38.牙と嵐
ライゼルが現れた事で、セレナの緊張の糸が途切れる。
以前セレナが幼少の時に、そして以前の森の中で再会し、そして今。
三度にも及びまるで救世主の如く現われ、セレナの窮地を救った。
表情が綻び、恋する乙女の眼差しをライゼルの背中へと向けるセレナ。
しかしライゼルはセレナに対し背を向けて立っているので、その熱い視線に気付く事は無かった。
「……んー? どっかで見たような……? おかしいなぁ、俺様こんな愛らしいレディを見掛けたなら覚えてない訳無いと思うんだけどなぁ~?」
殺意に塗れた一撃を止められ、反撃を恐れたユーリカはその恵まれた脚力を用いてライゼルから距離を置く。
そんなユーリカに特に追撃もする事も無く、ライゼルは頭を掻いた後、腕を組んで首を傾げた。
崩れた柱から起きた、乾いた音が室内に反響する。
「く……ハァ、ハァ……」
「あ、生きてた」
叩き付けられた衝撃で粉砕し、その瓦礫に埋もれたフィーナは、自らの上に覆い被さった瓦礫を押し退けて立ち上がる。どうやらダメージはあるが別状は無いようだ。
足取りがおぼつかない訳でも無く、多少身体を打ち付けただけで行動には支障は無さそうである。
フィーナの生存を確認したライゼルが、さもどうでも良さそうに淡々と述べる。
「……何? ユーリカって、ライゼルとセレナの知り合い?」
初見ではないようなライゼルの口振りと、以前のユーリカを知っているような口振りを聞いていたフィーナは、ユーリカとは一体何者なのかを再び尋ねた。
「そんな訳無いでしょ! アイツ、ユーリカよ! ユーリカ・アインスよ!」
自分の知り合いか何かだと勘違いしているようなフィーナに対し、セレナはフィーナに説明する。
「砂狼の牙の幹部よ! 国際指名手配中でギルドとか街中に沢山手配書が貼ってあったでしょ! 知らないの!?」
「知ってるライゼル?」
「知らん」
フィーナの問いに、ライゼルが食い気味に即答する。
砂狼の牙。
それは、世界を股に掛けて暗躍する、この世界で知らぬ者は居ないであろう世界最大の犯罪組織である。
……知らぬ者は居ないのだろうが、基本的に田舎者のフィーナと興味が無いモノはとことん無視するライゼルは、どうやら知らなかったようである。
砂狼の牙は海を隔てた向こう側、ラーディシオン領を拠点とし、ファーレンハイト、ロンバルディア、レオパルドの三大国家を分け隔てなく、有る意味平等に襲撃していた。
詐欺、強盗、誘拐、殺人、破壊工作……行った悪行は数え切れぬ程であり、国家転覆を目論んでいるという噂も有る程である。
彼等の理念は「奪われたモノを奪い返す」というモノであり、彼等が行う戦いは彼等自身が「聖戦」と呼称し、各国のならず者達と結託し、散発的なゲリラ戦という形で各国の人々を苦しめ続けていた。
当然、このような犯罪組織を各国の長が見逃すはずも無く。何度か各国合同で遠征討伐も行われたが、主要なメンバーにはのらりくらりと逃亡を許してしまい、致命的な打撃を与える事は出来ず、現在に至っている。
「……あー、どっかで見た気がしたと思ったらそれでか。セレナちゃんってば良く覚えてたねぇ~、えらいぞー、10点あげちゃう」
「やったー!」
セレナの仔細によってようやくライゼルは納得し、ポン、と手を打ち鳴らして腑に落ちたといった感じのライゼルは適当にセレナを褒める。
この間、割と隙だらけに見えたのだが、ユーリカは飛び掛らずに様子を見ていた。
「……骨の有る二人だと思ったら、本当は三人だったって訳か……」
セレナへの致命の一撃を容易く受け止めた事で、ユーリカはライゼルを警戒するに値する敵だと判断する。
