39.生きる天災
ファーレンハイトの貴族の館を強襲し、聖王都に納める予定の税を略奪する。邪魔する奴等は全て切り伏せる。
それが、あたし達がここに来た理由だ。
その際に想定される不安要素は全て確認済み、排除済みだ。
そもそもあたしが負ける可能性のある人物自体が、両手の指で足りる程度しか居ない。
その数少ない難敵と呼べる人物をこの場から引き剥がせば、負ける要素は無い。
聖王都の"魔王"と"将軍"は闘技場都市へと視察に向かっている。レオパルドの"本家魔王"も同様だ。
ロンバルディアの"所長"はそもそもロンバルディアから滅多な事では動かないので考慮に入れる必要は無い。同様に、レオパルドの"四天王"も国土防衛の為にレオパルドから離れる事はほとんど無い。
動きの予測が付かない"勇者"が一番の懸念事項だったが、その存在がロンバルディアで確認出来たという情報が入った事で、決行すると判断を下した。
聖王都の"魔術師"が唯一、近くに居るのが気になったが……他の奴等ならともかく、あたしならば相性もあって"魔術師"とサシでならば勝機はある。
最悪、勝てなくとも目的さえ達したなら退却しても良い訳だしな。
あたしが負ける可能性がある要素はほぼほぼ排除出来た。これ以上は望めないだろう。
後は、行くだけだ。多少の想定外ならば、あたしなら切り抜けられる。それだけの腕を、磨いてきたんだ。
否応無しに、生きる為に。そうしなければ、生き延びられなかったから。
「ギャッハハハハハ! 良いね良いねェ大した速さだ! 俺様の速さに付いて来れる奴なんて姉弟子様以来だぜェェ!!」
――まだ、全力を出している訳じゃない。
以前、仲間に指摘されたが、私の速さは大きな武器だが、その速度を出せる時間が短い。
単純にスタミナの問題だが、それは改善に至っていないし、する必要を感じる戦いを今までした事が無かった。
相手を揺さぶり、一瞬だけ全力を出し、反応出来ない相手の首を掻き切る。それで全て片が付いていた。
しかし目の前の男は、その速さに追い付き、応戦してくる。
体重を乗せた袈裟懸け一閃が片手で防がれ、糸状の鉄線らしき代物でこちらを絡め取ろうとしてくる。
回避するのは気を抜いたりしなければ問題無いが、攻撃範囲が広く、避けようとするとどうしても大きい回避行動を余儀なくされる。
大きく動く分、それだけ体力を消耗させられる。
全力こそ出していないが、それでもあたしの出せる限界の8割程度の速さは出している。
だというのに、目の前の男は行動を予測しているのではなく、明らかに目で追って、こちらの動きを見てから対処してくる。
想定外だ、と済ませるには余りにも手強い。
これ程の強敵だというのに、世間に名前が出ていない? そんな馬鹿な。
情報が次々に世界中に伝播する世の中で、これ程の実力者の名が何も聞こえてないというのはおかしい。聞いた事位はあるはずだ。
黒衣の、男――そんな噂話を、何処かで――
「チッ……面倒だな。屋敷事ぶっ潰して良いか?」
「やっちゃいましょうよライゼル様」
「ファッ!? だ、駄目に決まってんでしょう!? こ、こんな高そうなモノが沢山ある場所で暴れないでよ!? 絶対よ!?」
ライゼル……ライゼル?
何処かで聞いたぞ、そんな名前……何処だったか?
駄目だ、思い出せない。
それに、相手が強かろうが私はまだ目的を達成していない。
奪うべき代物も奪えずに逃げ帰っては、今まで準備してきたのが一体何だったんだという話になる。
厄介な相手がこれ程まで完璧に周囲から居なくなっている状況なんて、また来る機会は望めない。
退けないなら、誰であろうと突破するしかない。
多少の怪我も、覚悟の上。
元々長期戦は苦手なんだ、もう出し惜しみはしない。一瞬で片を付ける!
何やらゴチャゴチャと周りの女と話し合ってるみたいだが、そのせいで所々に隙が見える。
もしかしたらわざとやっているのかもしれないが、これ以上私に手は残されていない。
だったら、罠だろうが飛び込んでやる。例え罠だろうが、食い破れば私の勝利だ!
