしい格好をした複数人の女性の姿が確認出来た。

 女性達は突然天井に開いた大穴を見て、怯えるように地面へとへたり込んだ。


「――この植物は何だ? 貴様に園芸の趣味があったとは驚きだ。随分大切に育てているようだが、この俺に教えてはくれないか?」


 グラウベの一人称が崩れる。


「中庭があるにも関わらず、わざわざ地下で魔術灯の明かりだけで育てている理由も、是非聞きたいものだな」


 グラウベの表情が、内から湧き上がる、本人でも抑え切れぬ程の憤怒の感情で歪んでいく。

 ただでさえ人を寄せ付けぬ鋭さと威圧感を放つ眼光には怒りの色が強く浮かび上がり、今にも喉元に喰らい付きそうな程の殺気と共に、デズモンドを射抜くのであった。

"魔王"襲来

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