37.ユーリカ・アインス
エルンスト辺境伯邸宅に、数多の怒声が響き木霊する。
破壊された外壁から、多数の侵入者が突入してきた為である。
元々襲撃を事前に察知していたエルンスト辺境伯による警備の増強は功を奏し、中庭で未だ交戦中ではあるが、まだ邸宅内へ侵入されてはいなかった。
しかし中庭の対応に傭兵達の手が割かれた結果、内部の異常に気付く者はいない。
最も侵入を阻まねばならなかった人物は、既に身中へと喰らい付いていたのだ。
正面玄関。
そこには刃傷で致命傷を負った多数の亡骸が転がっていた。
血と硝煙の臭いが室内へと立ち込めている。
しかし、目の前のユーリカはかなりの軽装であり、手にした刀剣以外に武器を所持している様子は無い。
つまりユーリカは発砲を受けた側であり、放たれた銃弾は何一つユーリカに傷を与える事は無かったという事だ。
セレナは周囲に転がった死体をざっくりと確認する。
死体の側には銃が転がっている。恐らくだが死体と同数なのだろう。
これだけの人数と銃が揃っているなら、適当に弾幕を張ればそれだけでユーリカを仕留められるはずだ。
もし駄目だったとしても、手傷位は負っているのが当然だ。
しかしユーリカには傷一つ無い。
実はここに詰めてた兵は全員ノーコンの雑兵でした――そんな事はいくらなんでも有り得ない。
この状況が指し示す事はただ一つ。
放たれた銃弾を全部避けて、ここに居る全員をユーリカは始末したのだ。
気付かれる前に、撃たれる前にではない。
そもそも撃たれていないなら硝煙の臭いはしないはずだ。
だから撃たれたが全部避けた、というのが正解だ。
「ユーリカ・アインス……!?」
その名を耳にしたセレナは、思わず目を見開いた。
聖王都で生活していたセレナは、自分で生活費を稼ぐ為に聖王都にて仕事をしていた事がある。
魔法の腕に自信があったセレナは、荒事解決を仕事にする事も多く、聖王都に設立されたギルドにて仕事を請け負う事もあった。
その際、ギルド内の壁面に張り出された紙面に目を落とす事もある。
期間雇用の募集や、迷子の捜索願い、精霊教会のプロパガンダ等……色々張り出されている。
その中には、犯罪を犯し指名手配犯となった人物の情報が記載された紙も、当然張り出されていた。
ラーディシオン領に根ざし、略奪・殺人行為を繰り返すテロリスト集団、砂狼の牙。
その首魁、及び圧倒的強さを誇る幹部三名の名前が、その手配書には記されていた。
突風を彷彿させる速度で動き回り、手にした刀剣で急所を一撃で切り裂く、砂狼の牙の特攻隊長――
「チッ」
戦況が動いた事で、これ以上考える事は出来ないと考えを中断する。
やるしかないか、と一人ごちるセレナ。
目付きは鋭く、眼前の敵であるユーリカの動きを見逃さぬよう、意識を集中させた。
―――――――――――――――――――――――
残像すら見える程の、突風が巻き起こる攻防。
踏み込んだ勢いで床が踏み砕かれ、足場にされた壁面が軋む。
幾重もの金属同士が衝突する音が、この場を支配する。
「あたしの動きに付いて来れるなんて大したモンだねぇ!」
獰猛な肉食獣の笑みを浮かべ、肉薄するユーリカ。
その嵐のような攻撃は絶え間なくフィーナに襲い掛かり、少しでも隙を見せれば容易く全身を刃が引き裂くだろう。
「くっ――! 何なのよこの人!?」
戦況は劣勢。
五分ではなく四分六分程度の実力差のように思える。
フィーナとユーリカ、どちらも相手に対し致命打を与えられず、振るう攻撃は空を切る。
「無駄口叩かないで集中して!」
説明している余裕が無いセレナは、簡潔にフィーナを叱責する。
セレナは、既に目の前に居るユーリカが何者かを理解していた。
だがそれを伝えて、もしフィーナが動揺でもしたら大きな隙になってしまう。
それでいて教えた所で別に事態が好転する訳でも無いのだから、伝えるだけ無駄だと判断したのだ。
「――ただ、それでもまだあたしの方が早い!」
ユーリカの宣言通り、この肉薄する状況で押しているのはユーリカであった。
ユーリカはフィーナを押し込むように攻撃を加え、その攻撃を捌くフィーナ。
しかし防ぎ切れない攻撃は飛び退いて回避するしかない。
大きく回避する際に少しずつ体力を削られていく。
このまま続ければ、フィーナに致命の一撃が入るのも時間の問題だろう。
フィーナの手甲が、ユーリカの振り下ろした刀剣の刃を受け止める!
だがこの一撃はフィーナが想像していたより重く、防御体勢を打ち崩される。
そこで勢いが止まらず、余力を込めた刃が首元へと伸びる。
ユーリカが攻撃を中断する。
勢いを無理矢理体幹で捻じ伏せ、大きく後ろへ飛び退く。
直後。ユーリカが立っていた足元から剣山を彷彿させるような岩の槍が飛び出した!
