表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/356

35.強襲

 賊の襲撃があるという情報を元に、物々しい警備が敷かれたデズモンド辺境伯邸宅。

 だというのにそんな気配は微塵も感じられない、変わり映えのしない長閑(のどか)な日々。

 邸宅の周囲には穀倉地帯が広がっており、今は時期的に苗の植え付けが終わったばかり。

 刈り入れ時ならばともかく、こんな状況では視界は開けており、何処を通っても身を隠せる場所が存在しない畑を突っ切る羽目になり、奇襲はほぼ不可能である。

 多少走るのが速い人物が畑を突っ切り接近してくる状況を想定しても、邸宅の上部に居座っている警備の目で捉え、伝令を飛ばし対処するのが充分に間に合う状況。

 魔法による遠距離攻撃を想定しても、外壁に多少被害は出るかもしてないが、邸宅にまで届くような攻撃であらば防御に回るか、そもそも発動段階で妨害してしまえば良いだけなので、これも然程脅威にならない。

 そもそも、これだけの警備を出し抜けるような強力な術者がそうそう居るとは思えない。

 基本的に賊というのは、落伍者(らくごしゃ)の集団である。

 才能に恵まれず、傭兵として生きていく術すら持たない人物達。

 有り体に言ってしまえば、人生の負け組。

 仮にこの警備を上回る程の実力を持つような者が居たとして、そんな人物であるならばわざわざ賊なんていう日陰者の立場で生きる意味なんて無い。

 実力で堂々と日の当たる場所で生きられるのに、指名手配され毎日誰かの目に怯えて暮らすようなリスクを犯す意味が無いのだから。

 世渡りの下手な敗者、それが賊。そんな相手にしっかりと数と装備が揃えられた傭兵、更にデズモンド辺境伯お抱えの私兵も加わる。

 負ける要素など何処にも無く、油断し切っても仕方ない状況だった。

 何事も無く一週間が過ぎ、中弛みするには充分な時間が流れる。

 しかしながら、デズモンドによって雇われた者達はそれを生業としているだけあり、思わず欠伸が出てしまう程の陽気に晒されても決して気持ちを緩める事は無い。


 そしてその夜、事件は起きる。


 邸宅側面の外壁部が突如炸裂し、外壁が損壊。そこから侵入者が月の無い闇夜に紛れて侵入を果たす。

 出入り口である正面入り口以外にこの邸宅の外壁部に進入経路は存在せず、それ故に注意も当然ながら正面に集中していた。


「西側から侵入者確認! 外壁崩壊、近い奴は応戦しろ!」


 しかし俯瞰(ふかん)視点で周囲を監視していた警備の目は、警備の厚い正面から突っ込んでくる可能性は低いと考え、寧ろそこ以外の方向へ視線を向けていた。

 更に新月の夜である今日は明かりが少なく、襲撃するのであらば絶好の夜だとも気付いていた。

 普段より気を配っていた為、警備の目は襲撃に即座に気付き、拡声器の役割を果たす風属性の魔法を用いて全傭兵に伝令を飛ばす。


 侵入者の現れた邸宅の庭、その上空に光の球が打ち上がる。

 恐らく雇われている傭兵の誰かが光源として魔法を発動したのだろう。

 照明弾として放たれたその魔法は庭を夕暮れ時程の明るさで照らし出し、侵入者の姿と数、その大半を丸裸にした。


「侵入者の数は8! 塀の上に弓兵が2人居る、撃ち落せ!」


 監視役が邸宅の上から全体を監視し、適切な指示を飛ばす。

 風切り音、発光、炸裂音、衝撃。

 侵入者と傭兵の交戦が始まる。

 その判断は的確で淀みも無く、何の問題も無かった。


 直後、血風が舞う。

 そう、全体を見渡す警備の目として、彼の判断には何も問題は無かった。

 適切な判断を下した。


「目は潰したよ」