―――――――――――――――――――――――
「しっかし、砂狼の牙ねえ……なーんか最近チラチラ名前聞くけど、それなりに強い奴も居る辺り、ただのチンピラ集団じゃねえんだな」
「アンタがチンピラとか言う訳」
ライゼルの発言を身も蓋も無い言葉で叩き潰すフィーナ。
「この間使ってたアトモなんとかって魔法で何とかならないの!?」
「あー、アレね。流石に敵が早過ぎてピンポイントで当てるのはキツいなぁ。見えない地雷って意味なら使えるけど、踏んでくれるかは運任せだしなぁ~」
ライゼルの用いる魔法の一つである大気の支配者は、無から有を作り出している訳ではない。
周囲にある空気成分を意図的に偏らせるだけの魔法なのだ。
その偏らせた空気成分を風船のように周囲に漂わせたり、突風として吹き荒れさせてみたり等、非常に応用性が高いが準備は必要である。
一酸化炭素は大気中に確かに存在しているが、その量は余りにも少ない。
気絶させられるだけの量を大気中から集めようとすると、ライゼルを中心に天変地異を思わせる台風が発生する事になる。
そんなモノをこの屋敷内で発生させれば屋敷がタダで済む訳も無く、そもそも外でやっても間近でやったらやっぱり建物は倒壊してしまうだろう。
故にライゼルは有用な空気成分は日頃から少しずつ集めて自分の周囲に保持し、量が必要なら自分で作り出したりしているのだ。
この魔法で目の前のユーリカを倒す事が出来るか、という問いであらば可能であろう。
早い敵にはそもそも攻撃を当てるという考えではなく、面で押し潰してしまえば良いのだ。
しかしそれは、この周囲一帯を窒息する空気成分で制圧するという事だ。
ユーリカは倒せるが、それ以外の無関係の人も根こそぎ倒してしまう。
テロ同然の無差別攻撃になってしまう為、流石にそれはライゼルとて躊躇われるのだろう。
「つーか俺様としては久々の――」
ユーリカの姿が、消える。
実際に消えた訳ではない。単に視界から外れただけだ。
それに気付き、ライゼルが視線を走らせる。
壁面、天井、柱。生物のモノとは思えぬ速度で動き回り、フェイントを織り交ぜ、瞬く間にライゼルへと肉薄。
閃く刃。その軌跡が真っ直ぐにライゼルの首元へ伸びる。
しかし、ライゼルはその突き出された刃の側面に右手に構えた短剣を沿え、その軌道をズラす。
だが、それは予定通りとばかりに攻撃の軌道を変え、その凶刃をすぐ側に居たフィーナへと変える。
フィーナは気付けない。気付いて反応出来る速度をとうに越えている。
狙いが自分ではなくフィーナだと気付いたライゼルは、咄嗟に力任せにユーリカの剣を押し出し、弾く。
身体を捻り、ユーリカは自分の持てる最大の速度――神速の一閃を放つ!
ライゼルを狙い、それがフェイントで本命はフィーナだと思わせ、その実、ユーリカは最初からライゼルしか狙っていなかったのだ。
ライゼルはフィーナをかばう為、無理に剣を弾き上げたせいで、自身の胸元ががら空きになっており、この一撃を防ぐ手が無い。
攻撃の軌道上に短剣を構え、受け止める体勢を取る前にユーリカの剣がライゼルの肩口から胴までを引き裂くだろう。
ライゼルは、弾き上げた右腕では間に合わないと判断し、もう片方の短剣を握った左腕を動かす。
しかしそれでも遅い。その剣での防御は間に合わない。
「ガッ――!?」
鈍い音と共に、ユーリカがくの字に折れ、真後ろへと吹き飛ぶ!
柱に叩き付けられ、破砕し、それでも勢いが止まらず壁面へと叩き付けられた。
何が起きたのか分からず、身体に走る痛みに目を白黒させるユーリカ。
剣で防御する暇は与えなかった。ライゼルが攻撃してくる事も考えたが、ユーリカは最初から多少の被弾は覚悟していた。
自分が致命傷を負う前に、ライゼルに致命傷が入る方が先である。少なくとも、先程の状態であらばそうなるはずであった。
「オイオイ、何鳩が豆鉄砲食らったような顔してんだ?」
ユーリカは、一体何が起きたのか理解出来ていない。
短剣では防御も攻撃も間に合わないタイミングだった。
そんなユーリカに、ライゼルは親切に答えを教える。
「拳も俺の得意武器だってだけだろ?」
短剣では間に合わない。
だからライゼルは、単純に短剣での攻撃を止め、短剣を握ったまま相手を殴り付けただけである。
斬るというモーションが無い分、直線的な打撃の方が攻撃速度は速い。
刃で攻撃しては間に合わないと考え、そのまま拳として突き出したのだ。
「――調子に乗ってんじゃねえぞ」
壁に叩き付けられ、地面へとうつ伏せに倒れるユーリカ。
投げ出された左手の甲へ、容赦無く手にした短剣を振り下ろす!
手の甲を貫通し、昆虫標本の如く地面へと縫い付けられるユーリカ。
左手から走る鋭い痛みで、苦痛の声を上げた。
「悪いんだけどさぁ。この距離は姉弟子様との模擬戦で死ぬ程経験してんだよ。火力も早さも足りてねえんじゃまるで負ける気がしねえんだよねぇ!!」
短剣の柄を踏み付け、グリグリと嬲るライゼル。
「ま、賊にしちゃやる方だったが俺様の敵じゃあねえな」
「ちょ、ちょっとライゼル!? 何やってんのよ!!」
既に勝敗は決し、それでも尚相手を甚振るライゼルの行動を、羽交い絞めにして止めるフィーナ。
「やり過ぎよ! もう決着付いたんだから縛り上げるなりすればそれで終わりでしょ!?」
「あ゛ぁ?」
淀んだ目が、フィーナへと向けられる。
フィーナの顔を視認したライゼルは、短く舌打ちをし、懐から細めのワイヤーらしき代物を取り出し、ユーリカを縛り上げた。
外での戦いの音が、静まっていく。
ユーリカとライゼルの戦いが終わり、首謀者の拿捕、襲撃者の討伐。襲撃騒動は終わる。
エルンスト辺境伯邸宅襲撃事件は、建物に被害こそ出たものの、襲撃事態は未遂で終結するのであった。




