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36.砂狼の牙

「ふごっ!?」


 邸宅を取り囲む外壁が崩壊し、その衝撃でベッドで寝ていたフィーナが床へ転げ落ちる。

 フィーナとセレナが割り当てられていた寝室にも襲撃者の放った攻撃の振動が届いており、その振動でセレナは目を覚ます。

 淡々と室内の照明を点し、装備を整え始めるセレナ。


「えっ、何? 何?」

「何って敵襲に決まってるじゃないですか!」


 幸い眠りが浅かった為、即座に目を覚ましたフィーナに状況を説明するセレナ。


「西側から侵入されたみたいね。窓も無いし、大人しく正面玄関に向かうよ」


 セレナは杖を、フィーナはガントレットを手にし、押し破るような勢いで扉を開け、寝室を後にする。

 何時か襲撃が来るという前提での休息時間だったので、戦闘準備を整え部屋から飛び出すまでに10秒も掛かっていない。

 節約の為なのか薄っすらと魔術灯が点された廊下を駆け出し、正面玄関を目指す二人。


「……窓があればそこから出るのに」

「そうだよね。何で窓が無い部屋なんだろう? この通路も窓が無いし」


 窓は本来出入り口では無いのだが、完全に出入り口だという前提で話を進めるフィーナとセレナ。

 しかしこういった非常時ではそうも行ってられない。

 窓を踏み越えた方が早く現場に着くならさっさとそうするのが正解だろう。


「そんなの決まってるじゃない」

「何で?」

「信用されてないんでしょ」


 フィーナの疑問をバッサリと斬り捨てるセレナ。

 窓が無い為、外に出るにはこの一本道の廊下を抜けるしかない。

 それは閉じ込める(・・・・・)という意味ではとても都合の良い構造をしている。

 不穏な動きをすれば、即座にこの場で軟禁出来るのだから。


「本当に守る必要のある場所は私兵で固めてあるし、私達はただの水増し要因だから消耗しても問題無い使い捨ての駒扱いなんでしょ」

「セレナ、その言い方は酷くない? デズモンドさん、良い人そうなのに」


 報酬も良く、邸宅内に寝床まで用意してくれる。

 そんなデズモンドに対し悪意すら感じる言葉の選び方をするセレナに対し、フィーナは眉をひそめる。

 しかしセレナに一切悪びれる様子は無い。


「事実を言ったまでよ。それからフィーナさん、良い事教えてあげるわ。貴族なんてのは良い人(・・・)じゃ勤まらないのよ」


 廊下を走り抜け、正面玄関のある広間へ抜けるフィーナとセレナ。


「――増援にしちゃ遅い到着だな。御仲間さんはもう全員くたばったぞ」


 死屍累々。

 その言葉が適切に当て嵌まる、血と硝煙の臭いが立ち込める空間。


「――グラビティプレッシャー」


 セレナの手にした杖から、黄土色の光が発せられる。

 杖に刻まれた術式に、魔力が導通した際に発生した熱量と光である。

 即時即決。会話する気一切無し。

 目の前の猫系の混血児を鎮圧するべく、セレナの攻撃魔法が放たれる。

 ミシリ、と僅かに邸宅が軋む。

 セレナの目の前の空間全ての重力を数倍へと増加させ、押し潰す範囲攻撃魔法。

 重力の増大は術者の込めた魔力量に依存しており、魔力量を調整する事で制圧から殺傷まで行える使い勝手の良い魔法である。

 殺す気は無いが、セレナは目の前の相手を見て手加減していては自分が殺されると即座に判断。

 殺しても構わないという出力で敵を討つべく行動を開始した。


「遅い」


 猫系の混血児が筋肉を躍動させ、地を蹴り、一足でセレナへと向けて詰め寄る。

 攻撃範囲から即座に抜け出し、手にした剣の切っ先が何の躊躇いも無くセレナの首元へ伸び――阻まれる。

 金属同士の衝突音。

 その凶刃はセレナへ届く事は無く、フィーナの身に着けている金属性の手甲によって弾かれた。

 反撃を恐れ、猫系の混血児が飛び退き距離を置く。


「危なっ!」


 セレナを庇い、攻撃を受け止めたフィーナは体勢を崩し、たたらを踏む。

 反撃を危惧した猫系の混血児は一瞬訝しむが、演技には見えないフィーナの様子を見て、再び踏み込みフィーナへと切り掛かる!