 ただ、適切を上回る常識の外からそれは飛来した。

 襲撃犯が侵入してきた西側に、ほんの数秒意識を傾けた。

 その意識の合間を突かれ、その人物は一気に間合いを詰め、携えた愛剣を引き抜き。一閃の下に切り捨てた。

 襲撃犯が西側から現れた事で、その応援の為に正面の手勢が若干だが薄くなった。

 最早正面入り口に、動ける者は一人も存在していない。

 その薄くなった正面を、堂々と真正面から食い破ってきたのだ。

 淀み無く、迷い無く。そこに居た兵の全てが、一撃で急所を切り裂かれ、絶命していた。


「それじゃ、有り難く頂いて行きますかね」


 頭上から監視し、指示を飛ばしていた目を潰したその人物は、そのギラ付かせた目線を動かし、屋根を蹴り風の如き速さで正面入り口へと舞い戻る。

 自分よりも遥かに大きい扉――施錠されているのを確認し、即座に対処出来るよう、剣を手にしたまま片足を振り抜き、扉を蹴破る!


「――ようこそエルンスト辺境伯邸宅へ」


 邸宅内に詰めていた、兵の指揮を取る上官らしきその人物が言い終わる前に、屋敷内に炸裂音が響く。


「この鉛玉はウェルカムサービスだ、是非受け取ってくれたまえ」


 正面玄関にはバリケードが扇状に設置されており、バリケードの奥から放たれる銃弾の嵐。

 ロンバルディア領にて生み出された銃火器という武器は、傭兵を通じて少しずつロンバルディア領以外でも用いられるようになった。

 デズモンドはその手軽な破壊力を気に入り、わざわざロンバルディア領まで赴いて大量に買い付け、自らの私兵へと行き渡らせたのだ。

 剣では最早勝負にならず、弓よりも強く、魔法のような才能がなくとも使用出来る。

 乱戦ならばともかく、来る場所が分かっている状況であらば、銃という武器は剣などという時代遅れの武器を駆逐する程の圧倒的破壊力を持っている。

 その凶弾は真っ直ぐに侵入者目掛け飛来し、その人物を覆い隠していた外套諸共、襲撃犯を蜂の巣にするのであった。

 砲声が止む。


「――遠慮させて貰うよ」


 その声は、指揮していた人物の頭上から飛んできた。

 穴だらけになった外套は、地面へと舞い落ちる。

 その中身はもぬけの空であり、銃弾は外套の持ち主に傷一つ与える事は出来なかった。

 中身は今、射線の外である空中にある。


「なっ――」


 当然だ。

 何故ならば侵入者――彼女は、銃弾よりも早く動く。

 引き金を引かれるより前に外套を脱ぎ捨て、身軽な状態で動き出していた。

 自分より遅い攻撃をかわす事など、彼女からすれば造作も無い事であった。

 しかし、銃兵の錬度は高い。

 即座に第二射を侵入者に放つべく、その銃口を空中へと動かす。

 瞬き一つの僅かな間。

 しかしその空白の時間は、彼女に反撃の時間を与えるのに充分すぎる程の時間であった。

 ネコ科動物のようなしなやかな身体運びで地を蹴り、壁を蹴り。

 変則的な動きを混ぜ、射線をかわし、銃の引き金を引くのを躊躇わせる。

 一気に詰め寄り、手にした剣で的確に、兵の喉笛を切り裂いていった。


「生憎だけど、そんな遅い鉛玉なんざ当たる気がしないね」


 彼女は頬に付いた血飛沫を親指で拭い取りながら、吐き捨てる。

 見開き、爛々と光を湛えた琥珀色の瞳で、最早息の無い死体を見下ろす。

 腰と臀部の間の背中辺りから、意思を持って動くような尻尾が生えており、一目で彼女は人間ではない事が分かる。

 彼女の名は、ユーリカ。

 猫系統の魔族と人間の間に生まれた混血児――半人半魔であり、世界中にその悪名を轟かせる、国際指名手配犯の一人であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