「雑魚じゃないってさ。良かったなフィーナ、雑魚から成長してるぞ」
「何で私だけに対しての台詞だって決め付けてんのよ!?」
「だって俺様天才だから違うしー。セレナちゃんもフィーナなんかと比べるのが失礼な程度には実力あるみたいだしー」
「そうですよ」
「殴るよ!?」
「殴るなら目の前の指名手配犯にしろよ!?」
拳を構える素振りをフィーナが見せた為、逃げ腰で攻撃先をユーリカに向けようと誘導を試みるライゼル。
敵であるユーリカを前にしてギャーギャーと騒ぎ立てるライゼル達を見て、おおよその力量を見切ったのか。
「ただまあ、三人束になってもまだあたしの方が上だけどね」
そうユーリカは断言した。
「ほーん、随分と自信家なお嬢さんじゃねえか」
「事実を言ったまでさ」
「セレナちゃんと馬鹿相手に優位に立ったからって少し自惚れ過ぎじゃねーのー?」
「ハッ。多少は骨があるみたいだけど、あたしがどうして今まで本気を出してたと思い込んでたんだい?」
自分はまだ、本気を出してはいない。
それを証明するかのように、ユーリカは自らの構えを大きく変える。
ユーリカは、片手で剣を構え、軽装で身体能力を生かした戦い方をしていた。
しかしそれは、あくまでも人間の戦い方なのだ。
手の内で柄の握り方を変え、自らの手を地面へと付ける。
視線をライゼル達に向けたまま、その場でしゃがみ込む。
それは、まるで人の形を成した四足歩行の獣のようであった。
「そっちが3人掛かりだってなら仕方ない、あたしもそろそろ本気で相手してやるよ!」
人間からすれば、従来の基本的な戦闘の構えとは大きく逸脱したそれを見て、ライゼルは特に訝しむ素振りも見せず、小さく息を漏らす。
「……ま、これ位なら暇潰しに丁度良いか」
ライゼルは短剣二本を鞘から抜き、両手で構える。
構えも何も無い、普段の適当な戦う態度ではなく、半身に構え、珍しく構えらしい構えを取るライゼル。
「折角出遭ったんだ。俺様の暇潰しに付き合って貰うぜ? お嬢さんお手を拝借、ってか?」
「生憎あたしはアンタみたいな優男は趣味じゃないんでね」
「おおっと、そいつぁー手厳しいねぇ。ギッヒッヒッヒ!」
死地にありながらも一切態度を崩さないライゼルに対し苛立ちが募ったのか。
「だからその首置いてとっとと消えろ」
冷たい口調。
良く磨かれた石床が砕け、瞬き一つの間でライゼルへと詰め寄るユーリカ。
手にした剣が、まるで肉食動物の爪の如き自然さ、速さでライゼルの頚動脈目掛けて伸びる!
しかしユーリカに届いたのは、肉を裂く感触ではなく金属の衝突による痺れであった。
「――ん、確かに早ぇな。こりゃフィーナの奴には荷が重いな、舐めてると流石に直撃しそうだな」
少しばかり想定外だったな。
そう言いたげに、ほんの僅かに眉を曲げるライゼル。
しかし焦りは無く、あくまでも物事はライゼルの想定内だといった態度は変えない。
「ただまぁ、本気出す程でも無いんだけどな!」
「ライゼル様!」
ライゼルを案ずる声がセレナの口を突く。
援護をするべくフィーナは杖を構えるが。
「余計な手出しすんなよ! つーか足手纏いだからそこで指咥えて見てろ! これは俺の獲物だ!!」
その助力を邪魔だと切り捨てるライゼル。
直後、再び戦端が開かれる。
室内を突風が吹き抜け、フィーナとセレナは腕で目を覆う。
腕の合間から覗き込むが、そこにライゼルとユーリカの姿は無い。
消えた、否。今も尚そこにライゼルとユーリカは存在している。
その常識を超えた速さ故に、目で追えていないのだ。
援護しようにも、追い切れない。
常識外れの「速さ」の戦いが、この地で始まろうとしていた。