「ちょっ、ちょっとタンマ!?」


 首を、脚を、手甲で覆われていない関節部分を。

 フィーナの防具で覆われていない箇所を的確に捉えるべくその刃を振るうが、その全てが手甲で受け止められるか回避される。

 4、5回程打ち合い、フィーナが体勢を立て直した所で、猫系の混血児がフィーナから距離を離した。


「へえ、あたしの動きを追える奴が居るとはね。ちょっとした想定外だね」


 くっくっ、と喉を鳴らす猫系の混血児。

 口元には笑みを浮かべており、何処か楽しそうにも見える。


「……貴女がこんな事をしたの?」


 フィーナは、周囲に斃れた人々を一瞥した上で問い掛ける。


「ああ」

「どうしてこんな酷い事を!」

「どうしてって、敵は殺すに決まってるだろ? ファーレンハイトの連中は甘っちょろい奴ばっかだねぇ」


 憤るフィーナの問いに、溜息交じりでそう返す猫系の混血児。

 その間、セレナは杖を構えて戦闘状態を維持しながらも、動かない。

 否、動かないのではなく動けないのだ。

 自らの放った術を容易く回避してみせ、そして先程フィーナと刃を交えた際の動きを見て、御するには難しい相手だと判断した。

 あんな速度で動き回られたら、まともに術を当てるのは至難の業。

 点で当てるのは不可能に近く、当てるのであらば面での攻撃でなければ不可能。

 しかしその面での攻撃も、先程あっさりと回避されてしまった。

 どうやって自らの持つ魔法という武器を相手に当てるか、そう思慮を巡らせつつも視線は切らない。

 あの速さで動く相手には、一瞬でも気を抜けば命は無いと理解しているからだ。


「――フィーナさん。貴女、ライゼル様と一緒に旅してる位だから、それなりに戦えるって思って良いのよね?」

「え? うーん、どうだろう……ライゼルの奴に雑魚雑魚って呼ばれてるし、実際ライゼルに勝った事一度も無いし……」

「でも、さっきあの女の攻撃、防いでたよね?」

「防げたけど……防ぐので精一杯だったよ?」

「じゃ、そのまま防いでて。あの女は私一人で相手するには流石に辛そうだからね。フィーナさんが足止めしてくれるなら、あの女を倒せるかもしれないからね」


 自分一人では勝てない、そうセレナは判断する。

 セレナ一人でも、攻撃を捨てて防御に徹していれば負ける事は無いかもしれない。

 だが、負けない事はこの状況では勝利に結び付かない。

 侵入してきた賊の目当ては、この屋敷に存在する資産。

 セレナが穴熊の如く、その場で足を止めてしまえば敵はセレナを無視してそのまま先に進んでしまうだろう。

 資産を奪われてそのまま逃げられては、護衛として雇われたセレナとフィーナにとってそれは敗北である。

 

「フィーナさんが前衛、私が後衛。二人掛かりであの女を止める。協力してくれるよね?」

「そういう事なら、分かった!」


 明確にするべき事が指示として出された事で、フィーナの表情が引き締まる。

 その視線は真っ直ぐに、目の前の敵である猫系の混血児に向けられた。


「……たった二人であたしを抑えられると思ってんのか?」

「ええ、勿論」

「へえ、そうかい。だったらやってみな――!」


 猫系の混血児が、腰を落とし、手にした剣を低く構える。


砂狼(さろう)(きば)、ユーリカ・アインス! 押し通らせて貰うよ!」


 自らの名を名乗り、地を蹴り、その宣言通りに真正面から突撃する猫系の混血児――ユーリカ。

 魔力によって強化された肉体に加え、人間では到底及ばぬ、魔族の持つ恵まれた身体能力。

 その組み合わせによって、音速に迫る程の圧倒的速度でその刃が振るわれる!

 その直線的な動きの前に、フィーナは真正面から立ち向かい、その刃を手甲で受け止める。


 再度響き渡る鋭い金属音と共に、フィーナとセレナの二人による、ユーリカとの戦いが始まるのであった。

不味い

追い詰められないと書き始められない悪い癖が出始めてる

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