そのままユーリカが攻撃を続行していたら、フィーナにその刃が届く前に地面から突き出したその岩槍がユーリカを食い破っていただろう。
ユーリカは紙一重の判断でそれを回避したのであった。
「これでも避けるか」
舌打ちするセレナ。
自分なりに不意を突いた一撃を放ったつもりだったのだが、当たらなければ結局何の意味も無い。
「もっとそれ連発出来ないの!?」
「魔法陣任せの無詠唱魔法は杖の負担大きいのよ! 杖が焼け付いて使い物にならなくなったらそっちの方が不味いわよ! 知らないの!?」
「知らないわよそんなの!」
魔力というのは、電気と性質が似ている。
強力な魔力を大量に短時間で送ろうとすれば伝導熱によって発熱・発光するようになる。
それは想像以上に大きい物であり、木の杖であらば熱量によって発火、鉄の杖であってもまともに手で持っていられない程の高温に達する。
杖の負担を低減するのが詠唱という工程であり、それを軽視して術式任せで魔法を連発すれば、セレナの言う通り杖が焼け付いて使用不能に陥る。
杖に刻まれた術式が高温で変形し、正常に動かなくなる。それでも無理矢理使おうとすれば、暴発の可能性すら出てくるのだから。
あの速度に追い付くのであらば、無詠唱で魔法を連発したい。
しかしそれをやってしまうと杖の術式が焼け付き、やがて使用不能に陥る。
クールタイムを挟みつつ術を使うのであらばどうしても補助となる詠唱工程は無視できない。
「……使い物にならない木っ端雑兵と違って盾になってるだけマシか」
酷い言い草ではあるが、事実フィーナはセレナの盾として充分に機能していた。
ユーリカの方が基本的な速度が速いようで、生憎フィーナの反撃はほとんどが空振りしてはいるが、魔法発動の為に無防備な姿を晒しているセレナにまで攻撃を加えられる程の余裕はユーリカには無いようだ。
セレナ一人ではそもそも相性が悪過ぎて勝負にならない。
フィーナでは力量差で押し込まれる。
どちらか一人との勝負であらば、ユーリカの勝利に終わっただろう。
しかし今は二対一。勝機があるとすればそこだ。
「――中々やるね」
ユーリカの声のトーンが少しだけ落ちる。
「もっと相手したい所だけど、生憎そこまで暇じゃ無いんで――ね!」
ユーリカの手にした剣が、虚空を一瞬で凪ぐ!
大気が歪む。
魔力を練り上げ高密度に圧縮した風の刃がセレナへと迫る。
不意打ちで放たれた、飛ぶ斬撃に対しセレナは回避が間に合わない。
直撃。
しかし、ローブに魔力を流して防御力を上げた為、多少ローブが切り裂かれはしたものの致命傷には至らない。
防御に気を回した事で、一瞬だけセレナの意識がユーリカから外れた。
「我が意思宿し、舞い踊れ剣閃」
ユーリカの白刃から、白い光が零れる。
それは、呪文詠唱であった。
「偽剣――」
ユーリカの剣が光っているのは、魔力伝導熱によるものであった。
術式補助と、詠唱による最大火力。
引き絞った弓の如く放たれるユーリカ。
セレナが狙われてる。
フィーナは、セレナを庇うべくその場から動き出していた。
ユーリカの視線がセレナ――からフィーナへと移る。
ユーリカの狙いは、最初からフィーナであった。
足腰のバネを利かせ、直角の機動を描くような軌跡で、その全力の一撃をフィーナへと伸ばす!
視界の端で、動きが変わったユーリカに向けてフィーナの視線が動く。
回避は、間に合わない。
咄嗟に腕を交差させ、衝撃に備えるフィーナ!
「天舞聖連斬!」
金属同士が衝突し、衝撃波が走る!
フェイントを混ぜた時に勢いが落ちたとはいえ、弾丸の如く真っ直ぐに飛び込んだユーリカに対し、フィーナは向き直る途中であった。
身体の向きを整える事は出来ず、バランスの悪い状態でその攻撃を防いだ。
防御こそ間に合いはしたものの、ユーリカの勢いを止めるには至らず。
致命傷だけは防いだが、体勢が不安定な状態でユーリカの突進を直に受け止める結果になった。
踏み止まれず、宙へと投げ出されるフィーナ。
磨き上げられた支柱の一つに叩き付けられ、その勢いで支柱が粉砕されるのであった。
だがこれは、フィーナに対してのトドメにはならない。
ダメージは入っただろうが、ここから飛び込んでフィーナに追撃が間に合う保障は無い。
何故なら、もう一人ユーリカを狙っている人物が居るからだ。
それで倒せるとはユーリカは思っていないだろうが、猫騙し的な飛び道具でセレナの足を止めはしたが、セレナは健在なのだ。
フィーナにトドメを刺そうと突っ込めば、セレナに対し無防備を晒す。
「――ッ!」
息を呑むセレナ。
――簡単に潰せる方から潰す。
フィーナという壁を失ったセレナに、その凶刃が伸びる。
接近戦を主体とするユーリカと、遠距離特化のセレナ。
ここまで近付かれた時点で既にサシの勝負ではセレナに勝機は無いのだ。
反射的に杖を構えるセレナ。
しかし遅い。
突風がセレナを凪ぐ。
セレナは思わず目を覆う。
乾いた金属音が響き――
「おやおや~、随分と気性の荒い子猫ちゃんも居たもんだなぁ~?」
セレナとユーリカの間に立ちはだかる、黒い影。
黒衣を纏い、ナイフを逆手に持った一人の男。
「――ライゼル様!」
驚きと色めきが混ざった歓喜の声を、セレナは上げるのであった。




